釜石の奇跡災害と孫子の兵法8・6水害中学生アンケート来たるべき南海トラフ連動型地震に備えてジオパークと防災教育学校における避難訓練の改善

 防災教育

 釜石の奇跡

2011/3/11 15:10 鵜住居の避難状況(片田研HPより)
 「災害教訓の伝承」で述べたように、あの手この手で災害の教訓を後世に継承しようと努力してきましたが、イヤなことは忘れたいのが人間の(さが)ですから、やがて風化してしまいます。従来は、梅雨時期や9月1日の防災の日前後に防災講演会を開き、大人に災害のメカニズムなど知識を詰め込み、子供も安全に導いて欲しいとの方向性でした。この逆の方向を釜石市で実践したのが群馬大学片田敏孝教授(災害社会工学)です。三陸地方には「津波てんでんこ」という教えがありました。海岸で大きな揺れを感じたときは、津波が来るから肉親にもかまわず、各自てんでんばらばらに一刻も早く高台に逃げて、自分の命を守れ、という意味です。誰でも非常時には家族のことが心配になります。家族を探しているうちに逃げ遅れる事態がしばしば発生します。家族が逃げているに違いないと確信できたら、自分も安心して逃げることができます。そこで、片田教授は、釜石の子供たちに、①想定にとらわれるな、②その状況下で最善を尽くせ、③率先避難者たれ、と教え、8年間教育と避難訓練を実践しました。あの3.11、鵜住居(うのすまい)にあった釜石東中学の生徒達は、副校長の指示で点呼も取ることなく高台へ率先避難しました。これにつられて近くの鵜住居小学校の生徒も近所の人も避難して、犠牲者を出さずに済みました。
 子供の時に自転車を乗り回していた人は、その後10年以上乗らなくなっても、すぐ乗ることができます。身体に染みついているからです。昔は関東大震災における地震火災の経験から、学校の防災教育で「地震、火を消せ」と教えました。その結果、今でも年輩の方の中には、地震があるとガスの心配をする人がいます。やはり身に染みついていたのです。防災教育の重要性を示しています。
<注>
 地震発生直後の行動について、現在では、先ず身を守ること、脱出口を確保することなどを優先課題とし、消火は次の段階としています。

 災害と孫子の兵法

HAZARDS2000
 「彼を知りて己を知れば、百戦して(あや)うからず(知彼知己、百戰不殆)」とは、兵法で有名な孫子の言葉です。災害の場合、「彼」とは、災害hazardそのものに関する諸々の知識です。「己」とは自分たちの住む地域の成り立ち・特性です。
 1999年台湾で集集地震Mw7.6の大地震がありました。翌2000年、HAZARDS2000という国際会議があり、台湾成功大学の謝先生が面白い話をされました。「台湾地震のため緩んだ山岳地帯で、雨期に土砂災害が頻発しているのだが、死ぬのはいつも漢族で、山に住む少数民族は決してしなない。災害に強い国土づくりの前に、災害に強い人づくりのほうが先決なのでは」といった内容でした。長く自然と共生してきた山岳少数民族にとっては、どこが危ないのか、土砂災害の前にどのような前兆現象があるのか、教わらずとも知っている常識なのでしょう。都会に住む漢族は(私たち日本人も)核家族化して、祖父母から孫へといった災害の伝承が行われていません。また、転勤などでやって来た新住民が多く、地元の自然や成り立ちについて無知です。
 従来、震度とマグニチュード、崩壊のメカニズムといった「彼」、ハザードそのものに関する啓発が多く、「己」、地域の成り立ちに対する啓発が等閑視されてきたように思います。東日本大震災で、千葉県浦安市は激甚な液状化災害を被りました。住民は都心に近い一等地として土地を買い求めていて、そこが埋立地だとは知らなかった、あるいは埋立地が液状化しやすいといった地学の常識を知らなかったようです。地球温暖化に伴って異常気象が頻発していますし、日本列島は「大地動乱の時代」に突入したようですので、地学は国民教養として身につけておくべきでしょう。幸い、この頃テレビの旅番組や自然番組で、単なる絶景の紹介だけではなく、絶景ができた地学的背景について解説が多くなってきました。喜ばしいことです。NHK「ブラタモリ」制作チームは日本地理学会や日本地質学会から表彰されています。

 1993年鹿児島豪雨災害後の中学生アンケート

1993年8・6水害後の鹿児島市内中学生アンケート(岩松・中原,1994)
 ずいぶん古い話になりますが、121名の方が犠牲になった1993年鹿児島豪雨災害の後、鹿児島市内の中学生にアンケート調査をしたことがあります(岩松・中原, 1994)。実施校は、水害やがけ崩れのあった甲突川中流の河頭中、水害被害の大きかった下流の甲東中、安全な台地上にある明和中・星峯中です。当日、18.6%の生徒ががけ崩れや浸水など実際に危険に遭遇していました。結果の一部を右に示します。鹿児島は有名なシラス地帯、校区内には大抵シラス崖があります。単なる景色としての崖で、シラスと認識していない人が半数近くいるのにはビックリしました。地震時の対処法は知っていても、台風常襲地帯なのに、台風の基礎知識がありませんでした。東京の大手出版社製の教科書に基づいて画一的な座学が行われているのでしょう。校外実習なども含めた地域に根ざした教育をして欲しいものです。

 来たるべき南海トラフ連動型地震に備えて

大崎町津波防災マップ
 2011年の東北地方太平洋沖地震以来、次は南海トラフ連動型の巨大地震が起きるのではと注目されています。過去に、東海地震、東南海地震、南海地震が2つないし3つが連動して発生した事実があり、そろそろその周期に入っていると考えられているからです。2013年、地震調査委員会では、想定震源域を日向灘にまで拡大、M9.1の最大規模の巨大地震を想定して対処することを提唱しました。そうなると、鹿児島も他人事では済まされません。志布志湾や奄美諸島では甚大な津波被害が出る恐れがあります。
 そこで、鹿児島大学地域防災教育研究センターでは、地域の教育委員会等と共同で、防災教育を実施しています。志布志湾岸市町では、井村隆介准教授の指導の下、自治体境界をまたいだ統一規格の津波ハザードマップを作成しました。発災時隣町にいることもありますし、隣町の高台のほうが近いところもあるからです。こうしたハザードマップをもとに、小中学校で出前授業や避難訓練を行っています。
 鹿児島市でも鹿大防災センターと市が共同で学齢に応じた教材「防災ノート」を作成、その実践的活用を模索しています。

 ジオパークと防災教育

霧島ジオパーク副読本防災たかはる教室(霧島ジオパーク提供)
 ジオパークはユネスコのプログラムですが、2004年の発足当初は、地質遺産の保全が重点で防災の観点が入っていませんでした。2008年ドイツのオスナブリュックで開催された第3回世界ジオパーク会議において、日本の主張を入れ、宣言の中に防災の視点が入りました。
 霧島ジオパークは2010年日本ジオパークとして認定されました。普及活動の一環として、副読本『ふるさとの山霧島山』を編さんしていましたが、その中には、霧島山が活火山であること、火山の恵みと災いは表裏一体で、災害にも備えておくべきこと、といった内容が盛り込まれていました。そこに、2011年1月、新燃岳が噴火、北西方の高原町・都城方面に、大量の軽石・火山灰を降らせました。ジオパーク教育の中で防災を位置づけていたのが、早速役立ちました。

 学校における避難訓練の改善

YouTube(実践的な防災訓練:山梨大秦准教授)
 2017年9月26日、内閣府では「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応のあり方について」という報告を公表しました。地震は予知できることを前提とした大震法の実質的見直しです。大震法は予知可能が前提でしたから、総理大臣が防災対応を指令するトップダウン型のシステムでした。しかし、これからは状況に応じて、各自治体、各個人がそれぞれの判断に基づき、臨機応変の対応をしなければなりません。学校における避難訓練も改善が求められます。従来の避難訓練は先生の指導の下、整然と生徒が避難する、これまたトップダウン型でした。これで刷り込まれた子供たちは、自分の教室に帰って自分の机の下にもぐり込み、先生の指示を待つことになってしまいます。
 そこで、こうしたパターン化した訓練を改善するために秦ほか(2015)は、緊急地震速報を活用した抜き打ち型訓練を提案しています。子供たちが教室内にいるときにだけ地震が起きるわけではありません。特定の場面における防災行動を標語のように徹底することは、違う状況下では、かえって対応を誤らせます。さまざまな状況下で抜き打ち的に訓練を実施し、臨機応変の対応が必要なことを分からせるのが重要です。これは防災教育にとどまらず、主体性を育み、応用力を高める点で、一般の教育にも好影響を与えます。上記YouTubeをご覧ください。

文献:

  1. 秦康範・酒井 厚・一瀬英史・石田浩一(2015), 児童生徒に対する実践的防災訓練の効果測定―緊急地震速報を活用した抜き打ち型訓練による検討―. 地域安全学会論文集, Vol., No.26, p.1-8.
  2. 岩松 暉・中原征五(1994), 1993年鹿児島豪雨災害と防災教育, 地学教育と科学運動, No.23, p.19-25.
  3. 岩松 暉・中原征五(1994), 1993年鹿児島豪雨災害と防災教育. 第4回環境地質学シンポジウム論文集, p.329-332.
  4. 岩松 暉(2011), 新燃岳の噴火活動と防災対応. 消防科学と情報, No.105, p..
  5. 鹿児島大学地域防災教育研究センター教育部門(2016), 平成27年度活動報告(教育部門). 鹿児島大学地域防災教育研究センター平成27年度「南九州から南西諸島における総合的防災研究の推進と地域防災体制の構築」報告書, p.11-28.
  6. 黒光貴峰・岩船昌起(2015), 防災教育教材の開発-津波防災ノートの作成の検討-. 鹿児島大学地域防災教育研究センター平成26年度「南九州から南西諸島における総合的防災研究の推進と地域防災体制の構築」報告書, p.49-56.
  7. 公益社団法人日本PTA全国協議会(2017), PTA防災実践事例集 自然災害からの学びと教訓. ジアース教育新社, 248pp.
  8. 檜垣大助・緒續英章・井良沢道也・今村隆正・山田 孝・丸谷知己(編) (2016), 土砂災害と防災教育. 朝倉書店, 160pp.
  9. 田中真理・川住隆一(2016), 東日本大震災と特別支援教育:共生社会にむけた防災教育を. 慶應義塾大学出版会, 244pp.
  10. 諏訪清二(2015), 防災教育の不思議な力―子ども・学校・地域を変える. 岩波書店, 224pp.
  11. 柴山元彦・戟 忠希(2015), 自然災害から人命を守るための防災教育マニュアル. 創元社, 176pp.
  12. 数見隆生(2015), 子どもの命と向き合う学校防災. かもがわ出版, 216pp.
  13. 国崎信江(2014), 実践!園防災まるわかりBOOK(ひろばブックス). メイト, 87pp.
  14. 大木聖子(2014), 家族で学ぶ 地震防災はじめの一歩. 東京堂出版, 152pp.
  15. ショウ ラジブ・塩飽孝一・竹内裕季子・澤田晶子・ベンジャミン由里絵(2013), 防災教育―学校・家庭・地域をつなぐ世界の事例. 明石書店, 182pp.
  16. 山脇正資・岩田 貢(2013), 防災教育のすすめ―災害事例から学ぶ. 古今書院, 142pp.
  17. 立田慶裕(2013), 教師のための防災教育ハンドブック(増補改訂版). 学文社, 190pp.
  18. 松尾知純(2013), 子どものための防災訓練ガイド①防災マップ・カルテ作り―身近な危険をチェック! (2013). 汐文社, 47pp.
  19. 日本安全教育学会(2013), 災害―そのとき学校は―事例から学ぶこれからの学校防災―. ぎょうせい, 177pp.
  20. 猪熊弘子(2012), 命を預かる保育者の子どもを守る防災BOOK. 学研教育出版, 112pp.
  21. 片田敏孝(2012), 子どもたちに「生き抜く力」を―釜石の事例に学ぶ津波防災教育. フレーベル館, 185pp.
  22. 片田敏孝(2012), 人が死なない防災. 集英社新書, 240pp.
  23. 今村文彦(2011), 防災教育の展開. 東信堂, 180pp.
  24. 矢守克也・舩木伸江(2007), 夢みる防災教育. 晃洋書房, 255pp.
  25. 山田兼尚(2007), 教師のための防災教育ハンドブック. 学文社, 157pp.
  26. 土木学会巨大地震災害への対応検討特別委員会・学研教育総合研究所(2006), 地震なんかに負けない!幼稚園・保育園・家庭防災ハンドブック―子どもの命を守るための防災マニュアル(ラポムブックス). 学習研究社, 191pp.
  27. (), . , Vol., No., p..
  28. (), . , Vol., No., p..

参考サイト:


釜石の奇跡災害と孫子の兵法8・6水害中学生アンケート来たるべき南海トラフ連動型地震に備えてジオパークと防災教育学校における避難訓練の改善

初出日:2017/08/13
更新日:2017/10/11