鹿児島の黒曜石

 黒曜石と先史研究

細石刃文化期黒曜石の流通(堤,2004)
黒曜石(鹿大博物館)
 黒曜石(黒曜岩)obsidianは、流紋岩~石英安山岩質の酸性溶岩が急冷してできたガラス質の火山岩です。黒耀石と書く場合もあるようですが、和田維四郎(つなしろう)(1878)が『本邦金石畧誌』において、obsidianを黒曜石、又火山玻璃と訳したのが本邦初出のようですから、先取権を尊重して黒曜石と書くべきでしょう。和田が火山玻璃とも訳したように、火山ガラスですから、ガラス光沢を示し、通常は黒色を呈します。赤色の場合もあります。打撃を加えると薄く鋭利に割れますので、先史時代にはナイフや鏃に使われました。北海道の白滝、長野県の和田峠、伊豆諸島の神津島、隠岐の島などが産地として有名です。長野県長和町星糞峠遺跡では、縄文鉱山とでも称すべきような、大規模な黒曜石採掘遺跡が見つかっています(堤,2004:小杉,2008)。石器時代~縄文時代にかけて、白滝の黒曜石はサハリンまで運ばれましたし、和田峠や神津島の黒曜石は関東一円で見つかっています(坪井,1901:堤,2004)。隠岐の島産黒曜石は日本海沿岸地帯で広く流通していました。こうした生産地と消費地を結ぶ流通網があったということは、黒曜石が商品として扱われ、いわば商業の萌芽が成立していたのかも知れません。このように古代の流通網が科学的に明らかになったのには、他の石器と違う黒曜石独特の性質があります。
 ヨーロッパの石器時代にはフリントや珪質頁岩がよく石器に用いられました。石材は岩石種から、産地を特定できる場合もありますが、一般には困難な場合が多いのです。たとえば、遠洋のプランクトンの遺骸からなるチャート(江戸時代まで火打石として使われました)は、北部北上山地でも四国でも、似たような性質があり、石を見せられただけで、産地を言い当てるのは難しいと言えます。ヨーロッパの場合には、その上、氷河ではるばる運ばれてきたモレーンの石が使われているケースもあり、もっと複雑です。
 黒曜石は火山岩ですから、火山地質学的研究や全岩定量分析・蛍光X線分析など理化学的分析手法が適用できます。また、火山ガラスですので、ウラン238(238U)が自然核分裂するときに出る放射線の傷跡(フィッショントラックfission track)で年代を測定するフィッショントラック法が適用できます。岩石の地質時代が測定できるのです。しかも、フィッショントラックは300~700℃に熱されると約1時間で消滅しますので、囲炉裏や火災などで火に焼かれた場合、岩石の年代ではなく、火に焼かれた年代が測られることになります。つまり、古代人の生活年代まで分かるのです。この点が、考古学で重宝される所以です。なお、黒曜石が空中ないし土中の水を取り込んで作る水和層の厚さが水和に要した時間の平方根に比例することを利用して、黒曜石が人為的に加工された年代を知ることもできます。もっとも、この水和法は最近ではあまり使われていないようですが。

 鹿児島の黒曜石産地

鹿児島県内黒曜石産地(概略位置で露頭位置ではありません)
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黒曜石産地別利用動向(芝,2013)
地区産地地質地質年代
伊佐市大口五女木・日東・荒平・猩々・小川内・芳ヶ野北薩火山岩類中の黒曜岩溶岩流、これの変質したものが大口白土4~6Ma
薩摩川内市八重山樋脇町上牛鼻・市来町平木場八重山火山岩類の尾木場(おこば)流紋岩2.5Ma
鹿児島市三船三船・竜ヶ水三船流紋岩0.77~0.80Ma
錦江町長谷松崎の浜阿多火砕流下位の大根占礫層中の巨礫230~250ka
三船流紋岩
 九州では大分県姫島産の黒曜石が有名で、かなり広く流布しているようです。鹿児島にもいくつか黒曜石の産地があり、南九州で広く使われていたようです。主な産地は上記4地点ですが、これを鈴木(1992)は放射化分析を行い、次のような結果を得ました。
 大口産は、他と比べてNa20量が小さくK2O量がやや多いという点で区別されます。樋脇産は、 Na20量がやや多くK20量がやや少ない傾向があります。三船産と長谷産は、両者よく似ているそうです。距離にして50km離れているのに、大変似ている点は興味深いところです。
 それでは、これらの黒曜石がいつ頃どの範囲まで流通していたのでしょうか。芝(2013)は、先ず旧石器時代~縄文草創期を次の10期に分けています。なお、ATとは姶良カルデラの活動(29ka)により降ったテフラのことです。この超大規模噴火により、南九州の旧石器文化は一時途絶えました。
1期 礫塊石器主体…姶良大塚火山灰(A-ot:32.5ka)下位層相当
2期 部分加工ナイフ型石器・台形様石器…暗色帯中部~下部
3期 縦長剥片製二側縁加工ナイフ形石器…AT直下~暗色帯上部
4期 二側縁加工ナイフ形石器群を引き継ぐ「片田段階」の石器群
5期 剥片尖頭器石器群・狸谷型切出形石器・今峠型ナイフ形石器群
6期 角錐状石器群(国府系ナイフ形石器も含む)
7期 小型基部加工ナイフ形石器・小型台形石器など終末期ナイフ形石器群
8期 細石刃石器群
9期 細石刃石器群
10期 石鏃石器群(縄文時代草創期)
 右図は黒曜石産地ごとに、こうした編年と出土遺跡地域を南九州について示したものです。当然のことながら、産地の近くではそこで生産消費されていますが、それでもかなり遠方まで輸出されています。遠い例では、日東産黒曜石が、宮崎県船野遺跡や長崎県百花台遺跡などで見つかっています。
<注> 右図で「桑ノ木津留」とあるのは、熊本県人吉市桑ノ木津留のことです。地図の一番東のマーカーがあるところで、熊本・宮崎・鹿児島の3県県境に近いところです。

文献
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参考サイト:


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更新日:2016/10/22
更新日:2020/11/28