『シラス災害―災害に強い鹿児島をめざして―

岩松 暉


第4章 ボラすべり災害


地獄谷の災害|シラス台地の地形発達史|谷の新旧とボラすべり災害

地獄谷の災害

 唐湊・宇宿と調べたついでに紫原台地全体を踏査して驚いた。南鹿児島駅の裏に彦四郎谷という名の谷がある。地元の人が地獄谷と呼ぶほど、恐ろしく切り立ったがけを持つ深いガリである。さぞやがけ崩れが多発したことだろうと予想していた。案に相違してほとんどない。確かに右岸側には多少小規模なものが散発したが、とくに左岸側には全くと言っていいほどなかった。写真がその左岸である。標準レンズで撮ったものなので、望遠レンズによる誇張効果ではない。台地面にほぼ水平な黄褐色のボラ層が見える。がけ肩から少し崩れたところもある。この程度の土量なら災害になることもないだろう。しかし、何よりも斜面はシラスがむき出しのままで、ボラが存在しないことに注意していただきたい。ここの傾斜は70~80度以上あり、あまり急すぎてボラが積もるどころか植生さえなかなか生えていない。
 急傾斜地危険地域というものがある。ここはまさに指定地に該当するところなのに、どうして崩壊がなかったのだろうか。ボラの有無が関係しているに違いない。そう言えば、右岸側のがけ崩れがあったところは、切り立ったがけの上部だけが多少緩く傾斜していて、ボラ層が載っていたところであった。したがって、唐湊や宇宿のようにがけ全面をボラ層が覆っているようなことはない。
 

シラス台地の地形発達史

 このようにボラが載る谷とない谷とあることがわかった。それではどのようなところにボラ層が存在するのであろうか。実はシラス台地の地形発達史と密接に関わる問題なのである。
①今から約2.5万年前、現在の鹿児島湾奥部にあった姶良カルデラが大規模な活動を行い、多量のシラス(入戸火砕流)を噴出した。主として低地を埋め尽くし、鹿児島市周辺では比高100m前後の台地を形成した。その後、約1.1万年前に桜島が活動するまでの1万年以上、シラス台地は浸食にさらされ、地表には土壌が生成された。この時期に形成された谷は傾斜30度前後の比較的浅い谷であった。なぜならば、シラスの噴いた時期はウルム氷期の最盛期で、年平均気温は現在より8度程度低く、現在の北海道程度の寒冷気候だったという。雨が少なくて浸食作用が活発でなかったのであろう。実際、北海道には支笏シラスなど火砕流堆積物が存在するが、北海道は梅雨がないから、シラス災害など起こっていない。また、2万年前から以降は後氷期の時代であり、海水面の急速な上昇期である。河川がどんなに大地を穿っても、海抜ゼロよりは深くえぐれない。それ故、海水面を浸食基準面ともいう。その浸食基準面が急激に上昇しているのだから、深い谷が形成され得ないのは理の当然である。
②約1.1万年前桜島が後カルデラ火山として誕生した。その初期噴火として大量の軽石を主として薩摩半島方面に降らせた。薩摩降下軽石である。空中を飛翔してきたものであるから、台地上はもとより斜面上にも等しく堆積した。したがって、ボラ層の載る谷は①の時期にできた古い谷である。その後も桜島は活動を続け黒色火山灰層がその上に堆積した。
③約6,000年前縄文海進の頃、気候も現在より暖かく海水面も最高に達していた。それから現在まで寒冷化に向かい、海水面も若干低下した。すなわち、浸食基準面が低下した訳だから、浸食作用が著しく活発になった。当然、古い谷も拡幅され下刻される。その結果、斜面上方に不安定なボラが残された。同時に、台地を新しく穿った谷も形成された。当然のことながら、この新しい谷の谷壁斜面にはボラ層は存在しない。地獄谷はこの新しい谷だったのである。
 なお、古い谷でも本流のように大きな河川が浸食したところは、上方のボラまで削り取ったため、結果的に新しい谷と同様、台地面に水平にしかボラ層が載っていないところもある。したがって、中小の支谷のようにあまり開析されていない谷では、ボラ層の浸食し残しがあるから要注意と言えよう。前述の唐湊・宇宿・竹迫などはすべてこうした支谷である。なお同様に、海岸の海食崖でもボラ層が削り取られたところもある。

谷の新旧とボラすべり災害

 ところが、ボラ層の載る浅い谷は、緩斜面であるが故に、人間にとっても利用しやすい。段々畑になったり、雛壇のようにベンチカットして、住宅が建ち並ぶ。粘土化が進んでいるボラ層に地下水の浸み込み口と出口を人為的に作ったのである。その結果、災害を招いてしまった
 以上述べたことから、ボラすべり災害の危険が大きいところはどこか自明であろう。すなわち、1.1万年前以前に形成された古い谷で、かつ中小支谷が要注意である。空中写真判読によって、谷壁斜面の傾斜が比較的緩く、人工の手の加わったところが、まず注目される。できれば現地踏査によりボーリングステッキ(検土杖)などでボラの有無を確認したほうがよい。


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更新日:1996年10月13日