高位段丘と“クサリ礫”奄美諸島の赤色風化県本土の赤色風化土風成塵説

 赤色風化

土壌断面(国立科学博物館ホームページによる)
 奄美大島以南は亜熱帯気候区に属します。奄美や沖縄で耕地整理や土木工事に伴って赤土が海まで流出し、珊瑚礁に被害が出て問題になっています。また、赤土はしばしば崩壊や地すべりを起こします。
 赤土を論じる前に、そもそも土壌(soil)とは何でしょうか。泥(mud)や粘土(clay)とどう違うのでしょうか。
 「土壌」とは、風化作用(weathering)と生物の働きにより、岩石の風化生成物と有機物(biomass)からなる地表物質のことです。砕屑物質のうち1/16mm以下の細粒物質を「泥」と言います。とくに1/256mm以下を「粘土」と呼びます。主として粘土鉱物(clay mineral)からなります。したがって、生物の作用があるか否かが違う点です。つまり、海底には泥はあっても土壌はないのです。
 土壌断面は、一般に上から腐食物質からなるA層、強風化層のB層、風化岩のC層と分けられます。最表層の落ち葉の部分をO(organic)層と呼ぶこともあります。このB層までが土壌です。なお、地質学では下から、つまり時代の古いほうから順に番号や記号を付けますが、土壌学では上から順に名付けるのが一般です。ピットを掘って上から順に観察するからでしょう。間違わないよう気をつけてください。
 赤土の赤い色は酸化鉄に由来しますが、一口に「赤土」といってもいろいろあります。
 ここでは日本で見られる赤黄色土について述べることにしましょう。以下、松井(1975)によります。
 右写真は兵庫県三木市別所の赤松林の土壌です。B層が土壌を識別する上で一番重要な層で、数10cmあり、A層から粘土分が移動してきたため、粘土質で乾くと固くなります。鉄分に富む母岩からは赤色土が、鉄分に乏しい母岩からは、黄色土が出来やすいそうです。また、同一地形面上では、水はけのよいところでは赤色土、排水不良のところでは黄色土になる傾向があります。粒度は一般に粘土質で、径2ミクロン以下の粘土を40%以上ふくむことが多く、母岩の種類にかかわらず、メタハロイサイトを主成分とし、ヘマタイト、ゲーサイトなどの酸化鉄鉱物をかなり含んでいるのが共通の特徴です。このほか、母岩の組成に応じ、頁岩や粘土岩を母岩とする土壌ではイライトやバーミキュライト、花こう岩のように雲母をふくむものでは、バーミキュライトやクロライト、ギブサイト、凝灰岩起源のものではモンモリロナイトなどを副成分として含んでいます。また、粘土分以外の砂質分に含まれる鉱物を調べると、輝石・角閃石・黒雲母のような有色鉱物(Fe,Mgに富み、風化され易い鉱物)が非常に少なく、風化に強い石英に富んでいます。以上のような理化学的性質から、赤黄色土の生成過程は、下記のようにまとめることができます。
 湿潤温暖な気候条件下で、風化作用は隣接の他の土壌(褐色森林土や火山灰土壌)とはくらべものにならない程著しく進み、有色鉱物の大半と無色鉱物のかなりの部分(長石など)は、分解して多量の粘土を生成しました。分解生成物中の珪酸や塩基類の大半は、洗脱して土壌系外に去り、残留した粘土の組成は、他の土壌にくらべ てFe,Alに富み、土壌を赤黄色に色づけていますが、熱帯・亜熱帯のラテライト性土壌にくらべると珪酸が多いようです。したがって、湿潤温帯の褐色森林土と熱帯・亜熱帯のラテライト性土壌の中間的位置を占める土壌型とみられています。

 高位段丘と“クサリ礫”

北陸地方における地形面と土壤との関係を示す模式図(松井・加藤,1962)
 日本で先ず問題になったのは、北海道にいたる全国各地の段丘に赤色土が見られ、そこではしばしば段丘礫までくさって、基質と同じくらい軟らかく、ねじり鎌やスコップでも容易に削れることでした。いわゆる“クサリ礫”です。亜熱帯地方で赤色風化が見られることは知られていましたし、当時の定説では赤色土の分布北限は、松江~伊豆を結ぶ線までとされていました(関,1931)から、北国に赤色土が分布するのは不思議に思われたのでしょう。そこで、松井らは全国各地の赤色土を調べ、大半は高位段丘や開析丘陵上の窪地にだけみられ、中位段丘には少なく、低位段丘には皆無であることを見出しました。そこで、古赤色土生成時期は、高位段丘形成後の侵食末期≒中位段丘構成層の堆積期(下末吉期:約12万5000年前)と考えました。ただし、間氷期の平均気温そのものよりも,むしろ一定の気温を超す期間が数千~数万年のオーダーで持続したことと、かなりの降水量による著しい溶脱条件の持続とが、赤色土生成をもたらしたとみるべきであろう、とも述べています。
蛇足:
 上記に引用した松井 健氏は日本ペドロジー学会の前身であるペドロジスト懇談会設立(1957年)の中心的役割を果たすと共に、多くの土壌学の本を上梓されましたから、一般には農学部出身の土壌学者と思われていますが、東京帝大地質学科出身のれっきとした地質学者です。

 奄美諸島の赤色風化

2010年奄美豪雨災害(井村隆介鹿大准教授提供)隆起サンゴ礁段丘上の土壌生成過程(前島・永塚,2011)
 奄美大島では四万十層群が激しい赤色風化作用を受けています。本土では真っ黒い泥質岩も緑色を呈する緑色岩類(玄武岩類)も、みな赤黄色をしています。数cmの薄い凝灰岩が風化してヌルヌルしており、そこから地すべりを起こした例もあります。本土の薄い凝灰岩層なら、工学的には何も問題にならないことでしょう。平成22年(2010)10月20日に発生した奄美豪雨災害も、この赤色風化岩がかなり関わっていました。
 最近、前島・永塚(2011)は、宇宙線生成核種ベリリウム-10(10Be)を利用した喜界島土壌の年代測定を行い、海水面変動、地形の隆起速度などを総合的に勘案した結果、右図のような結論を得ました。すなわち、隆起珊瑚礁では最初に脱炭酸塩作用が進行すると共に腐植が集積しはじめ、7~8万年経つと、塩基溶脱作用が始まり、粘土の機械的移動も始まります。約12万年頃から遊離鉄の結晶化が進み、赤色化していくとしました。昔の下末吉期という説が裏付けられたと言って良いでしょう。

 県本土の赤色風化土

1997針原災害の崩壊源矢筈岳安山岩の玉ねぎ風化
長島安山岩類の赤色風化伊唐島の畑
 鹿児島県本土にも出水市の矢筈岳や長島には赤く風化した安山岩が広く分布し、ミカンやジャガイモの名産地になっています。阿久根には“クサリ礫”もあります。1997年の針原川災害では、風化安山岩のコアストーンが土石流の供給に寄与したように思います。これらの赤色土が関(1931)のいうように原生のもの、すなわち成帯性土壌なのか、古赤色土なのか問題になります。長友(2006)は、テフラを用いて年代を決め、加久藤テフラ噴出(34万年前)以前から生成されており、阿多鳥浜テフラ噴出年代(25万年前)を経て、阿多テフラ噴出年代(9.5-11万年前)頃まで続き、これ以降には赤色土は生成されていないと主張しました。また、ただ1回の間氷期(温暖期)中に生成されたとみなすよりも、氷期を含む数回の温暖期を経て生成されたとしました。

 風成塵説

 一方、この赤黄色土の成因について、全く違う見方もあります。琉球石灰岩に含まれる炭酸塩以外の鉱物成分が残積的に土壌の主要母材となると仮定すれば、厚さ1mの土層が生成されるためには100m以上(渡久山,1984)、 あるいは約110~140m(成瀬・井上, 1990) の石灰岩の溶解が必要であると試算されていますが、 第四紀更新世以降に、このように多量の琉球石灰岩が溶解したという事実も、流水によって土壌母材が多量に搬入された事実もないことから、成瀬・井上(1990)は、大陸起源の広域風成塵によるとしました。井上ほか(1993)は、赤黄色土より単離した微細石英の酸素同位体比は、試料採取地点の母岩や層準に関係なく+17.2±0.6‰できわめて均一な値を示すこと、石英および白雲母のδ18O値はともにアジア内陸乾燥地帯の風成塵の値にほぼ一致することなどを根拠に、風成塵説を支持しました。

文献:

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参考サイト


初出日:2015/08/11
更新日:2016/10/20