2020年タール火山噴火タール火山の地質と噴火史エイヤフィヤトラヨークトル2010年噴火と航空障害桜島大正噴火の降灰

 火山噴火と航空交通障害

 2020年タール火山噴火

NOAA-NASA衛星「Suomi-NPP」の観測によるSO2の濃度分布(1月13日)
The Taal Volcano up close(1/16 upload)
 2020年1月12日午後、フィリピンのマニラ南方約60kmにあるタール火山Taal Volcanoが水蒸気噴火(当初の発表:後にマグマ噴火に移行)をし、噴煙が15,000mに達しました。フィリピン火山・地震研究所PHIVOLCSは、警戒レベルを5段階の4に上げ、「今後数時間から数日の間」に「危険な噴火」の恐れがあると警告しています。広範囲に降灰があったため、アキノ空港では航空機が当面の間、運航停止を余儀なくされました。13日首都マニラでは公立学校が休校になりました。14日、避難者は1万8千人に上り、地元バタンガス州当局は「災害事態宣言」を行いました。その後15日には避難者は4万3千人に増えているそうです。国家災害リスク軽減管理評議会NDRRMCによれば、22日現在、約32万人が影響を受け、約4万世帯約15万人が500個所の一時避難所を利用していますが、うち約12万人は避難所の外でサービスを受けているそうです。なお、航空便は全部で643便(国内便383便、国際便260便)欠航になりましたが、現在では全フライト再開しているとのことです。その後の被害の現状はNDRRMCのサイトをご覧ください。1月26日PHIVOLCSは警戒レベルを3に引き下げました。これに伴い避難命令の大半も解除されたようです。
 NASAは16日衛星から観測した二酸化硫黄の分布図を公表しました。タール火山には火口湖がありましたから、初期のうちは火山灰も水でコーティングされた湿った粒子だったと思われますが、火口湖は既に消滅し、マグマ噴火に移行していますので、火山灰も恐らくこの図のように沖縄周辺海域まで到達しているのでしょう。
 ちなみに桜島と鹿児島空港の距離は約30kmです(下記地質図の円は半径60km)。他人ごとではありません。
産総研東アジア地質図(:タール火山,:アキノ空港,:マニラ市役所)産総研シームレス地質図(:桜島,:鹿児島空港,:鹿児島市役所)

 タール火山の地質と噴火史

Taal Caldera(Torres et al., 1995)
after Smithsonian Inst.
Standard section of Taal Caldera
(Listanco,1994)
Volcano Island(Reyes et al., 2018)
 フィリピンは東にフィリピン海溝、西にマニラ海溝を控え、東からはフィリピン海プレートが、西からはスンダプレートが沈み込んでいる複雑なテクトニクスのところに位置しています。Bird(2003)はフィリピン造山帯The Philippines orogenと呼んでいます<注>。そのため、左横ずれの大活断層フィリピン断層はじめ、さまざまな断層が存在し、火山活動も活発です。このフィリピン断層の枝分かれであるSibuyan Sea faultとMarikina faultとの会合部にタールカルデラTaal Calderaは形成されました(Torres et al.,1995)。140,000年前~5,380年前のことと言われており、現在ではその大部分がタール湖となっています。Listanco(1994)は図のような標準層序を示しています。ALI(Alitagtag pumice flow)からSFL(Taal scoria flow)までがカルデラ形成期の堆積物です。この最後のSFLの14C年代が5,380~6,830yBPなのです。ABS(Air fall and base surge sequence)が現在まで続く後カルデラ火山(中央火口丘)タール火山の堆積物です。この火山はVolcano Islandと呼ばれています。現在の火山活動はNE-SW方向とNW-SE方向に集中しており、交点に径2kmの火口が存在します。以前は火口湖がありましたが、割れ目が出来たのか、現在は干上がっているようです。岩石は主としてチタン輝石カンラン石玄武岩です。有史以来33回の噴火活動が認められており、うち少なくとも4回はVEI3~5の破壊的なもので(Reyes et al., 2018)、国際防災の十年の際、危険な火山としてdecade volcanoに指定されました。
<注> フィリピンの地質図を縮小してみてください。アメリカ地質調査所USGSによるプレート境界が表示されます。USGSの考えではルソン島をトランスフォーム断層が横断しているとしています。

 アイスランド・エイヤフィヤトラヨークトル2010年噴火と航空障害

アイスランド地質図(凡例
矢印:Eyjafjallajökull Volcano
Iceland Geosurvey(ISOR)による
4月14日から25日にかけての火山灰の雲を
合成した地図(赤丸は噴出源)
(Wikipediaによる)
 2010年4月14日アイスランドの氷河に覆われた火山エイヤフィヤトラヨークトルEyjafjallajökullの噴火により、火山灰がヨーロッパの大部分を覆い、18日には約30カ国で空港閉鎖となって航空機の運航が数週間麻痺しました。その影響は世界中に及びました。
 航空機への火山灰の影響は、機体表面に付着して、微妙な重量バランスを崩すこと、速度計のピトー管を詰まらせること、エンジンに吸い込まれて融け、火山ガラスとなって付着することなどが考えられています。
 蛇足ながらEyjafjallajökull火山の北東にあるLakagígar火山(英名Laki火山)の1783年噴火により、SO2を主体とする「ラキのもや」がヨーロッパ全土を覆い、その後数年間異常気象をもたらしました。この異常気象に伴う飢饉がフランス革命(1789)の原因の一つと言われています。

 桜島大正噴火の降灰

桜島大正噴火の降灰(気象要覧)
 1914年の桜島大正噴火でも火山灰は西日本の広範囲で降りました。中國新聞1914年1月14日付によれば、「廣島市内至る所に灰が降る灰が降ると大騒ぎであった今尚其火山灰降下斷續中である然し其火山灰は一寸霧と覺しき樣なものであるが無論當地の作物には何等の被害はない、けれども遠く隔つる櫻島の火山灰が廣島に降下するのを見ても櫻島の爆發が如何に猛烈なかるを知る事が出來る」とあります。大変微粒だったようです。15日付呉軍港記事にも「呉鎮守府文庫の觀測に依れば櫻島爆發の爲め十三日終日呉地方降灰ありて尤も甚しかりしは午前十一時より午後二時過なり而して櫻島と呉間は約百五十五、六哩の距離ありて一日以來北東の風なりしも常に上層の風は西より東に吹き流れあれば之が爲め降灰ありたるならん尚降灰は櫻島より約二百哩を離れたる神戸地方にもありたるならん」との記事もあります。海軍ですから当然のことながら偏西風のことを認識していたようです(マイル表記も海軍らしい)
航空交通量増大と管制混雑(国交省)
 当時、航空機はほとんどありませんでしたが、現在の西日本上空は航空機が激しく飛び交っています。もしも桜島が大正噴火クラスの大爆発をしたら、西日本は当然のこと、日本全国に影響が出ることでしょう。もちろん、国際便にも影響します。
 2020年は東京オリンピックで訪日客が激増するでしょうが、それ以降も訪日外国人の増加は予想されています。右図は空の混雑予想ですが、首都圏(成田・羽田)だけでなく、西日本の混雑が酷くなりそうとの予想です(T17:紀伊,T21:近畿西,FD2:中国南)。北米へ直行する便を除いてほとんどがこの空域を通るからです。那覇・仁川・北京・上海・台北・マニラ・シンガポールなどのハブ空港へ行くためにもこの空域を通らなければならないのが拍車をかけています。そこで、現在は札幌・東京・福岡・那覇の4管制部体制で航空管制を行っているのですが、上空10km以上の高高度全体を福岡で、10km以下の低高度のうち東日本を東京で、西日本を神戸で管制する3管制部体制に移行することにしているそうです。このような状況の中で桜島が噴火したらどうなるのでしょう。

文献
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参考サイト:



初出日:2020/01/12
更新日:2020/03/27