災害の予知予測

 時間的予知と空間的予知

 災害の予知予測という言葉が知られるようになったのは、1969年に地震予知連絡会が出来てからでしょうが、一般に広く知れ渡ったのは、東海地震説が出て、1979年に地震防災対策強化地域判定会、いわゆる東海地震判定会が出来てからでしょう。そのため、災害の予知というと、いつ東海地震が起きるか、といった時間的予知だけが予知だと思われてしまいました。しかし、どこが危ないかといった空間的予知もあるのです。ハザードは自然現象ですから、人知では発生を押さえ込むことはできませんが、危ないところには住まないとか、事前に防災工事をしておくといった減災手段を講じることは可能です。この空間的予知に地質学、とくに応用地質学は大いに力を発揮します。また、ハザードをディザスターにする人為的拡大要因を洗い出すのも空間的予知に入れても良いでしょう。

 空間的予知

アトラス水害地形分類図(葛飾区)(大矢,1993)大崎町津波防災マップ(2011)
 空間的予知は地質学がもっとも得意とするところです。

 水害については比較的簡単です。河川堤防より低いところが危ないわけですから、水害地形分類図を作成すれば良いのです。旧河道や後背地、遊水池、地盤沈下したゼロメートル地帯などなどが危険です。破堤しやすいところは攻撃側(凸側)です。過去の水害実績図も大いに参考になります。

 津波は、外力を仮定すれば、地形図から読み解くことが出来ます。問題は外力が分からないことですが、現在では既往最大を考えてハザードマップが作成されています。

 土砂災害については、少し複雑です。その地域の地質によっても、マスムーブメントの種類によっても違うからです。

 地すべりは、古い地すべりが再活動するケースが多いので、地すべり地分布図が大いに役立ちます。全国版では防災科研地すべり地形分布図が大変便利です。これは1:40,000モノクローム空中写真の実体視による地形判読に基づいています。各地の詳細な地すべり分布図は各地方自治体のウェブサイトをご覧ください。鹿児島県には下記のサイトがあります。

 ただ、土砂災害防止法に基づくものは、たとえば急傾斜地崩壊警戒区域は、斜面の傾斜が30度以上で高さが5m以上などと、かなり機械的に決められています。地質はほとんど考慮されていません。また、地震に伴う初生地すべりについては、予知することはなかなか困難です。

簡易貫入試験(岩松,1987)AIを用いた危険度判定(岩松,1988)
 鹿児島で一番多いシラスの表層崩壊については、風化土層が厚く、水が供給されやすいところが危険です。風化土層の形成過程については「崩壊輪廻」のところで述べました。風化土層の層厚を調べるのには簡易貫入試験が良く用いられます。しかし、簡易で軽量とは言っても、斜面を這い回って貫入試験を行うのはかなりの肉体労働です。そこで、岩松(1987, 1988)は数量化理論第Ⅱ類や人工知能を用いて広域の概略判定を行い、要注意個所だけサウンディングを行うよう提案しました。詳しくは「1986年7・10災害」の項をご参照ください。

土地条件図(星埜,1986)に加筆武岡団地切り盛り分布図
 地震に伴う地震動災害については、沖積層が厚いところが危険です。中でも人工埋立地などは液状化の危険が大です。ボーリングデータをたくさん集めて地盤図を作成するのが王道です。「鹿児島市の地盤」をご覧ください。しかし、地形図の読図だけでもかなり分かりますし、旧版地形図や江戸時代の絵図を見れば、人工改変地を特定できます。「過去の特筆災害」で示した桜島地震の震度図(今村,1920)は江戸時代の埋立地と烈震のゾーンが良く一致しています。「谷埋め盛土造成地の地すべり 」のところで述べた地すべり危険地は新旧地形図の差分を取れば、どこが盛土造成地か分かります。左図は土地条件調査報告書(鹿児島地区)に図示されている下伊敷地区です。赤横線の部分が人工盛土です。右図は明治35年発行2万分の1地形図からDEMを作り、現在の地形図との差分を取った武岡団地切り盛り分布図です。赤色のところが盛土造成地です。青色の切り土のところに市営住宅が立地していることが分かります。明治の地形図の精度が悪いため、切り盛り境界はぼかしてあります。
 国土交通省では、新潟県中越地震を受けて2006年「大規模盛土造成地の変動予測調査ガイドライン」を策定しましたが、東日本大震災で仙台市等の新興団地が多数盛土地すべり被害を受けたことから、2015年これを改訂し、「大規模盛土造成地の滑動崩落対策推進ガイドライン」を発表、各自治体で調査を行い、結果を公表するよう呼びかけています。既に東京都、埼玉県さいたま市、愛知県岡崎市等では公開しています。国土交通省ハザードマップポータルサイトの「重ねるハザードマップ」でご覧ください。鹿児島でも早急に作成公開してほしいものです。

 時間的予知

 災害の時間的予知は地震学の専売特許ではありません。地質学でも土砂災害の時間的予知を研究しています。
比抵抗値の変化率Cvの経時変化シラス斜面の湿り具合
 シラス表層崩壊は上述のように、風化土層が厚いところで発生しますが、誘因は水です。降雨後、地下水が飽和に達して中間流が発生すると崩壊が起きるのです。電気探査を用いたシラス災害の予知システムについては、「かだいおうち」original版に載っています。「シラス災害予知システム」をご覧ください。あらゆるシラス斜面で常時電気探査を行うのは不可能ですから、上述の空間的予知で危険と判断されたところで、しばらく電気探査を続け、地面の湿り具合を調べます。実効雨量逓減係数αが求まったら、電探は中止し、後は雨量だけ観測していれば、その斜面が危険な状態に達したか否か判定できるというところがミソです。
竜ヶ水谷における地下水観測
 姶良カルデラ壁の土石流については地下水観測を提案しました。吉野台地は南西方向に傾斜していますから、普段、地下水は稲荷川方向に流れ、カルデラ壁側の谷は水無し沢です。それなのに土石流が発生するのは、地下水が稲荷川方面にはけきれなくなって、カルデラ壁側にオーバーフローした時に発生すると考えたからです。実際に、竜ヶ水の上の吉野台地縁にボーリングを掘削し、長期水位観測を実施しました。その結果、降雨後じんわりと地下水が上昇し、さらにしばらくしてから河川の流量が増えることが分かりました。JR日豊線の運転規制基準は連続雨量と時間雨量を勘案して決めていますが、1993年の土石流災害時には、こうした雨量だけによる運転規制基準では通行可でしたのに土石流が発生しました。地下水のことを考慮すると、なぜ土石流がこの時発生したのか分かります。それで、実際に土石流が発生し閾値が分かるまで観測を続けることにしました。当時は10年に1度は土石流が発生していましたので、10年近く観測すれば良いだろうとふんで、県に移管し、観測し続けてもらいました。しかし、幸か不幸か、その後、梅雨末期の豪雨前線は北部九州のほうに停滞するようになりましたので、思わしい結果が出ないうちに、県のほうでは観測を中止したようです。「1977年竜ヶ水災害」と「かだいおうち」original版の「姶良カルデラ壁の土石流災害」もご覧ください。
牛根地区姶良カルデラ壁湧水量とオーバーフロー量
 竜ヶ水と反対側、垂水市牛根地区でもがけ崩れが頻発し、しばしば国道が不通になります。牛根早崎台地(咲花平)には鹿児島市水道局の取水施設があります。牛根流紋岩中に賦存している地下水をもらい水して、桜島地区に配水しているのです。恐らく島内で井戸を掘っても温泉が出てしまうからでしょう。この地下水の水位を水道局が永年観測していることが分かりました。これと降雨データを使ってタンクモデルで解析してみました。その結果、急崖側へのオーバーフロー増加量と同地区内の流出土砂量には、関連性が認められることが分かりました。ただ、残念ながら水道局の水位観測は中止になり、桜島側への配水供給量の計測データに変わってしまいました。

文献:

  1. 福田徹也・横田修一郎・岩松 暉・和田卓也(2009), シラス斜面における降雨水の浸透過程と崩壊予測. 応用地質, Vol.50, No.4, p.216-227.
  2. 星埜由尚(1976), 土地条件調査報告書(鹿児島地区). 建設省国土地理院, 47pp.
  3. 岩松 暉(1987), シラス災害ハザードマップ作成の一手法. 突発災害報告書「1986年梅雨末期集中豪雨による鹿児島市内のシラス災害に関する調査研究」, p.82-89.
  4. 岩松 暉・福田徹也・横田修一郎・和田卓也・正木英和(1997), 自動電気探査によるシラス災害の予知システム. 自然災害西部地区部会報・論文集, No.21, p.94-95.
  5. 岩松 暉(1987), 地質野外データの現地処理―数量化理論第Ⅱ類による斜面崩壊予測を例として―. 情報地質, No.12, p.43-53.
  6. 岩松 暉(1988), 評価エキスパートシステムを用いた斜面崩壊予知. 情報地質, No.13, p.257-259.
  7. 大矢雅彦(1993), アトラス水害地形分類図. 早稲田大学出版部, 126pp.
  8. 横田修一郎・岩松 暉(1998), ボーリング調査に基づく鹿児島湾竜ヶ水急崖の地質構造. 応用地質, Vol.39, No.2, p.193-201.
  9. 和田卓也・井上 誠・横田修一郎・岩松 暉(1995), 電気探査の自動連続観測によるシラス台地の降雨の浸透. 応用地質, Vol.36, No.5, p.349-358.
  10. (), . , Vol., No., p..
  11. (), . , Vol., No., p..
  12. (), . , Vol., No., p..
参考サイト:


初出日:2016/10/05
更新日:2017/08/04