知的公共財としての地質地盤情報
災害と地質地形
新潟地震地盤災害図(新潟大・深田研,1964) |
新潟地震は1964年でしたが、その後も高度成長の波に乗り、全国各地で乱開発が行われます。自然の渚は埋め立てられ、臨海工業地帯が造成されましたし、人口の都市集中に伴って、都市近郊の丘陵地帯は宅地化されました。地質地盤情報に無関心なまま、無秩序に利便性だけを追い求め、地質的に問題のあるところへ進出したのです。まさに「知らぬが仏」の状態でした。こんなことで良いのでしょうか。
高度成長期は幸いにして地学的に平穏な時期でしたが、最近は「大地動乱の時代」に入ったのではないかと言われています。孫子の兵法では「彼を知りて己を知れば、百戦して
土木建設と地質地盤
殉職碑(作業員の雨合羽に注意) | |
御殿場線と丹那トンネル(土木学会) | 地質断面図と事故発生箇所 |
渡邊 貫(1898-1974) |
- 工事着手當時にあっては、土木技術者は地質といふ事には、大して關心を持って居りませんでした。
- 丹那トンネルの工事が、着手前の地質調査の不備の爲、つまづいた事はいなめない事實です。今少しく當初に理解があったら、何等かの方法があったかも知れません。
- 土木地質學の目的は、唯單に斷層の存否や湧水の多寡だけを知るのが目的ではありません。岩石の硬軟は元より、斷層や湧水等工事に影響するものゝはっきりした位置及大(き(原文になし))さを指示し、そのため工事はどの程度の準備計畫を以て當らねばならぬかを、完全に想定し得られる様になってこそ、土木技術と地質學とは此處に渾然として一體となり、完全なる工事を進める事が出來る様になるものと思ひます。
地質学の有用性を痛感した鉄道大臣は、1930年、鉄道地質研究10ヶ年計画を提唱しますが、時代は戦時色を強めていき、基礎研究・基礎調査をおろそかにして力尽くで物を造る方向に進みます。竹槍精神です。
資源も同様でした。鉱徴のあるところは、むやみと狸掘りをしました。「石油の一滴は血の一滴」のスローガンの下、人命の危険も顧みず石油の坑道掘削まで行われました。
地質地盤情報の公開
増上寺から見た東京タワー |
しかし、工学的あるいは政治経済的にサイトが決まり、その後、ボーリング等が行われ、支持力を決定、詳細設計が行われるのが通例となりました。やはり力尽くで建設する戦前の風潮が引き継がれたのです。しかも、地質コンサルタントには守秘義務が課され、地質地盤情報が公開されることはありませんでした。なぜそうなったかは詳らかではありませんが、対価を払って得たデータは施主の財産だ、との発想があったのかも知れません。サイトは別の要因で決まっていて動かせないので、都合の悪いデータは敢えて公開しないという思惑があったのでは、との意地悪い見方もあるようです。
産総研コンソーシアム提言 | 国交省検討会提言 | 地質図Navi |
そこで、2000年代初頭、地質地盤情報の整備・活用の気運が盛り上がります。2007年、産総研コンソーシアムの地質地盤情報協議会と国交省の地盤情報の集積および利活用に関する検討会が、同時に全面無償公開の方針を打ち出しました。これによって、現在、官の保有するボーリングデータがKuniJibanで公開されています。なお、地質図は地質図Naviで、国土地理院の地形図類は地理院地図で無償公開されています。情報公開法が制定され(2001)、情報公開が時代の流れになってきたことも追い風となりました。
法整備の必要性
利活用の多様な展開(法整備協議会) |
法整備協議会冊子 | 学術会議提言 | 学術会議シンポジウム | 法整備考える会パンフレット |
民有地の地下地質情報を公開すると地価に影響する、といった声を聞きます。しかし、損保協会などはずっと以前から損害保険料率算定会災害科学研究会などを置いて、『災害の研究』という本を毎年出版してきました。実は地価には災害危険度も既に反映されているのです。「ハザードマップ」でも述べたように、阪神大震災頃から、ハザードマップ公表のコンセンサスは得られており、国や自治体から数多く発行されています。「人の命は地球より重い」ということで、この財産価値云々の問題は決着済みです。ボーリング屋さんの仕事がなくなると心配する向きもあります。しかし、地盤の悪い兆候があれば、もっと厳密な調査を数多く実施する必要性が高まるのが普通です。Kunijibanで公開された周辺のボーリング発注が減ったという事実は聞いていません。
それではボーリングデータなど地質地盤情報を公開するメリットはどこにあるのでしょう。上に新潟地震と丹那トンネルの例を挙げました。事前に地質に注意を払っていれば、地質リスクを回避でき、減災にも、安全安価な施工にも役立ったはずです。事前の調査費は事後の対策費に比してはるかに少なくて済み、トータルコスト縮減に貢献できます。地質・地盤情報活用促進に関する法整備推進協議会は、次のように述べています。
- 地質地盤情報は、災害に強いまちづくりや国土計画などに必須の国民の共有財産として価値があり、安全・安心で強靭な社会の構築に貢献するものである。
文献
- 地質地盤情報協議会(2007), 地質地盤情報の整備・活用に向けた提言―防災、新ビジネス等に資するボーリングデータの活用―. 産総研地質調査総合センター, 98pp.
- 地盤情報の集積および利活用に関する検討会(2007), 地盤情報の高度な利活用に向けて 提言 ~集積と提供のあり方~. 国交省, 9pp.
- 岩松 暉(2010), 新しい地的社会をめざして. 地質ニュース, No.667, p.8-13.
- 日本学術会議地球惑星科学委員会(2013), 地質地盤情報の共有化に向けて-安全・安心な社会構築のための 地質地盤情報に関する法整備-. 日本学術会議, 21pp.
- 地質地盤情報活用検討委員会(2015), 地質地盤情報の活用と法整備. 地質・地盤情報活用促進に関する法整備推進協議会, 47pp.
- 地質・地盤情報活用促進に関する法整備推進協議会(2015), わが国の地下に眠るビッグデータ・・・ 国民の安全・安心と国土強靱化のために地盤情報の再活用を !! そのための法整備を !!. 全国地質調査業協会連合会, 4pp.
- 日本地質学会第122年学術大会特別講演会 (長野)(2015), 地質地盤情報の利活用と法整備. 日本地質学会, 7pp.
- 栗本史雄(2016), 地質・地盤情報の法整備に向けた取り組み. 日本地質学会講演要旨, p..
- 宇賀克也(2017), 情報公開・個人情報保護実務セミナー(43)地質地盤情報の共有化と公開. 季報情報公開個人情報保護, Vol.65, No., p.43-65.
- 佃 栄吉(2018), リスク認知のための官民協働による戦略的地質地盤情報整備. 学術の動向, Vol.23, No.3, p.81-83.
- 新潟大学理学部地鉱教室・深田地質研究所(1964), 新潟地震地盤災害図, 新潟大学, 6葉.
- 鐵道省熱海建設事務所編(1933), 丹那トンネルの話. 工業雜誌社, 224pp.
- Terzaghi, K.(1943), Theoretical Soil Mechanics, John Wiley and Sons, pp.
- Terzaghi, K., Peck, R. B. and Mesri, G.(1966), Soil Mechanics in Engineering Practice. John Wiley and Sons, pp.
- 渡邊 貫(1935), 地質工學. 古今書院, 627pp+増補93pp.
- 大島洋志(2006), 温故知新 渡邊 貫の地質工学再考. 応用地質, Vol.47, No.1, p.27-38.
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参考サイト:
- 地質地盤情報の活用と法整備を考える会
- 土木学会戦前土木絵葉書ライブラリー
- 問題をまき起した丹那隧道―着手後ここに満十二年(東京日日新聞 1930:神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫)
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 一般財団法人国土地盤情報センター
更新日:2018/04/01
更新日:2019/10/01