黒潮とはトカラ海域の海底地形海流発電黒潮文化

 黒潮

 黒潮とは

全年の海流平均値(海洋台帳)冬期の海流・海水温度・塩分濃度(国土地理院)
 黒潮は、北太平洋赤道付近の北東貿易風と中緯度の偏西風によって駆動された北太平洋亜熱帯循環流(時計回り)の一部で、コリオリ力によって流速が大きくなっている部分(西岸強化流)です。「ジオ多様性」で述べたように、世界最大の火山オントンジャワ海台のウォームウォータープールで生まれた暖かな海水から流れ出しているのだそうです。一般に琉球海溝から南海トラフに沿って流れていると誤解されているようですが、実は台湾と与那国島間の狭い海峡から東シナ海に入り込み、大陸棚の縁に沿って北上、トカラ海峡から太平洋(フィリピン海)に出ています。
 その流速は最大で4ノット(約7.4km/h)、平均流量は約40Sv(スベルドラップSverdrup)です。Svは有名な海洋学者の名前に因んでおり、1Sv=1,000,000m3/secです。国内大河川の豪雨時の流量が約0.1Svですから、黒潮がいかに大きな流れか分かると思います。その幅や深さは海ですから測りようがありませんが、流速0.5m以上の部分は幅100km、深さ1000mと言われています。
 黒潮と呼ばれるようになった由来は、海水の色が紺色~青黒色を呈しているためですが、これは貧栄養(プランクトンが少ない)で透明度が高いためです。水温は冬期で19~21℃、夏期で20~23℃あり、東シナ海よりも1~2℃高くなっています。塩分は高く、34~34.2‰もあります。東シナ海は長江など大陸河川の流入によって著しく低塩分です。
<注> 黒潮の流れは、流体力学的にはもっと厳密な説明が必要です。コリオリ力のベータ効果やエクマン輸送など、難しい概念を理解しなければなりません。興味のある方は海洋物理学の本を読んでください。なお、黒潮は「潮」という字が使われていますが、潮流ではありません。潮流(潮汐流)は潮汐(月と太陽の引力による海面の上下動)を補う流れのことです。

 トカラ海域の海底地形

 上に黒潮は、東シナ海では大陸棚の縁に沿って流れると書きましたが、それは沖縄トラフ(沖縄舟状海盆)の西斜面を意味します。沖縄トラフはフィリピン海プレートの沈み込みに伴う背弧海盆で、約200万年前ごろから拡大を開始したとされています。もっと拡大が進み、別府島原地溝にまで連結すると、黒潮は瀬戸内海へ流れるかも知れません。
 現在は、草垣群島や大隅諸島が立ちはだかっていますし、その前方にはトカラの火山島や海台・海丘(曽根・堆)群が点在していて、ブレーキ役を果たしているので、ここで東に強制的に曲げられるのでしょう。横瀬ほか(2010)は、トカラ横ずれ断層(小宝島と悪石島間の海峡)より北側の海丘群を、NNE-SSW方向の軸を持つ3列が認められるとしています。直線状をなすかどうかはともかくとして、多くの海丘群が存在することは事実ですから、海流の擾乱や複雑な渦流の発生が想像されます。もしかすると、これらの擾乱や小渦流が黒潮大蛇行の引き金になるのかも知れません。海洋学者も気象学者も地形のことはあまり念頭にないようですが、検討していただきたいものです。
海底地形図(50mコンター)(日本海洋データセンターJODC 500mメッシュDEMより作成)(背景は産総研琉球島弧周辺広域海底地質図)

 海流発電

海流発電実証機「かいりゅう」(IHIによる)相反転式海流発電(NEDOによる)
 現在、地球温暖化は深刻な状況になっており、自然エネルギーへの転換が喫緊の課題になっています。風力発電や太陽光発電が実用化されていますが、天候に左右されるという欠点があります。そこで、地熱発電や海流発電が注目を集めています。地熱については「鹿児島の地熱」をご参照ください。
 海流発電は水力発電同様、海流でタービンを回して発電する仕組みです。プロペラの回転軸が水平なものと鉛直なものなど各種あります。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、2017年IHIと共同で、口之島沖合で実証実験を行いました。その結果、最大約30kWの発電出力が得られたそうです。

 黒潮文化

黒潮文化(日高,2005)
 島崎藤村の叙情詩「椰子の実」に端的に表現されているように、昔から黒潮は人々のロマンを掻き立ててきました。古くは日本人南方起源説などもありました(柳田,1961)。DNA解析技術が進歩し、日本人の起源はそう単純ではなさそうですが、海の道・黒潮がさまざまな風俗・習慣・文物の交流に役立っていたことは間違いありません。文化cultureはラテン語のcultūra(耕す)に由来しますから、狩猟採集の原始的な縄文文化と進んだ弥生の農耕文化といった具合に思い込まされてきました。海の民にスポットを当て、「海は隔てるものではなく、つなぐもの」と主張したのは網野善彦氏です(『海から見た日本史像』など)。確かに糸魚川のヒスイは沿海州にまで伝わっています。
 直接、黒潮を論じたのは日高旺氏です。『黒潮の文化誌』で、文化を「それぞれの国、それぞれの地域における、物心両面にわたる生活活動の集積したもの」と定義し、黒潮文化は「漂着、漂流の文化」「渡来する文化」であると述べています。農業も照葉樹林焼畑農耕文化で、稲作ではなく里芋などの根栽が中心でした。酒も醸造酒ではなく蒸留酒の文化圏です(「鹿児島の焼酎」参照)。その他、仮面来訪神やノロ(祝女)、あるいは闘牛などの習俗も黒潮圏には広がっていました。南から来た作物や習俗などが、この黒潮文化圏で醸成され、ヤマト文化圏に伝わっていきました。黒潮は文化伝播の道でもあったのです。それは古代に限りません。火縄銃やキリスト教も鹿児島から伝わりました。薩摩芋・薩摩揚げ・薩摩汁といった食品名が今も使われています。幕末の殖産興業・富国強兵策もその例かも知れません。
<注1> 図でヤポネシアとあるのは島尾(1977)の造語です。Nesiaは、ギリシア語の島嶼を意味するnesosと国などの意味を持つ接尾辞iaを合成した語ですから、Polynesiaは多数の島々、Indonesiaはインドの島々という意味になります。島尾はこのnesiaとJapanを結びつけたのでしょう。
<注2> 2018年2月、鶴丸城(鹿児島城)御楼門復元に伴う発掘で、切支丹瓦が見つかっています。築城当時の島津家に篤い信者がいたことがうかがわれます。なお、初代薩摩藩主家久の義母永俊尼との関連が取り沙汰されています(南日本新聞2018/2/17付記事による)。永俊尼はカタリナ永俊という洗礼名を持つ切支丹でした。


文献
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  5. 日高 旺(2005), 黒潮の文化誌. 南方新社, 291pp.
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  18. Stommel, H. & Yoshida, K. ed.(1972), Kuroshio : its physical aspects. Univ. Tokyo Press, 517pp.
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  21. 横瀬久芳・佐藤 創・藤本悠太・Maria Hannah T. MIRABUENO・小林哲夫・秋元和實・吉村 浩・森井康宏・山脇信博・石井輝秋・本座栄一(2010), トカラ列島における中期更新世の酸性海底火山活動. 地学雑誌, Vol.119, No.1, p.46-68.
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参考サイト: