鹿児島の土壌
土壌とは
土壌soilとは何でしょうか。土earthとは違うのでしょうか。広辞苑(第6版:2008)では、- 陸地の表面にあって、…(中略)…岩石の風化物やそれが水や風に運ばれ堆積したものを母材とし、気候・生物(人為を含む)・地形などの因子とのある時間にわたる相互作用によって生成される。…(中略)…大気・水とともに環境構成要素の一つ。つち
日本土壌肥料学会(2015)は、中間まとめで土壌を次のように定義しています。
- 土壌とは、地球の陸地表層または浅い水の下にあり、岩石の風化や水、風などによる運搬、堆積と生物が作用し、有機物と無機物が組み合わさり、自然に構成されたものである。それは、植物をはじめとする生物を養い、物質の保持や循環などの機能を持ち、周囲の影響を受けて変化する。人間活動の増大や各種環境問題の出現により、研究対象としての土壌の範囲は拡がりつつある。土も土壌とほぼ同義である。
名称 | 英語 | 粒径 |
---|---|---|
礫 | gravel | 2mm~ |
砂 | sand | 1/16~2mm |
シルト | silt | 1/256~1/16mm |
粘土 | clay | ~1/256mm |
なお、地質時代の土壌を古土壌paleosolと言います。当時の地表面を示す良い証拠となります。
土壌の構造
土壌の団粒構造(西尾,2007) |
土質力学では気相・液層・固相の3相からなると単純化して力学的に解析しますが、肥沃度や保水性・通気性といった土壌科学的な側面を考えるには、もっと複雑な考察が必要です。農業は先ず土づくりからと言われます。良い土とは、粘土と腐植に富み、ミネラルなど栄養分がバランス良く含まれていて、保水力があって排水性もあり、通気性にも富む土壌だと言われます。極地や砂漠の土は、粘土や腐植が少ないですから、貧栄養でダメです。栄養分が豊富でも、保水性や通気性が悪ければ、やはりダメです。細かな粒子がくっつき合っていると、通気性や透水性が悪くなります。たとえばダイヤモンドの結晶構造のような最密充填ですと、空隙は約26%となり、そこに水と空気が存在する訳ですが、粒子近傍の水は吸着水で利用できませんので、植物にとっては不適です。
ここで、土壌特有の構造が重要な役割を果たします。それが団粒構造 crumb structure, aggregateです。土壌粒子(粘土)は電気的にはマイナスの電荷を持っていますから、相互に反発し合いますが、腐食物質や植物根、微生物の出す代謝生産物が仲立ちをして土壌粒子を結合させます。こうして出来たミクロ団粒(一次団粒)がさらに集まってマクロ団粒(高次団粒)を形成します(藤原,2013)。ミミズは腐植と粘土を食べて、団粒に変えて糞として排出します。ミミズの腸内には、ヒアルソン酸やコンドロイチンといった粘液が含まれているのです。このような高次団粒では空隙は80%以上になり、保水性・排水性共に高まります。また、多くの肥料成分は水に溶けると陽イオンになりますので、電気的にマイナスな土壌粒子と結合しますから、土壌には保肥力もあります。この陽イオン交換容量Cation Exchange Capasity, CECが大きいほど保肥力が高いのです。
なお、A層・B層・C層といった土壌層位については「赤色風化」をご覧ください。
土壌の土壌科学的分類
土壌分類と環境(藤井,2018) | 米国農務省土壌分類法(USDA,2005)(赤字は藤井訳) |
日本土壌図(小原ほか,2016) |
01造成土 | 13グライ低地土 |
02泥炭土 | 14灰色低地 |
03黒泥土 | 15未熟低地土 |
04ポドソル | 16褐色低地土 |
05砂丘未熟土 | 17グライ台地土 |
06火山放出物未熟土 | 18灰色台地土 |
07黒ボクグライ土 | 19岩屑土 |
08多湿黒ボク土 | 20陸成未熟土 |
09森林黒ボク土 | 21暗赤色土 |
10非アロフェン質黒ボク土 | 22赤色土 |
11黒ボク土 | 23黄色土 |
12低地水田土 | 24褐色森林土 |
大群 |
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A造成土 |
B有機質土 |
C黒ボク土 |
Dポドソル土 |
E沖積土 |
F赤黄色土 |
G停滞水成土 |
H富塩基性土 |
I褐色森林土 |
J未熟土 |
土質工学などでは物理的・工学的分類が行われていますが、ここでは土壌科学的分類に限ることにします。しかし、土壌は基盤となる地質地形や気候に大きく左右されますから、国によっても、研究機関や個々の研究者によってもさまざまな意見があります。上図はFAO(国連食糧農業機関 Food and Agriculture Organization)やUSDA(米国農務省 United State Department of Agriculture)の分類と、それを分かりやすまとめたものが藤井(2018)の分類(12種)です。なお、藤井が「若手土壌」と呼ぶのは、日本では普通「褐色森林土」と呼ばれているものです。
わが国では、農耕地土壌分類委員会(1995)が使われてきましたが、最近、日本ペドロジー学会(2017)の日本土壌分類体系も提案されています。小原ほか(2016)によれば、わが国の過半数は黒ボク土と褐色森林土で占められています。一番分布面積が広いのは黒ボク土の31%です。
個々の用語を解説すると長くなりますから、ご興味のある方は、参考文献をご覧ください。
鹿児島の土壌
20万分の1土壌図(日本土壌インベントリー) | 20万分の1土壌図(鹿児島県)(経済企画庁,1971) |
大土壌群 |
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岩石地 |
岩屑土 |
未熟土 |
黒ボク土 |
褐色森林土 |
赤黄色土 |
灰色低地土 |
グライ土 |
泥炭土 |
黒ボク土の特質
このように黒ボク土は鹿児島を代表する土壌です。甲子園球児が思い出に甲子園の土を持ち帰ります。あの黒土は鹿児島の黒ボク土や鳥取県大山の黒ボク土に砂を混ぜて作ったものです。では、黒ボク土とは何でしょうか。歩くとボクボク音がするというので、名が付きましたが、今では学術用語になっています。日本ペドロジー学会(2017)では、次のように黒ボク土大群を定義しています。- 黒ボク土の中心概念となるものは、主として母材が火山灰に由来し、リン酸吸収係数が高く、容積重が小さく、軽しょうな土壌である。黒ボク土を特徴づけるものはアロフェン、Al/Fe-腐植複合体およびフェリハイドライトのような非晶質物質と準晶質粘土のイモゴライトである。
風成塵説
クロボク土中の微粒炭(山野井,2015) | 縄文期のゼンマイの胞子(同左) |
日本の土の形成過程(山野井,2015) |
日本の場合、風成塵の多くは黄砂ですから、黄土高原のように黄色土になるはずです。黒ボク土が黒い訳は何でしょう。黒ボク土をアルカリ処理して不溶腐植ヒューミンを抽出し、顕微鏡観察したところ、微粒炭やイネ科草本の花粉、シダ類の胞子などが見つかるそうです(山野井,1996)。この微粒炭が活性炭のように腐植を吸着したのだと考えられています。この事実からの帰結は明らかです。更新世末の旧石器人は針葉樹などの疎林の中で、狩りを中心とした生活をしていましたが、完新世になり温暖になると、鬱蒼とした照葉樹の森になります。縄文人は火入れをして、意識的に草原を作り出し、山菜などの植物食を安定的に得ようとしたのだろう、と山野井氏は推測しています。現在でも東北地方では、ゼンマイなどの生長を促すために火入れを行います。火入れというと、すぐ焼き畑を想起します。森林の燃焼による灰を肥料として使う農法ですが、黒ボク土にはイネ科草本の微粒炭が多いので、焼き畑ではないだろうとしています。なお、高知県佐川町では9300年前(縄文草創期)のソバの花粉と炭が発見されています。当地では焼畑と考えているようです。
これに対し、土壌学者からは反論もあるようです(佐瀬ほか,1997)。日本列島に黄砂が常に降り続けているのは事実ですから、風成塵が混じっていることは間違いないでしょう。一方で、火山地帯と黒ボク土の分布がほぼ一致しているのは事実ですし、褐色森林土のところにも縄文遺跡はあります。今後の論争の決着が楽しみです。
文献
- ウィリアム ダビン(2010), 土壌学入門 . 古今書院, 123pp.
- FAO(2015), World reference base for soil resources 2014 - International soil classification system for naming soils and creating legends for soil maps. 203pp.
- 藤井一至(2018), 土 地球最後の謎―100億人を養う土壌を求めて―. 光文社新書, 219pp.
- 藤原俊六郎・安西徹郎(2017), トコトンやさしい土壌の本(今日からモノ知りシリーズ). 日刊工業新聞社, 160pp.
- 藤原俊六郎(2013), 新版 図解 土壌の基礎知識. 農山漁村文化協会, 172pp.
- 井上 弦・杉山真二・大岩根尚・山中寿朗・溝田智俊(2018), 鹿児島県竹島における鬼界アカホヤ噴火以降の黒ボク土の生成要因. 地学雑誌, Vol. 127, No,6, p.759-774.
- 上村幸廣(2004), 鹿児島県の農業と土壌肥料 : 資源循環型農業を目指して. 日本土壌肥料学雑誌, Vol.75, No.4, p.531-532.
- 加藤芳朗・松井光瑤・山谷孝一・遠藤健治郎・松井 健・庄子貞雄・三土正則・山根一郎・鈴木時夫(1976), 特集「土壌」. URBAN KUBOTA, No.13, 52pp.
- 金子信博(2018), 土壌生態学(実践土壌学シリーズ). 朝倉書店, 204pp.
- 経済企画庁総合開発局国土調査課(1971), 縮尺20万分の1土地分類図付属資料(鹿児島県). 経済企画庁, 111pp.
- 木村 眞人・南條 正巳(編)(2018), 土壌サイエンス入門 第2版. 文永堂出版, 360pp.
- 久馬一剛(2010), 土の科学(PHPサイエンス・ワールド新書). PHP研究所, 206pp.
- 久馬一剛(1997), 最新土壌学. 朝倉書店, 216pp.
- 久馬一剛ほか(編)(1993), 土壌の事典. 朝倉書店, 566pp.
- 松井 健(1979), ペドロジーへの道, 蒼樹書房, 266pp.
- 松井 健(1988), 土壌地理学序説. 築地書館, 316pp.
- 松井 健(1989), 土壌地理学特論. 築地書館, 203pp.
- 松中照夫(2004), 土壌学の基礎―生成・機能・肥沃度・環境. 農山漁村文化協会, 389pp.
- 日本土壌肥料学会(2015), 世界の土・日本の土は今―地球環境・異常気象・食料問題を土からみると―. 農山漁村文化協会, 126pp.
- 日本ペドロジー学会第五次土壌分類・命名委員会(2017), 日本土壌分類体系. 日本ペドロジー学会, 53pp.
- 西尾道徳(2007), 堆肥・有機質肥料の基礎知識, 農文協, 213pp.
- 農耕地土壌分類委員会(1995), 農耕地土壌分類 第3次改訂版. 農業環境技術研究所資料 , No.17, p.1-79.
- 小原 洋・闍田裕介・神山和則・大倉利明・前島勇治・若林正吉・神田隆志(2016), 包括的土壌分類第1次試案に基づいた1/20万日本土壌図. 農環研報, Vol., No.37 p.133-148.
- 岡崎正規・波多野隆介・豊田剛己・林健太郎・木村園子ドロテア(2010), 図説 日本の土壌. 朝倉書店, 174pp.
- 三枝正彦・木村真人(編)(2005), 土壌サイエンス入門. 文永堂出版, 318pp.
- 関豊太郎(1931), 土壤の生成及び類型. 岩波講座地理学, 114pp.
- 東京大学農学部(2011), 土壌圏の科学(農学教養ライブラリー). 朝倉書店, 135pp.
- 土の百科事典編集委員会(2014), 土の百科事典. 丸善出版, 570pp.
- United States Department of Agriculture(1999), Soil Taxonomy - A Basic System of Soil Classification for Making and Interpreting Soil Surveys - 2nd ed. USDA Agriculture Handbook, No.436, 871pp.
- 和穎朗太・早津雅仁・青山正和・森也寸志・波多野隆介・井藤和人・浅野真希(2013), 土壌団粒構造と土壌プロセス. 日本土壌肥料学会誌, Vol.85, No.3, p.285-290.
- 山野井徹(2015), 日本の土:地質学が明かす黒土と縄文文化. 築地書館, 249pp.
- 山野井徹(1996), 黒土の成因に関する地質学的検討. 地質学雑誌, Vol.102, No.6, p.526-544.
- 佐瀬 隆・細野 衛・三浦英樹・井上克弘(1997), 山野井論文「黒土の成因に関する地質学的検討」の問題点. 地質学雑誌, Vol.103, No.7, p.692-695.
- 山野井 徹(1997), 山野井論文「黒土の成因に関する地質学的検討」についてのペドロジストの疑問にこたえて. 地質学雑誌, Vol.103, No.7, p.696-699.
- 吉田 澪(2012), やさしい土の話 増訂版. 化学工業日報社, 339pp.
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参考サイト:
- 土地分類調査_20万分の1土地分類基本調査_鹿児島県(data.go.jp)
- 私たちの研究対象とする土壌と土(日本土壌肥料学会)
- Global Soil Regions Map(United States Department of Agriculture)
- 土壌の世界(国立科学博物館)
- 土づくり(農水省)
- 日本土壌インベントリー(農研機構)
- インベントリー 別冊 「土壌の写真集」(農業環境技術研究所)
- 蕎麦学入門(日穀製粉株式会社)
初出日:2018/09/07
更新日:2019/12/31