台風名九州直撃コース鹿児島県内の避難鹿児島県内の被害予報の検証(速報)避難の教訓(蛇足)桜の狂い咲き

 2020年台風10号 Haishen

 台風名

日本提唱の台風名
Koinuこいぬ座
Yagiやぎ座
Usagiうさぎ座
Kajikiかじき座
Kammuriかんむり座
Kujiraくじら座
Kogumaこぐま座
Kompasuコンパス座
Tokageとかげ座
Yamanekoやまねこ座
 2020年9月2日気象庁は、台風第10号が、生まれたばかりでまだ小笠原近海にいるにも関わらず、「今後特別警報級(中心気圧930hPa以下、最大風速50m/s以上)の勢力まで発達し、6日から7日にかけて、奄美地方から西日本にかけて接近または上陸するおそれがあります」と異例の事前警告を行いました。この台風10号は名前をハイシェン Haishen(中国名:海神)と言います。ご年配の方は、戦後、カスリーン台風やジェーン台風など、女性名の台風が猛威を振るったことを記憶しておられるでしょう。ハリケーンにも名前があります。最近ではハリケーン・カトリーナが有名になりました。アメリカ海洋大気庁NOAA傘下の国立ハリケーンセンターNHCが命名するものです。
 台風についても2000年から日本を含むアジアの14ヶ国・地域が加盟する政府間組織「台風委員会」がアジア風の名前を付けるようになりました。アジア名を付けることによって、相互連帯・相互理解を図ること、馴染みのある名前により人々の防災意識を高めることが、命名を始めた理由だそうです。各国10個、計140個の名前が登録されており、順次適用されます。ちなみに、日本は「Koguma(コグマ)」など日本語星座名を提案しています。商標・地名など利害関係がない自然の名称だからだそうです。

 九州直撃コース

ひまわり画像(2020/09/06 0h-23h)(気象庁)台風10号経路図(青線は台風9号 Maysak)
(マーカーをクリックすると、時刻と中心気圧・最大風速が表示されます)
 ハイシェン(海神)は猛々しい神様なのでしょうか、間もなく数十年に一度の強度を持つ台風に成長して、9月6日には奄美~九州を直撃すると予想されています。3日からは連日、気象庁と国交省は共同記者会見を開き、緊迫した状況をアピールしました。
 ところが一転、9月6日午前7時42分気象庁は、大型で非常に強い台風10号の勢力がやや弱まったとして、奄美地方を除く鹿児島県に特別警報を発表する可能性が小さくなったと発表しました。確かに5日夜半までは中心気圧920hPaを維持していましたが、奄美を過ぎてからは徐々に上昇、6日18時には945hPaになりました。東シナ海に入って海水温が低下したためでしょうか。

 鹿児島県内の避難

鹿児島県内警報発令状況(2020/09/06 21:26時点)
 近年、鹿児島を直撃する台風はほとんどありませんでした。久々の直撃コースで、県下では緊張が走りました。9月4日、十島村と三島村では初めての本土集団避難を行いました。超大型台風だということと、島内避難所では新型コロナウイルスの感染が心配されるとの理由で踏み切ったのだそうです。十島村は自衛隊ヘリで、三島村は村営フェリー「みしま」で実行されました。
 鹿児島市でも9月5日16時、市内全域を対象に警戒レベル3避難準備・高齢者等避難開始を発令し、翌6日正午には、警戒レベルを4に引き上げ、危険な地域居住者には避難指示を発令しました。鹿児島県によると、6日16時現在、避難指示(緊急)を発令している市町村は、鹿児島市・薩摩川内市・枕崎市・鹿屋市・垂水市・錦江町・南大隅町・西之表市・三島村・十島村です。現在、新型コロナウィルスが流行っていますから、避難所での感染を恐れて、ホテルに1泊した方もかなりいたようです。

 鹿児島県内の被害

大雨警報(土砂災害)の危険度分布(2020/09/06 19:00時点)
 台風10号は東シナ海の甑島沖合を通過しました。つまり鹿児島は台風の東側「危険半円」に入りました。にもかかわらず、特別警報級と事前に繰り返し宣伝されていたためか、人命の損失はなく、風にあおられて転倒するなどして鹿児島県下で12人の負傷者を出すだけで済みました。停電や交通麻痺などライフラインは影響を受けましたが、今回の台風は風台風で、大雨を伴わなかったためか、土砂災害も少なかったようです。また、国交省の事前記者会見で、川内川・肝属川・大淀川など1級河川も水害の恐れがあるとして警戒を呼びかけましたが、実際には起きませんでした。7日になって、阿久根市に住む70歳代の女性が避難途中、側溝に転落して死亡していたことが判明しました。9月10日15時鹿児島県の発表によれば、人的被害は、死者1人、重傷者3人、軽傷者12人です。住家被害は、屋久島町で全壊1棟、半壊は枕崎市1棟、奄美市1棟、龍郷町2棟、喜界町1棟、計5棟でした。
 今回の事前大宣伝は、「空振り」とあざ笑ったり、一部マスコミのように責任追及を振りかざしたりする問題ではありません。台風の規模や水害発生の有無などの予測については技術的問題ですから、一層の精度向上に努めていただければ良い話です。プラス効果として避難につながり、人的被害が抑制された側面もあると思いますので、避難率などの社会学的検証が必要でしょう。ただし、狼少年効果を引き起こすことにつながらないかの検討も同時に必要でしょう。本来なら、矢守京大教授のおっしゃるように、「最悪の事態に備えた“素振り”」(「災害と避難」参照)と捉える社会的合意形成が行われていると良いのですが。

 予報の検証(速報)

 2020年9月16日、気象庁は台風10号が予報より早く勢力が弱まった原因について記者会見し、次の3点を挙げました。
  1. 発達の抑止→東シナ海に入り、台風に乾燥した空気が流入した。
  2. 少ない降水量→速度が速かったため、強い雨の継続時間が短かった。
  3. 少ない高潮発生→潮位偏差のピークが満潮時刻とずれた。
 一方、海洋物理学からの原因論も登場しています。2020年9月20日のNHK報道では、九大応用力学研究所広瀬直毅教授が次のようなメカニズムを提唱しておられるとのことです。2020年9月、東シナ海の海面水温は28度以上だったのに、台風10号襲来の直前に台風9号 Maysak が通過した結果、かき混ぜ効果により27度以下まで低下していたそうです。その冷たい水塊を黒潮が種子屋久方面に押し流したため、台風10号の進路に当たる水域に比較的冷たい海水が広がっていたと考えられます。それが台風の勢力を弱めたのだ、との主張です。まだ論文になっていないようなので、図面等は掲載できません。悪しからず。

 避難の教訓(内閣府)

 台風10号の接近に伴って大規模な避難が呼びかけられ、一部には避難所に入りきれないところも出ました。そこで、内閣府では九州・山口8県の地方自治体にアンケート調査を行いました。内閣府はコロナ対策の一環としてホテル活用も推奨していたので、その点も調べたかったようです。ホテル避難を実施したところは数市町村だけで、98%は、①指定避難所で対応可能、②空室がなかった、③ホテル避難者の把握が困難などの理由で見送ったとのことです。
 507箇所の避難所で定員超過が発生したそうですが、混雑状況をリアルタイムで発信することに課題を残しました。80%の自治体がインターネットを活用しなかったと回答しています。このような実情を踏まえ、次のように留意事項を整理しています。
  1. 平時からの対応
    1. 様々な避難先の確保等を促す周知・広報
    2. 避難所における新型コロナウイルス感染症対策に係る周知・広報
    3. 可能な限り多くの避難先の確保
    4. 避難所内のスペースの効率的な活用
    5. 避難の円滑化のための収容人数等の周知
    6. 住民の視点に立った避難に関する平時の普及啓発
  2. 台風が接近してきた際の対応
    1. 暴風等を踏まえた避難情報の早期発令について
    2. 台風接近時における様々な避難先の確保等を促す周知・広報
    3. 必要な避難所の当初からの開設
    4. ホテル・旅館等の活用

(蛇足)桜の狂い咲き

桜の狂い咲き(2020/10/10)
 この台風は風台風でした。桜が一斉に落葉、例年のような晩秋の黄葉は望めそうにありません。ところが、9月下旬から、鹿児島市吉野公園や南九州市岩屋公園など県下各地でソメイヨシノの狂い咲きが報告されました。落葉して冬の状態になったのに、その後暖かな日が続いたため、春が来たと勘違いしたのだろう、とのことです。
 なお、塩害も伴い、平川動物公園のコアラに食べさせるユーカラに被害があったそうです。

文献
  1. 矢守克也(2018), 空振り・FACPモデル・避難スイッチ―豪雨災害の避難について再考する―. 消防防災の科学, No.134, p.7-11.
  2. (), . , Vol., No., p..
  3. (), . , Vol., No., p..
  4. (), . , Vol., No., p..

京都大学春秋講義「平成の災害に学ぶ災害への備え」
矢守克也 教授 (防災研究所)2019年9月8日
京都大学春秋講義「平成の災害に学ぶ災害への備え」
矢守克也 教授 (防災研究所)Ch.4 2019年9月8日
参考サイト:



初出日:2020/09/04
更新日:2020/11/02