西日本豪雨災害正常性バイアス避難所の環境御上依存軒先避難と地縁社会の復権伊豆大島における避難率の低下と空振り論フローの情報とストックの情報警戒レベルの配色究極の事前避難=伊豆の踊子

 災害と避難

 2018年西日本豪雨災害

倉敷市ハザードマップと浸水域(日経新聞,2018/7/11)
 2018年の西日本豪雨災害では、長期広範囲に豪雨が降り、各地で甚大な被害を出しました。とくに人的被害が深刻で、200名を超す犠牲者を出しており、未だに行方不明の方も多数います。特別警報の意味の周知不徹底、自治体による避難勧告の遅れなど、いろいろな要因が挙げられていますが、住民自身の避難行動に一番の問題点があったと言われています。まだ正確な統計が出せる段階ではありませんが、自宅で亡くなった方がかなりの数に上るからです。避難勧告が発令されているにも関わらず避難しなかった方がいたのです。事前に公表されていた浸水ハザードマップと実際の浸水域が良く一致していたところでも犠牲者が多数出ています(倉敷市真備町)。真備町では死者51人を出しましたが、毎日新聞(2018/7/22)によれば、その9割が自宅で被災しているそうです。足腰が不自由で2階まで上がれず犠牲になった高齢者も多かったとか。

 正常性バイアス

東日本大震災で被災した消防自動車
(石巻市災害ゴミ分別置場)
 具体的に避難行動に移らなかった理由として、「自分はここに何十年も住んでいるが、災害は一度もなかった」「前回の災害でも自宅はなんともなかった」「ハザードマップに何も書かれていないから、ここは安全なところだ」「しばらく様子を見てから」などが挙げられています。とくに高齢者は、消防団員や近所の方が避難を勧めても、なかなかウンと言わず、手こずらせたそうです。東日本大震災では、説得中に一緒に犠牲になった消防団員が数多くいたとか。人間は、考えたくないものは考えない、自分だけは大丈夫、といった思考に陥りやすい傾向があります。これを正常性バイアスnormalcy bias(正常化の偏見)と呼びます。ローマの英雄カエサルも「人は喜んで自己の望むものを信じるものだ」と言っています。
 杞憂という言葉があります。紀元前の中国に杞という国がありました。ある男がいつか天地が崩れ落ちて身の置き所がなくなるのではと心配して夜も眠れず食事もとらなかったという話が伝わっています。このようにいつも万一の事だけ考えているとストレスになりますから、人間にはそうしたことにやや鈍感になる防衛本能があります。一種の本能ですから、その呪縛を解くのはなかなか難しいのです。「自分は大丈夫」という考えがおおもとにありますから、「みんなを助けよう、逃がそう」と考えるのが良い、と言われています。利他の心に訴える訳です。「みんな避難しよう!」と大声で叫びながら率先避難するのです。一人つられて避難する人が出ると、次々に今度は群集心理が働き、避難者が続きます。
 「釜石の奇跡」という有名な話があります。地震発生直後、釜石東中学校の生徒たちは直ちに学校を飛び出し、高台をめがけて走ったそうです。彼らを見て、近所の鵜住居小学校の児童や先生たちもあとに続き、さらには多くの住民もそれに倣います。結果として震災発生時に学校にいた児童・生徒全員の命が大津波から守られたのです。このエピソードの背景には、片田敏孝群馬大学教授の8年に亘る防災教育があります。大人たちは世界一の防潮堤があることで安心しきっており、最初は津波教育など受け入れられなかったそうです。そこで片田教授は、「大事な人のことを考える」「防災は命のつながり」をキーワードに、子供たちを教育し、次いで親たちに働きかけました。つまり、子供たちは親や祖父母が避難してくれると信じて、「てんでんこ」に逃げる、大人も子供たちが避難したと信じて学校には向かわず、その場から高台を目指す、こうした行動が取られた結果が、いわゆる“奇跡”につながったのです。日頃の家族間で信頼関係が築かれていたからこその成果です。前述の利他の心に通じる話です。

 避難所の環境

新燃岳噴火時の高原町避難所ほほえみ館居室と調理室(他に医務室等あり)
 避難したがらないもう一つの理由に、避難所の環境が劣悪だということがあります。熊本地震では直接死50人に対して、関連死が200人を超えました。その原因の一つに避難所環境の劣悪さも挙げられています。日本では避難所イコール体育館というイメージが定着しています。硬い床に毛布、プライバシーはゼロ、配給されるのはおにぎりと乾パンという固定観念があります。確かに、日本の避難所は難民キャンプ以下と言われても仕方がない状況です。難民キャンプには人道憲章に基づくスフィア基準と呼ばれている基準があります。ハード・ソフト両面にわたる包括的なものですから、是非、原文を読んでいただきたいのですが、一例を挙げると、シェルター(避難所)の居住空間は最低限一人当たり3.5m2、天井までの高さは最低でも2mで覆いがあり、適切なプライバシーと安全が確保されていることが条件とされています。
 霧島山の麓、宮崎県高原町は平成の大合併に逆らって合併しなかった小さな町です。2011年新燃岳噴火の際には、総合保健福祉センターほほえみ館が避難所になりました。もともと保健・医療・福祉事業の拠点施設でしたから、診察室やベッド、調理室などさまざまな設備が整っていました。合併しなかったので、世話を焼く役場職員も近所の人、顔見知りでした。避難所としては大変条件の良いところでした。ただ、小さな町で役場職員数が少ないため、36時間勤務と大変だったようですが。広域合併をしたところは、遠方の大規模避難所に集中させる傾向があります。熊本地震では、熊本市では職員の負担を考えて日替わりローテーション体制を採ったため、人間関係がうまく構築出来なかった例もあったそうです。
 こうしたハード面だけでなく、ソフト面でもいろいろ問題があります。とくに都市災害では地域コミュニティが崩壊している負の側面が強く出ています。日頃、「隣は何をする人ぞ」といった無縁生活をしていた人たちが1個所に集まる訳です。家族を失った人もいれば、家族全員無事だった人もいます。乳飲み子や幼子を抱えた人、身障者の方、お年寄り、さまざまな人たちがいます。イビキのひどい人もいます。心ない一言で避難所生活が耐えがたいものになる例もしばしばあります。ストレスがたまって当然です。避難所では何よりも「寛容の精神」が大切です。避難所の心得については「災害時避難場所」をご覧ください。
 最近、避難所・避難生活学会という学会が生まれ、トイレ・キッチン・ベッド=「TKB」の準備を普段から進める必要があると提言しました。
 共同通信社は2019年11月~2020年1月に災害時避難所について全国自治体アンケートを行いました。生活環境について改善すべき点があると答えた自治体は95%に上ったそうです。上位3位を挙げると、①プライバシー確保(54%)、②段ボールベッドや簡易ベッド(43%)、③仮設トイレ(40%)です。

 御上依存

都内某区報(これではダメ!)
 戦後立て続けに台風災害があり、以後、営々と社会資本の整備が行われてきました。山には砂防ダムや洪水調節ダムが建設され、川には立派な堤防が整備されました。自然の渚はコンクリートの護岸に取って代わられました。ハザードマップの公表など、ソフト対策も進んでいます。気象予報も衛星やスーパーコンピュータを用いた数値予報に変わり、格段に進歩すると共に、単なる天気予報から災害警戒情報を出すまでに到っています。しかし、こうした行政の努力が、結果として、逆に防災は行政がやるもの、といった受け身の御上依存体質を生んだように思います。情報依存もあります。気象庁も情報の出し方に苦慮しているようです。地震の震度には最高級の7が、火山噴火ではレベル5が導入されましたし、気象でも特別警報が新設されました。次々にエスカレートして強い言葉が創出されていますが、一般市民の危機感はいっこうに盛り上がっていません。激辛!・超特大!といった言葉遊びになっても困ります。
 ではどうすれば良いのでしょうか。防災の基本は、自分の住む地域の自然の成り立ち(地質地形特性)を知り、どのようなときにどう行動すべきか、一人ひとりが自分の頭で考えることです。生き物としての勘を研ぎ澄ますことが、一番肝心なのです。土砂災害を例に取ると、お薦めは大雨の時のコップ観測です(別に気象庁の観測網が粗くて信用がおけないからではありません)。なるべくなら円筒形のコップを窓の外に出しておき、時々、サッシの窓を開けてコップ内にたまった水量を調べます。時間雨量50mmを超したら、そろそろ避難準備です。雨量だけならスマホでも簡単に知ることができますが、コップ観測の利点は、異常な雨の降り方を肌で感じることが出来る点です。おかしいと肌で感じたら、即、避難しましょう。また、窓を密閉しておくと聞こえない消防車からのアナウンスも、窓を開けると聞こえます。これも利点の一つです。もう一つのお薦めは、自分の住む町を「ブラタモリ」風にご近所の方と一緒に歩いてみることです。紙のハザードマップは所詮二次元情報です。現地の地形を目で実際に確認しておきましょう。自然堤防と旧河道など僅かな高低差が水害では決定的な影響を与えます。微妙な地形の傾斜は徒歩よりも自転車のほうが敏感に分かります。裏山や道路の崖も日頃は単なる風景の一つですが、注意してみると、亀裂が入っていることや水の浸みだしなどを発見することもあります。川の日頃の水位を確認しておくことも大切です。海岸部では津波の避難経路をぜひ下見しておきましょう。

 軒先避難と地縁社会の復権

熊本地震の軒先避難(益城町)
 2016年熊本地震では「軒先避難」なる新語が登場しました。震源地の益城町も熊本市のベッドタウン、都市型の災害でした。地縁社会があった三陸と違って、集団生活のストレスに耐えられなかったのでしょう。最初は車中泊でしたが、エコノミー症候群の恐れがありますから、危険を承知で崩れた自宅の軒先でテント暮らしをはじめたのです。案の定、災害関連死が地震による直接死の4倍に上りました。一方、1997年鹿児島県北西部地震は、郡部のさつま町周辺が震源でした。余震を恐れて農業用ビニールハウスの中に畳を持ち込み、近所の人たちが共同生活を行ったところもありました。自宅は被害を受けたのに、「林間学校みたいで楽しかったぁ~」との感想でした。PTSDも軽微で済みました。日頃の親密なご近所づきあいが底力を発揮したのです。人間には個性があります。取っつきは、何でも自分が関わらないと気が済まず、細かなことを一々ゴチャゴチャいうイヤな人も、つき合ってみると、細やかに気配り目配りできる大変世話好きな良い人だったりします。常日頃のご近所との人間関係が大切なのです。この地域社会のありようがとっさの避難時にも、避難所生活にも、決定的な影響を与えます。平常時に孤独死があるような無縁社会が災害に直面すると、災害弱者が見落とされ、災害関連死が発生しやすくなります。地縁社会の再構築が急務です。鹿児島市内にも町内会の組織率が低下傾向にある高齢化した住宅団地がたくさんあります。上意下達のコミュニティー協議会が次々に打ち出してくる行事や会議に対応するのにアップアップしていて、役員ローテーションが回ってくる前に脱退者が続出するといった事態が起きているようです。町内会は55歳定年、専業主婦が家を守る、3世代同居といった社会が前提となって戦中戦後に組織された制度です。しかし、現在は70歳まで雇用、共働き、核家族、老老介護が当たり前になっています。もう前提が崩れたのに、古いシステムを維持しようとして歪みが起きているのです。都会では、自主防災組織設立以前に、地域自治会の再建が課題になっているのかも知れません。

 伊豆大島における避難率の低下と空振り論

伊豆大島における避難率の推移(加治屋ほか,2018)
 2018年、伊豆大島における避難率の低下に関する論文が出ました(加治屋ほか,2018)。伊豆大島では2013年の台風災害で39名の犠牲者を出しています。この災害後3年間に6回の避難勧告発令があったそうですが、避難率は40%から5%に激減しています。その原因として、①避難勧告の空振り、②避難所の環境、③時間経過に伴う危機意識の薄れ、④避難行動の困難な高齢者の存在を挙げています。
 この空振り論に対して、矢守克也京大防災研教授は「空振り」ではなく、本番に具えた「素振り」と捉えようと提案しておられます。野球選手が練習として行う素振りです。人間ドックを受診して「異常なし」と診断された時、ドック受診は空振りで無駄だったと考えるでしょうか。異常がなくて良かったと考えるのが普通です。人間ドックは自分の意志で病院へ足を運んだのに対し、災害避難は行政の指示で避難所に「行かされた」と考えるからです。上述したように、防災は御上がやるもの、との考えが根底にあります。発想の転換が必要です。

 フローの情報とストックの情報

 避難したがらない理由の一つに避難所の劣悪な環境があると上に述べました。ここで避難情報について考えてみましょう。災害時には、気象庁からさまざまな警報が出されますし、自治体からは避難勧告や避難命令が出されます。しかし、それに従う人は少ないのが現状です。室崎(2018)は避難情報を「行動を促すための刺激は記憶などの情報」と定義し、さらにフローの情報とストックの情報とに分けて考えています。前者は、メディアや防災無線などで提供されるものだけでなく、降雨状況など視覚や聴覚など五感を通じて受容されるリアルタイムの情報です。それに対し、後者は、過去の学習や経験により大脳に蓄積された記憶や経験知を言います。迅速に正確にフローの情報が出されたとしても、ストックの情報が不適切だと、その情報を正しく理解できず、実際の避難行動にはつながりません。冒頭の真備町の例で言えば、ちょっとした地学の常識があれば、この地域は安全でない場所だと思って避難したでしょう。災害ではハードとソフトの両方の対策が重要と言われますが、そのほかにヒューマンウェアというストック情報の充実が重要です。そのためには、やはり防災教育の改善が求められています。単なるハウツーものの知識の詰め込みや精神主義的な訓練の繰り返しになっていないか、見直しが必要です。危険を察知する力、状況を判断する力、事前に準備する力が求められています。

 大雨警戒レベルの配色

大雨警戒レベルの現行配色大雨警戒レベルの新しい配色
 風水害の場合、避難に際して一番参考になるのが行政から発表される大雨警戒レベルです。2017年1月のガイドライン改定で打ち出されたのですが、色の識別しにくい人にとって見づらいとの批判がありましたので、内閣府では2020年5月配色をRGB値でキチッと決めました。今後はこれに統一して欲しいとのことです。また、レベル4で取るべき行動を「全員避難」としていましたが、災害リスクのない場所にいる人まで避難が必要との誤解を招くとして、「危険な場所から全員避難」と改めました。

 究極の事前避難=伊豆の踊子

伊豆の踊子(フラワーパークかごしま)背景は開聞岳
 指宿市山川のフラワーパークかごしまに早咲きの桜「伊豆の踊子」があります。エドヒガンとカンヒザクラの交雑種です。「伊豆」と地名を冠した桜が山川にあるのには訳があります。
 1965年、当時静岡県熱海市にお住まいの造園士石川武夫氏(故人)が伊東市川奈の山中でピンク色の早咲きの桜を発見、接ぎ木で増やして、「伊豆の踊子」と命名されました。
 ところがその後、東海地震説が打ち出され、静岡は危険地帯とされました。石井氏は桜に被害が及ぶのを恐れ、吹上町入来(現日置市)に引っ越しをしました。その後、重病になられ、手入れできなくなったので、2002年、山川フラワーパークに寄贈されたのです。カンヒザクラと並んで春一番に咲く桜として親しまれています。「事前の避難が大切」と良く言われますが、これは究極の事前避難です。

文献
  1. アマンダ・リプリー (著), 岡真知子 (訳) (2009), 生き残る判断 生き残れない行動. 光文社, 387pp.
  2. 広瀬弘忠(2004), 人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学. 集英社新書, 238pp.
  3. 広瀬弘忠(2011), きちんと逃げる―災害心理学に学ぶ危機との闘い方. アスペクト, 160pp.
  4. 加治屋秋美・赤石一英・横田 崇・草野富二雄・関谷直也・高橋義徳(2018), 2013年伊豆大島土砂災害後における避難率の低下とアンケート調査等に基づくその原因および対策. 災害情報, Vol.16, No.1, p.37-47.
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  7. 片田敏孝(2017), 特集 子どもたちとサバイバル ~対災力の育て方~ : (1) 生き抜く力を育む防災教育. チャイルドヘルス, Vol.20, No.12, p..
  8. 室崎益輝(2018), 避難情報がなぜ「適切な避難行動」に結びつかないのか. 消防防災の科学, No.134, p.41-43.
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  10. 消防防災科学センター(2020), 特集 災害時の人間の心理と行動. 消防防災の科学, No.139(2020冬号).
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  13. 矢守克也(2018), 空振り・FACPモデル・避難スイッチ―豪雨災害の避難について再考する―. 消防防災の科学, No.134, p.7-11.
  14. (), . , Vol., No., p..

京都大学春秋講義「平成の災害に学ぶ災害への備え」
矢守克也 教授 (防災研究所)2019年9月8日
京都大学春秋講義「平成の災害に学ぶ災害への備え」
矢守克也 教授 (防災研究所)Ch.4 2019年9月8日
参考サイト:



初出日:2018/07/07
更新日:2020/09/11