サツマハオリムシ

サツマハオリムシ(鹿大博物館)
チムニーの一部(鹿大博物館)
滑石を主成分とし苦灰岩・硬石膏を含みます。
姶良カルデラの海底地形(北東隅の濃紺が若尊カルデラ)
マウスで拡大・縮小・回転(大阪市大原口強准教授提供)
 無機質の原始地球からどのようにして生命が誕生したのか長い間の謎でした。1920年代ソ連科学アカデミ一のオパーリンAleksandr Ivanovich Oparinによって化学進化説が提唱され、疑問解決の糸口が見えてきたと言われました。無機物から有機物が蓄積され、有機物の反応によって生命が誕生した、とするものです。しかし、低次の有機物質群からタンパク質を含む複雑な高分子の有機物へ、さらには物質代謝と生長を行う生物へ、どのように進化するのか、謎は謎を生みました。紫外線や雷などがその過程に深く関わるなどとも言われました(ユーリー・ミラーの実験)。その頃は、生物は酸素を必要とするというのが大前提にあったように思います。
 「硫黄島の赤い海」で述べたように、1960年代になって紅海で高温熱水“hot brines”が発見され、チムニーから噴き出していることや、その周辺の高温で有害物質に富む環境にも生物がいることなどが分かってきました。その後、紅海だけでなく、大洋中央海嶺やリフトなどマントルの湧き出し口、あるいは沈み込み帯の湧水域、さらには島弧や背弧の熱水噴出域などの還元的な海底で莫大な生物群集が見つかってきました。メタンや硫化水素などの還元的な物資を使って化学合成細菌が合成する有機物に依存していたのです。化学合成生物群集と総称されています(小島ほか,2009)。生命の起源に迫る場所としてこうした高温熱水域がにわかに注目されました。しかし、こうした深海の調査には大規模な研究調査船が必要です。
 一方、鹿児島湾奥部の若尊カルデラでは「たぎり」現象が知られていました。海底火山から火山ガスがボコボコ吹き出していたのです。折から水銀汚染魚が発見されたため、たぎりのせいではないかと疑われ、1977年、有人潜水艇「はくよう」が調査に入り、偶然、生物群集を発見しました。これがハオリムシの一種と分かり、サツマハオリムシと命名されたのは、1997年のことです(Miura et al., 1997)。水深82mで、世界でもっとも浅いところに棲んでいます。
 サツマハオリムシLamellibrachia satsumaは、棲管と呼ばれる長さ50~100cm径7~8mmほどの管の中に棲み、鰓だけ出して生活しています。硫化水素を利用する硫黄酸化細菌が細胞内共生をしており、硫化水素の化学エネルギーを利用して水と二酸化炭素などから糖やアミノ酸といった有機物を合成していると考えられています。
はくよう
蛇足:
 潜水艇「はくよう」は現在はリタイアして、いおワールドかごしま水族館の敷地内に展示されています。
文献:
  1. Hashimoto, J., Miura, T., Fujikura, K. and Ossaka, J.(1993), Discovery of vestimentiferan tube-worms in the euphotic zone. Zoological Science, Vol.10, No.6, p.1063-1067.
  2. 鹿児島大学総合研究博物館(2012), 錦江湾奥の自然と人とのかかわり. 鹿児島大学総合研究博物館 News Letter, No.30, 28pp.
  3. 小島茂明・渡部裕美・藤倉克則(2009), 化学合成生物群集の進化生態に基づく熱水活動史の推定. 地学雑誌, Vol.118, No.6, p.1174-1185.
  4. Miura, T., Tsukahara, J. and J. Hashimoto (1997), Lamellibrachia satsuma, a new species of vestimentiferan worms (Annelida: Pogonophora) from a shallow hydrothermal vent in Kagoshima Bay, Japan. Proceedings of the Biological Society of Washington, Vol.110, No.3, p.447-456.
  5. 三浦知之(2012), 『サツマハオリムシってどんな生きもの? 目も口もない奇妙な動物』. 恒星社厚生閣, 128pp.
  6. 溝田智俊・山中寿朗(2003), 深海化学合成生物群集から出現するベントスのエネルギー獲得戦略:軟体部の炭素,窒素および硫黄の安定同位体組成による解析. 日本ベントス学会誌, Vol.58, No., p.56-69.
  7. 大木公彦(2000), 『鹿児島湾の謎を追って』. 春苑堂出版, 223pp.
  8. アレクサンドル・イワノヴィッチ・オパーリン 江上不二夫(1956), 『生命の起源と生化学』. 岩波新書, 216pp.
  9. 澤 隆雄, 笠谷貴史, 八木原寛(2011), 合成開口ソナーを用いた海底熱水噴出域のマッピング. 物理探査, Vol.64, No.4, p.279-289.
  10. 渡部裕美(2003), 西太平洋の化学合成生物群集における分散と進化. 日本ベントス学会誌, Vol.58, No., p.44-49.
  11. (), . , Vol., No., p..
  12. (), . , Vol., No., p..

参考サイト:



初出日:2016/09/16
更新日:2018/11/06