国土学

 国土学の系譜

 2017年、日本学術会議が「持続可能な国土をめざす知の基盤形成―「国土学」の体系と戦略的実践―」という提言を出してから、にわかに国土学という言葉が脚光を浴びています。しかし、「国土学」という言葉は戦前からあり、いくつかの潮流があるようです。その他、『風土』(和辻, 1935)という語もありますが、ここでは触れないことにします。

§ 国家主義的流れ

 第二次世界大戦中、『國防國土學―東亜共榮圏の國土計畫―』(吉田,1942)、『國土學』(前川,1943)といった本が出版されています。吉田(1942)は、副題の通り、当時の国策だった「大東亜共栄圏」構想を理論的に補強したものです(吉田氏は商工省総務局所属)。世界の工場たる英国は、その資本主義的生産物を輸出しなければならず、その他の諸国は工業製品を英国から輸入し、代わりに原料と食料を英国に供給する立場に置かれざるを得ませんでした。国際分業です。したがって、いわゆる自由貿易主義は必然だったのです。この英国的世界経済秩序に対する叛旗が大東亜共栄圏だと主張しています。前川(1943)は近代を日本的情意とヨーロッパ的理知の矛盾相克と捉え、環境論を中心として情意と理知との止揚克服を目指したと述べています。大昔から伝わる伝わる自然情緒や精神を第一義とする点では、本居宣長の国学の流れに近いと言えましょう。このような国粋主義・情緒的日本主義は姿を変え形を変えて、現在でもしばしば登場します。

§ 寺田寅彦以来の地学的流れ

General System Model
から\へ自然システム生物システム人類システム
自然陸海空
サイクル
光合成
呼吸
資源
災害
生物分解
呼吸
食物連鎖食料
人類廃棄スペース圧迫
(都市化)
経済サイクル

上表および右表、ともに島津(1983)
 
 テクノロジー社会エコロジー社会
価値観効率重視・画一化
more is better
安全性重視・多様化
enough is best
政治機構top down
(中央集権的)
bottom up
(住民参加)
経済高成長・高消費低成長・低消費
人口大都市集中分散居住
技術専門家による大規模
集中型技術
誰にでもできる適正技術
資源ハードパス
(需要増大型)
ソフトパス
(省エネ再循環型)
 物理学者寺田寅彦は『天災と国防』(1934)『日本人の自然観』(1935)などで、わが国の自然ないし国土を中緯度の大陸縁辺部に位置する変動帯と捉え、地質的地理的気候的特徴を説明し、日本人の精神性まで論ずると共に、災害に対処するためには適者生存の原則に従うべきと説きました。この延長にあるのが島津康男(1983)の『国土学への道』です。島津は、自然界をぬいめのない(シームレス)織物に喩え、トータルとしてシステム論的に取り扱おうとしました。当初、国土科学と称しましたが、すべてを冷たく割り切るのではなく、暖かく広い意味を込めて国土学とした、と述べています。国土とは、私たちの住む土と水と緑と空気であって、これらに依存している人間が、これらと「どうつきあうか」が国土学だとしています。テクノロジーでねじ伏せ、ハードインフラを構築していく土木工学的流れとは、明らかに一線を画しています。

§ 国土軸・国土強靱化以来の土木工学的流れ

 遡れば池田内閣の所得倍増計画や田中内閣の日本列島改造論に至りますが、1962年以来、数次にわたる全国総合計画が策定され、太平洋ベルト地帯などが造成されてきました。こうした拠点開発方式に対する批判も取り入れて、1998年、「21世紀の国土のグランドデザイン―地域の自立の促進と美しい国土の創造―」が打ち出されます。国土軸という言葉が使われました。「軸」という語を残したのには、高速道路・新幹線といった高速交通網建設へのこだわりもあったようです。一方、高度成長期に大量に建設した社会インフラが経年劣化し、メンテナンスの時代に入りつつありましたし、地球温暖化に伴う極端気象の出現や地震・火山噴火など大地動乱の時代を受け、国土強靱化も叫ばれるようになりました。財政悪化に伴う公共事業の縮減も進行していました。こうした事態を打開する理論的裏付けとして国交省OBの大石久和氏らによって国土学が提唱され、土木学会がバックアップします。日本学術会議の提言もこれを学術分野に敷衍したものと言えましょう。

 学術会議の提唱する国土学

経済社会の変化とインフラ・空間の役割・評価自然の変化と社会の受容性の変化
日本学術会議土木工学・建築学委員会国土と環境分科会提言(2011)
 学術会議の現状認識は人口減少社会を見据え、次のようなもののようです。「今後、日本の人口は100年間で半減すると言われている。 もはや、経済成長を目指して社会資本を量的に拡大する時代は終わり、都市・農山漁村ともにQOLを高める、すなわち人口に見合った市街地の身の丈を想定してクオリテ ィ・ストックを順応的に形成・凝集し、寄り添って質の高い生活を送るための土地利用改革、いわゆるスマートシュリンクへと踏み込むべき段階にある」(学術会議,2011)「わが国を取り巻く自然環境と社会システムが地球規模の構造的変容の中にある状況で、社会の持続可能性を担保するには、地球環境の変化への対応が可能なだけでなく、壊滅的な巨大災害を回避するレジリエントな国づくりを目指す必要がある。」(学術会議,2017)
 こうした現状を変革するために、学術はどのように貢献すべきかと問い、国づくりに向けた学術の新機軸「国土学」を次のように提唱しています。
 自然・社会の著しい変貌を受け止めながらレジリエントで持続可能な国づくりを進めるために、自然科学・人文社会科学を融合した新たな知の体系「国土学」を創設し、国づくりを支える人材の育成を目指す。国土学では、国際的枠組みにおいて日本の自然・ 風土を的確に捉え、太平洋・日本海側の二軸と自然共生型流域圏から形成される国土ネットワークを築くための学術の総合化・体系化を図る。地域の情報が学界・技術界に閉 じることなく公開・利用され、国民の防災・環境リテラシーの向上と産官民一体の国づ くりによって、持続可能社会は実現される。国土学は、国づくりに必要な様々な行動目標を達成するために構築される帰納的・総合的で学際的な知の体系であり、文部科学省は国土学を科学分野名の一つとして定着させるべきである。
 また、国土学を担う人材の育成と、国土学の学理をフィールドへ展開するための行政ガバナンスの整備も求めています。地方中核都市に存在する地方国立大学に対しても、地域連携型大学モデルとして一項を割き、「地域に根ざす国土管理、国土基礎情報、地域の防災リテラシー、地域プロフェッショナル養成などの教育・研究モデルを確立し人材育成へ還元することが重要である。国土・山河を自らの手で守り育てるための地域力の向上、行政・市民のパートナーとしてインフラの整備・維 持管理に貢献できる地域プロフェッショナルの育成など、地方学府が地域の拠点形成に果たす役割はきわめて大きい」としています。
 こうしてみると、新型公共事業の創出といった側面を含みつつも、上記地学的流れも包含しているように見えます。地方国立大学として、これをどう咀嚼しどう実行していくか、正面から受け止める必要があると思います。

文献

  1. 日本学術会議土木工学・建築学委員会国土と環境分科会 (2017), 提言「持続可能な国土をめざす知の基盤形成―「国土学」の体系と戦略的実践―」. 日本学術会議, 16pp.
  2. 日本学術会議土木工学・建築学委員会国土と環境分科会(2011), 提言「持続可能社会における国土・地域の再生戦略」. 日本学術会議, 32pp.
  3. 日本学術会議 土木工学・建築学委員会 国土と環境分科会(2008), 報告「自然共生型流域圏の構築を基軸とした国土形成に向けて―都市・地域環境の再生―」. 日本学術会議, 23pp.
  4. 日本学術会議 地球惑星科学委員会 地球・人間圏分科会(2017), 提言「災害軽減と持続可能な社会の形成に向けた科学と社会の協働・協創の推進」, 日本学術会議, 25pp.
  5. 氷見山幸夫(2018), 災害軽減と持続的社会の形成に向けた科学と社会の協働・協創―特集の趣旨. 学術の動向, Vol.23, No.8, p.1.
  6. 平野 勇(2015), 国土は叫ぶだけでは強靱化できない : 国土強靱化に必要な土木哲学と土木社会学そして地盤情報の整備活用の法整備. 古今書院, 386pp.
  7. 伊藤善市(1961), 国土開発の経済学. 春秋社, 242pp.
  8. 前川晃一(1943), 國土學. 朝倉書店, 583pp.+20pp.
  9. 松浦茂樹(2015), 中大兄皇子と大海人皇子の遷都戦略 : 国土学から見た大津京と飛鳥浄御原遷都. 日本主義, No.29, p.82-96.
  10. 松浦茂樹(2016), 国土学から「神武東征」神話を考える. 日本主義, No.34, p.86-111.
  11. 松浦茂樹(2017), 国土学から見た古代日本の国家経営 桓武天皇と国土経営. 日本主義, No.38, p.88-111.
  12. 大石久和・藤井 聡(2016), 国土学―国民国家の現象学. 叢書新文明学 4, 北樹出版, 244pp.
  13. 大石久和(2012), 国土と日本人―災害大国の生き方. 中公新書, 239pp.
  14. 大石久和(2009), 国土学再考 : 「公」と新・日本人論. 毎日新聞社, 256pp.
  15. 大石久和(2006), 国土学事始め. 毎日新聞社, 239pp.
  16. 大石久和(2008), 「国土学」と「比較学」のすすめ . 土木学会第11回論説 , 2pp.
  17. 島津康男編(1983), 国土学への道―資源・環境・災害の地域科学―. 名古屋大学出版会, 252pp.
  18. 島津康男(2004), SMLES奔る:(4) 国土学への道. 環境技術, Vol.33, No.4, p.324-325.
  19. 島津康男(1974), 国土科学. NHKブックス, 213pp.
  20. 寺田寅彦(1934), 天災と国防. 経済往来, 1934年11月号, p.
  21. 寺田寅彦(1935), 日本人の自然観. 東洋思潮, p..
  22. 和辻哲郎(1935), 風土―人間學的考察―. 岩波書店, 407pp. (岩波文庫版あり)
  23. 吉田秀夫(1942), 國防國土學―東亜共榮圏の國土計畫―. 國防科學叢書5, ダイヤモンド社, 247pp.
  24. (), . , Vol., No., p..
  25. (), . , Vol., No., p..

参考サイト:

(大石久和氏対談)



初出日:2018/09/25
更新日:2019/01/24