シラスダム―西之谷ダム

 シラスは侵食に弱いのが特徴です。したがって、普通はそのようなところにダムは造りません。しかし、やむを得ない場合もあります。それが鹿児島市内を流れる新川の支流西之谷川に建設された流水型洪水調節ダムの西之谷ダム(地図の青丸)です。

 新川の歴史

先史時代の鹿児島の河川城ヶ平橋の水神様新川水系(濃い青が支流西之谷川:地理院地図では田上川としている)
(地質図をクリックすると、当該地点の地質解説がポップアップします。)
平成5(1993)年8・6水害水防用土嚢
下駄履き住宅で自衛拡幅途中の光景
 新川は、本来、唐湊周辺の沢の水を流す小河川でした。それを1806年(文化3年)集水域の広い田上川と運河で繋いだのです。それを記念した水神碑(地図の赤丸)が城ヶ平橋付近に建っています。荒田の水田開発のためだったのでしょう。碑文は次の通りです。
 新川筋凡千五拾間横拾間通
 文化三丙○年二月○日
 川奉行 平田平右衛門
  ○右用地方○○ 黒○正右衛門
 蟹が甲羅に合わせて穴を掘るように、河川も集水面積に応じた大きさの谷を穿ちます。当然、従来の新川では田上川の水を排水することは出来ません。したがって、新川沿いは年中行事のように洪水が起きる水害の常襲地帯でした。甲突川が氾濫したとして名高い8・6水害の時にも新川も氾濫し、鹿大工学部門周辺も浸水しました。住民は下駄履き住宅を建てたり、水防用土嚢を準備したり、自衛手段を講じていました。行政も手をこまねいていたわけでなく、半世紀ほど前から河川拡幅を始めました。しかし、江戸時代から住み着いた土地を手放すのは抵抗が多く、用地買収が遅々として進みませんでした。涙橋付近の下流から初めて、最近、ようやく城ヶ平橋付近まで拡幅されました。一方、上流部には大峯団地・西陵団地・武岡団地・田上団地などが次々と造成され、保水力が低下していき、ピーク時流量も多くなりました。加えて最近は温暖化のためか、降水量も増えつつあります。

 西之谷ダム

ダム軸の岩盤(2010.5.29撮影)試験湛水(2012.12.13撮影)池敷きのビオトープ
 したがって、河川拡幅だけでは、対処できないとして、新川流域の35%を占める支流西之谷川(地理院地図では田上川)に総貯水量793,000m3の洪水調節ダムを建設する話が持ち上がりました。昭和47(1972)年のことです。普段は水を溜めず、魚などが行き来できる流水型にし、洪水の時だけ、ここに水を溜めて、ピーク時流量を減らそうと言うわけです。平成4(1992)年度には事業が採択され、平成24(2012)年完成しました。地図の靑バルーンの位置です。
 まず最初に問題になったのが地質です。ダム堤体基礎を第四紀の城山層に置かざるを得ませんでした。第四紀層は一般の重力式ダムの基礎に比し軟質です。おまけに河床砂礫の残存部もありました。こうした軟質部ではコンクリートによる置き換えで対処しました。また、池敷きの法面はシラスですから、湛水時の漏水や斜面崩壊の危険もあります。これに対しては、造成アバットメント工法で対処したそうです。なお、流水型ですから、ビオトープなど環境面での利活用も考えられているようです。<注>図面は鹿児島地域振興局のリーフレットからの引用。
 なお、流水型ダムについて、小松(2015)は、従来型の大規模な貯水ダムよりも、小規模流水型ダム群を用いた新しい治水方策のほうが良いと提案しています。オーストリアでは既に採用されているそうです。

文献:

  1. 淵上祐史・皆川朋子・島谷幸宏・林博徳・日高正明・渡辺亮一・山崎惟義・伊豫岡宏樹(2011), 西之谷ダム貯水地における環境整備計画に関する研究. 土木学会西部支部研究発表会 (2011.3), VII-025, p.795.
  2. 日高正明・丸田満弘・坂本忠義(2012), 西之谷ダムの設計・施工(その1) -堆積軟岩及び火砕流堆積物(シラス)に対する地質調査-. ダム技術, No.312, p.48-59.
  3. 岩松 暉・福重安雄・郡山 榮(1989), シラスの応用地質学的諸問題. 地學雜誌, Vol.98,No. 4, p.379-400.
  4. 鹿児島地域振興局建設部(), 安全な都市河川 新川の治水対策 西之谷ダム~安全な県土づくり~. 鹿児島県リーフレット.
  5. 小松利光(2015), レジリエンス向上のための防災・減災分野の適応策. 学術の動向, Vol.20, No.7, p.18-26.
  6. 皆川朋子(2014), 西之谷ダムの環境整備 : 流水型ダム貯水池を活用した湿地再生. ダム日本, No.832, p.38-40.
  7. 牧野泰彦(2010), 鹿児島市内の小河川,田上川(新川)の地形と河床堆積物. 2010年日本地学教育学会鹿児島大会プレ巡検案内書, 27pp.
  8. 新田福美・丸田満弘(2010), 西之谷ダム(流水型ダム)の概要について. 土木技術, Vol.65, N0.2, p. 65-67. 段波洪水に対する流水型ダムの洪水制御能力の定量評価. 土木学会論文集B1(水工学), Vol.68, No.4, p.I_871-I_876.
  9. 坂本忠義(2011), 西之谷ダムの施工~施工中に生じた課題と対応~. 鹿児島県建設技術センター建設技術研修会報告書, 19pp.
  10. 白水千穂(2012), 流水型ダムが下流河川に及ぼす影響に関する研究.
  11. 菅原利夫・猿山光男・栗原英一(1972), 南九州地域シラス地帯におけるダム築造上の問題点について. 農業土木学会誌, Vol.40, No.3, p.193-200.

    初出日:2016/04/07
    更新日:2020/12/01