生きている化石とは鹿児島で見られる生きている化石余談 カモノハシ

 鹿児島の生きている化石

 生きている化石とは

 生きている化石living fossilあるいは生きた化石という語はロマンがあり魅力的な響きがあります。進化論で有名なCharles Robert Darwinが『種の起源 On the Origin of Species』(1859)ではじめて使ったとされています。原文該当個所と岩波文庫の八杉竜一訳を併記します。
C. R. Darwin(1854年撮影)
(Wikipediaによる)
On a small island, the race for life will have less severe, and there will have been less modification and less extermination. Hence, perhaps, it comes that the flora of Madeira, according to Oswald Heer, resembles the extinct tertiary flora of Europe. All fresh-water basins, taken together, make a small area compared with that of the sea or of the land; and, consequently, the competition between fresh-water productions will have been less severe than elsewhere; new forms will have been more slowly formed, and old forms more slowly exterminated. And it is in fresh water that we find seven genera of Ganoid fishes, remnants of a once preponderant order: and in fresh water we find some of the most anomalous forms now known in the world, as the Ornithorhynchus and Lepidosiren, which, like fossils, connect to a certain extent orders now widely separated in the natural scale. These anomalous forms may almost be called living fossils; they endured to the present day, from having inhabited a confined area, and from having thus been exposed to less severe competition.
 小さな島では生存のための競争はそれほど激烈ではないので、変化もさほどなく、絶滅もわりあいすくなかったようである。マディラのフロラがオスワルド・ヘール(Oswald Heer)によればすでに絶滅したヨーロッパの第三紀フロラに似ているというのは、おそらくそのためなのであろう。淡水の水域は全部あわせても、海あるいは陸の区域にくらべて、小区域でしかない。したがって淡水の生物間の競争は、他の地域における競争よりきびしくはないであろう。また新たな生物は他の区域におけるよりゆるやかに形成され、古い生物が絶滅するのもおそいであろう。淡水中には、かつて優勢であった目の遺物ともいうべき硬鱗魚類の七属が生息している。また淡水中には、カモノハシ(Ornithorhynchus)およびレピドシレン(Lepidosiren)[肺魚類の一種]のように現在世界中でもっとも異様な生物として知られ、化石と同様に、自然の階段において現在ではひろくへだてられている諸国をある程度までつないでいる生物が、発見されている。これらの異様な生物は、生きた化石とよんでさしつかえないであろう。これらの生物は、限局された地域にすみ、そのためあまりきびしい競争にさらされないできたことによって、現在まで生きながらえてきたのである。
 (注:八杉訳では「生きた化石」としていますが、原文はliving fossilsです。)

 キチンとした定義としてではなく比喩で使われた大変曖昧な言い方ですので、Stanley(1979)は、以下の特徴を兼ね備えた現生分類群に限るとしました(大路,1994)。
① 比較的長い地質時代にわたって低い多様度で生き残ってきたもので、かつて多様度の高い分類群の唯一の生き残りであることもしばしばある。
② 今日原始的な形質を有し、過去における時期に多様度を減じて以来ほとんど進化していない分類群。
 しかし、化石はほとんどの場合、形態しか残されていず、生物学的遺伝学的検討が難しいので、厳密に定義するのは難しいでしょう。太古の時代繁栄していたものが、現在でも細々生き残っていて、太古の特徴を今も保持しているものと、ここでは漠然と捉えておくことにします。
東京都
東京大学
大阪大学銀杏の化石(Wikipediaによる)精子発見の銀杏(東大植物園)
 それではどのようなものが生きている化石でしょうか。一番ポピュラーなのはイチョウでしょう。神社やお寺、学校などに植えられ、お馴染みです。東京都の木に指定されたり(東京都のシンボルマークはイチョウに似ていますが、T字のデフォルメだそうです)、大学の校章に使われたりもしています。古生代末~中生代に栄えましたが、白亜紀末に絶滅(隕石衝突による?)したと考えられていました。日本には仏教と共に中国から伝わったようです。幕末、ケンペルEngelbert Kämpferが日本から持ち帰りヨーロッパに紹介、リンネCarl von Linnéが学名Ginkgo biloba L.を与えました。イチョウはもう一つ日本と関わりがあります。1896年帝国大学理科大学(現東京大学理学部)植物学教室画工の平野作五郎氏が精子を発見したのです。当時日本はまだ後進国、その中での世界的な学問的成果でした。今でもそのイチョウの木は東大小石川植物園にあります。なお、イチョウは公孫樹・銀杏などと書かれますが、イチョウと発音するのは、葉っぱの形が鴨の足に似ていることから中国で鴨脚樹と呼ばれ、その宋音yājiǎoがイーチャオあるいはイアチァオと発音するので、それから転じたのだそうです。
 さらに、日本と関わりのある生きている化石ではメタセコイアMetasequoia glyptostroboidesがあります。メタセコイアの化石は日本の新第三系からしばしば見つかります。大阪市立大学教授三木茂氏が1941年に学名を付けましたが、その5年後の1946年中国四川省磨刀渓村(現在は湖北省利川市)から生きている個体が発見されました。それが日本にも寄贈され、今ではアチコチで植えられています。

<代表的な生きている化石>
カブトガニ(北九州曽根干潟)
•動物
 レッサーパンダ、カモノハシ、カブトガニ、ヌタウナギ、ゴキブリ、シーラカンス、ミツクリザメ、オウムガイ
•植物
 イチョウ、メタセコイア、セコイア、ラクウショウ
 なお、かつてシャミセンガイLingulaは古生代に栄えた腕足動物Brchiopodaの末裔で生きている化石の典型と言われてきましたが、外形が似ているだけとして否定されました(Emig,2003)。シャミセンガイは有明海や奄美大島笠利湾のような干潟の砂泥地に生息しています。

 鹿児島で見られる生きている化石

 以下、鹿児島で見ることのできる生きている化石について解説します。植物については『牧野植物図鑑』が最適ですが、精しすぎて長いので、国立科学博物館筑波実験植物園のウェブサイト「植物図鑑」を引用しました。

イチョウ Ginkgo biloba L.
銀杏(鹿大構内)
 高さ45mにもなる落葉高木。樹皮は灰色-灰褐色で浅く縦に裂ける。よく分枝し、太い枝の基部から乳と呼ばれる気根が出ることがある。葉は扇形でふつう中央に切れ込みがある。秋に紅葉して落ちる。雌雄異株で雄花は尾状で淡黄色、雌花は緑色で長い柄の先に裸の胚珠が2個ある。この胚珠が青く膨らみ、秋に黄色く熟す。これは果実のように見えるが種子で、黄色く熟す部分は外種皮で、内種皮がいわゆるギンナンである。
 前述のように、古生代末~中生代に栄えました。イチョウは街路樹や神社境内・学校校庭などによく植えられています。鹿大構内や垂水の千本銀杏、福山宮浦宮の夫婦銀杏(県天然記念物)などが有名です。

メタセコイア Metasequoia glyptostroboides Hu et W. C. Cheng
メタセコイア(冠嶽園)
 落葉高木。葉は十字に対生し、秋にはレンガ色に紅葉。樹皮は赤褐色で縦に裂ける。雄花序は黄褐色で長く垂れ下がる。雌花は緑色。球果は長さ2-2.5cmの卵状球形で、10月ごろに成熟して褐色になる。
 冒頭述べたように、日本で化石とした命名されました。白亜紀後期以降アジアとアメリカに分布していましたが、新生代を通じて分布を縮小する中で最後まで残ったのが東アジアで、日本からはおよそ80万年前寒冷化により絶滅します。中国で発見されてから、日本にも寄贈され、街路樹などとして各地で植えられています。鹿児島ではいちき串木野市の冠岳花川砂防公園(冠嶽園)に植えてあります。冠嶽園は、当時の串木野市が冠岳の徐福伝説に基づく町おこしと日中友好のために造園したのですから、中国のご縁で植えたものと思われます。

ラクウショウ Taxodium distichum (L.) Rich.
落羽松(藺牟田池)
 落葉高木。高さ50m、直径3mにもなる。 メタセコイアに似るが、葉が互生するので区別できる。球果は卵球形で盾形の果鱗を有す。湿地では、幹周辺に高さ2mの気根を直立に地面から出す。心材は黄褐色から暗褐色で、耐久性がある。
 別名ヌマスギ(沼杉)とも言われます。中生代に出現し、新第三紀以降化石は見つからなくなります。鹿児島県内ではラムサール条約指定地の藺牟田池に数本生えています。また、上記冠嶽園にもメタセコイアの隣に植えてありますから、比較に便利です。なお、フラワーパークかごしまの西洋庭園にも植えられています。

オウムガイ Nautilus pompilius
オウム貝(鹿大ジャーナル196)
 オウムガイ科に属する原始的な頭足類の総称。南西太平洋に生息し、水深600m〜200mに棲む。殻は隔壁により30個内外の部屋に分かたれ、ここにはガスと液体が入っており、浮力をそこから得ている。出口の一番大きな室(住房)に動物体(軟体部)が棲む。その頭部には多数の短い触手がある。オルドビス紀の示準化石である直角貝の子孫と考えられている。
 鹿大理学部早坂教授(故人・元学長)らは1981年~1993年、南太平洋のフィージー・パラオ・フィリピンで海洋調査を行い、初めてオウムガイの生息状況を明らかにしました。生態をカメラに収めると共に、生体も持ち帰りました。1981年の調査では、5個体を空輸し、鹿児島市の鴨池マリーンパークの水槽で200日余りの飼育観察が行われました。鹿大総合研究博物館には殻が保存されています。

レッサーパンダ Ailurus fulgens
レッサーパンダ
(平川動物公園HPによる)
 食肉目(ネコ目)アライグマ科(レッサーパンダ科説もあり)レッサーパンダ属に分類される食肉類。ヒマラヤ・ミャンマー・中国南部などの標高の高い森林や竹林に棲む。木登りがうまく夜行性で、若竹・タケノコ・果実・木の実などを主食とづるが、小鳥や鳥の卵も食べる。普通1産1子。
 始新世から漸新世にかけての化石がユーラシア大陸や北アメリカ大陸で発見されています。鹿児島では鹿児島市平川動物公園にシセンレッサーパンダAilurus fulgens styaniが数頭飼育され、繁殖にも成功しています。

ゴキブリ Blattodea
写真がなくてすみません新種ゴキブリ(鹿大HPより)
 ゴキブリ目ゴキブリ科の昆虫の総称。体は甚だしく扁平で幅が広く楕円形。多くは褐色や黒褐色で、油に浸ったような光沢がある。家住性のものは人間や荷物などの移動に伴って広く伝播し、台所などで食品を害するほか、伝染病を媒介する。
 古生代石炭紀に出現し、今も栄えています。暖かいところを好むため、鹿児島でも各地に広く分布しています。
<特報> 新種発見!! 鹿大農学部坂巻祥孝准教授らが南西諸島で新たに2種のルリゴキブリ属のゴキブリを発見、新種として記載しました。日本での新種発見は35年ぶりだそうです。(2020/11/25鹿大ホームページによる)

 余談 カモノハシ

 生きている化石の中で一番変わっているのはカモノハシ(鴨嘴)Duckbillでしょう。広辞苑では、次のように書かれています。
 カモノハシ目の哺乳類。頭胴長約40cm、尾長約12cm、鴨に似た(くちばし)を持つ。(あしゆび)には(みずかき)があり、水中の小動物を捕食。オーストラリア東部とタスマニア島に生息。卵生。普通二卵を産み、孵化した子は母乳で育つ。
 つまり、卵生哺乳類でくちばしがあり、水陸両用の何でも屋です。そこで、2000年メルボルンでAn International Conference On Geotechnical and Geological Engineering(略称GeoEng2000)という会議が開かれた時のシンボルマークに使われました。実はこの会議は、国際地盤工学会ISSMGE・国際応用地質学会IAEG・国際岩の力学会ISRMが合同で開催したものです。20世紀は分析哲学全盛、学問の細分化がその極に達しました。これではまずいのではないかとの反省が出てきて、21世紀はmulti-disciplinaryな総合科学を目指そうとしてミレニアムに企画されたようです。そのシンボルマークにカモノハシを選んだ人は抜群のセンスがあります。それから20年、タコツボの disciplineから脱却したでしょうか。

文献:
  1. Darwin, C. R.(1859),On the Origin of Species. Amazon Services International, Inc., Kindle版(free), 281pp.
  2. ダーウィン著八杉竜一訳(1990),種の起源(上), 岩波文庫, 271pp.
  3. Eldredge, N. & Stanley, S. M. ed.(1984),Living Fossils, Springer Verlag, 291pp.
  4. 濱田隆士・生きている化石研究会(1994),「生きている化石」に何を求めるか?. 化石, Vol.57, No., p.45-46.
  5. Emig, C. C.(2003),Proof that Lingula Brachiopoda is not a living-fossil, and emended diagnoses of the family Lingulidae. Carnets de Géologie , Letter 1, p.1-8.
  6. Hayasaka, S., Oki, K., Shinomiya, A. & Saisho, T.(1983),Environmental Background of the Habitat of Nautilus in the Southern Part of Tanon Strait, the Philippines. Kagoshima Univ. Res. Center S. Pac., Occasional Papers, No. 1, p. 2-8.
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参考サイト:


初出日:2019/11/18
更新日:2020/12/14