AI前史第三次AIブーム地質調査への適用例

 AIと地質調査

 AI(人工知能)が将棋の名人に勝ったとか、AIによって自動運転が可能になったとか、果てはAIによって失業が発生するとか、最近AIが話題になっています。全地連では機関誌『地質と調査』で、小特集「AIで地質調査はどう変わるのか」を刊行しました。そこで少しご紹介しましょう。

 AI前史

ベイズ推論AIによる崩壊予測(岩松,1988)
 人工知能(artificial intelligence, AI)という言葉は、1956年のダートマス会議を呼びかけたジョン・マッカーシーJohn McCarthyがその提案書(1955)で使ったのが最初とされています。当時はまだ電子計算機と呼ばれていた時代、高速大容量計算が得意だったコンピュータに推論や探索をさせようというものでした。チェスのプログラムが開発されたりしましたが、ハード的な限界もありました。
 1980年代になると、エキスパートシステムが開発され、第二次AIブームが起きます。名人・大家と呼ばれている人たちの持つノウハウをヒアリングしてコンピュータに教え込もうとしたのです。工業技術院電総研でもコンピュータに常識を持たせるたり定性的判断をさせたりする研究が行われました。当時はバブル、土木建設や地質調査は3K(キケン・キツイ・キタナイ)職場と言われ、若者に敬遠されていましたので、地質調査ツールが真剣に検討されました。例えば、動燃事業団(現NUMO)はウラン探査のための評価エキスパートシェル「コギト」を開発しました。デカルトRené DescartesのCogito ergo sum「我思う、ゆえに我あり」のコギトです。岩松(1988)はこれを崩壊予測に応用しました(「1986年7・10災害」参照)。しかし、数学の推論理論の適用の域を出ず、コンピュータに常識を持たせることは至難の業でした。

 第三次AIブーム

東ロボくんの代筆ロボット東ロボ手くん
 2010年代になり、再びAIにスポットが当たり始めました。東京大学の入試問題に挑戦する東ロボくんが国立情報研や富士通により開発されます。読解力が致命的にないため、いい線までは行ったものの東大合格の水準には達しなかったようです。その後、高速大容量のインターネット環境が整い、ビッグデータの時代が到来したこと、機械学習も進歩し、ニューラルネットワークや深層学習deep learningが出現したことを背景に、第三次AIブームが到来しました。国もSociety 5.0でオープンデータを推進していることも追い風になっています。その結果、画像認識や自動運転など特定の分野における特化型人工知能は実用の域まで到達しつつあります。しかし、これらはAI将棋を例に取れば、膨大な棋譜(東ロボくんで言えば過去問)を学習して、勝ちやすい手を選んでいるに過ぎません。過去の経験知を形式知化して再利用しているのです。自律性・汎用性に富む汎用人工知能AGI: Artificial General Intelligenceとは異なります。地質学は数学で記述するのが難しい抽象性の高い学問ですから、一足飛びにAI地質学者を期待するのは少々無理でしょう。

 地質調査への適用例

地すべりコアの破砕度区分(西澤ほか,2020)
予測結果の的中率(西澤ほか,2020)
 地質調査でも、トンネルや橋梁のメンテナンス(亀裂の評価)、あるいは岩盤の岩級区分、さらには地すべりコアの破砕度区分など特化した分野では、あまり偏った職人技ではなく、スタンダードな経験知を学習させれば実現できる可能性があります。そろそろ登場してくるでしょう。例えば、西澤ほか(2020)は、地すべり地のコア写真を画像認識により、コア部分だけを抽出した上で10cm間隔に分割、さらに色相や輝度などを調整した後、破砕度を自動判定するシステムを開発しました。この画像認識には深層畳み込みニューラルネットワークが用いられているようで、13,000枚の訓練用データと1,500枚のテストデータを学習させて実行したところ、的中率は76%だったそうです。コア長100m当たり所要時間は数十秒で、驚異的な効率ですが、推定精度が人間を上回ることは当面難しいと結論づけています。
 こうした機械学習、とくに教師あり学習に当たっては、当然のことながら教師データの質が決定的に影響します。また、自然は複雑で、現場では常にと言って良いぐらい想定外に出くわします。AIは前述のように「経験知の再利用」の域をなかなか脱していませんので、想定外の事象には一番弱いことを認識しておく必要があります。

文献
  1. 井田喜明(2019), 予測の科学はどう変わる? : 人工知能と地震・噴火・気象現象. 岩波科学ライブラリー, Vol.282, 117pp.
  2. 松尾 豊・中島秀之・西田豊明・溝口理一郎・長尾 真・堀 浩一・浅田 稔・松原 仁・武田英明・池上高志・山口高平・山川 宏・栗原 聡・人工知能学会(2016), 人工知能とは. , 近代科学社, 245pp.
  3. 西澤幸康・山内政也・谷川正志(2020), 地すべりの破砕度区分の深層学習による判定技術の研究. 地質と調査, No.155, p.18-21.
  4. (), . , Vol., No., p..
  5. (), . , Vol., No., p..
  6. (), . , Vol., No., p..
  7. (), . , Vol., No., p..

参考サイト:



初出日:2020/05/03
更新日:2020/06/18