心理学とレジリエンス生態学とレジリエンス災害とレジリエンス社会関係資本災害とコモンズ鹿児島における災害レジリエンス

 災害レジリエンス

ハリケーン・カトリーナによるニューオリンズの被害
 レジリエンス(resilience)とは、金属などのしなやかさを指す物理用語でした。つまり、「外部から力を加えられた物質が元の状態に戻る力」と定義されていましたが、心理学などで「人が困難から立ち直る力」「折れないこころ」などと使われるようになりました。さらには生態学では、「生態系がダメージを受けても自ら再生できる能力、変化に対応する能力と発展し続ける能力」といった意味で使われるようになりました。現在では「あらゆる物事が望ましくない状況から脱し、安定的な状態を取り戻す力」を表わす言葉として広く用いられています(日本学術会議,2014)。とくに2005年ハリケーン・カトリーナによるニューオリンズでの災害以来、災害科学でもしばしば使われるようになりました。
 災害レジリエンスの前に先行分野での使われ方を見てみましょう。大いに参考になるからです。

 心理学とレジリエンス

 精神分析の父フロイト(Sigmund Freud: 1856-1939)は精神疾患を治療する目的で、病的な側面から人間の心に肉薄しようとしました。それに対しマズロー(A. H. Maslow, 1962)は人間性心理学を提唱、プラスの側面からアプローチしようとしました。ストレスの多い状況や逆境でも、精神的健康を維持し、回復する力、つまりレジリエンスを持っている人がいることが注目されました。それらの人に共通しているのは、枝廣(2015)によれば、下記のようにまとめられます。
  1. 自己肯定感(自尊感情≠思い上がり)
    • 自分を否定するのではなく、欠点や足りないところはあるにしても、基本的にこの自分で良いのだ、と考える
  2. 楽観的思考
    • 何かうまくいかないことが起こったときに、その状況や問題を自分を委縮させるのではないやり方でとらえる
  3. 社会的スキル
    • 問題解決スキルや他の人とうまくやりとりできる対人スキルを持つ
  4. ソーシャル・サポート
    • 何かあったときに自分を支えてくれる、頼れる人々やグループを持つ
 それではレジリエンスを育むにはどうすればよいでしょうか。アメリカ心理学会は次の10項目を挙げています。
  1. つながりを持とう
  2. 危機に直面したとき、乗り越えられないものと思わない
  3. 変化は人生の一部だということを受け入れよう
  4. 目標に向かって進もう
  5. 断固たる行動をとる
  6. 自己発見の機会を見つけよう
  7. 自己肯定感を育てよう
  8. 物事を正しくとらえよう
  9. 将来の見通しに希望をもとう
  10. 自分を大切にしよう

 生態学とレジリエンス

新燃岳噴火(2011)後のミヤマキリシマ
 自然界(生態系)は常にさまざまな変動にさらされています。異常気象・山火事・地震・病害虫のまん延から人間による伐採や汚染などもあります。こうしたかく乱に耐え、機能特性を失わずに回復するシステムの能力がレジリエンスです。一般に多様性に富んでいる自然は、一時的なダメージを受けても、やがて回復します。霧島山新燃岳噴火(2011)で周辺には軽石が10数cm積もりましたが、ミヤマキリシマは翌年も芽吹きました。これはミヤマキリシマが火山ガスにも強く、多少埋もれても分枝根を出すことができるなど、種としての耐性がある例ですが、複数の動植物が共生し、システムとしての耐性を持つ場合もあります。しかし、ある閾値を超すと、もう元に戻らず、別な型にシフトしてしまいます。レジーム・シフトと言います。熱帯雨林には極めて薄い表土しかありませんので、大木が自立するために板根が発達しました。それを皆伐してしまうと、土壌浸食が進み、元に戻らず荒れ地になります。砂漠も同様、土壌が極めて薄いので、過放牧や農耕により、簡単に砂漠化してしまいます。非線形性があるのです。

 災害とレジリエンス

 戦前、災害イコール火災と考えられていました。関東大震災(1923)の経験もありましたし、函館大火(1934)など各地で大火があり、人命財産が失われるのは火災が一番の要因だったからです。戦時中の山地荒廃のつけが回り、戦後相次ぐ台風災害に見舞われました。とくに伊勢湾台風(1959)では5,098人もの犠牲者を出しました。これを機に災害対策基本法が制定されます。1961年のことです。ちょうど高度成長期に差しかかっていたこともあり、ハード中心の公共事業が営々と続けられます。これによって、水災害・土砂災害による人命の損失はほとんど抑え込められたとの考えも蔓延しました。その後、1970年代に入り、東海地震説(1976)が発表され、大規模地震対策特別措置法制定(1978)に及び、自然災害に対する「防災」、とくに地震防災が重要との認識が一般化します。
 そして3.11です。超巨大な津波防潮堤はもろくも崩れました。こうした低頻度巨大災害を前に、防災(protection)から減災(mitigation)へとパラダイムがシフトし、レジリエンスが注目を浴びるようになりました。
林(2014)によれば、被害(Damage)、ハザード(Hazard)、暴露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)とすると、
  D = f (H,E,V)
で表すことができます。江戸時代の破壊消防はEを減らすことでしたし、高度成長期の社会資本整備はVを減らすことでした。しかし、Hが想定外と言われるほど大きくなると、この考え方だけでは限界が出てきました。レジリエンスの登場です。Aを人間活動(Human Activities)、Tを時間(Time)としたとき、レジリエンスRは、
  R = f (D,A,T)
と表されます。人間活動の概念が入ってきたのです。地域の危機を乗り越える社会システムが必要です。地域を回復していく原動力は、その地域に埋め込まれ育まれていった文化の中にあるのです。
 石川(2015)は、回復する力(レジリエンス)を、「危機に瀕した際、地域・コミュニティ・ひとが、状況の変化を受容し、判断を行い、回復・再生・創造に至る時間軸を包含する力」と定義し、「社会的レジリエンス」「環境のレジリエンス」「文化のレジリエンス」の視点から総合的にとらえることの重要性を指摘しています。国土強靱化(ナショナルレジリエンス)が叫ばれ、ややもすると従来型公共事業のハード対策重点と捉えられがちな現在、注目すべき指摘だと思います。
 それではレジリエンスを向上させるにはどうしたらよいのでしょうか。日本学術会議東日本大震災復興支援委員会災害に対するレジリエンスの構築分科会では3.11の教訓を踏まえて、災害に対して、次のように提言しています。
  1. 継続的なリスク監視と日常的なリスクに対する備えの充実
  2. レジリエンス向上のための防災・減災の推進
  3. 災害からのこころの回復を支える体制の整備
  4. 公衆衛生システムの改善
  5. 情報通信技術の一層の活用
  6. 開発援助プログラムへのレジリエンス能力の統合と活用
 ここで、(2)について、 と重要な指摘をしています。

 社会関係資本

 地域における災害レジリエンスを向上させるために社会関係資本(social capital)が注目されています。いろいろな定義があるようですが、枝廣(2015)は、
 他の人に対して抱く「信頼」や、持ちつ持たれつなどの言葉で表現される「互酬性の規範」、そして人々の間の絆である「ネットワーク」のことを指す
としました。東日本大震災以降、「絆」という言葉がしきりと使われるようになりました。実際、リアス式海岸の小さな集落では「絆」がしっかりしていましたから、声を掛け合って迅速に避難しましたし、災後のPTSDなども発症しにくかったと言われています。それに対して、平野部では、津波襲来の状況が見えずらかったとか、避難できる高台も少ないといった地理的条件もありましたが、都会化して人的関係が希薄だったことが、避難に際しても、災後の状況に関しても、対照的な対応になりました。

 災害とコモンズ

 コモンズcommons(共有地)とは、誰でもアクセスできる放牧地のような土地を指していましたが、わが国の入会(いりあい)もその一種です。宮内(2017)は、地域社会が一定のルールのもと,共同で持続的に管理している自然環境や、その共同管理のしくみそのもの、と定義しています。この本で取り上げられていた例に、北上川河口のヨシ原があります。ここは旧追波川(おっぱがわ)で、明治時代国が北上川を付け替えたために、河川敷がヨシ原になりました。したがって、所有権は国にありましたが、近在の集落が契約講を組織、自分たちで納得して作ったルールのもとに管理・利用してきました。そこに東日本大震災の津波が襲いました。大打撃を受けましたが、その後の避難生活や復興に関しては、見事でした。コモンズで培ってきた共同の力が威力を発揮したのです。防災集団移転促進事業も、合意形成がネックになるのが普通ですが、ここでは比較的早く合意され、被災地で最初に大臣承認が得られたそうです。日頃からのコミュニティづくりの大切さを示しています。

 鹿児島における災害レジリエンス

鹿児島市内消防署(:消防署,:分遣隊)
 桜島では大正噴火の苦い経験に鑑み、毎年1月12日に総合防災訓練を実施しており、一部島民の防災意識は高いようですが、過疎と高齢化に伴う問題が深刻のようです。大正噴火時には半農半漁でしたから、小舟を持っている島民はかなりいたようですが、今は、フェリーによる公助しかありません。一方、島外の市民はどうでしょうか。連日の降灰にうんざりしているものの、慣れっこになり、活火山の麓に60万都市があるという現実感に乏しいようです。大きな風水害や地震はこの20年なかったので、災害は人ごとと捉える「正常化の偏見」がまん延しているように見受けられます。
鹿児島市保有消防車15台
(うち救急車3台、二輪車3台)
 しかし、桜島はマグマを着々と溜めつつあり、大正時の9割は回復しているそうですし、南海トラフの連動型地震では、鹿児島にも被害が出ます。そのためにどのような備えをしているのでしょうか。鹿児島市民は2015年4月現在604,697人なのに対し、消防職員は502人です。そのうち救急隊員を含む消防隊員は393人です。つまり、隊員1人当たり人口1,539人、694世帯、面積1.393km2になります(平成27年度消防年報)。消防団員は、10地区17分団15班1,507人です。火災に備えるならこの程度で十分でしょう。しかし、地震のように同時多発したら、公助はほとんど受けられないものと考えるべきです。当然、消防署員や消防団員の全員非常招集がかけられるでしょうが、消防士自身やその家族が被災者になりますから、全員で対処するのは無理なのです。阪神大震災の際、公助により救助されたのは1.7%に過ぎません。やはり、共助の体制を作っておくことが必要です。その基本は町内会でしょうが、急速な都市化・高齢化の進行に伴い、町内会など煩わしいとして加入率がなかなか向上していないようです。無縁社会になりつつあり、災害レジリエンスが心許ない現状だと思います。
 また、地域防災計画も想定外を想定した計画に抜本的に改める必要があると思います。

文献:
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  8. 林 春男(2012), 災害に強いレジリエントなコミュニティの創設を目指して. 北海道防災情報Shake Out提唱会議による「地域防災セミナー」講演, p.1-22.
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  11. 林 良嗣・鈴木康弘(2015), レジリエンスと地域創生―伝統知とビッグデータから探る国土デザイン, 明石書店, 264pp.
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  16. 稲葉陽二(2011), ソーシャル・キャピタル入門-孤立から絆へ. 中公新書, 198pp.
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参考サイト


初出日:2015/08/23
更新日:2020/03/06