災害レジリエンス
ハリケーン・カトリーナによるニューオリンズの被害 |
災害レジリエンスの前に先行分野での使われ方を見てみましょう。大いに参考になるからです。
心理学とレジリエンス
精神分析の父フロイト(Sigmund Freud: 1856-1939)は精神疾患を治療する目的で、病的な側面から人間の心に肉薄しようとしました。それに対しマズロー(A. H. Maslow, 1962)は人間性心理学を提唱、プラスの側面からアプローチしようとしました。ストレスの多い状況や逆境でも、精神的健康を維持し、回復する力、つまりレジリエンスを持っている人がいることが注目されました。それらの人に共通しているのは、枝廣(2015)によれば、下記のようにまとめられます。- 自己肯定感(自尊感情≠思い上がり)
- 自分を否定するのではなく、欠点や足りないところはあるにしても、基本的にこの自分で良いのだ、と考える
- 楽観的思考
- 何かうまくいかないことが起こったときに、その状況や問題を自分を委縮させるのではないやり方でとらえる
- 社会的スキル
- 問題解決スキルや他の人とうまくやりとりできる対人スキルを持つ
- ソーシャル・サポート
- 何かあったときに自分を支えてくれる、頼れる人々やグループを持つ
- つながりを持とう
- 危機に直面したとき、乗り越えられないものと思わない
- 変化は人生の一部だということを受け入れよう
- 目標に向かって進もう
- 断固たる行動をとる
- 自己発見の機会を見つけよう
- 自己肯定感を育てよう
- 物事を正しくとらえよう
- 将来の見通しに希望をもとう
- 自分を大切にしよう
生態学とレジリエンス
新燃岳噴火(2011)後のミヤマキリシマ |
災害とレジリエンス
戦前、災害イコール火災と考えられていました。関東大震災(1923)の経験もありましたし、函館大火(1934)など各地で大火があり、人命財産が失われるのは火災が一番の要因だったからです。戦時中の山地荒廃のつけが回り、戦後相次ぐ台風災害に見舞われました。とくに伊勢湾台風(1959)では5,098人もの犠牲者を出しました。これを機に災害対策基本法が制定されます。1961年のことです。ちょうど高度成長期に差しかかっていたこともあり、ハード中心の公共事業が営々と続けられます。これによって、水災害・土砂災害による人命の損失はほとんど抑え込められたとの考えも蔓延しました。その後、1970年代に入り、東海地震説(1976)が発表され、大規模地震対策特別措置法制定(1978)に及び、自然災害に対する「防災」、とくに地震防災が重要との認識が一般化します。そして3.11です。超巨大な津波防潮堤はもろくも崩れました。こうした低頻度巨大災害を前に、防災(protection)から減災(mitigation)へとパラダイムがシフトし、レジリエンスが注目を浴びるようになりました。
林(2014)によれば、被害(Damage)、ハザード(Hazard)、暴露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)とすると、
D = f (H,E,V)
で表すことができます。江戸時代の破壊消防はEを減らすことでしたし、高度成長期の社会資本整備はVを減らすことでした。しかし、Hが想定外と言われるほど大きくなると、この考え方だけでは限界が出てきました。レジリエンスの登場です。Aを人間活動(Human Activities)、Tを時間(Time)としたとき、レジリエンスRは、
R = f (D,A,T)
と表されます。人間活動の概念が入ってきたのです。地域の危機を乗り越える社会システムが必要です。地域を回復していく原動力は、その地域に埋め込まれ育まれていった文化の中にあるのです。
石川(2015)は、回復する力(レジリエンス)を、「危機に瀕した際、地域・コミュニティ・ひとが、状況の変化を受容し、判断を行い、回復・再生・創造に至る時間軸を包含する力」と定義し、「社会的レジリエンス」「環境のレジリエンス」「文化のレジリエンス」の視点から総合的にとらえることの重要性を指摘しています。国土強靱化(ナショナルレジリエンス)が叫ばれ、ややもすると従来型公共事業のハード対策重点と捉えられがちな現在、注目すべき指摘だと思います。
それではレジリエンスを向上させるにはどうしたらよいのでしょうか。日本学術会議東日本大震災復興支援委員会災害に対するレジリエンスの構築分科会では3.11の教訓を踏まえて、災害に対して、次のように提言しています。
- 継続的なリスク監視と日常的なリスクに対する備えの充実
- レジリエンス向上のための防災・減災の推進
- 災害からのこころの回復を支える体制の整備
- 公衆衛生システムの改善
- 情報通信技術の一層の活用
- 開発援助プログラムへのレジリエンス能力の統合と活用
- 第一に、防災専門家の育成と人々の災害に対する意識の恒常的な啓発に努めるべきである。
- 第二に、災害時、被災地における速やかな司令塔の設置と連携体制の確立に努めるべきである。
- 第三に、防災・減災計画へのシステム冗長性の設計理念の導入と「ネバー・ダイ・ネットワーク」の構築に努めるべきである。
- 第四に、地域の実情に合った防災教育と、災害に関する自然史標本や遺構を活用した「想起教育」を推進すべきである
社会関係資本
地域における災害レジリエンスを向上させるために社会関係資本(social capital)が注目されています。いろいろな定義があるようですが、枝廣(2015)は、他の人に対して抱く「信頼」や、持ちつ持たれつなどの言葉で表現される「互酬性の規範」、そして人々の間の絆である「ネットワーク」のことを指す
としました。東日本大震災以降、「絆」という言葉がしきりと使われるようになりました。実際、リアス式海岸の小さな集落では「絆」がしっかりしていましたから、声を掛け合って迅速に避難しましたし、災後のPTSDなども発症しにくかったと言われています。それに対して、平野部では、津波襲来の状況が見えずらかったとか、避難できる高台も少ないといった地理的条件もありましたが、都会化して人的関係が希薄だったことが、避難に際しても、災後の状況に関しても、対照的な対応になりました。
災害とコモンズ
コモンズcommons(共有地)とは、誰でもアクセスできる放牧地のような土地を指していましたが、わが国の鹿児島における災害レジリエンス
鹿児島市内消防署(赤:消防署,青:分遣隊) |
鹿児島市保有消防車15台 (うち救急車3台、二輪車3台) |
また、地域防災計画も想定外を想定した計画に抜本的に改める必要があると思います。
文献:
- Aldrich, D. P.(2012), Building Resilience: Social Capital in Post-Disaster Recovery. Univ. of Chicago Pr., 232pp.
- The American Psychological Association(), 10 ways to build resilience.
- Committee on Increasing National Resilience to Hazards and Disasters; Committee on Science, Engineering, and Public Policy; Policy and Global Affairs; The National Academies (2012), Disaster Resilience : A National Imperative. The National Academies Press, 244pp.
- Committee on National Earthquake Resilience--Research, Implementation, and Outreach; Committee on Seismology and Geodynamics; Board on Earth Sciences and Resources; Division on Earth and Life Studies; National Research Council(2011), National Earthquake Resilience : Research, Implementation, and Outreach. The National Academies Press, 244pp.
- 土木研究所構造物メンテナンス研究センター(2013), 米国における災害レジリエンス戦略. 土木研究所, 6pp.
- 枝廣淳子(2015), レジリエンスとは何か: 何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる. 東洋経済新報社, 283pp.
- 林 春男(2012), 災害から立ち直る力=レジリエンスを (特集 「立ち直る力」を育む). 教育と医学, Vol.60, No.7, p.632-641.
- 林 春男(2012), 災害に強いレジリエントなコミュニティの創設を目指して. 北海道防災情報Shake Out提唱会議による「地域防災セミナー」講演, p.1-22.
- 林 春男(2013), 市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト『3』.都市災害における災害対応能力の向上方策に関する調査・研究. 比較防災学ワークショップ, No.13, p.25-46.
- 林 春男(2014), 地殻災害軽減のための防災研究の枠組み. 学術の動向, Vol.19, No.9, p.42-47.
- 林 良嗣・鈴木康弘(2015), レジリエンスと地域創生―伝統知とビッグデータから探る国土デザイン, 明石書店, 264pp.
- 東日本大震災復興支援委員会災害に対するレジリエンスの構築分科会(2014), 提言 災害に対するレジリエンスの向上に向けて. 日本学術会議, 37pp.
- G8学術会議共同声明(2012), 災害に対するレジリエンス(回復力)の構築. 6pp.
- ICSU(2015), Disaster Risks Research and Assessment to Promote Risk Reduction and Management. 49pp.
- 石川幹子(2015), 回復する力―被災者がつくる復興のまち. 学術の動向, Vol.20, No.7, p.79-86.
- 稲葉陽二(2011), ソーシャル・キャピタル入門-孤立から絆へ. 中公新書, 198pp.
- 鹿児島県共生・協働型地域コミュニティのあり方に関する研究会(2008), 共生・協働の地域社会と自治の充実をめざして~ コミュニティにおける協働と参加(意思決定)の仕組みづくり ~. 71pp.
- 鹿児島市(2015), 鹿児島市地域防災計画【概要版】. 48pp.
- 鹿児島市消防局(2015), 平成27年度消防年報. 188pp.
- 鹿児島市(2012), 町内会実態調査の概要. 46pp.
- 鹿児島市(2012), 鹿児島市国民保護計画. 152pp.
- 加藤玲子・古川惠子・本間俊(2012), 一人暮らし高齢者の生活を支えるコミュニティに関する研究―「M独居老人給食会」を事例として(1)―. 南九州地域科学研究所所報, No.28, p.25-33.
- カワチ・イチロウ(2013), 社会関係資本と災害に対するレジリエンス. 学術の動向, Vol.18, No.10, p.95-99.
- 小松利光(2015), レジリエンス向上のための防災・減災分野の適応策. 学術の動向, Vol.20, No.7, p.18-26.
- Maslow, A. H.(1962), Toward a Psychology of Being. Van Nostrand Reinhold Co., (上田吉一訳『完全なる人間:魂のめざすもの』精信書房, 1998)
- 三隅 一人(2013), 社会関係資本: 理論統合の挑戦 (叢書・現代社会学). ミネルヴァ書房, 268pp.
- 宮内泰介(2017). 歩く,見る,聞く 人びとの自然再生. 岩波新書, 206+8pp.
- 室崎益輝(2015), 地区防災計画制度の概要と策定の意義. 消防科学と情報, No.121, p.7-9.
- 内閣府第23回経済財政諮問会議(2013), 社会資本、ナショナル・レジリエンス、教育関連施設等について.
- 内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)(2014), SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)レジリエントな防災・減災機能の強化(リアルタイムな災害情報の共有と利活用). 内閣府, 21pp.
- 清水美香(2012), 東日本大震災の教訓 : 「レジリエンス」と災害マネジメントおよび公共政策の連関性. 国際公共政策研究., Vol.16, No.2, p.105-120.
- 西城戸誠・宮内泰介・黒田 暁(編)(2016), 震災と地域再生: 石巻市北上町に生きる人びと. 法政大学出版局, 363pp.
- 仁平義明(2015), 災害からのレジリエンス―被災者側の視点. 学術の動向, Vol.20, No.7, p.44-54.
- 岡野内俊子(2013), 地域レジリエンスと事前復興. かながわ政策研究・大学連携ジャーナル, No.4, p.81-108.
- 島田周平(2007), 生態システムと社会システムの非対称的関係性とレジリエンス研究. p.205-212.
- トム・ウッテン (著), 保科京子 (翻訳)(2014), 災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか(原題:We shall not be moved: Rebuilding home in the wake of Katrina). 明石書店, 396pp.
- 財務省(), 社会資本整備を巡る現状と課題.
- (), . , Vol., No., p..
- (), . , Vol., No., p..
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- 林 春男 「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」本領域が目指すもの
- 林 春男・田村圭子 Resilience Model~しなやかな社会の実現を目指す~
- 鹿児島県防災会議(2015), 鹿児島県地域防災計画.
- 一般社団法人レジリエンス協会
- 〝レジリエンス〟とは何か? レジリエンス協会会長 林春男氏に聞く
- 国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)について
- 中静透 生態系とレジリエンス
- UN World Conference on Disaster Risk Reduction 2015 Sendai, Japan
初出日:2015/08/23
更新日:2020/03/06