『シラス災害―災害に強い鹿児島をめざして―

岩松 暉


第5章 表層すべり災害


表層すべりの実態|表層すべりの周期性

表層すべりの実態

 崩壊した斜面に行ってみると、崩壊地の縁に土層断面が見える。崩壊した部分は褐色の土壌で、ミミズなどの小動物や土壌微生物の活躍により、団粒構造が出来てふかふかになっている。当然透水性も良い。樹木の根系が発達するところである。新鮮なシラスは火山ガラスが互いに複雑にかみ合っている(インターロッキングしている)から、木の根は入りにくい。指標硬度も新鮮なシラスと表土では明らかな不連続があり(下川・地頭薗,1987)、木の根も新鮮部分まで到達すると、やむなく横に広がるしかない。要するに物性的に異質な層が斜面を覆っているのである。がけに風呂敷かシートを被せていると思えばよい。木の根も最初のうちは土壌を緊縛する効果があり、がけ崩れ防止に寄与するが、大きくなると、その重量でシートを引きずり下ろすマイナス効果のほうが大きくなる。このような表土層中に豪雨による地下水が浸透すると、せん断抵抗が低下して、すべりが発生するのである。

表層すべりの周期性

 表層すべりのしくみは単純で、シラスに限らずどんな地質のところでも共通して見られるメカニズムである。先ずがけ崩れなどがあって裸地が出現したとする。最初に草が生え、その枯れ草を肥やしに日向を好む樹木(陽樹)が侵入する。鹿児島付近では松が一般的である。陽樹が生長すると日当たりが悪くなり、日陰を好む陰樹に取って代わられる。これが中学校で教わったいわゆる植物遷移の考え方である。一方、地下ではこの段階に応じてだんだん肥沃な土壌が厚く形成されてくる。やがて、自分自身の重みに耐えきれなくなると、ついに崩壊してしまう。これが表層すべりなのである。それ故、一般の方の常識に反しているかも知れないが、一見危なそうに見える裸地は比較的安全で、緑豊かに大木が繁っているところほど、そろそろ危ないところなのである。崩れて裸地が出現すると、もう一度このサイクルを繰り返す。これを地質学ではこれを崩壊輪廻と言ってきた。一度崩れたところはしばらく安全だとして、崩壊には免疫性があるとも言われてきた。したがって、同じところだけが繰り返し崩れるのではなく、風化が進んだところから順に次々に崩れていって、全体としてその斜面は後退するのである。
 ではどのくらいの時間でこのサイクルが繰り返すのであろうか。崩壊輪廻あるいは崩壊の周期性という概念は地質学の常識ではあったが、地質学はその時間尺度を持っていなかった。何しろ数億年とか数千万年のオーダーの話をしている世界だからである。せいぜい放射性同位体炭素14を用いる同位体年代学で数千年のオーダーがやっとであった。これを埋めてくれたのが林学の樹木年代学である。崩壊地に生えていた樹木の年輪から崩壊の周期が読み取れる。下川・地頭薗(1987)によれば、鹿児島市付近では80~100年経って、表土の厚さが数10cmになった頃崩れるという(左図)。もちろん、斜面の傾斜が異なれば、これらの値も異なってくる。鹿児島市の城山や武のシラスがけは縄文海進以降海食から免れていたため、傾斜が若干緩くなって数10度程度である。喜入町の前の浜などのように現在の海食崖はもっと切り立っていて70~80度だから、20~30年経って層厚20~30cmになるともう崩れてしまう。

 このようなメカニズムの崩壊は、自然の摂理であって、人間の力では阻止することはできない。崩壊によって下流に肥沃な土壌が供給されてこそ、平野が形成され、海岸浸食が防止されるのだ。洪水や氾濫もまた土砂の最も有効な運搬手段である。自然の現状をそのまま固定しようと試みることは、秦の始皇帝が不老不死を夢見たのと同じく荒唐無稽である。コンクリートでガチガチに固めたとしても、コンクリートも数10年で劣化するし、遅かれ早かれいずれ崩れる。山崩れ・がけ崩れは必ず起こるということを前提にして、自然とうまくつき合っていかなければならない。


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更新日:1996年10月13日