災害の概要シラスの表層崩壊崩壊の周期性埋もれ谷の意義AI(人工知能)を用いた崩壊予測とハザードマップ作成

 1986年7・10災害

 災害の概要

当時の報道日雨量と崩壊個所(鹿児島県)
 1986年7月10日鹿児島市内で、死者33名重軽傷15名、全半壊家屋94棟を出す大災害があり、7・10災害と呼ばれました。新聞記事見出しに「シラスの恐怖また!」とあるのは、ちょうど10年前の1976年に梅雨前線豪雨による大規模な災害があったからです。当時鹿児島には「人が死なないと梅雨が明けない」という悲しい言葉がありました。違う点は1976年災害が広域災害だったのに対し、この災害が局地的だったことです。当時荒田にあった鹿児島地方気象台の日雨量は192.5mm、谷山にあったアメダスは僅か1mmしか記録していませんが、上竜尾町~城山~武にかけての極めて狭い人口密集地に300mmを超す大雨が降りました。しかも正午頃から午後5時頃までの短時間に集中しました。悪いことにここは縄文海進時の海食崖に当たり、シラスの急崖が連なっているところでした。降雨集中域が狭かったため、崩壊個所数はそれほど多くありませんが、人口密集地だったため、人的被害が甚大でした。都市型の災害です。
 被害が甚大だったため、文部省自然災害総合研究班では露木利貞鹿大教授を研究代表者に、突発災害の研究調査が行われました。以下はその要約です。全文を末尾に置いておきますので、詳細はそれをご参照ください。

 シラスの表層崩壊

鹿児島市武(左下隅は西郷公園)鹿児島市平之町隣家が激突(平之町)
シラス土層断面(下川ほか,1987)簡易貫入試験(岩松,1987)
 前述のように、崩壊地は局所に集中しましたから、崩壊地の地質構成はあまり変化がなく、ほとんどがシラスの表層崩壊でした。植生が繁茂し風化が進行すると、土壌微生物や小動物などの作用により肥沃な土壌が厚く形成されます。樹木の根茎はここまで侵入します。鹿児島市内では数10cm~1m程度です。フカフカの豊かな土壌ということは力学的には弱化を意味しますから、新鮮な部分と風化土層との境界で滑り落ちます。上から浸透した水がこの部分で中間流となり、すべりを発生させるのです。これが表層崩壊です。いつ頃崩壊するかは、地形の傾斜と土層の厚さとの関係によります。
 したがって、風化土層の厚さを知ることは重要です。斜面のような足場の悪いところでも、簡便に土層の厚さを調べるには、簡易貫入試験が有効です。換算によってN値を求めることができます。
 なお、前年1985年台風13号(8月31日枕崎に上陸)により、各地で倒木が発生していました。根こそぎ倒れたところには大穴が空いていたり、根が揺すられたところには開口亀裂ができていました。ここから雨水の浸入を許したとの指摘もありました。

 崩壊の周期性

過去の崩壊地(武2丁目)(下川ほか,1987)崩壊の周期性(下川ほか,1987)
 このように風化が進行してやがて崩壊に至ることは、地質屋さんは昔から知っており、崩壊輪廻と呼んでいました。下川ほか(1987)は武の崩壊地について、樹木の樹齢を調べて、土層の厚さとの関係を具体的に求めました。土層の層厚が30cm~40cm、つまり50年~80年経つと、鹿児島市内のシラス崖の場合、表層崩壊が繰り返されることが分かりました。また、当然のことながら、表土の薄いところは陽樹である松や落葉樹が多く、土層の厚いところは常緑広葉樹です。したがって、緑豊かで安全そうに見える常緑広葉樹の大木が繁っているところが、そろそろ危険な個所です。裸地が露出していて、一見危なそうにみえるところが安全で、安全そうに見える緑豊かなところが危ないのです。常識と違いますので、注意してください。

 埋もれ谷の意義

武崩壊地と埋もれ谷7・10災害後の武崩壊地工事完了後の武崩壊地
 降雨による崩壊の場合、水がどこに集中するかが問題です。シラス台地の場合、埋もれ谷がかなり悪影響を与えています。シラスは火砕流堆積物ですから、堆積時には低いところを埋め尽くし、砂漠状態になりました。そこに雨が降ると、砂漠と同じように布状洪水sheet floodが発生します。そのようにして出来た浅い谷に二次シラスやその後の降下軽石などが堆積します。詳しくは「二次シラス」の項を参照してください。こうした後の堆積物で埋め立てられても、谷は谷ですから、地下水の通り道となっているのが普通です。シラス崖にこの浅い谷が露出した場合、その直下から崩壊が発生するケースが多いのです。やはり水が供給されるからです。実際、法面工事前後の写真を比較してみましょう。浅い谷直下の草が一番良く繁っていることがよく分かります。浅い谷を埋める降下軽石(薩摩降下軽石)は水に乏しいので、草の生長が阻害されています。
 なお、浅い谷も二次シラスや降下軽石などが埋めても、圧密により若干凹みます。大縮尺の地形図を注意深く判読すれば、浅い谷を見出すことができる場合もあります。

 AI(人工知能)を用いた崩壊予測とハザードマップ作成

地形分類傾斜分類植生分類危険度判定結果
 以上述べてきたように、表層崩壊と地形・植生などは密接な関係があります。そこで、岩松(1987)は、数量化理論第Ⅱ類を用い、斜面横断形・縦断形・平均傾斜・植生・斜面タイプの5アイテムとして、崩壊予測をしました。的中率は74.7%でした。しかし、アイテムやカテゴリーが多くなると、いちいち全ての項目に入力するのがわずらわしいし、省エネに反します。明らかに危険とか、明らかに安全と判断できた段階で評価を打ち切りたいものです。そこで、当時出始めた人工知能(AI)を使うことにしました。具体的には動燃事業団がウラン探査のために開発した評価エキスパートシェル「コギト」を使用しました。推論はベイズ理論に基づいています。図はその成果ですが、当時はバブルの真っ最中、土地が財産でしたから、危険個所の公表などもってのほか、結局、お蔵入りしました。それから30年、パソコンの演算速度もAIも共に驚異的発展を遂げていますし、ハザードマップや崩壊危険個所の公表などは、社会的コンセンサスを得つつあります。現在の法面の高さと傾斜角で機械的に決めるようなやり方ではなく、もっと地域の地形地質に立脚した詳細な予測地図の作成が求められていると思います。

文献:

  1. 文部省科学研究費突発災害調査研究成果自然災害総合研究班(研究代表者 露木利貞)(1987), 1986年梅雨末期集中豪雨による鹿児島市内のシラス災害に関する調査研究. 文部省自然災害総合研究班, 89pp.
  2. 応用地質株式会社(1986), 昭和61年7月鹿児島市集中豪雨による災害視察報告(しらす地帯における自然斜面の崩壊を中心にして). 応用地質株式会社, 27pp.
  3. 岩松 暉(1987), 地質野外データの現地処理―数量化理論第Ⅱ類による斜面崩壊予測を例として―. 情報地質, No.12, p.43-53.
  4. 岩松 暉(1988), 評価エキスパートシステムを用いた斜面崩壊予知. 情報地質, No.13, p.257-259.

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初出日:2016/06/19
更新日:2017/06/19