谷埋め造成地の災害鹿児島の実例鹿児島市大規模盛土造成地マップ公表差分法の問題点

 鹿児島の谷埋め造成地

 谷埋め造成地の災害

鹿児島市紫原団地(岩松,1976)紫原土留めダム谷埋め造成法
白石市緑が丘団地災害前後の地図(東北大地質古生物教室,1979)東日本大震災の仙台市団地災害(佐藤真吾原図,2011)
盛土造成年代と被害(国交省,2014)多摩市大規模盛土造成地マップ
 高度成長期、都市近郊の丘陵地帯が切り盛りされて、大規模な団地が次々に造成されました。鹿児島も同様、県都への一極集中に伴い、シラス台地上にいくつも団地ができました。「1976年災害」の調査で紫原団地を歩いた際、切り盛りの境界部に等高線に沿って、道路やブロック塀等にひび割れやずれなどの変状が認められたので、「乱したシラスは普通砂よりも液状化しやすいとの実験結果もあるので、地震時には危ない」と論文に書いておきました。ところが2年後の1978年、宮城県沖地震が発生、白石市緑ヶ丘団地で、谷埋め造成地で地すべりが発生してしまいました。不幸にして予言が的中してしまったのです。ここは旧谷地形の谷底に溜池までありました。こうした谷埋め造成の際、どうしても表土から順に剥いでいって谷を埋めますから、谷の埋立部では最下位に柔らかい表土層、次に風化土層といった順になります。自然とはまったく逆の層序(地層の重なり方)です。埋め立て谷部が地震に弱い理由の一つです。
 その後も阪神大震災や新潟県中越地震などで、同様の災害が発生していましたが、2011年の東日本大震災では、仙台市等各地で谷埋め盛土造成地の災害が多発しました。古い時代、とくに1960~1980年代に造成した締め固めの不十分な造成地に被害が多かったようです。深刻な事態に、国交省では、2011年、「造成宅地滑動崩落緊急対策事業」を創設すると共に、変動予測調査、大規模盛土造成地の有無等に関する情報の公表、対策工事等を一層推進する方針を出しました。これに応じて、東京都はじめ各地方自治体が調査公表をし始めました。これらのデータは国土交通省ハザードマップポータルサイトで閲覧が可能です。GISですから、個別家屋の危険度まで分かります。地価が下がるなどの理由で公表がためらわれていた時代とは様変わりです。しかし、まだ鹿児島県では、緒に就いていないようです。桜島の大正級噴火が取り沙汰されている時ですから、緊急の対応が求められていると思います。
速報: 2016年熊本地震では、震源に近い益城町ばかりでなく、熊本市内でも被災しました。宅地被害のかなりの部分が丘陵地の谷埋め型大規模盛土造成地で、滑動崩落による被害だったそうです(上村,2017)。被害の大きかった9地区のうち7地区が1962~1989年に造成されたもので、上記東日本大震災と同様の傾向を示していますが、熊本では比較的近年に造成したところでも発生したそうです。鹿児島でも要注意です。

 鹿児島の実例

武岡団地切り盛り分布図(明治地形図との差分)武岡団地道路とブロック塀の亀裂
1974年武岡団地開発開始(市営住宅建設)
1978年武岡1丁目~3丁目成立(小野町・田上町・常盤町より分割)
1978年宮城県沖地震
1979年武岡4丁目~5丁目成立(小野町・田上町・常盤町より分割)
1981年建築基準法施行令改正(“新耐震基準”)→武岡には旧耐震基準の弱い建物あり
1993年武岡6丁目成立(小野町より分割)
1995年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)
2000年建築基準法及び同施行令改正(耐震基準がより強化)
 右図は武岡団地の切り盛り分布図です(赤線が団地の輪郭)。現行地理院地図と明治35年測図の5万分の1地形図との差分を取りました。赤が盛土、青が切土です。明治の地図は精度が悪いので、それから作った数値標高モデルDigital Elevation Model(DEM)は、当然その制約を受けます。±0のところが切り盛りの境界ですが、精度が悪いので、白っぽくぼかしてあります。武岡団地は、市住宅供給公社によって1974年に開発が始まります。まず1978年1丁目~3丁目が造成されます。翌1979年には次いで4丁目~5丁目(ハイランド)が成立しました。最後に1993年、武岡台小学校横の谷が埋め立てられて6丁目ができて完成しました。上記、東日本大震災で被害の多かった造成時期と同時期です。
 谷埋め造成自体が問題ですが、建物にも問題があります。宮城県沖地震の被害を受けて、耐震基準が見直されたのが1981年です。年表にもあるとおり、その前に団地は成立していますから、現行耐震基準を満たさない弱い建物もかなり混在しています。耐震診断の受診が必要です。
 もう少し拡大して局部を詳細に見てみましょう。下記は武岡団地最北方の武岡ハイランドです。新旧地形図を重ねたスワイプマップにしてみました。左側(上側)が現行地理院地図、右側(下側)が1974年の5,000分の1国土基本図です。中央のマークを左右に動かしてみてください。現在地の昔の姿が分かります。
 新旧地形図を比較してみると、市営アパートと武岡中学校校舎は尾根筋と見事に一致しています。公営住宅は5階建て地下室なしが普通です。6階建て以上ですと、エレベーターが必要ですし、地下には杭打ちもしなければなりません。コンクリートのベタ基礎で済む最も安上がりの建物が5階建て地下室なし、なのです。1964年新潟地震で横倒しなって有名になった県営アパートがその典型です。信濃川の旧河道に当たる地盤の悪いところでした。したがって、その後は地盤の良否に注意が払われるようになりました。尾根筋の切土のところに建設したのは地盤が良いからです。一方、民間に売り出されたところは旧谷筋に当たる場所が多く、要注意です。

 鹿児島市大規模盛土造成地マップ公表

鹿児島市大規模盛土造成地マップ(部分:武岡団地)
 2020年3月鹿児島市建設局都市計画部土地利用調整課は国のガイドラインに基づいて「大規模盛土造成地マップ」を公表しました。盛土面積が3,000m2以上のものを抽出したそうですが、合計991個所にのぼりました。うち谷埋め型が899個所で腹付け型が92個所だったそうです。ただし、沿岸部の大規模埋立地(ウオーターフロント)は対象としていませんし、小規模なミニ造成は除外されています(小規模業者によるミニ開発はいろいろ問題が多いのですが)。市内全域を14枚の地図に分割してあります。Web-GISで公表して欲しいところですが、GISだと1軒1軒が分かるので避けたのでしょう。作成方法はガイドライン通り新旧地形図の差分を求めたものです。何年度製版の地形図を使用したか記載がないのですが、旧版地形図は精度が悪いので、縁辺部については信頼性がありません(後述)。

 差分法の問題点

空中写真使用と地形図使用(長谷川,2006)使用地形図の縮尺による違い
(松下ほか,2010)
 本当の切り盛り境界を明らかにするためには、実際に施行した宅地造成業者や施工時に地質調査をした地質コンサルタントに当時のデータを出して貰うのが一番正確ですが、手間暇がかかりますし、企業秘密や個人情報に関わる部分もありますので、なかなか難しいでしょう。短期間に広域のデータを取得するのに手っ取り早い方法が新旧地形の差(差分)を取る方法です。国のガイドラインは、新旧地形図の差分を取るとしています。本当は新旧空中写真を用いて新しく2枚の地形図を作成し、その差分を求めるほうが正確です。長谷川(2006)は、実際に両方のやり方で作図してみました。赤丸の部分が顕著に違います。空中写真から新たに地形図を作る方法は多額の費用と時間がかかります。そこで新旧地形図から差分を求める方法がよく使われます。現在の地形図は大縮尺で精度も良いですが、旧版地形図は縮尺も小さく、作成法もさまざまです。戦前の地形図は主要地点を測量で求め、等高線は測量官がスケッチで描きました。神業に近い匠の技ですが、やはり誤差が大きいことは否めません。戦後は空中写真を立体視して作成されてきましたが、その方法もいろいろと変遷し進歩してきました。旧版地形図の精度が悪いと、結果の精度に決定的に効いてきますから、何年版のどの地形図を用いたかが重要です。
 縮尺によっても違いが出ます。松下ほか(2010)は、1:2,500地形図と1:25,000地形図を用いた例を示しました。切り盛り境界で10~30mの誤差があり、切り盛りの逆転もありました。家1軒分くらいの誤差があると思えば良いでしょう。
 次に差分の求め方ですが、等高線同士の演算はできませんから、先ず地形図の等高線データから数値標高モデル(DEM)を生成しなければなりません。格子点状に配置された節点データからDEMを生成するのですが、その方法や補間法にも種々あります。メッシュの大きさによっても違いが出ます。ここにもいろいろな問題が含まれています。
 最後に、切土部の風化の問題があります。この差分法では、盛土部だけを問題視していますが、切土部でも風化しているところは危険です。実際、東日本大震災でもすべったところがあります。地形図を材料にコンピュータ処理をする方法の本質的な欠陥は、この質的な問題がスッポリ抜け落ちることです。盛土部でも質的な問題があります。大昔の造成法は、尾根を削った土砂で単純に谷部に埋めるズサンなやり方でしたが、地下水対策のために事前に水抜き用のグラベルドレーンを埋め込むとか、工法も少しずつ進歩してきました。この盛土造成地マップも、宅造工法別とは言わないまでも、せめて宅造年代別で色分けしてあったらもっと良かったと思います。

文献:
  1. 長谷川浩之(2006), 国土変遷アーカイブを用いた盛切改変地の抽出. 平成18年度国土交通省国土技術研究会, Vol., No., p..
  2. 岩松 暉(1976), シラス崩災の一型式-1976年6月梅雨前線豪雨による鹿児島市紫原台地周縁部の崖崩れについて-. 鹿児島大学理学部紀要(地学・生物学), Vol.9, p.87-100.
  3. 釜井俊孝(2019), 宅地崩壊: なぜ都市で土砂災害が起こるのか. NHK出版新書, 263pp.
  4. 釜井俊孝・守随治雄(2002), 斜面防災都市―都市における斜面災害の予測と対策. 理工図書, 200pp.
  5. 国土交通省(2008), 大規模盛土造成地の変動予測調査ガイドラインの解説. 100pp.
  6. 国土交通省(2015), 大規模盛土造成地の滑動崩落対策推進ガイドライン及び同解説について.
  7. 松下克也・藤井 衛・森 友宏・風間基樹・林 宏一(2010), 造成宅地地盤の地形把握手法とその適用性に関する事例研究. 地盤工学ジャーナル, Vol.5, No.1, p.89-101.
  8. 森 友宏・風間基樹(2012), 2011年東北地方太平洋沖地震における仙台市泉区の谷埋め盛土造成宅地の被害調査. 地盤工学ジャーナル, Vol.7, No.1, p.163-173.
  9. 森 友宏・風間基樹・佐藤真吾(2014), 東日本大震災における仙台市の大規模造成宅地の地震被害調査−5つの造成地における全域踏査− . 地盤工学ジャーナル, Vol.9, No.2, p.233.
  10. 村尾英彦・釜井俊孝・太田英将(2013), 地震による都市域斜面災害―2011年東北地方太平洋沖地震を例として―. 応用地質, Vol.53, No.6, p.292-301.
  11. 佐藤真吾・市川 健・山口秀平・風間基樹(2017), 地震時における盛土造成宅地上の 木造建物被害リスクについて. 第52回地盤工学研究発表会, p..
  12. 東北大学理学部地質学古生物学教室(1979), 1978年宮城県沖地震に伴う地盤現象と災害について. 東北大學理學部地質學古生物學教室研究邦文報告, Vol.80, p.1-96.
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  14. (), . , Vol., No., p..
  15. (), . , Vol., No., p..
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参考サイト:



初出日:2017/08/09
更新日:2021/12/17