科学技術と社会Future EarthFuture Earthと地球科学

 Future Earth

 科学技術と社会

 科学は科学者の知的好奇心に基づく探究によって発展してきました(curiosity-driven)。しかし、純粋物理学の成果から原爆が誕生しました。学術の成果がどう利用されるかは社会の問題であって、科学者の与り知らぬことだとの考え方もありましたが、アインシュタインや湯川秀樹らは「科学者の社会的責任」を強調しました。この時点では、まだ社会は利害関係者stakeholdersではなく、学術の成果の享受者であって、科学者とは一線を画す存在でした。
 また、第二次世界大戦は兵器の優劣や兵力の多寡ではなく、国力の総力戦で決着しました。戦後の冷戦期もグローバル経済競争の時代も、その国の科学技術水準が一国の競争力を決定づけるくらい影響力を持つようになり、科学と社会が密接不離となったのです。
 一方、20世紀の科学は分析哲学全盛、対象を要素に分け、方法論を限定することによって認識の合理性を追及する道を採用しました。ディシプリンdisciplineの科学です。とくに戦後は、学問の発展に伴って分科は分科を生み、細分化の極に達しました。そのディシプリンの中での局所最適解を追究したのです。たとえば、DDTは画期的な殺虫剤で、殺虫効果の発見によりミュラーPaul Hermann Müllerは1948年ノーベル賞を受賞しています。フロンも夢の冷媒と賞賛され冷蔵庫などに多用されました。しかしその後、DDTの残留農薬問題やフロンによるオゾン層の破壊などが判明、いずれも現在では使用されていません。こうした極端な例を持ち出すまでもなく、科学技術の発展が豊かさと利便性をもたらしたと共に、地球環境に多大な負荷を与えたことは事実です。これに反発して反科学主義まで台頭しました。
 こうした科学と社会との関係の変化に対応して、科学も変化を求められている、象牙の塔の科学、科学のための科学science for scienceから社会のための科学science for societyへと変化しなければ、との声が出始めます。日本学術会議SCJも主要メンバーである国際科学会議(International Council for Science、1989年まではInternational Council of Scientific Unions、略称は今でもICSU)がとくに強く主張しました。1999年、ミレニアムを目前にしてICSUとUNESCOがブダペストで世界科学会議World Conference on Scienceを開催、ブダペスト宣言を発表しました。すなわち、20世紀型の知識のための科学science for knowledgeに加え、平和のための科学science for peace・開発のための科学science for development・社会における、社会のための科学science in society, science for societyという新しい責務commitmentが加えられたのです。

 Future Earth

Future Earthの概念(文科省訳)Future Earthの評議会(春日,2017)
 こうした国際的な流れの中で、2012年ロンドンでICSUなどが主催するPlanet Under Pressure会議が開かれ、今まで分野別に取り組んできた地球環境変動研究を統合した、持続可能な地球社会の実現をめざす地球環境研究の国際的な研究プラットフォームの創設が審議され、生まれたのがFuture Earthです。その基本理念は、これからの地球環境変動研究は超学際研究trans-disciplinaryであって、利害関係者stakeholdersと科学者が研究プロジェクトをco-design(協働企画)し、知識をco-produce(協働生産)し、結果をco-deliver(社会実装)するという枠組みだ、というものです。従来の枠組みと異なる点は、自然科学中心だったものを文理融合で進めるという点と、政策担当者や利害関係者も立案に参加するという点でしょう。小林傳司阪大教授によれば、学術コミュニティーにとっては、学術のあり方自体の転換を迫る「OSの入れ替え」のような大きな変化が求められているのです(江守・三枝,2013)。
 Future Earthで強調されているstakeholdersについて、蛇足を加えておきます。明治初期には、資本主義は未発達で民の力は弱く、科学技術はもっぱら軍と官営鉱工業が担っていました。科学技術のstakeholdersは軍や官だったのです。したがって、工部大学校や帝国大学は主として軍や官に人材と研究成果を供給してきました。わが国における近代科学の出自がそうしたところにありましたから、国立大学のstakeholderesは一義的には設置者たる国であると、曲解されやすいのです。まして第二次世界大戦中のいわゆる“科学動員”のような事態を招く口実に使われてはなりません。国際的共通理解としては、people-centredであるということを忘れてはいけないでしょう。
 日本学術会議フューチャー・アースの推進に関する委員会(2016)はFuture Earthの8つの大課題群(Challenges)を下記のようにまとめています。
  1. すべての人への水、エネルギー、食料の提供を管理する
  2. 社会・経済システムを脱炭素化し、気候を安定させる
  3. 人間の福祉を支える陸上・淡水・海洋資源を保護する
  4. 健康的で回復力ある生産的な都市を構築し、災害に強い効率的なサービスとインフラを提供する
  5. 変化する生物多様性、資源、気候のなかで、持続可能な農村開発を促進する
  6. 人々の健康を改善する
  7. 公正で持続可能な消費と生産のパターンを探る
  8. 将来の脅威に対する社会的な回復力を高め、持続可能性への転換を促進できる制度のあり方を探る
ISCのロゴ
<注> 国際科学会議ICSUは略称通り、もともとは国際地質学連合IUGSなど学会連合の集まりである国際学術連合会議でしたから、日本学術会議を除いては自然科学系の団体が多かったのです。そこで、このFuture Earthを機に、今年2018年6月、国際社会科学評議会ISSC(International Social Science Council)と合併して国際学術会議ISC(International Science Council)になることになっています。国際アカデミーも文理融合になるのです。
 2018年7月3-5日、パリで設立総会が開催されて設立されました。

 Future Earthと地球科学

三菱端島炭坑(1963年撮影、通称“軍艦島”、この廃墟が明治産業革命遺産)
 もともとICSUが取り組んできた地球環境変動研究の中に地球圏・生物圏国際協同研究計画IGBP(International Geosphere-Biosphere Programme)も入っていましたし、上記のロンドン会議でも、キーワードとしてAnthropocene(人類世)といった地質学的な概念が使われていました(地質年代区分では約1万年前から現在までは完新世Holocene)。これから人類世という新しい地質時代に入ったとするには、議論があるところでしょうが、人類の活動が地球規模の影響を与えているのは事実です。地球科学もまた、地球環境問題解決の一翼を担う責務があるでしょう。産業革命以来有限な資源を開発するのに、地質学はその主役を担ってきました(写真参照)。それが資源枯渇と温室効果ガスの大量排出につながったのは事実です。一翼を担うのではなく、中心を担う心構えが必要でしょう。「古いOS」の上で小手先の社会貢献や地域貢献を口にするのではなく、超学際研究に真正面から真剣に取り組むことが求められています。

文献
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参考サイト:



更新日:2018/02/20
更新日:2019/10/13