外所地震供養碑
外所(とんどころ)地震は寛文2年(1662)に発生したM7.6の日向灘地震です。佐土原藩領(現・宮崎市佐土原町)で6強、宮崎県下の大部分で震度5以上の揺れがあったと推定されています。津波も宮崎付近で4~5m、延岡で3~4m、志布志で2~3mあったといわれ、死者200人、全壊家屋3,800戸の大被害を出しました。それだけでなく、沿岸部では地盤沈下と津波により7ヶ村が海中に没しました。ここ島山だけが残ったのだそうです(現在でも右図のように地形的な高まりになっています)。そこで、ここに犠牲者を悼む供養碑が建てられました。他の災害記念碑と違うところは、50年ごとに新しい記念碑を建てて、災害の風化を防いだことです。計7基あります。- 三百五十回忌供養碑…平成十九年(2007)9月15日財団法人木花振興会建立
- 寛文二年(一六六二)九月十九日深夜子ノ刻(午前〇時)日向灘を震源とした大地震あり、陥って海に入る家屋二百四十六戸、水死者十五人、と大災害に見舞われた。
ここに外所大地震三百五十回忌追悼供養を通し、諸々の犠牲を忘却することなく、大自然にたいし畏敬の念を持つことと、防災の大切さを後世に伝えたいがため、この供養碑を建立した。
- 寛文二年(一六六二)九月十九日深夜子ノ刻(午前〇時)日向灘を震源とした大地震あり、陥って海に入る家屋二百四十六戸、水死者十五人、と大災害に見舞われた。
- 三百年忌供養碑…昭和三十二年(1957)九月十九日宮崎市長建立
- 寛文二年九月十九日ノ地震デ外所村海中ニ陥没シ人畜多数罹災シタ 以来五十年毎ニ碑ヲ建テテ供養シテ来タガ本年ハ三百年忌ニ相当スルノデ將来ノ無災安泰ヲ併セテ祈念シナオコレヲ後世ニ伝エルタメココニ供養碑ヲ建立スル
- 二百五十年忌…大正十四年(1925)二月村長・区長建立
- 若人持戒多諸天増足威光修羅減少悪龍無力善龍有力善龍有力風雨順時四氣和暢其雨降稔穀豊人民安楽兵戈戰息疾疫不行也
- 二百年忌…明治四十一年(1908)建立
- 天下和順日月清明風雨以時災屢不起國豊民安兵戈無用
- 安政六己未年(1859)、文久二壬戌年(1862)の文言あり
- 百五拾年…文化七年(1810)六月建立
- 十方恒沙佛廣開□土門
- 破損していて不明
- 破損していて不明
蛇足ながら、今年2014年5月桜島大正噴火100周年に当たって、大正噴火百年の碑も、建立されました(右写真)。
文献:
- 安井 豊・田辺 剛(1961), 日向灘の外所地震津波調査について. 験震時報, Vol.26, No.1, p.33-38.
- 国土交通省社会資本整備審議会第49回河川分科会(2013), 宮崎県沿岸における津波浸水想定説明資料. 25pp.
- (), . , Vol., No., p..
- 外所地震(古地震.net),
- 九州地域づくり協会(), 宮崎県(宮崎市・延岡市・日向市)の現地調査概要. 九州災害履歴情報データベース
- (),
初出日:2014/10/27
更新日:2019/04/08