姶良カルデラ

姶良カルデラ鳥瞰図(Matumoto,1943)
姶良溶岩分布図(Matumoto,1943)
入戸火砕流堆積物分布図(岩松ほか,1989)
産総研20万分の1日本火山図
 松本(1933)によれば、東京地質學會、日本岩石鑛物鑛床學會、日本地理學會、日本火山學會、地球學團の聯合總會での「阿蘇火山に就て」と題する講演の中で、「鹿兒島灣櫻島以北の部分がカルデラでありこれを中心として大火山の噴出ありしことを述べ、これに姶良火山なる名稱を提唱した」とありますから、その頃からカルデラと認識していたようですが、姶良カルデラと正式に命名したのはMatumoto(1943)のようです。彼は次のように述べています。
 At first, the writer had the vague opinion that all the glassy mud lava and its derivatives of South Kyushu had erupted from the trench Bay of Kagoshima in manner similar to that of a fissure eruption. This view later became clarified and he now believes that they erupted from the blind head of the Bay of Kagoshima and also from the entrance of the same bay. The former he named Aira and the latter Ata.
 ここでglassy mud lavaとは、当時、泥溶岩または灰石などとも呼ばれていたもので、現在でいう溶結凝灰岩のことです。その頃は、まだ「火砕流」という概念はありませんでした。また、its derivativesとはシラス(非溶結火砕流堆積物)を指しています。姶良カルデラの場合は、約2.9万年前の入戸(いと)火砕流堆積物です(注)余談参照。なお、昔は姶良火山という2,000m級の成層火山があって、山頂噴火後陥没したと考えられていましたが、松本は割れ目噴火と認識していたようです。また、図に示すように松本は鹿児島湾奥部全体を姶良カルデラと考えていました。
 しかし、現在では単一のカルデラではなく複合カルデラと考えられています。古くは下村(1960)が大崎鼻海窪・若尊鼻海窪・浮津崎鼻海窪という3つの副カルデラからなると説きました(右図)。そのうちの一つ、北東部の若尊カルデラ(水深の深い部分)は活火山と認定されており、今でも活発な噴気活動があり、泡がボコボコ出てきて、地元では「たぎり」と呼ばれています(「サツマハオリムシ」参照)。なお、桜島は約2.6万年前から形成が始まった後カルデラ火山です。
姶良カルデラ(下村,1960)
★ 参考までにシラス(入戸火砕流堆積物)の分布図を示します(岩松ほか, 1989)。Matumoto(1943)の姶良溶岩の分布図と比べてみてください。非溶結の部分が少し広いだけで、あまり変わりはありません。
 2020年3月産総研では20万分の1日本火山図をネット公開しました。ピンクの部分が入戸火砕流堆積物です。
余談1:入戸火砕流の標識地
入戸バス停の標識赤:バス停,青:標識露頭
 地層名を付けるには地層命名規約(現在では地層命名指針)に則らなければなりません。模式的な露頭が存在する地点の地名(5万分の1地形図に記載されているもの)を採用することになっています。入戸が採用されたのは、5万分の1地質図幅“国分”で、沢村孝之助(1956)により「入戸(いと)軽石流(A5)」と命名されたことに始まります。漢字で書かれているだけなら良かったのですが、わざわざ仮名が振ってあります。その上、化学分析値の説明に英語で、
 Welded tuff(Hornblende-bearing hypersthene dacite) of Ito(入戸)Pumice flow(A51)
と書かれています。以降、地質学の世界では世界的に入戸は「いと」と発音されるようになりましたが、標識地の地名は、実は「いりと」なのです。現在でもバス停の表示は「いりと」です。鹿児島弁では促音便になることがしばしばあります。たとえば鹿児島は「かごっま」と発音されます。地元の人が入戸のことを「いっと」と発音したので、沢村さんが「いと」と聞き違えたのでしょう。

文献:
  1. 荒牧重雄(1969), 鹿児島県国分地域の地質と火砕流堆積物. 地質学雑誌, Vol.75, No.8, p.425-442.
  2. 岩松 暉・ 福重安雄・郡山 榮(1989),シラスの応用地質学的諸問題. 地学雑誌,Vol.98, No.4, 379-400.
  3. 桑代 勲(1964),Proto-Calderaについて. 地学雑誌, Vol.73, No.2, 114-120.
  4. 桑代 勲(1970),姶良カルデラの研究(2). 知覧文化, No.7, 65-86.
  5. 松本唯一(1933),姶良火山について. 地理學評論,Vol.9, No.7, 614-626.
  6. Matumoto, T.(1943), The four gigantic caldera volcanoes of Kyushu. Japan, Jour.Geol.Geogr.,Vol.19, Spec. No., 57pp., Plates XXXIII.
  7. 望月勝海(1930), 金沢市附近の最近の地史(摘要). 地質学雑誌, Vol.37, No.445, p.491-510.
  8. 沢村孝之助(1956), 5万分の1地質図幅“国分”及び同説明書. 地質調査所, 19+3pp.
  9. 下村彦一(1960),姶良沈水カルデラの地形区分. 広島大学文学部紀要, 18, 308-331.

参考サイト:


初出日:2016/06/01
更新日:2020/03/28