ジオ多様性

霧島山の植生(霧島ジオパークによる)ワインと地質(Cita, et al,2004)フランスワイン産地の岩石
(某銀座フランス料理店の展示)
 1992年のリオにおける地球サミット以来、生物多様性biodiversityという言葉が広く知れ渡りました。このサミットで生物の多様性に関する条約が調印され、1993年に発効しました。これに基づき、わが国においても2008年生物多様性基本法が施行されました。
 その背景には、野生生物の種の絶滅がかつてない速度で進行し、その原因となっている生物の生息環境が悪化し
英国地質調査所(BGS)出版物
新燃岳噴火後のミヤマキリシマ
たこと、生態系の破壊が深刻になってきたことが挙げられます。では、どうすればよいのでしょうか。単に貴重種や絶滅危惧種を動物園や植物園に保存しても仕方がありません。動物は植物に依存して生きていますし、その植物は土壌の上に生えています。土壌は、基盤の地質・地形に強く 規制されています。生物多様性を守るためには、ジオ多様性geodiversityを守らなければならないのです。
 例えば、蛇紋岩は植物にとって有害なMgに富んでいますし、石灰岩はCaCo3からなります。それぞれ特有の植生が見られます。蛇紋岩植生・石灰岩植生といった言葉があるくらいです。そのような特殊な地質ではなくとも、基盤の地質が植物に与える影響を見ることができます。ワインも、基盤の地質によって味が違うのだそうです。ブドウの生育に、土壌や地下水の化学成分、地質に起因する地形の違いなど、複雑な要因が絡んでいるのでしょう。2004年イタリアのフィレンツェで開催された第32回国際地質学会議IGCでは"Italian Wines and Geology"という本が配付されて好評を博しました。実際、東京銀座の某有名フランス料理店にはフランスの有名ワイン産地の岩石が展示されています。ワインだけではありません。イギリス地質調査所からは"Whisky on the Rocks"というれっきとした政府刊行物も出ています。もちろん、ウイスキーをオンザロックで飲む話ではなく、Origins of the ‘Water of Life’という副題が付いています。
 火山活動も植生に影響を与えます。桜島の溶岩原で、大正溶岩と昭和溶岩では、松の樹高に歴然と差が出ています。もっと古い文明・安永溶岩地帯には、照葉樹が茂っています。屋久島の植生垂直分布は模式的として有名です。海岸部ではハイビスカスなど熱帯の花が咲いているのに、高山部ではヤクシマシャクナゲが咲いています。これは主として標高差による気温変化(標高100mごとに気温は0.6度下がる)によります。しかし、霧島山では、えびの高原の韓国岳登山道にミヤマキリシマが咲いているのに、甑岳にはなく、ブナなど寒い地方の樹木が生えています。それはなぜでしょうか。甑岳が活動を停止した後も韓国岳が活動を続けていたからです。ミヤマキリシマは火山の裸地でも生き延びられますが、遷移が進んで森林化すると消滅します。甑岳のブナ林は氷河期の生き残りでしょう。2011年の新燃岳噴火でミヤマキリシマも打撃を受けましたが、しぶとく根を張り、生きのびました。

 グローバル・テクトニクスと日本列島

オントンジャワ海台(JAMSTEC,2012)
 もっとマクロに見てみましょう。ニューギニアの北東にオントンジャワ海台Ontong Java Plateauがあります。前期白亜紀(123~119Ma)に形成された世界最大の洪水玄武岩台地です。この超巨大な火山活動によって、海洋無酸素事変が起こり、生物の大量絶滅が発生しました。陸上では放出されたCO2のため、地球温暖化を引き起こし、極域の氷床を溶かし、それがまた海洋大規模循環をストップさせたとか、いろいろ言われています。ここではそんな大昔の話ではなく、現在の話をしましょう。浅い広大な海台は暖かな海水を生みます。ウォームウォータープールができるのです。そこから流れ出るのが黒潮です。日本列島の気候に大きな影響を与えています。
 新生代始新世(5,000~5,500万年前)、インドプレートがユーラシアプレートに衝突、世界の屋根と言われるヒマラヤ山脈とネパール高原が形成されました。モンスーンは海陸風ですから、アフリカ東岸・インド洋のモンスーンは、本来、アジア大陸に向かうべきものですが、ヒマラヤ高地に阻まれ、日本列島のほうにやってくるのです。こうして日本はアジアモンスーン帯に位置するようになったのです。この海流と気流が日本列島の気候と生物相を大きく左右しています。

文献:
  1. Cita, M. B., S. Chiesa, R. Colacicchi, G. Mirocle Crisci, P. Massiotta & M. Parotto(2004), Italian Wines and Geology. 32nd IGC. 148pp.
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参考サイト:


初出日:2016/04/22
更新日:2018/03/18