岩松 暉 著


鹿児島にはシラスがけが何10万個所もある。どのがけが危ないか、片っ端から地質調査するのは確かに大変である。そこで、先ず外から概観しただけでわかる地形と植生に注目してみよう。前章で述べたことから、水の集中しやすい谷型斜面で、壮齢広葉樹林のところが要注意である。多変量解析の手法を用いて、要注意個所の抽出を試みる。1986災害で崩れたところが一番危険なAランクと出るよう、カテゴリとアイテムを定めるのである。上図はあるモデル地域について地形(左図)と植生(中央)から危険度判定を試みた結果(右図)である(もちろん、実際はもっと多くの要素を考慮した)。1986災害で崩れなかったところで、Aランクと出たところが、今後もっとも崩れる可能性の高い要注意箇所である。
しかし、人手のない大学人が県内全域の調査に当たるのは不可能に近い。非専門家の行政マンでも調査判定が行えるよう、ノートパソコンに組み込んだエキスパートシステムも開発した。名付けてAI診断という(人工知能Artificial intelligenceのことで私のイニシャルでもある)。これを行政マンに持たせて人海作戦をやればよい。成人病検診になぞらえれば、X線間接撮影による集団検診である。こうして抽出した要注意個所について、土壌の厚さやボラの有無・古地形などを地質調査によって調べる。X線直接撮影に当たる。さらに要精密検査個所については胃カメラを飲ませる。物理探査やボーリングなど地質精査である。この中から更に要工事個所(外科手術)や、住宅の要移転個所を抽出すればよい。成人病検診だって何10万人を対象としているのだから、シラスがけだって実行可能なのではないだろうか。
もちろん、時間的予知も重要である。長期的時間予知としては、植物遷移の項で述べたように、樹齢80~100年程度の広葉樹林で、表土の層厚が数10cmのところがそろそろ危ないところである。豪雨の最中の何時避難すべきかといった短期的時間予知には、やはり降雨量が使われる。左図に1986年災害時の降雨状況を示す。赤矢印が人的被害の出た時刻で(数字は死者数)、時間雨量が80mm、降り始めからの累加雨量が200mmになった頃からがけ崩れが発生し始めている。それ故、安全を見込めば、時間雨量50mm、累加雨量150mm程度になったら避難したほうがよい。しかし、気象台のロボット雨量計の配置網は、豪雨をもたらす雨雲(豪雨セル)のスケールに比して粗すぎる。1986年災害の時、アメダスの雨量が1mmだったことが象徴している。したがって、消防署など役所からの避難命令を待っていたのでは遅すぎる。災害は自分の命は自分で守るのが鉄則である。大雨になってきたら、コップ(なるべくならラッパ型ではなく円筒型のもの)を屋外に出すよう心がけよう。2時間で一杯になるようなひどい降り方ならほぼ時間雨量50mmである。安全なところに逃げ出したほうがよい。避難所は地区ごとに指定されているはずだから、自分の家の近くの避難場所を覚えておこう。こうしたコップを外に出すこころがけは、災害に対して常日頃から関心を持つことにつながる。