地質リスクとはイギリスの検証例リスクアセスメントガイドラインの策定

 地質リスク

 地質リスクとは

大陸と比して地質の複雑な日本列島(全地連,2013)
 日本列島は若い変動帯に位置していますから、安定大陸cratonと違って地質が複雑です。その上、湿潤温暖な温帯ですので、植生が生い茂り、砂漠のように全面露頭ではありません。現地踏査やボーリングあるいは物理探査をやっても、所詮、点と線、どうしても地質調査の結果には予見できない不確かな部分が残されます。そのような地質調査結果の不確実性を地質リスク(あるいは、不確実性によって生じるコスト)と呼びます。従来はやむを得ないものとして、施工時の設計変更で対応していきました。あるいは過剰設計があって、高コストだったこともあったでしょう。地質リスク軽減のためには地質地盤情報の有効活用と地質の技術顧問によるプロセスマネジメント、リスクの計量化などが必要です。
 今回の新国立競技場問題が良いアナロジーです。設計コンペの前に、サブ競技場も含めた競技団体側の要望、災害時の防災施設としての危機管理当局の要請、イベント会場としての芸術団体の要望、神宮外苑としての自然環境面からの配慮などなどを総合的多面的に検討した上で、経済性・施工性などを考慮して、ベストな設計条件を提示すべきでした。それらを度外視したままデザインだけを優先したために、法外な金額になり、景観も台無しになってしまうデザインが採用されてしまいました。結局、白紙に戻され、手戻りです。その上、違約金など60億円以上の無駄な出費を強いられました。
 従来の公共工事でも、プランニングの段階で地質関係者がタッチしていなかったため、同様な問題を引き起こした例が多々ありました。キャップロック型地すべり・崩壊で述べた入来峠付近の国道328号における地すべりなどが、県内で起こった事例の一つです。道路の線型だけを考えたのでしょう。ダムでも、地形だけで最大貯水量の位置にダムサイトを決め、地質的に問題が起きた例もあります。

 イギリスの検証例

 実はイギリスに先例があります。サッチャー改革で調査費が大幅に削減されました。その結果、事故・費用増大・工期遅延などさまざまな副作用が噴出しました。そこで、役所・学会・職能団体(日本の技術士会のようなもの)の三者でSite Investigation Steering Groupを結成、検証作業が行われました。その報告書第1巻のタイトルが“Without site investigation ground is a hazard”(現地調査なしでは地盤は危険)です。いくつか引用してみましょう。
イギリスSite Investigation Steering Groupの報告書
トンネル長当たりのボーリング長(m)と計画変更率
♦ Industrial Building Projects ♦ Highway Construction Projects ♦ Road and Bridge Projects ♦ Underground Projects ♦ Cheaper does not necessarily mean better ♦ Solution to the Problem

 リスクアセスメント

プロセスマネージメント(佐橋,2007)
 それではどうしたら良いのでしょうか。右図(佐橋,2007)をご覧ください。楽観的シナリオでスタートするほうが工費が安いので、財政当局や議会の承認を得やすいですから、それでスタートします。工事途中で地質的な問題が起き、設計変更になり、工事費も増大しますし、メンテナンス費用にも影響を及ぼすことがあります。トータルコストとしては、事前の地質調査を倹約した金額の何倍もの負担増になります。それよりも、プランニングの段階から地質顧問を介在させ、地質的なリスクを洗い出し、リスクマネジメント計画に基づく悲観的シナリオからスタートし、各段階ごとにプロセス管理をしていくほうが合理的で、かつ、トータルコストも安くつきます。今後は、このようなリスクアセスメントが主流となっていくでしょう。

 ガイドラインの策定

地質・地盤リスクマネジメントのプロセス
(国交省,2020)
福岡地下鉄陥没事故(2016/11/08)
(福岡地下鉄HPによる)
 2016年11月8日、福岡市地下鉄七隈線延伸工事に伴う道路陥没事故があり、話題になりました。国交省ではこれを受けて検討委員会を設け、「地下空間の利活用に関する安全技術の確立について」なる答申を受けました。この答申では「地下工事における地盤リスクアセスメントの技術的手法の確立と、その技術体系の確立や専門家の育成」が謳われていました。これを受け、2019年「土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会」が検討を続けた結果、2020年3月「土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン」が策定されたのです。ガイドラインといっても、このリスクは地質・地盤の不確実性に起因するものですから、画一的な対応や組織づくりを求めるものではなく、「どのような形で地質・地盤リスクマネジメントを導入・運用すれば、当該事業において地質・地盤リスクへの対応が最適なものとなるかという考え方を示したもの」としている点がユニークです。内容を見てみましょう。
 地質・地盤リスクとは地質・地盤の不確実性に起因して計画や想定との乖離によって生じる影響と捉え、地質・地盤リスクアセスメントとは、地質・地盤リスクを評価し最適なリスク対応を決定実施するための組織・仕組みを構築運用し、継続的に改善していくプロセスないし活動と定義しています。そして、事業全体の最適な計画を立てることによって、事業の効率や生産性の 向上という新たな価値を創造することを目指すものと、考え方の基本を示しています。実際のマネジメントに際しては、発注者はもとより、地質調査業者・設計コンサルタント業者・建設業者さらには維持管理業者までがONE-TEAM体制で連携することの重要性を強調しています。そのためには情報の見える化と共有、PDCAサイクルによる不断の見直しが肝心と述べています。

文献:
  1. 佐橋義仁(2016), 建設事業マネジメント論―CMの本質とは―. 建設技術研究所, 213pp.
  2. 高崎英邦・佐橋義仁・石井信明(2004), 進化する建設マネジメント. 建設図書, 217pp.
  3. 渡邊法美(2006), リスクマネジメントの視点から見たわが国の公共工事入札・契約方式の特性分析と改革に関する一考察. 土木学会論文集F, Vol.62, No.4, p.684-703.
  4. 社団法人全国地質調査業協会連合会(2007), 地質リスクに関する調査・研究. 61pp.
  5. 地質リスク学会・社団法人全国地質調査業協会連合会(2010), 地質リスクマネジメント入門. オーム社, 216pp.
  6. 一般社団法人全国地質調査業協会連合会(2015), 地質リスク調査検討業務発注ガイド―地質に係わる事業損失を軽減するために―. 9pp.
  7. 一般社団法人全国地質調査業協会連合会(2016), 2016改訂版 地質リスク調査検討業務発注ガイド―建設事業の生産性向上と品質向上のために―. 39pp.
  8. Clayton, C. R. I.著・英国土木学会編・全地連訳(2016), ジオリスクマネジメント: 地質リスクマネジメントによる建設工事の生産性向上とコスト縮減. 古今書院, 108pp.
  9. Littlejohn, G. S., Cole, K. W. & Mellors, T. W. (1994), Without site investigation ground is a hazard. Proceedings - ICE: Civil Engineering, Vol.102, No.2, p.72-78.
  10. Site investigation steering group(1993), Without Site Investigation, Ground is a Hazard. Thomas Telford Services Ltd, 49pp.
  11. Site investigation steering group(1993), Planning, Procurement and Quality Management. Thomas Telford Services Ltd, 35pp. .
  12. 国土交通省大臣官房 技術調査課・国立研究開発法人 土木研究所・土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会(2020), 土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン―関係者が ONE-TEAM でリスクに対応するために―. 国土交通省, 69pp.
  13. (), . pp.
  14. (), . pp.
  15. (), . pp.
参考サイト


初出日:2015/08/12
更新日:2020/04/06