『地すべり学入門』
岩松 暉 著
第1章 地すべりの定義
マスムーブメント
重力によって直接起こる岩石や砕屑物質(土壌・岩屑など)の斜面下方への移動をマスムーブメントmass movement, mass wastingという。その運動様式によって次のように分けられる。
- 匍行landcreep…動きが緩慢で運動領域と不動領域の境が不明瞭なもの
- 滑動landslide…動きが急速で運動領域と不動領域の境が明瞭なもの
- 流動flow…水を多量に含む急速混濁乱流
- 崩落fall…粉体移動ないし個体落下
一般的には次のように分類される。
- 地すべり…特定の地質のところで発生、土塊はマスとして移動、大規模、動き緩慢、周期性・継続性、緩斜面で発生
- 崩壊(山崩れ・崖崩れ)…地質との相関薄い、原形留めず、動き急速、急斜面で発生
- 大規模崩壊(地すべり性大規模崩壊)…規模・運動様式共前2者の中間、平常はクリープし限界に達すると大規模に急激な崩壊を起こす
- 土石流…豪雨時に渓流に沿って土石が急激に流下、斜面崩壊が引き金になることが多い
地すべりの定義
地すべりは人によって次のようにさまざまに定義されている。
- 地すべり等防止法(1957)…土地の一部が地下水などに起因してすべる現象またはこれに伴って移動する現象
- これは法律の定義であるが、当時の農林省にいた地質屋さんには水文地質学者が多かったためか、地下水の役割を重視している。
- 高野秀夫(1960)…山腹斜面の一団の範囲が摩擦抵抗を排し,すべりによって安定化しようとする現象
- 建設省土木研究所新潟試験所におられた高野氏は、地すべりとは不安定土塊が安定化する現象と捉えた。ここからは当然の帰結として、すべったところは安定したのだから、しばらく安全とする「地すべりの免疫性」という概念が生まれてくる。
- Zaruba & Mencle(1969)…明確な分離面によって斜面の下の静止した部分から分離した滑動岩の早い動き
- チェコの地すべりの特徴からこのように定義しているが、わが国では緩慢な動きと捉えることが多い。もっともlandslideという語を地すべりと訳し、狭義の地すべりだけを指すのはわが国だけで、外国では崩壊など急速滑落するものまで含んで使うことが多いのも、混乱の一因である。また、この定義ではすべり面の存在を強調している。
- 旧版地学事典(1970)…特別な地質条件のところで、特殊な地すべり粘土を作りながら基盤の岩石を含めたある地塊が移動する現象
- 地すべり粘土が元々存在したものか、この定義のように、滑動に際して作られたものか異論がある。
- 地学辞典(1970)…山地や丘陵の斜面を構成する地塊の一部が降雨や融雪や地下水の急激な増加の原因によって、その平衡が破れて下方に移動する現象
- 誘因を重視した定義である。
- 古谷尊彦(1996)…斜面構成物質が塊状を保ちながら、重力の作用によって下方または外方へ滑動する現象
- マスとして塊状を保ちながら動くことを強調している。重力作用を挙げたのはマスムーブメントの一種だということを強調したものである。
このように人によって微妙に定義が異なる。それぞれの専門と経験の違いが反映しているのであろう。また、地すべりが複雑な現象で、いろいろな側面があることの反映でもある。そこで、わが国の地すべり学の草分け的存在である小出博(1973)は次のように解説した。
「地すべりの定義はむつかしい。定義のような簡単な形で表現するのは不可能である。人体に例えるならば,
異常体質におこる慢性的な病気のようなもので、例えば喘息などがそのよい例である。つまり、原因よく分からない慢性病で、治療の決め手がないが、時期が来れば自然に治癒する。また、一見激しい症状を呈しても致命的でない。」
異常体質とは泥岩や結晶片岩など特定の地質に限られることを意味し、慢性病とは、山崩れのように一過性でなく常時少しずつ動くことを喩えている。自然治癒とは上記の免疫性のことを指す。
前ページ|本ページ先頭|次ページ
- ◎『地すべり学入門』もくじ
- ◎『シラス災害』もくじ
- ◎鹿大応用地質学講座ホームページ
- ◎鹿大応用地質学講座WWWもくじ
- ◎地学関係WWWリスト
連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1997年1月1日