2020年球磨川水害
災害の概況と球磨川水系
XRAINを用いた12時間積算雨量(防災科研,2020) | 大雨警報危険度分布(2020/07/04 06:30 気象庁) |
球磨川流域地形分類図(国交省,2006) | 産総研シームレス地質図(赤線:活断層) |
青井阿蘇神社周辺の 水位(熊大,2020) |
このような地形のところに、2020年7月3日夜から翌日朝にかけて天草→芦北→人吉と西から東へ線状降水帯が次々にやって来ました。この線状降水帯の位置が球磨川本流上空にピッタリ一致したのも不運でした。防災科研のレーダー雨量の解析によると、12時間で400mmを超す積算雨量だったようです。熊大現地調査によると、過去最大と言われた昭和40年大水害の2倍ほどの水位があったそうです。蛇足ながら、線状降水帯は結局、大気の流れによりますから、それは大地形に影響されます。大局的には日本列島の背骨の方向(基盤である古期岩類の走向)とほぼ平行になるのは当たり前なのです。当然、適従河川と一致する例が多くなります。
• 7月9日、気象庁は今回の豪雨に対し「令和2年7月豪雨」と命名しました。
• 7月14日現在の人吉・球磨地区の人的被害は、死者43名、行方不明1名です。
球磨川の水害
現地はまだ孤立しているところも多く、とても調査に行ける状況ではありませんが、国土地理院が衛星画像を解析して、いち早く浸水域を発表しました。下図の青色タイルの部分です。これで見ると、人吉盆地の中だけでなく、下流の峡谷部でも浸水があったようです。支流の合流点や河川の屈曲部などに浸水域が多いように見受けられます。多くの高齢者が心肺停止状態で見つかった特別養護老人ホーム千寿園は球磨村渡にありますが、ここは人吉盆地の末端、まさにボトルネックの部分に当たります。しかも支流の小川が合流しているところでもあります。本流の水が滔々と流れていますから、支流の水はそこで堰き止められ溢れることが多いのです。バックウォーター(backwater)現象と言われます。西日本豪雨における倉敷市真備町がその好例でした(「災害と避難」参照)。球磨川の破堤箇所は2箇所でしたが、治水地形分類図を見ると旧河道と一致しているようです。越水(堤防から水が溢れる)・溢水(堤防のないところで溢れる)箇所も11箇所に上っています(地図の位置は報道のキロ標によりましたから、概略の位置です)。河川が凸状にカーブしているところを、ショートカットした例が多いようです。橋梁も道路橋が10橋、鉄道橋が3橋流失しましたが、道路橋の多くは1980年代以前に建造された比較的軽い上部工を持った鋼製だったようです。流木などの圧力に弱かったのかも知れません。専門家の調査でやがて原因が分かるでしょう。鉄道橋は1908年建造の近代化産業遺産が2橋(JR)と1937年建造の国登録有形文化財が1橋(くまがわ鉄道)です。いずれも貴重な文化財でしたから残念です。
球磨川治水地形分類図と地理院浸水推定区域(青色タイル:2020年7月4日20時作成)および防災科研12時間積算雨量(赤ポリゴン:330mm~) (:破堤 :溢水・越水 :流失橋梁 :特養ホーム千寿園 :川辺川ダム :市房ダム)…マーカーをクリックすると、名称がポップアップします。 |
ハザードマップ
球磨川は水害で有名な河川ですから、ハザードマップは国交省や人吉市などで従来から整備されていました。その方法は、100~200年に1回(計画規模)の大雨を想定して浸水想定区域を割り出していたのです。つまり昭和の雨量統計に基づくものでした。しかし、地球温暖化に伴って極端気象が頻発します。そこで、2015年国は水防法を改正、1000年に1回(想定最大規模)の豪雨に基づくとし、市町村ハザードマップも改正するよう促しました。しかし、毎日新聞2020年9月3日の報道によると、球磨川・筑後川流域で「ハザードマップ未更新」は23市町村の6割に達するそうです。理由は更新に要する費用捻出にあるようです。実際、人吉市の総合防災マップ(右図)も従来方式によるもので、市のホームページにはその旨注記が書かれており、新方式が掲載されている国交省八代河川国道事務所にリンクが張られています。人吉市総合防災マップ詳細図No.2(人吉市,2017) |
なお、従来方式(計画規模)と新方式(想定最大規模)との違いを比べてみてください。例えば、人吉市と球磨村の境界
ハザードマップポータルサイト洪水浸水想定区域(想定最大規模)(:特養ホーム千寿園,:人吉市役所) |
川辺川ダム
これに対し、手をこまねいていたわけではありません。先ず考えられるのが拡幅です。しかし、左岸側には国の史跡人吉城があります。鎌倉時代から幕末まで700年も続いた相良氏のお城で日本でも稀な史跡です。鎌倉から明治まで続いた大名は他に島津氏と毛利氏しかいませんが、毛利氏は安芸から長州へ移転しています。一方、右岸側は国道445号と中心市街地が平行して立地しています。市街地を守るために市街地を削るのは矛盾です。河道を掘削して深くし、流量を増やす方法もあります。しかし、これは下流の洪水を助長する可能性もあります。そこで考え出されたのが、広大な集水域を持つ支流・川辺川の水を一時溜め込んでピーク流量を減らすことです。こうして相良村四浦に川辺川ダムを建設する構想が生まれ、五木村頭地で付帯工事から着工されました。しかし、湖に沈む人たちの生活権はもとより、環境・農業用水・漁業権などさまざまな立場からの反対運動がありました。
川辺川ダム予定地(国交省) |
それでは、もしも川辺川ダムが完成し機能していたら、今回の水害は防げたのでしょうか。防災科研の発災時積算雨量図を見ると、400mm前後の赤色の部分は、市房ダム下流の球磨川本流と川辺川ダム建設予定地直上に存在します。つまり、たくさん雨の降ったところはどちらかと言えばダムの下流部分なのです。したがって、洪水を防ぐだけの降水を補足できたかどうかが問題となります。各地に水位観測所があるはずですが、洪水時には破損して欠測になることもしばしばあります。しかし、最近はレーダー雨量計が進歩しましたから、雨量も面的に取得できるようになりました。今後定量的で厳密なシミュレーションを行えば、きっと分かることでしょう。
<注> 鹿児島市の西之谷ダムは、新川の水害を防ぐために支流西之谷川に設置した洪水調節ダムです(「シラスダム」参照)。川辺川ダムと同じ発想です。
川辺川ダム効果の推定(速報)
川辺川ダムの効果の推定(角・野原,2020) | 川辺川ダムにより想定される効果(第1回検証委員会) |
2020年8月25日、国交省九州地方整備局および熊本県により、令和2年7月球磨川豪雨検証委員会が開催されました。委員は整備局長・県知事および関係市町村長からなります。ここに提出された説明資料によれば、市房ダムで調節した後の人吉でのピーク流量は約7,500m3/sですが、川辺川ダムが完成していて調節した場合には約4,700m3/sまで低減できるとしています。
日本自然保護協会意見書
上記国交省の令和2年7月球磨川豪雨検証委員会では、どうも川辺川ダム復活を有力な選択肢とした方向に議論が進んでいるようです。これに対し2020年10月、日本自然保護協会はダム建設を前提としない「流域治水」を求める意見書を提出しました。気候危機時代を迎えて、ここ数年国でも流域治水へ大きく政策転換をしたのに、ダムを前提とするのは逆行だとして、次の点を十分検討するよう求めています。- 水害防備林の評価と整備
- 遊水地の機能と土地利用のあり方の検討
- 土石流の検証と流域の総合的な森林管理の検討
- 瀬戸石ダムの被害と撤去
<参考> 鹿児島の被害
鹿屋市の日雨量(気象庁) | 鹿児島県長島町平尾の被災家屋 |
文献:
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- 近藤 徹(2011), ダムと社会との関わり. ダム工学, Vol.21, No.3, p.154-166.
- 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター(2020), 2020年7 月豪雨に伴う熊本県南部における災害調査速報(第1報). 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター, 28pp.
- 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター(2020), 2020年7 月豪雨に伴う熊本県南部における災害調査速報(第1報 加筆版). 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター, 36pp.
- 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター(2020), 2020年7 月豪雨に伴う熊本県南部における災害調査速報(第2報). 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター, 30pp.
- 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター(2020), 2020年7 月豪雨に伴う熊本県南部における災害調査速報 小国町,大分県日田市周辺を含む(第3報). 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター, 14pp.
- 蓑田正義(1997), 宝暦の球磨川大洪水を探る. 在野史論 , Vol., No.6, p.42-86.
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- (), . , Vol., No., p..
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緊急集会「九州等の豪雨について」 (防災学術連携体 2020/07/15) |
人吉盆地の形成と球磨川水害 (原口強大阪市大准教授 2020/07/13) |
2020年梅雨前線がもたらした中国・ 日本の大水害シンポジウム (土木学会 2020/08/13) |
検証「川辺川ダムで被害は防げたのか」 (元毎日記者福岡賢正氏 2020/08/23) |
令和2年7月九州豪雨地盤災害に関する中間報告会 (地盤工学会オンライン 2020/09/28) |
- 令和2年7月豪雨について(官邸)
- 令和2年7月豪雨について(内閣府)
- 令和2年7月豪雨による被害状況等について(内閣府)
- 土砂災害警戒情報:熊本県(気象庁)
- 令和2年7月3日からの豪雨の名称について(気象庁)
- 「令和2年7月豪雨」の観測記録について~降水量の総和と 50mm 以上の発生回数の記録を更新しました~(気象庁)
- 「令和2年7月豪雨」の期間について(気象庁)
- 「令和2年7月豪雨」の特徴と関連する大気の流れについて(速報)(気象庁)
- 令和2年7月豪雨による大雨の状況について~『災害をもたらした気象事例』に資料を掲載しました~(気象庁)
- 災害時気象資料―令和2年7月3日から29日にかけての梅雨前線による九州の気象状況について―(福岡管区気象台)
- 災害時気象資料―令和2年7月3日から4日にかけての熊本県の大雨について―(熊本地方気象台)
- 災害時気象資料―令和2年7月3日から4日にかけての鹿児島県の大雨について―(鹿児島地方気象台)
- 第4回「水災害対策とまちづくりの連携のあり方」検討会(令和2年7月豪雨による被害の状況あり)(国交省)
- 令和2年(2020年)7月3日からの大雨に関する情報(国土地理院)
- 2020年7月4日に豪雨災害が発生した球磨川流域の地形・地質(産総研)
- 令和2年7月3日の大雨に関する防災科研クライシスレスポンスサイト(防災科研)
- 2020年7月3日~4日南九州における大雨について(速報)(防災科研)
- 令和2年7月豪雨により福岡県および熊本県で発生した洪水災害の調査報告(防災科研)
- 令和2年7月豪雨による熊本県人吉市および球磨村渡地区の洪水被害の特徴(防災科研)
- 「だいち2号」による2020年7月九州南部の豪雨の緊急観測結果について(JAXA)
- 令和2年7月豪雨について(防災学術連携体)
- 令和2年7月豪雨災害に関する情報(地質学会)
- 令和2年7月九州南部豪雨災害調査団結成について(土木学会水工学委員会)
- 令和2年7月豪雨による土砂災害への対応(砂防学会)
- 令和2年7月九州豪雨地盤災害調査団について(地盤工学会)
- 令和2年7月九州豪雨地盤災害に関する中間報告会当日資料(地盤工学会)
- 令和2年7月九州豪雨災害調査団の設置(応用地質学会)
- 2020年7月豪雨災害(京大防災研)
- 令和2年7月豪雨への対応(大分大学減災・復興デザイン教育研究センター)
- 令和2年7月豪雨に係る情報について(熊本県)
- 防災情報くまもと
- 令和2年7月豪雨への対応(国交省九州地方整備局)
- 国交省八代河川国道事務所
- 国交省川辺川ダム砂防事務所
- 球磨川水系の特徴と課題(国交省)
- 川辺川ダム建設事業の経緯(国交省)
- 熊本県川辺川ダム総合対策課
- 川辺川ダム事業(熊本県)
- 環境について(熊本県)
- 「令和2年7月豪雨復復興本部」及び「球磨川流域復興局」 の設置(熊本県)
- 水源連(水源開発問題全国連絡会)
- 子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会
- 八ッ場あしたの会
- 特集 川とつきあう 3 (昔の洪水、いまの水害)(『自然保護』No.448(2000年7・8月号))
- 2020年7月大雨による九州南部の被害状況(アジア航測)
- 「令和2年7月豪雨」被害状況(2020年7月)第三報 八代海での流木等漂流物の状況からみる漁業等への影響(アジア航測)
- 2020年7月 熊本県・鹿児島県豪雨災害(パスコ)
- 令和2年7月大雨による被災地の航空写真(九州南部)(朝日航洋)
- 2020年7月九州南部豪雨 斜め写真撮影(中日本航空)
- 令和2年7月豪雨災害(国際航業)
- (防災レポート Vol.2)熊本豪雨の降水量の特徴と今後の見通しについて(速報)(気象協会)
- 川辺ダムがあったら球磨川は氾濫しなかったか?(晴川雨読)
- 「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方」をとりまとめ~社会資本整備審議会の答申を公表~(2020/07/09 国交省)
- 気候危機 今こそ社会変革の実践を(熊本日日新聞社説 2020/7/14)
- 令和2年7月3日からの大雨に関する状況(鹿児島県)
- 国土水循環モデル(株式会社地圏環境テクノロジー)
- 人吉市総合防災マップ
- 九州減災未来プロジェクト(西日本新聞・佐賀新聞・長崎新聞・熊本日日新聞・大分合同新聞・宮崎新聞・南日本新聞)
- ダム建設を前提としない「流域治水」を求める意見書を熊本県、国などに提出(日本自然保護協会)
初出日:2020/07/04
更新日:2021/09/16