薩摩の金脈

 薩摩の金脈と言えば、密貿易と琉球搾取をすぐ思い浮かべますが、ここでは本当の金鉱脈の話です。鹿児島は藩政時代から金産出国でした。山ヶ野・鹿篭(かご)・芹ヶ野・羽島・神殿(こどん)などの鉱山がありました。最近では世界一の高品位を誇る菱刈鉱山が有名です(通常、数g/tに対し、菱刈は平均でも約50g/t)。何しろ、普通は「銀黒」と言って、少し灰色をした石英脈なのですが、菱刈の鉱石は肉眼で自然金が見えるのです(右写真は鹿大総合研究博物館所蔵の標本)。中には、「馬糞金」とあだ名される自然金の集合体もあります。産出量もすごく、江戸時代一番だった佐渡金山が390年間で産出した全金量がおよそ80tでしたが、既に20年間で140tを超えています。そこで、春日鉱山など南薩型はさておき、北薩地方の「浅熱水性鉱脈型金銀鉱床」について見てみましょう。
菱刈鉱山地質断面図(広域構造調査報告書による)
菱刈鉱床の成因(住友金属鉱山による)北薩地域鉱床分布図(佐藤・中村,1990に一部加筆)
 菱刈鉱山では、地質断面図に示すように、基盤の四万十層群を第四紀の菱刈火山岩類が覆っています。四万十層群の高まりの頂部付近の長軸方向に平行に鉱脈が多数貫入しています。住友金属鉱山の仮説ではマグマが地下にあり、それで盛り上がったように示されていますが、本当にマグマが存在するかどうか分かりません。基盤の褶曲かも知れません。いずれにせよ、高まりの頂部に引っ張り割れ目が形成され、それに沿って熱水が上昇し、地表近くで減圧したため沸騰して、有用鉱物が沈殿したのでしょう。なお、串木野金山でも基盤の四万十層群がごく浅いところに存在しますから、基盤の高まりが何らかの意味があるのかも知れません。とくに不整合面直下に富鉱部が集中するのは、石油が背斜の頂部に溜まるのと同じことなのかも知れません。つまり、金も流体鉱床として見直すことも必要ではないでしょうか。ちなみに菱刈鉱山は65℃の温泉水を伴っていることも特長です。浦島・池田(1987)は鉱脈中の氷長石のK-Ar年代を測定し、鉱脈の年代は極めて新しいことを見出しました。佐藤・中村(1990)の図には鉱脈の年代が記入されています。菱刈で100万年前、串木野で400万年前だそうです。西から東へ年代が新しくなっていることが分かります。井沢(1991)は火山フロントとの関係を論じています。火山フロントが東へ後退しているのかも知れませんが、フィリピン海プレートが東から押しているはずですので後退できませんから、沈み込むプレートの角度がだんだん急角度になってマグマ生成の場が順次東に移動し、結果的に後退しているように見えるのでしょう。現在の活火山の真下では金鉱床が今まさに作られつつあるのでしょうか。また、佐藤・中村の図では北薩地域の鉱脈が北東―南西ないし東北東―南南西と規則的なことも気になります。フィリピン海プレートの沈み込む方向と直交方向に当たります。局地的な陥没構造を想定した論文(久保田,1996)もありますが、それよりも広域応力場と何らかの関係がありそうです。もしかすると、シラス台地の下に金脈が眠っているかも知れません。
蛇足:
 大抵の鉱山は昔、鉱石の露頭があり、狸掘りをしたところを、再開発したものがほとんどです。菱刈鉱山は科学的な調査によって見つけられた鉱山の良い例でしょう。物理探査によって高重力異常・低比抵抗異常帯がみつかり、そこを重点的に調査したのです。面白いのは植物地化学探査です。植物の中には特定の金属を選択的に吸収するものがあります。菱刈の鉱脈直上に生えているヤブムラサキCallicarpa mollisの金含有量が異常に高かったのです。

文献:

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参考サイト:




初出日:2015/12/05
更新日:2020/11/26