津波石とは先島諸島の津波石奄美大島あやまる岬の巨礫群徳之島の津波堆積物

 津波石

 津波石とは

津波記念石(原口強氏提供)津波大石(つなみうふいし)(安藤雅孝氏提供)
津波石と台風石(後藤,2012)
 三陸海岸には明治三陸津波(1896)の時に巨大な岩石が高いところまで打ち上げられたとの伝説がありました。昭和三陸津波(1933)でも大船渡市吉浜で吉浜川河口にあった重量八千貫(約32t)の石が内陸まで打ち上げられました。これに「津波記念石」と刻んで記念としたのですが、その後の道路工事で埋め立てられ、東日本大震災(2011)で再び現れ出ました。碑文は次の通りです。
「津波記念石 前方約二百米突(メートル)吉浜川河口ニアリタル石ナルカ昭和八年三月三日ノ津波ニ際シ打上ゲラレタルモノナリ 重量八千貫」
 八重山諸島でも巨大な石が明和大津波(1771)の際打ち上げられたとの古文書が残っています。こうした津波によって打ち上げられた石を津波石tsunami boulderと呼んでいますが、史家の間で話題になる程度でした。近年、津波堆積物tsunami depositの研究が注目されると共に、津波石の理工学的研究が進みました。
 東日本大震災で有名になった砂質津波堆積物は、その層序学的研究により津波発生年代を特定できますし、津波の遡上範囲をおおよそ推定できます。もちろん、上澄みの海水だけの部分は分かりません。難点としては岩石海岸のように砂質堆積物のないところでは、残りにくいことが挙げられます。それに対し、津波石は三陸のようなリアス式海岸でも残る可能性があります。しかし、数が少ないですから、津波の遡上範囲まで分かりませんし、フジツボなどが付着していればともかく、一般に津波石そのものから津波の時代を特定することも困難です。例外として、先島諸島で見られるサンゴ礁起源の津波石は、造礁サンゴの最も新しい年代から、おおよその津波発生年代を推定できます。
 このように堆積学的古生物学的研究が行われてきましたが、2004年インド洋大津波が発生、多数の犠牲者を出します。目の前で津波石が形成されたのです。重量・移動距離・津波波高・浸水域等々の水理学的データが大量に得られました。これらを活用して堆積学的研究と津波工学的研究を融合して津波数値計算モデルを提唱したのがGoto et al.(2007)です。礁斜面勾配が緩く、かつ引き波から始まる条件の時に津波外力が極めて大きくなり、巨礫が大量に礁原に上に打ち上げられるのだそうです。
 なお、台風による高波でも巨礫は動きます(台風石)。この区別をする必要があります。後藤(2012)は、津波と台風の波形に注目し、台風の波は波長が短いので、礁縁かせいぜい礁原まで持ち上げるだけなのに対し、津波は波長が長いので、礁原はおろか砂丘上までも打ち上げることが可能だとしています。

 先島諸島の津波石

先島諸島における津波石(印:国の天然記念物、印:その他)
位置は大凡でGISの精度はありません
石垣島トレンチの露頭写真(Ando et al.,2018)
 石垣島には国の天然記念物に指定された津波石が5個あります。津波大石(うふいし)(たか)こるせ石・あまたりや潮荒(すうあり)安良大(やすらうふ)かね・バリ石です。中には明和大津波に関する古文書『奇妙変異記』に記載されているものもあります。その他、宮古島・下地島・多良間島・黒島・波照間島などで見つかっています(河名・中田,1994)。しかし、沖縄本島以北では、今のところ報告がありません。
 先島諸島は今も豊かなサンゴ礁に恵まれていますが、同時に、更新世琉球石灰岩も完新世堆積物も分布しています。そのため、従来、礁原や陸上にある巨礫は琉球石灰岩の転石と簡単に片づけられてきました。河名・中田(1994)は、サンゴ礁起源の巨礫について、堆積構造、ノッチなどの浸食構造、造礁サンゴの鉱物学的検討(本来アラレ石だったものが淡水環境では続成作用により方解石に変質する)、人為的要素などのさまざまな科学的検討の上、サンゴ化石の中でもっとも新しい部分の14C年代を測定しました。Suzuki et al.(2008)も石垣島東海岸のハマサンゴ岩塊について年代測定を行い、大部分明和津波起源としました。
 地震との関係はどうでしょうか。Ando et al.(2018)は、石垣島でトレンチを掘り、Ⅰ~Ⅳの津波堆積物を見出しました。Ⅰ・Ⅱ・Ⅳが石灰質砂でⅢが津波石です。一番新しいⅠが1771年の明和津波で、遡上高10mだったそうです。なお、トレンチ内には地割れも見つかり、激しい地震動を伴う“巨大地震"だったことも分かりました。結局、過去2000年間に約600年間隔で巨大地震および津波があったことが判明しました。

 奄美大島あやまる岬の巨礫群

あやまる岬の巨礫(東北大)
巨礫の重量と礁縁からの距離(須田ほか,2011)
 それでは鹿児島には津波石は存在しないのでしょうか。奄美大島笠利半島のあやまる岬にはリーフ上に巨礫が点在しているので有名です。これは津波石ではないのでしょうか。須田ほか(2011)は礁縁leaf edgeからの距離と巨礫の重量との関係を求め、これは台風等による高波の堆積物だと認定しました。その論拠は、Goto et al.(2009)およびGoto et al.(2010)による津波石と台風石の計測結果です。
 これを受けて東北大チームは奄美諸島・沖縄諸島では津波石を打ち上げるような巨大地震、琉球海溝全域で断層が動くような巨大地震は過去2300年間にはなかったと結論づけています。

 徳之島の津波堆積物

徳之島の津波堆積物(小林,2013)
 津波石ではありませんが、徳之島南部の伊仙町面縄に津波堆積物があるそうです(小林,2013)。海抜15mの畑の壁にロームに夾まれて貝殻片やサンゴ片および海岸砂が約30cmの厚さで水平に分布しています。付近に面縄貝塚はありますが、ここは人的かく乱はないので、この貝殻密集層は津波堆積物だと認定したそうです。年代は1万年よりは古そうとのことです。

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参考サイト:


初出日:2019/09/12
更新日:2019/09/20