鬼界カルデラ

Matumoto(1943)の鬼界カルデラ小野・他(1982)による重力異常図海底地形(三島村総合センターの展示)
 鬼界カルデラは姶良カルデラ阿多カルデラ同様、松本唯一の命名です。戦前のまだ不十分な海図しかなかった時代に海底カルデラと認識したのは見事です。鬼界カルデラの体系的な記載は小野・他(1982)による地域地質研究報告「薩摩硫黄島の地質」によってなされました。彼らはここの竹島火砕流が、鹿児島県南部に薄く広く堆積している幸屋火砕流(宇井,1973)や全国に分布し、縄文時代の指標テフラとして有名なアカホヤ火山灰K-Ah(町田洋・新井房夫,1978)と同一だと認定しました。
 なお、アカホヤは宮崎県の農家が黄赤色の軽石質土壌に付けた方言です。四国ではオンヂ(オンジ)、大分・熊本ではイモゴ、種子島ではアカボッコなどとも呼ばれていました(長友ほか,1976;1977)が、土壌学分野で論文に採用され(たとえば桑野・他,1959)、その後、地質学用語として定着しました。
長友・庄子(1977)町田・新井(1978)
 噴出源については、霧島火山、桜島火山、指宿火山群、鬼界カルデラ火山群およびトカラ火山群などが諸説ありましたが、Matsui(1967)が鬼界カルデラ周辺を噴出源と考えられるような図を描き、土壌学者の長友ら(1977)が、強磁性鉱物の化学組成の研究から、イモゴもオンヂもアカホヤも同一であり、噴出源は鬼界カルデラと認定しました。なお、松井は東大理学部地質出身で、農学部農芸化学出身ではありません。
 一方、町田・新井(1978)は火山ガラスの屈折率などから、広域テフラとしてアカホヤを捉え、やはり、噴出源は鬼界カルデラとしました。軽石・火山灰は火山周辺に分布すると考えられていた当時、テフラは極めて広域に分布することを示した町田らの功績は大きいと思います。それ故、地質学・地形学方面では町田らの業績しか知らない人が増えていますが、土壌学など異分野の文献を読まない傾向はあまり良くないことだと思います。
縄文土器の変化(小田,1993)植生の変化(杉山,2002)
蛇足:
 約7,300年前のアカホヤ噴火は南九州に壊滅的な被害を与えました。小田(1993)によれば、アカホヤを境に縄文土器の型式が急変するそうです。しかし、近年の古植生史学的研究によれば、幸屋火砕流到達地点では、長期間ススキ原状態で、照葉樹林が回復するためには概ね600~900年かかったのに対し、火砕流の及ばなかった地域では、照葉樹が絶えるほどの影響を受けなかった可能性が高いとのことです(杉山,2002;2014)。
文献:
  1. 海上保安庁(2008),7300 年前の大噴火の傷跡が明らかに~「鬼界カルデラ」火山調査速報 ~.海上保安庁ホームページ.
  2. 小林哲夫(2022), 鬼界カルデラ火山の研究史. 月刊地球, Vol.44, No.3, p.178-194.
  3. 桑野幸夫・郷原保真・松井建(1959),大隅半島の地質(予報).資源研彙報,49,
  4. 町田 洋(1977), 火山灰は語る―火山と平野の自然史―.蒼樹書房,東京,324pp.
  5. 町田 洋・新井房夫(1978),南九州鬼界カルデラから噴出した広域テフラ―アカホヤ火山灰.第四紀研究,vol.17,p.143-163.
  6. 前野 深(2014), カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に. 科学, Vol.81, No.1, p.58-63.
  7. 松井 健(1960), 大隅半島の埋没性火山灰土壌の類別・分布および起源について. 資源研彙報, No.52-53, p.115-126.
  8. 松井 健(1966), 大隅半島笠野原台地の“アカホヤ”層の噴出年代,日本の第四紀層のC14年代XXX. 地球科学, No.87, p.37-39.
  9. Matsui, K.(1967), An application of soil stratigraphy to the Quaternary geology and landscape development of Kyushu, Japan.“Quaternary Soils” (eds, R. B. Morrison & H. E. Wright), p.206-219.
  10. 松井 健(1979), ペドロジーへの道. 蒼樹書房, 266pp.
  11. Matumoto, T.(1943), The four gigantic caldera volcanoes of Kyushu. Japan, Jour.Geol.Geogr.,Vol.19, Spec. No., 57pp., Plates XXXIII.
  12. 長友由隆・庄子貞雄・小林進介(1976), 南九州のアカホヤの堆積状態と強磁性鉱物の化学組成について : アカホヤの土壌肥料学的研究(第1報). 日本土壌肥料學雜誌 47(8), p.342-348.
  13. 長友由隆・庄子貞雄(1977), アカホヤ, イモゴ, オンヂの対比ならびに噴出源について : アカホヤの土壌肥料学的研究(第2報). 日本土壌肥料學雜誌 48(1), 1-7.
  14. 小田静夫(1993),旧石器時代と縄文時代の火山災害.『火山灰考古学』,古今書院
  15. 小野晃司・曽屋龍典・細野武夫(1982),薩摩硫黄島の地質 地域地質研究報告(5万分の1地質図幅).地質調査所,80pp.
  16. 杉山真二(2002),鬼界アカホヤ噴火が南九州の植生に与えた影響. 第四紀研究, Vol.41, No.4, p.311-316.
  17. 杉山真二(2014),縄文時代の巨大噴火は南九州の植生にどのような影響を及ぼしたか?. 第29回日本植生史学会公開シンポジウム「火山とともに生きる―南九州の火山活動と植生史・人類史」,p.5-9.
  18. 宇井忠英(1973),幸屋火砕流―極めて薄く拡がり堆積した火砕流の発見.火山,2nd ser., vol.18, p.153-168.
参考動画サイト:
鬼界カルデラ
 ウインディーネットワーク海洋調査部は、三島村・九州大学院理学府 地球惑星科学科との共同研究で2010年から2011年に渡る2期調査を行い、薩摩硫­黄島・竹島を含めた鬼界カルデラ全体の海底調査を実施した。 (YouTube)


初出日:2015/07/16
更新日;2022/03/26