鹿児島の地形と気象

 はじめに

 鹿児島は、北は北緯32度の長島町から南は北緯27度の与論島まで約600km、東京都に次いで長い県土です。東は太平洋、黒潮が洗っており、西は東シナ海、対馬海流が流れています。そのため、気候も南北で異なっており、通説では、県本土は暖温帯で、薩南諸島以南は亜熱帯に属すとされ、それぞれ植生帯では照葉樹林帯、亜熱帯多雨林と呼ばれます(屋久島の高標高部は冷温帯)。もちろん、分帯には異論もたくさんあります。たとえば、気候帯では、薩摩地方を九州型、大隅・種子屋久地方を南海型、奄美地方を南日本型などと呼ぶ人もいます。動物地理区では三宅線(大隅海峡)や渡瀬線(トカラ海峡)などが知られています。視点が異なれば、当然、分け方も異なるわけですから、こうした議論はひとまずおいて、観測データのある、明治以降を見てみましょう。
1881~2010年の月間平均降水量・気温の統計(雨温図)
1881~2010年の月間日照時間
 まず県本土の伊佐市大口・鹿児島・鹿屋を比べてみます。6月の梅雨期に降水量が多く、3者とも似たような傾向です。大口は盆地地形ですから、冬に放射冷却が起きるため、最低気温が零下になります。鹿児島の北海道と言われる所以です。鹿屋の冬の日照時間が薩摩半島側に比して長いのが目立ちます。冬の鹿児島は東シナ海の筋状の雪雲が直接到達しますので、霧島や桜島では冠雪することがありますし、鹿児島市内に雪が降ることもあります。しかし、宮崎など太平洋側は九州山地で雪雲が遮られるため、乾燥した晴天となります。鹿屋は宮崎に近い太平洋型なのです。
 屋久島は九州一の高山宮之浦岳がありますから、「月に35日雨が降る」<余談>と言われるくらい降水量が多いのが特徴です。当然日照時間も少なくなります。
 奄美諸島はどうでしょうか。1年を通じて温暖で降水量も少なく、亜熱帯気候です。しかし、薩南諸島以南の秋から冬にかけては、日照時間が県本土より少ないのは意外です。日照時間では、名瀬と沖永良部で顕著に異なります。かなり緯度が違うからでしょうか。

 地形性線状降水システム

 以上、地理的位置と気象について見てきましたが、1997年針原川土石流災害や2003年水俣土石流災害では、甑島のところで次々に雲が生まれ北東へ流れていく状況が観察されました。甑島にはそんなに高い山はないのに、気象に影響を与えるのでしょうか。以下、中村(2004)の研究を紹介します。
高度2.0kmの反射強度の水平分布同左の鉛直分布降水セルの時空位置
 この研究では気象研究所(MRI)および宇宙航空研究開発機構(NASDA)のX-bandドップラーレーダーで得られたレーダーデータを合成して使っています。観測日時は2002年7月1日12:30です。甑島から長島にかけて北東-南西方向に降水セルが点々と連なっていることが分かります。降水セルの大きさは、水平約5~12km、鉛直約1~6kmです。これらは一斉に生じたのではなく、時空分布の図が示すように、降水セルの寿命は最大で約35分、次々に生まれては移動し、消滅しているのです。南からやって来た気塊が甑島にぶつかって強制上昇し、降水セルが生まれます(第1領域)。それが北東に移動して、海上で衰退する際、セル最下層では進行方向と逆の発散流が生じ、そこに南から流入した流れが作った収束によって新しい降水セルが発生します(第2領域)。さらに、それらが長島にぶつかって、また新しい降水セルが誕生するのです(第3領域)。このように、降水セルのリレーによって線状降水帯が形成されるのです。九州では、甑島だけでなく、長崎半島や五島列島でも地形性線状降水システムが見られます。
蛇足:
 Xバンドレーダーはその後、国交省によって実用に供され、XRAIN GIS版として公開されています。直近の天気を知るには大変便利です。スマホ版もあります。
余談:「月に35日雨が降る」
 林芙美子(1949), 浮雲. 風雪, 風雪出版社.
 「はア、一ヵ月、ほとんど雨ですな。屋久島は月のうち、三十五日は雨というぐらいでございますからね……」
 林芙美子(1950), 屋久島紀行, 主婦の友, 主婦の友社.
 「急に四囲が暗くなり、雨がぱらつき出した。一ヶ月三十日は雨だと聞いたが、陰気な雨であった。」

文献:
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参考サイト:



初出日:2016/12/26
更新日:2021/03/26