雲根志昭和雲根志石の俗称辞典

 雲根志

 雲根志

木内石亭(奇石博物館提供)雲根志(国会図書館)天狗爪石(サメの歯の化石)
 木内(きのうち)石亭(せきてい)は、江戸時代中頃の享保9年(1724)近江国坂本(現大津市)に生まれた好事家・弄石家で、石(岩石・鉱物・化石)のコレクターでした(1808没)。『奇石産誌』『曲玉問答』などの著作を著しましたが、代表的な著書が『雲根志』です。雲根とは石の異名です。そのため、石亭は鉱物学の祖と呼ばれることがあります。雲根志は次の3部からなっています。
前編霊異類(れいいのるい)采用類(さいようのるい)変化類(へんかのるい)奇怪類(きかいのるい)愛玩類(あいがんのるい)
後編光彩類(こうさいのるい)生動類(せいどうのるい)像形類(ぞうぎょうのるい)鐫刻類(せんこくのるい)
三編寵愛類(ちょうあいのるい)・采用類・奇怪類・変化類・光彩類・鐫刻類・像形類
 ここで鐫刻とは金石に彫りつけるという意味ですから、鏃のような人工的な石器類を指します。岩石・鉱物・化石に限らず、実に種々雑多なものまで蒐集しています。自叙で自慢できる逸品が2,000余種となったとあります。ただ、石亭は近江の人ですから、そのコレクションも近畿地方や関東地方産出のものが中心で、薩摩藩のものはごく僅かです。
 産地として薩摩を挙げているのは、以下の通りです。
石芝飛動石栢子石浮石石硫黄方解石
 なお、石亭は偽化石事件で有名なベリンガーJohann Bartholomew Adam Beringer(1670?-1740)とほぼ同時代の人ですが、キリスト教の影響を受けていなかったためか、化石は生物の遺骸が石化したものと正しく認識していたようです。

 昭和雲根志

故益富寿之助先生
(益富地学会館HP)
昭和雲根志
(益富,1967)
梅花石
(昭和雲根志口絵)
 現代でも鉱物採集を趣味とする人はたくさんいます。毎年開かれるミネラルショーは1万人を超すコレクターで賑わいます。数多くのコレクターの中でも地質鉱物学科出身ではないのに、博士号を取得するまでの域に達した方がおられます。東の故桜井欽一先生(1912-1993)と西の故益富寿之助(かずのすけ)先生(1901-1993)です。桜井先生は神田の老舗鳥鍋屋「ぼたん」のご主人で、鉱物コレクターの集まり、無名会を主宰しておられました。益富先生は日本鉱物趣味の会(現日本地学研究会)を主宰し、日本地学研究会館(現益富地学会館)を設立されました。後者の益富先生が著したのが『石:昭和雲根志』です。
 この書では、木内石亭『雲根志』に記載された奇石類に、学名を示したり、成因を解説したりしていますが、主として中国の奇石類を新たに追加したりしておられます。なお、残念ながら鹿児島県の石については一つも取り上げられていませんが、北九州市門司区白野江青浜海岸の梅花石を天下の名石として挙げ、口絵にしておられます。古生代の海百合の化石です。福岡県の天然記念物に指定されています。東の根尾菊花石、西の門司梅花石と並び称されているようです。

 石の俗称辞典

加藤碵一
産総研名誉リサーチャー
石の俗称辞典第2版
 平成になり、高校地学という教科は絶滅危惧種になったと心配されています。本当に地学に関する世の関心が薄れたのでしょうか。これは地学という教科が受験に役立たないというだけで、毎年恐竜博は子供たちの大人気ですし、加藤碵一著『石の俗称辞典―面白い雲根志の世界』も好評で、第2版出版に漕ぎ着けました。決して関心がないのではありません。この俗称辞典は、雲根志よりさらに多くの事例が取り上げられています。鹿児島に関連するものは以下の通りです。なお、解説中に「灰石」「泥溶岩」という語が使われていますが、火砕流という概念がなかった時代、火砕流堆積物や溶結凝灰岩のことをそのように呼んでいました。俗称辞典ですから、敢えて使ったのでしょう。
<謝辞>
 この項については『石の俗称辞典』の著者加藤碵一(ひろかず)産総研名誉リサーチャーからデータを頂戴しました。記して謝意を表します。

名称よみかた産地解説
浅海石あさみいし上甑島町小島・中野中生代白亜紀~新生代古第三紀の輝緑凝灰岩質頁岩。紫色~赤紫色を呈し均質緻密で硯材として用いられる。
荒平石あらひらいし鹿屋市荒平阿多溶結凝灰岩
泡岩あわいわ桜島熔岩流の冷水中に出来た浮石(軽石)様のもの。集塊溶岩。
市来石いちきいしいちき串木野市更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。土木用。
馬の歯うまのは薩摩郡永野村山ケ野金山で白色の細粒質石英をいう。
大隅御影おおすみみかげ南大隅町1500万年前の白色中粒花崗岩で、少量の雲母が含まれる。墓石・土木用。
大塚石おおつかいし南さつま市金峰町田布施大塚更新世の泥熔岩中の軽石凝灰岩。土木用。
大野石おおのいし南さつま市金峰町田布施大野更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。土木用。
小野石おのいし鹿児島市小野町・伊敷町肥田灰色軟質な加久藤火砕流の溶結凝灰岩である。旧鹿児島監獄や五大石橋にも使用された。
かいきんかいきん鹿児島市錫山錫山鉱山は錫の産出では日本最大で、四万十累層群中に網状鉱床をなしていた。そこから付随的に産出した黄鉄鉱をいう。
蠣殻鉱かきがらこう霧島市山ヶ野鉱山片状多孔質の石英鉱。葉片状方解石後の石英仮晶よりなるカキ状鉱石で浅熱水性金銀鉱に多い。
鹿児島石かごしまいし鹿児島市周辺更新世の泥溶岩中の浮石(軽石)凝灰岩。土木用。
傘石かさいしいちき串木野市冠岳冠岳は山岳宗教の霊山として栄えた。一帯は火山砕屑岩からなる浸食地形が発達し懸崖・岩塔が連続する。傘石もその一つで凝灰角礫岩からなる。
加治木石かじきいし姶良市加治木町木田猫岳産の新生代新第三紀の粗面多孔質な輝石安山岩質凝灰岩。淡色の地に緑色または黒色の挟雑物を含み耐火性がある。土木・建築用。
加世田石かせだいし南さつま市更新世の泥溶岩中の緑色軟質な角礫状浮石(軽石)凝灰岩。石垣・壁用。
がねいしがねいし薩摩地方一帯薩摩南部の方言で浮石(軽石)のこと。
神岩かみいわ薩摩川内市下甑島本町本町の諏訪神社の横にある花崗閃緑岩の神岩は、石屋が石材にしようとしたところ、石がミーンミーンと泣いたので諦めたという伝承がある。
カミキリ石かみきりいし鹿児島県本土玻璃溶岩または黒曜石(岩)をいう。
神様石かみさまいし薩摩川内市下甑島本町神岩に同じ
亀石・亀岩かめいし・かめいわ鹿児島市仙巌園仙巌園は、万治元年(1658)に造営された島津家代々藩主の別邸で、錦江湾と桜島を借景としたみごとな名園で、ここに亀に似た亀石がある。桜島の安山岩溶岩である。
がめ石がめいし霧島市高干穂峰(1574m)に分布する新生代第四紀更新世亀甲状の亀裂のある安山岩溶岩(麺麹皮溶岩ともいわれる)。
唐草錦石・烏からくさにしきいし・からすいちき串木野市串木野鉱山串木野鉱山で黒色の方解石をいった。一見、銀黒に類似。
烏石からすいし高隈山?鹿児島県の一部で電気石のことをいう。
亀甲石きっこういし・きっこうせき屋久島町屋久島は、基盤をなす中生代白亜紀~新生代古第三紀の堆積岩類からなる四万十層群に新生代新第三紀中期中新世(1300万~1400万年前)に貫入した花崗岩(主部は最大14cmの正長石の巨大な斑晶を含むものがある)が分布する。主に花崗岩表面に亀甲状にひび割れの入った円礫が多いが、一部砂岩の亀甲石もある。
京峯石きょうみねいし 薩摩焼に使用される釉薬の一つである珪長石。
錦紅石・錦光石きんこうせき指宿市大谷鉱山大谷鉱山の鉱脈の母岩をなす新生代新第三紀の頁岩。珪化作用を受け堅硬でかつ赤紫色の縞模様があつて美しいので、磨いて置時計のケース・花瓶・ブローチなどを作るのに用いた。錦江湾(鹿児島湾)に因んで著名な鉱床学者の木下亀城(1896-1874)の命名。
黒川御影くろかわみかげ鹿児島市伊敷伊敷産のガラス質安山岩。
黒竹くろたけさつま町山ケ野金山で暗緑色の安山岩をいう。
黒御影くろみかげ鹿児島市小山田小山田産の黒色ガラス質の安山岩。黒色の地に長石の白斑点を有する。
花棚石けだないし鹿児島市吉野町花棚乳白色の地に赤褐色の斑晶がある安山岩。墓石・土木用。
けちんけちん鹿児島市錫山鉱山閃亜鉛鉱をいう。
郡山石こおりやまいし鹿児島市郡山町更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。土木用。
河頭石こがしらいし鹿児島市伊敷町河頭更新世の灰石。
御在所石ございしょいし志布志市御在所岳御在所岳山中から産する古谷石に類似の水石。
護摩岩ごまいわいちき串木野市冠岳冠岳南東麓の五反田川支流の渓谷の新生代新第三紀の安山岩類が浸食を受けて形成された護摩岩を始めとして天狗岩、仙人岩などの奇岩が分布する。
小山田石こやまだいし鹿児島市小山田町黒褐色で緻密硬質な安山岩である。墓石や土木材として使用される。小山田黒御影とも呼ばれる。
コラこら指宿市開聞岳は、約4000年前から噴火を始め、歴史時代の9世紀にも貞観16年(874)と仁和元年(885)に噴火記録がある。火山噴出物のうち、降下スコリア(岩滓)の大部分(玄武岩質)は水蒸気マグマ噴火の産物で、土壌中で硬く固結したものをコラと俗称。昔から耕作の厄介物ととして農民に嫌われてきた。
混竹石こんちくせき薩摩川内市水引角閃石の骸晶を含む安山岩。
薩摩赤玉石さつまあかだまいしいちき串木野市深田・荒川有名な佐渡赤玉石に似た石
薩摩石さつまいし鹿児島市郡山町北凍・薩摩川内市入来町浦ノ名・長野新第三紀の角閃石両輝石安山岩質凝灰岩。間知石・石垣・墓石用。
ざらめざらめ伊佐市大口鉱山大口鉱山で石英のボロボロに崩れるものをいった。
白亀山石しろかめやまいし南さつま市白亀山更新世の泥溶岩中の軟質、角礫状の緑色軽石凝灰岩。石垣・壁石用。加世田石ともいう。
白土管しろどかんさつま町永野山ケ野金山で白色の方解石をいった。
千畳岩せんじょういわ伊佐市宮入伊佐市市外南方約7kmのある川内川上流にある幅約210m、高さ12mの曽木ノ滝の上にある平坦な自然岩塊。
仙人岩せんにんいわいちき串木野市冠岳護摩岩参照。仙人岩付近にはわが国でもまれな熱帯性羊歯類のキクシノブや暖地性植物のヤッコソウ・ナギの自生が見られ、県指定の天然記念物となっている。
高須石たかすいし鹿屋市高須町新第三紀の輝石安山岩。砕石・土木用
高橋石たかはしいし鹿屋市高橋新第三紀の輝石安山岩。砕石・土木用。
田代石たしろいし日置市田代更新世の泥溶岩に属する軽石凝灰岩。土木用。
立石たちいし薩摩川内市下甑島村はずれの畑に転がっている手掛け石の北方にある環状列石。人が死ぬ寸前魂を飛ばし、手掛け石に休らって後、立石めざして飛んでいくという。
立神岩たちかみいわ・たちがみいわ・たてがみいわ枕崎市西鹿籠火之神公園近くの海上にある高さ約42mの岩塊。枕崎市の航海安全と大漁満船を祈願した守護神として崇められている。南薩層群に属する新生代新第三紀鮮新世の普通輝石紫蘇輝石安山岩の火山砕屑岩~溶岩の浸食地形である。
ツブ石つぶいし 玉の一種か。栢子石と同じ(『雲根志』)。
壷石つぼいし霧島市山ケ野、さつま町永野珪質粘土球。内部に黒い土が入つており脚気の薬といい、肺病の薬という。
つり大根つりだいこん霧島市国分鉱山鍾乳状の白然銅をいう。
手掛け石てがけいし薩摩川内市下甑島村はずれの畑に転がっている巨岩。人が死ぬ寸前に魂を飛ばし、この石で休んだ後、立石めざして飛んでいくという。
天狗岩てんぐいわいちき串木野市冠岳冠岳南東麓の五反田川支流の渓谷の新生代新第三紀の安山岩類が浸食を受けて形成された天狗岩、仙人岩、護摩岩などの奇岩が分布する。
天柱石てんちゅうせき屋久島町太忠岳(1497m)山頂に突出する奇岩。
唐仁原石とうにんばらいし南さつま市唐仁原更新世の泥溶岩中の緑色軟質、角礫状の軽石凝灰岩。石垣・壁用。
毒物どくぶつ鹿児島市谷山<谷山鉱山産の黄鉄鉱の俗称。/td>
どくわんどくわん鹿児島市錫山錫山鉱山で石英をいう。
虎石とらいし志布志市大慈寺にも虎ヶ石があり、これも大磯の虎(曽我十郎の恋人虎御前)の建立と伝えられている。
虎斑とらぶち高隈山電気石化作用を受けたホルンフェルスをいう。黒色縞状をなしているのをいう。
中里石なかざといし日置市中ノ里更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。土木用。
長田石ながたいし 灰石。石垣用。
人形岩にんぎょういわ薩摩川内市西方西方海水浴場の南端にある凝灰角礫岩からなる岩塊。海蝕により人の形に見える。礫は角閃石安山岩で、人形岩の頭部は、一個の巨礫からなる。
根占御影ねじめみかげ南大隅町中生界白亜系(?)~新生界古第三系(日南層群)を貫き、新生代第四紀更新世の泥溶岩やシラス層に覆われる新生代新第三紀の中粒黒母雲花崗岩。
野田石のだいし出水市野田町上名更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。間知石・石垣・墓石用。
はまねぎはまねぎ霧島市山ヶ野鉱山土状赤鉄鉱中の藍銅鉱。
反土石はんどいしいちき串木野市市来町反土更新世の泥溶岩中の浮石(軽石)凝灰岩。土木用。
飛動石ひどうせき 奥山で樵が暑い時期に仕事をしていた折、二人がかりで持てそうな大きさの黒石があり、一人の樵が腰かけて休んでから立ち上がろうとした途端、真っ二つに割れ牛のような唸り声をあげて脱兎のごとく2つの山の頂を越えて向こうの谷底へ飛び散ってしまったという(『雲根志』)。
ビンタ切れびんたぎれ屋久島緑柱石。水晶の様に六角柱だが頭がとがらずに切れているから。ビンタは頭のこと。
福元石ふくもといし指宿市山川町福元新第三紀の軟質な灰緑色~緑色凝灰角礫岩。石垣・壁石用。
豚皮ぶたがわいちき串木野市串木野鉱山で石英と方解石とが縞状をなし豚の脂肉のような観を呈するもの。
二瀬戸石ふたせといしいちき串木野市市来町二瀬戸更新世の泥溶岩中の浮石(軽石)凝灰岩。土木用。
降石ふりいし 光孝天皇の御代、仁和元年(885)8月、薩摩国中に砂や小石が降ったという(『雲根志』)。
屁こき石へこきいし 温石(蛇紋岩)。砕いて飲めば屁を放つという。
ボソぼそ伊佐市大ロ鉱山に産ずるザラメ状の駄石英。あるいは、変質安山岩がさらに変質してボソボソに崩れるもの。砂状に 崩壊し易く含金なし。
ボッコ・ワキぼっこ・わきさつま町永野山ケ野金山産の白味がかった母岩に緑泥石の斑点のあるものをいう。ワキとは母岩を意味する。
丸尾石まるおいし鹿児島市伊敷町更新世の灰石。土木用。
宮田石みやたいし日置市東市来町神流川上流産の水石。質朴で気品に富み光沢が強い古譚質で、南の神居古譚石とも称される。
宮原石みやはらいし南さつま市宮原更新世の泥溶岩中の緑色、軟質、角礫状の浮石凝灰岩。石垣・壁用。
麦ワキむぎわき霧島市山ヶ野鉱山褐色の斑点のある母岩をいった。褐色の斑点は硫化鉄の酸化に由来する。
山鳩色地やまばといろじ霧島市山ヶ野鉱山山ケ野金山で山鳩の胸羽のような暗青緑色の母岩をいう。鉱脈に富む。
吉利石よしとしいし日置市吉利更新世の泥溶岩中の軽石凝灰岩。
養母田石よもたいし日置市東市来町養母更新世の泥熔岩中の軽石凝灰岩。土木用。


文献:
  1. 木内石亭(1801),雲根志. 国立国会図書館デジタルコレクション
  2. 木内石亭(1801), 雲根志. 国文学研究資料館
  3. 横江孚彦訳(2010), 口語訳 雲根志. 雄山閣, 503pp.
  4. 今井功訳(1969), 雲根志. 築地書館 , 607pp.
  5. 益富寿之助(1967), 石:昭和雲根志. 益富寿之助博士紫綬褒章受賞記念会, 250p.
  6. 加藤碵一(1999), 石の俗称辞典―面白い雲根志の世界. 愛智出版, 312pp.
  7. 加藤碵一(2014), 石の俗称辞典(第2版). 愛智出版, 408pp.
  8. (), . , Vol., No., p..

参考サイト:



初出日:2017/03/03
更新日:2019/11/10