薩摩硫黄島の赤い海

硫黄島港の赤い海(背景断崖は鬼界カルデラ壁) 硫黄島港のチムニー標本(三島村開発総合センター蔵) オーストラリアの縞状鉄鉱石(鹿大博物館蔵)
 紅海の600mもの深海底に“hot brine”(高温塩水)があることは19世紀から知られていました。1964年イギリスの海洋調査船Discoveryが44℃の高温塩水を発見、その後Woods Hole海洋研究所のAtlantisⅡも56℃の塩水を発見、コアも採取しました。白・黒・赤・緑・青・黄など大変カラフルな堆積物で、分析すると、銅・鉄・マンガン・亜鉛などの有用鉱物が含まれていたのです。一躍有名になりましたが、そこに産出する理由が分かるためにはプレートテクトニクスの登場を待たなければなりませんでした。マントル対流の湧き出し口に当たる中央海嶺やリフト地帯に、こうした高温の熱水が存在すること、しかもチムニー(chimney:煙突)から吹き出していること、そのような高温で有害物質に富む環境にも生物がいることなどが分かってきたのです。原始地球に生命が誕生したのは、このような場所ではないか、とも言われています。
 鹿児島湾の若尊カルデラでも“たぎり”と呼ばれる熱水が噴出しています。潜水艇を潜らせて調査した結果、硫化水素を含む火山性ガスの噴出する場所にもかかわらずサツマハオリムシが生息していたのです。レアメタルも見つかって話題になりました。また、沖縄舟状海盆でもチムニーがあり、鉱石が見つかっています。
 薩摩硫黄島の硫黄島港は赤褐色をしていますが、これは温泉水がチムニーから湧き出していて水酸化鉄が生じているからです。そのチムニーが何と水深数mのところで見つかったのです。中央海嶺のような深海底の調査には大型の調査船が不可欠ですが、ここならダイビングで直接調査が可能です。他の場所にないメリットです。こうして世界の科学者の注目を浴びました。
 Kiyokawa et al.(2015)によれば、硫黄島港(長浜湾)における鉄沈殿物の堆積速度は極めて急速で、10年間で約1-1.5mとのことです。清川らは、世界の鉄鉱石の大部分を占める先カンブリア時代の縞状鉄鉱の成因を考える上で重要なヒントになるとしています。また、チムニーには径1mm程度のパイプ状の孔が枝分けれをしながらつながっており、そこには鉄バクテリアが繁茂しています。酸化鉄の沈殿には、こうしたバクテリアも関与していました。
 なお、平家城の白濁海水はバクテリアによるアルミニウム鉱物生成(biomineralization)によるものだそうです(佐藤ほか,2013)。

文献:

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参考サイト


更新日:2015/7/28