屋久島と大気汚染

大気汚染は自然災害ではありませんが、一応、ここに置いておきます。

 はじめに

縄文杉グリーンランド氷床中の鉛(室住ほか,1966)
 屋久島はわが国で世界自然遺産第1号に選ばれた自然豊かな島、多くの観光客を魅了しています。苔むした屋久杉ランドに行き、深呼吸をして自然を満喫した方もいるでしょう。これは、そんな方には申し訳ない現実の話です。
 「地球温暖化」がまだ一般的にそれほど話題にならなかった頃の話です。グリーンランドの氷床中から鉛を検出し、最近、その濃度が急上昇しているとの論文を発表された方がおられました。超微量分析の大家室蘭工大の室住正世教授です。グラフをよく見ると、産業革命が始まった頃から濃度が上昇しはじめ、モータリゼーションが進んだ1950年代から急激に増大しています。大変説得力のあるデータです。しかし、氷河にはクレバスもあり、氷のコアの深部から採取したとしても、そこが昨日凍ったところかも知れません。氷の年代論にもう一つ検討の余地があります。
 しかし、樹木の年輪でしたら、確実で異論は出ません。しかも屋久杉でしたら樹齢が長いため、産業革命以前からの長期間のデータが入手できます。その上、絶海の孤島で自然が残っているところですから最適です。ただ問題は、屋久杉の年輪幅が緻密で,分析試料がごく僅かしか取れないことです。ここで室住先生の超微量分析法が威力を発揮しました。

 屋久杉樹幹年輪層中の重金属

鉛とカドミウムの濃度鉛同位体比
 屋久杉年輪層と、屋久島の岩石および土壌を分析していただきました。重金属としいては、鉛・カドミウム・金・銅・亜鉛などを調べました。ここでは鉛とカドミウムの例を挙げます(左図)。グリーンランドと全く同じパターンです。さらに、鉛の同位体比をプロットしてみました。その図の中に、日本産方鉛鉱(中新世)と都市空中浮遊塵も加筆してみます(右図)。80年前より古い年輪層は、方鉛鉱と同じ領域に、80年前より新しい年輪層は、都市空中浮遊塵と同じ領域にプロットされてしまいました。深呼吸して吸ったすがすがしい屋久島の空気は、実は都会の空気とさして違わなかったのです。夢のない話ですみません。
 なお、岩石と土壌はやはり方鉛鉱と同じ領域にプロットされ、汚染されていませんでした。

 分析結果の意味

世界の鉛精錬量朝日新聞記事(2001/9/30)
 分析結果の意味は自明だと思います。産業革命以来、化石燃料を大量に消費してきました。とくに、ハイオクタンガソリンには鉛が多く含まれています。北半球の鉛の精錬量はうなぎ登りです。工業国が集中しているからです。
 最近は、わが国にとって由々しい問題が起きています。中国から飛来するレスやPM2.5などです。レスを電子顕微鏡で見てみると、石炭の煤煙や油煙などが付着していることがあります(「黄砂」参照)。酸性雨もしばしば降ります。中国だけでなく、世界的に今の生活様式を考え直す必要があるのではないでしょうか。

文献:
  1. 岩松 暉・室住正世(1992), 屋久島の岩石・土壌および屋久杉年輪層中の重金属濃度からみた大気汚染. 第2回環境地質学論文集, p.107-112.
  2. Murozumi, M.& Patterson, C. C.(1966), Concentration of common lead in Greenland snow. 室蘭工業大学研究報告, Vo.5, No.2, p.611-613.
  3. Murozumi, M., Chow, T. J. & Patterson, C. C.(1969), Chemical Concentrations of pollutant lead aerosols, terrestrial dunes and sea salts in Greenland and Antarctics snow strata. Geochim. Cosmochim., Vol.33, Issue 10, p.1247-1294.
  4. 室住正世・中村精次・吉田勝美(1982), 空中塵の鉛の自然生態系に対する影響. 日化誌, Vol.1982, No.9, p.1479-1484.
  5. 永淵 修(2000), 屋久島における大陸起源汚染物質の飛来と樹木衰退の現状 (植物指標を用いた大気環境診断). 日本生態学会誌, Vol.50, No.3, p.303-309.
  6. 永淵 修・横田久里子・中澤 暦・金谷整一・手塚賢至・森本光彦(2015), 2009年5月8日~10日に屋久島で観測された高濃度オキシダントと粒子状物質の起源解析. 土木学会論文集G(環境), Vol.71, No.5, pI_225..

参考サイト:



初出日:2016/08/27
更新日:2019/02/21