土壌とは土壌の構造土壌の土壌科学的分類鹿児島の土壌黒ボク土の特質風成塵説

 鹿児島の土壌

 土壌とは

 土壌soilとは何でしょうか。土earthとは違うのでしょうか。広辞苑(第6版:2008)では、
と説明されています。われわれにとってもっとも身近な存在ですが、言葉で説明しようとすると、ずいぶん長々しくなってしまいます。
 日本土壌肥料学会(2015)は、中間まとめで土壌を次のように定義しています。
 学会の定義だけあって、なかなか難しい言い回しです。
Wentworthの粒度階区分
名称英語粒径
gravel2mm~
sand1/16~2mm
シルトsilt1/256~1/16mm
粘土clay~1/256mm
 一方、地質学では堆積物を粒度で表のように分類しています(有名なWentworth(1922)の分類です。ただし、大区分のみ掲載)。シルトと粘土を合わせて泥mudと言うこともあります。地質屋さんの中には土は岩石の風化生成物だと考えている人もいるようですが、そうなると月の表面にある堆積物も土ということになります。月でも昼夜の温度差によって機械的風化作用が働くからです。しかし、土壌科学的には、有機物(腐植)が関わっていませんから、土壌とは言いません。深海底に存在する軟泥oozeも土壌とは言いません。単に岩石の分解したもの、とくに天体のものはレゴリスregolithと言って、土壌と区別します。
 なお、地質時代の土壌を古土壌paleosolと言います。当時の地表面を示す良い証拠となります。

 土壌の構造

土壌の団粒構造(西尾,2007)
 土壌は風化生成物である砕屑粒子と水、植物遺体である腐葉土や腐植からなります。砕屑粒子と水は反応し、母岩の種類に応じてさまざまな粘土鉱物が生まれます。さらに土壌中には、さまざまな土壌微生物が共存しています。ミミズやダンゴムシなどの小動物も棲んでいます。もちろん、土壌空気も存在します。ただ、大気と違って酸素濃度が低く、主成分は二酸化炭素、窒素および水蒸気です。これらさまざまな要素が複雑に依存し合って土壌があるのです。
 土質力学では気相・液層・固相の3相からなると単純化して力学的に解析しますが、肥沃度や保水性・通気性といった土壌科学的な側面を考えるには、もっと複雑な考察が必要です。農業は先ず土づくりからと言われます。良い土とは、粘土と腐植に富み、ミネラルなど栄養分がバランス良く含まれていて、保水力があって排水性もあり、通気性にも富む土壌だと言われます。極地や砂漠の土は、粘土や腐植が少ないですから、貧栄養でダメです。栄養分が豊富でも、保水性や通気性が悪ければ、やはりダメです。細かな粒子がくっつき合っていると、通気性や透水性が悪くなります。たとえばダイヤモンドの結晶構造のような最密充填ですと、空隙は約26%となり、そこに水と空気が存在する訳ですが、粒子近傍の水は吸着水で利用できませんので、植物にとっては不適です。
 ここで、土壌特有の構造が重要な役割を果たします。それが団粒構造 crumb structure, aggregateです。土壌粒子(粘土)は電気的にはマイナスの電荷を持っていますから、相互に反発し合いますが、腐食物質や植物根、微生物の出す代謝生産物が仲立ちをして土壌粒子を結合させます。こうして出来たミクロ団粒(一次団粒)がさらに集まってマクロ団粒(高次団粒)を形成します(藤原,2013)。ミミズは腐植と粘土を食べて、団粒に変えて糞として排出します。ミミズの腸内には、ヒアルソン酸やコンドロイチンといった粘液が含まれているのです。このような高次団粒では空隙は80%以上になり、保水性・排水性共に高まります。また、多くの肥料成分は水に溶けると陽イオンになりますので、電気的にマイナスな土壌粒子と結合しますから、土壌には保肥力もあります。この陽イオン交換容量Cation Exchange Capasity, CECが大きいほど保肥力が高いのです。
 なお、A層・B層・C層といった土壌層位については「赤色風化」をご覧ください。

 土壌の土壌科学的分類

土壌分類と環境(藤井,2018)米国農務省土壌分類法(USDA,2005)(赤字は藤井訳)
日本土壌図(小原ほか,2016)
農耕地土壌分類
01造成土13グライ低地土
02泥炭土14灰色低地
03黒泥土15未熟低地土
04ポドソル16褐色低地土
05砂丘未熟土17グライ台地土
06火山放出物未熟土18灰色台地土
07黒ボクグライ土19岩屑土
08多湿黒ボク土20陸成未熟土
09森林黒ボク土21暗赤色土
10非アロフェン質黒ボク土22赤色土
11黒ボク土23黄色土
12低地水田土24褐色森林土
日本土壌
分類体系
大群
A造成土
B有機質土
C黒ボク土
Dポドソル土
E沖積土
F赤黄色土
G停滞水成土
H富塩基性土
I褐色森林土
J未熟土

 土質工学などでは物理的・工学的分類が行われていますが、ここでは土壌科学的分類に限ることにします。しかし、土壌は基盤となる地質地形や気候に大きく左右されますから、国によっても、研究機関や個々の研究者によってもさまざまな意見があります。上図はFAO(国連食糧農業機関 Food and Agriculture Organization)やUSDA(米国農務省 United State Department of Agriculture)の分類と、それを分かりやすまとめたものが藤井(2018)の分類(12種)です。なお、藤井が「若手土壌」と呼ぶのは、日本では普通「褐色森林土」と呼ばれているものです。
 わが国では、農耕地土壌分類委員会(1995)が使われてきましたが、最近、日本ペドロジー学会(2017)の日本土壌分類体系も提案されています。小原ほか(2016)によれば、わが国の過半数は黒ボク土と褐色森林土で占められています。一番分布面積が広いのは黒ボク土の31%です。
 個々の用語を解説すると長くなりますから、ご興味のある方は、参考文献をご覧ください。

 鹿児島の土壌

20万分の1土壌図(日本土壌インベントリー)20万分の1土壌図(鹿児島県)(経済企画庁,1971)

大土壌群
岩石地
岩屑土
未熟土
黒ボク土
褐色森林土
赤黄色土
灰色低地土
グライ土
泥炭土
 それでは、鹿児島にはどのような土壌が分布しているのでしょうか。経済企画庁(1971)は鹿児島県の土壌を表のように9つの大土壌群に分類しています(当時の用語であることに留意してください)。岩石地を除くと8つです。しかし、図をパッと見て気づくのは、黒ボク土(図では褐色系)と褐色森林土(図では淡黄緑色系)が広く分布していることです。これは日本全体の傾向(小原ほか,2016)と一致しますが、黒ボク土の分布面積が広いのが特徴です。とくに霧島山・桜島・開聞岳などの火山群分布域の周辺を覆っています。白亜紀の四万十層群や新第三紀の火山岩類が分布する薩摩半島には褐色森林土が分布しています。その他、奄美群島には赤色風化に伴う赤黄色土(図では茶色系)が分布しています。

 黒ボク土の特質

 このように黒ボク土は鹿児島を代表する土壌です。甲子園球児が思い出に甲子園の土を持ち帰ります。あの黒土は鹿児島の黒ボク土や鳥取県大山の黒ボク土に砂を混ぜて作ったものです。では、黒ボク土とは何でしょうか。歩くとボクボク音がするというので、名が付きましたが、今では学術用語になっています。日本ペドロジー学会(2017)では、次のように黒ボク土大群を定義しています。
 確かに日本土壌図でも鹿児島県土壌図でも黒ボク土は火山の分布域とほぼ一致しますから、火山灰由来だということは想像できます。桜島の火山灰は黒っぽいですが、白っぽい火山灰もあります。黒ボク土の黒さは腐植に原因があります。アロフェンは、火山ガラスや長石が風化または熱水作用によって変質したもので、結晶化度の低い水和アルミニウムケイ酸塩です。このアロフェンが腐植と強く結合する性質を持っているのです。しかし、同時にアロフェンは、作物の必須栄養素であるリン酸イオンをも強く吸着するため、厄介です。鹿児島では酸性土壌に強い、茶・タバコ・サツマイモなどが栽培されてきました。

 風成塵説

クロボク土中の微粒炭(山野井,2015)縄文期のゼンマイの胞子(同左)
日本の土の形成過程(山野井,2015)
 黒ボク土は火山灰起源だということは常識となっていましたが、山野井(1995,2015)は風成塵説を唱えました。火山ガラスの成分を見ると、Si酸化物が60-80%、Al酸化物が10-20%であるのに対し、黒ボク土中に多いアロフェンは、Si酸化物・Al酸化物共に50%前後で、Alに富む長石などからの溶解がなければできない。それに対し、黄砂 Lössなどの風成粒子が溶解すればSiとAlの比はアロフェンと同程度になると述べています。イモゴライトはもっとAlが必要で、さらに多くの長石の溶解を必要とすると言います。シラス台地上の表土から粘土鉱物が抽出されますが、①アロフェン主体、②ハロイサイト主体、③スメクタイト・イライト・カオリナイト/スメクタイト混合層鉱物が見出されます。このうち③の粘土鉱物は地質学的時間を要する変質鉱物であり、外来のもの、つまり風成塵だとしています。つまり、土(表土)は母岩の風化生成物ではなく、地層累重の法則が成り立つ土壌堆積物だというのです。実際、同じ柱状上でクロボク土層の14C年代を測ると、必ず下位層のほうが年代が古いそうです。
 日本の場合、風成塵の多くは黄砂ですから、黄土高原のように黄色土になるはずです。黒ボク土が黒い訳は何でしょう。黒ボク土をアルカリ処理して不溶腐植ヒューミンを抽出し、顕微鏡観察したところ、微粒炭やイネ科草本の花粉、シダ類の胞子などが見つかるそうです(山野井,1996)。この微粒炭が活性炭のように腐植を吸着したのだと考えられています。この事実からの帰結は明らかです。更新世末の旧石器人は針葉樹などの疎林の中で、狩りを中心とした生活をしていましたが、完新世になり温暖になると、鬱蒼とした照葉樹の森になります。縄文人は火入れをして、意識的に草原を作り出し、山菜などの植物食を安定的に得ようとしたのだろう、と山野井氏は推測しています。現在でも東北地方では、ゼンマイなどの生長を促すために火入れを行います。火入れというと、すぐ焼き畑を想起します。森林の燃焼による灰を肥料として使う農法ですが、黒ボク土にはイネ科草本の微粒炭が多いので、焼き畑ではないだろうとしています。なお、高知県佐川町では9300年前(縄文草創期)のソバの花粉と炭が発見されています。当地では焼畑と考えているようです。
 これに対し、土壌学者からは反論もあるようです(佐瀬ほか,1997)。日本列島に黄砂が常に降り続けているのは事実ですから、風成塵が混じっていることは間違いないでしょう。一方で、火山地帯と黒ボク土の分布がほぼ一致しているのは事実ですし、褐色森林土のところにも縄文遺跡はあります。今後の論争の決着が楽しみです。
文献
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参考サイト:



初出日:2018/09/07
更新日:2019/12/31