2000年3月24日、鹿児島大学理学部地学科最後の卒業生を送り出しましたので、このホームページはこの日をもってフリーズしました。もう更新しません。悪しからず。
なお、「かだいおうち」は日本における大学研究室ホームページの第1号です。歴史的遺産としてここにアーカイブしておきます。
地質調査の心がまえ
日常の学習・生活
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調査の前に
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調査の姿勢
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露頭観察
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宿舎での作業
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大学帰学後の作業
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論文のとりまとめ
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1 日常の学習・生活
(1) 学べ,学べ,そして学べ
一般の通行人は道路の切割の前を毎日通っていても,それはただの崖に過ぎず,そこからは何も情報を引き出すことはできない。地質学の知識がないからである。すなわち,観察者のその問題に対する知識の多寡が,引き出す情報の量と質に決定的影響を与えるのである。知識工学では,創造とは合目的的な情報と知識の組合せ方法の探索である(和多田,1988)と定義している。したがって,先人が営々として築いてきた学問の蓄積をできるだけ多く吸収するよう,常日頃から努めていなければならない。それも,自分の狭い専門分野にとどまらず,なるべく幅広く教養を身につけておく必要がある。古生物学を研究するのに,生物学を学んでいないようでは,ナンセンスである。骨董収集家にしかならない。応用地質学をやるなら,地質学全般の他に,土質力学・岩石力学・土木工学・林学などの基礎は勉強して欲しい。それ故,教室談話会・コロキウム・各種講演会・学会などには努めて出席するようにしたほうがよい。友人とのディスカッションも大切である。耳学問も大事なのである。
(2) 文献は読むべし,読まれるな
地質調査に入る前には,調査地域の地質に関する文献ばかりでなく,そのテーマに関係のある古今東西の文献をなるべく広く集めて,一応は目を通しておくとよい。先人の成果の上に立って,その到達点からスタートを切れるし,効率的な調査計画も立案できるからである。しかし,人によっては,少なくとも一回目の調査は何も読まずに行くべきだと主張する人もいる。これも一理ある。先に文献を読んでしまうと,それが先入観となって,どうしても自然を虚心坦懐に見ることができなくなるからである。調査の初期は特に「無」の状態で「何でも見てやろう」という姿勢が大切なのである。どちらのやり方が正しいかは,その人の地質家としてのキャリアや物の考え方によるのであって,一概には言えない。いずれにせよ,文献を読むときには,決して鵜呑みにせず,批判的に摂取するようにしなければばらない。文献の著者と同じ目でしか自然を見ようとしない事大主義は厳禁である。
(3) 巡検精勤賞を取ろう
いくら書物からの知識をたくさん吸収しても,実際に露頭で実物に接した経験がなければ,やはり実戦には役に立たない。場数を踏んで目を肥やしておくことが重要である。正課の巡検・実習,諸団体の主催する日曜巡検,学会の見学旅行など,あらゆる機会を利用して各地のいろいろな地質を見ておくとよい。とくに,他大学の人々の露頭の見方や考え方には啓発されることも多いので,謙虚に学んでくる姿勢が大切である。もちろん,あまりに引きずられ主体性をなくすようでは問題である。なお,このような巡検ゴロとか団研育ちとか呼ばれる熱心な学生の中には,耳学問で得た生半可の知識を振り回わし,一人前になったと錯覚して,正課の厳しい教育を軽視する者があるが,こうした人はそこで成長がストップしてしまい,アマチュアの域を脱することができない。このような巡検の他にも,先輩や同僚のフィールドには積極的に手伝いに出かけ,「胸を借りて」くるとよい。
(4) 若者よ身体を鍛えておけ
最近の子供は体格はよくなったが体力はなくなったという。大学生もその例にもれず,実習ですぐバテる者が出てくる。また,敏捷性や平衡感覚に欠け,崖登りや沢歩きで,ハラハラさせる者がいる。こうしたことの反映か,最近は卒論調査中の死亡事故が発生するようになった。やはり,常日頃からの身体の鍛え方が問題なのである。研究はつまるところ体力の勝負であり,地質学とくにフィールドジオロジーは運動能力も要求される。ぜひ何かスポーツをやって欲しい。少なくとも近距離のバイク通学とエレベーター使用は厳禁である。
(5) 感性を磨こう
すばらしい発想がひらめくためには,徹底した調査研究と学問的な広いバックグラウンドが必要である。努力なくして天才なし,である。しかし,それだけでなく,研ぎ澄まされた鋭い感性と柔軟な頭脳がなければならない。物事に感動することのできない,熱い情熱のたぎっていない,感性の干からびた者に豊かな発想が生まれてくるはずがないし,独創的な研究が出来るわけがないのである。日頃から音楽・絵画・文学何でもよいから高尚な芸術に接し,感性を磨いておこう。
2 調査の前に
(1) 車は行き帰りだけ
自動車やバイクが普及して,調査能率がずいぶん向上した。卒論をやるにも,昔のように,あちらの川筋こちらの川筋と宿舎を変える必要もなくなった。車はまさに現代の地下足袋と言ってよい。しかし,車から時々おりて露頭をたたいたり,はてはバイクにまたがったまま露頭を見るような調査のやり方は禁物である。重要な露頭を見落とすおそれが大きい。また,露頭と露頭との空間的な関係が肌で理解しにくく,それらの脈絡をつけて全体としての地質のイメージを構成するのには不適切である。やはり,車は朝の調査開始地点に帰りまで放置しておくのが鉄則。その日調査したルートを帰りにもう一度テクテク歩き直すのは,決して無駄ではなく,大変有意義なのである。見落としに気付くこともあるし,地質の相互関係や地層の厚さが実感としてわかり(疲れた際に厚い同一地層の中を通過する時の長く感じられること!),新しい発想がひらめくこともあるからである。
(2) 安全第一
地質屋は自然の懐に抱かれながら仕事ができるのだから,こんなすばらしい職業はない。しかし,自然は反面厳しい顔も持っており,危険と隣同士と言っても過言ではない。山で遭難したり,崖や滝から転落したり,あるいは磯で高波にさらわれたりして,地質調査中に命を落とす人も出ている。そこまでいかなくても,ケガをする人は多い。ハンマーや岩石の破片が目に入って,失明する危険もある。落石によってケガをすることもあり,逆に自分の落とした石で他人に傷を負わせることもある。交通事故も多い。事故がないよう細心の注意が必要である。そのためには無理な調査計画は立てないこと,あえて危険を冒す無用の冒険はしないこと,事故にあっても対処できる準備を整えておくことなどが肝心である。例えば,その日の調査ルートは宿の人に教えておく,非常食や防寒具・救急医薬品などを携帯する,危険な崖ではヘルメットを着用する,登山の基礎的な技術は身に付けておく,道路のカーブの露頭では車に気をつける……等々である。
(3) 調査のマナーを守ろう
地質調査にもエチケットがある。他人の庭に入るのには事前の了解が必要であり,畑を踏み荒らしてはいけないのである。道路に岩石の破片を散らかして,車をパンクさせたり,まして,火の不始末で山火事を起こすなど厳禁である。その他細々挙げたらきりがないが,要は他人に迷惑をかけないことである。遭難や事故は地元に多大の迷惑をかけるだけでなく,親元にも多額の金銭的負担をかけるから,絶対に起こしてはならない。また,必要以上に岩石や化石を採集したり,自然環境を破壊したりすることも慎まなければならない。
(4) 地元に溶け込む
卒論などは地元に下宿して行うのが普通であり,精度の良い地形図を役場から提供してもらうこともある。このように,われわれの研究は,地元の多くの方々のご好意に支えられて,はじめて成り立っていることを忘れてはならない。それ故,行き帰りの挨拶はもちろん,雨で調査が中止のときは仕事を手伝うなど,努めて好感を持ってもらえるようにしなければならない。学生の特権を振りかざして傍若無人に振る舞うなどは論外である。都会と異なり,他所者の一挙一動は常に注目の的になっている。逆にひと度信頼をかちえることができれば,身内以上に親切にしてもらえる。また,調査終了後もお世話になった方々には,近況を報告したり,年賀状や暑中見舞を出すなど礼を尽くすこと。その人が好感を持たれれば,後輩も親切にされるのである。
(5) 地質屋はお天道様と一緒に行動せよ
地質調査は日中の明るいうちに行わなければならない。夜,懐中電灯でやるわけにはいかないのである。働き者にも怠け者にも日は平等に暮れるから,朝10時出発したのではすぐ昼食になってしまい,結局,午後の数時間しか調査時間がとれない。早朝7時に出発して8時に調査地点に到達していたら,午前中丸々使えるわけである。同じ1か月間の調査と言っても,怠け者のほぼ倍歩いたことになる。日の短い秋はなお差が大きい。早起きは3文の得である。宿舎の迷惑にならない限り,朝食はなるべく早くしてもらって,早く出かけるとよい。私はトイレも夜済ませておくことにしている(旅館は朝こむから)。大学にいる時,夜ふかし朝寝坊だと,フィールドに来てすぐには生活習慣を変えられない。やはり,常日頃から早寝早起きを励行すこと。百姓と地質屋はお天道様と道連れなのである。
(6) 調査ルートの選定と調査計画の立案
調査地に着くと,いきなり端から順に枝沢までつめだす学生がいる。これではいかにも能率が悪い。やはり,日程や調査精度,交通手段の有無など条件に応じた調査計画を事前に立案しなければならない。まず第一は調査地域の地質の大局をおさえ,出てくる岩石に対して目を慣らすことである。文献調査でその地域の一般走向ないし構造方向はわかっているはずであるから,それとほぼ直交する主要な道路や河川を複数選んで概査を行うとよい。次の段階は,それら主要ルートの間を順次埋めていく。その際,鍵層や重要な構造要素(断層など)が出現しそうなルートはなるべく密に調査するように計画を組み,単調な岩相しか出そうもないルートや走向と平行なルートは多少手を抜く。悪天候や作業仮説立証のための補充調査に備えて,予備の日を2~3日は必ずとっておくことが必要である。
(7) 調査の合間には自然を楽しもう
あまり根をつめて調査していたのでは息がつまる。行き帰りの移動の時や昼食時には大いに自然を満喫しよう。バードウォッチングもよし,野の花山の花をめでるのもよし,はたまた,森林浴をしながら昼寝するのもよし,である。渓流では昼休みに釣糸をたれたり,水浴びしたりすることもできる。桑の実・野イチゴ・山ぶどう・アケビ・柿・栗……山の味には事欠かない。磯でカニとたわむれ,行く雲や寄せ返す波をぼんやり眺めるのも捨て難い。田舎の不便な生活を嫌悪するだけの都会人では地質屋は勤まらない。たとえ我慢して地質屋になったとしても,乱暴に自然を破壊する列島改造論者の手先になるのがオチである。真の地質屋は自然を愛するロマンチストでなければならない。
3 調査の姿勢
(1) 地質図は足で作るもの
地層は地質図学で教わるような真平らな一枚板ではない。それ故,わずかなデータから作図だけで描いた地質図はまず役に立たない。鍵層を丹念に追跡し足でつないだ地質図は,どんな大先生が何と言おうと覆らないのである。最近は林道が発達したこともあって,この頃の学生には車の入れる道路だけ調査して済ませる者もいる。やはり沢のほうが露頭がよいのであるから,ジャブジャブと腰までつかっても調査するファイトが欲しい。そのため,痔にならなければ一人前の地質屋ではないと言われたものである(もちろん,痔疾学者にならないほうが良いに決まっているが)。また,必要ならば,野越え山越え鍵層を追わなければならないし,尾根や山腹を這いずり回っても露頭を探さなければならないこともある。複雑な褶曲も,結局は平面的な地層の分布,すなわち地質図に第一義的に表現されるし,断層のずれ(変位量)も地質図から読み取るのである。構造解析のような高級な(?)ことをやるにしても,地質図作成が基本なのである。骨身惜しまず野山を歩き回わるガッツと体力が要求される。
(2) 頭とハンマーで
では下半身だけ強ければ地質屋は勤まるのであろうか。国際地質学会議(IGC)には「頭とハンマーで」Mente et Malleoという標語がある。理論と実践の統一を意味する。やはり頭が必要なのである。それがなければペインター(ペンキ屋:色塗り地質屋)になってしまう。堆積作用にしろ構造運動にしろ,ここではかつてどのような地質現象がどのような環境の下に起きたのかを考えながら露頭を観察しなければならない。そうでないと,「視れども見えず」と言うことになる。やはり,何度も言うように,「露頭で考え,考えながら歩く」ことが大切なのである。
(3) 地質図作成は最終目的ではない
トンネルを掘る時などは岩石の分布を知る必要がある。しかし,単に砂岩・泥岩といった岩質図を作成しても,それだけでは役に立たない。それぞれの岩石の風化状況や強度,節理の発達程度など地質工学的な評価がなければ,掘進率の推定も掘削工法の選択もできないからである。トンネル掘削という目的のためには何を観察記載すべきか,を常に念頭におきながら調査にあたれば,砂岩・泥岩といった粒度の違いだけでなく,もっと多くの新しい事実に気付くはずである。また,そのような目で調査された地質図はおのずから精度が高くなり正確になる。こうした土木地質学的な観点に裏打ちされた正確な地質図は,ただ漫然と歩いて色塗りしただけの塗り絵と異なり,トンネル掘削にとって極めて重要な役割を果たす。一枚の地質図が何億円という費用の節減につながることもあるのである。このような地質図の意義は強調しても強調しすぎることはない。
岩質を知ることが大事な土木地質でもこうであるから,まして卒論のような研究を目的とする調査では,岩質分布図作成が自己目的化しては困るのである。研究テーマを解明するためだからこそ,より詳しいより正確な地質図が必要なのであり,地質調査はその基礎作業として欠かすことができないのである。地質図はそのような調査の結果おのずから出来上がるものである。それ故,一枚の地質図には汲めども尽きないさまざまの情報が盛り込まれているのである。
(4) 自然の語るところに耳を傾ける
頭とハンマーをつなぐ仲立ちは眼である。するどい観察眼がなければ,いくら野山を歩き回わっても,新しい事実を見いだすこともできないし,すばらしい発想も生まれてこない。自然を観察する際に留意すべき点は,何よりも虚心坦懐に自然に学ぶ姿勢である。露頭の語りかけるところを静かに聞く心である。つまり,何でも見てやろうの精神で,当面の研究テーマに直接関係することだけでなく,一見関係なさそうなことまで,観察記載しておくことが大切である。自然というものは複雑で相互に関連し合っているから,最初は無関係と思っていた事柄が,実は非常に密接に関係しており,両者を総合することによって,より高次の包括的なスッキリした理論に到達する,などということはしばしばあることである。それを最初から切り捨てていたのでは,はじめに抱いていた固定概念から抜け出すことはできないであろう。色メガネで自然を見てはいけないのである。
(5) もの言わぬ石に何を語らせるか
自然はウソをつかない。しかし,ただ漫然と待っていたのでは何も語ってくれない。目的意識的に自然に働きかける者だけが,露頭の声を聞くことができる。それまでのデータを一応矛盾なく説明できる作業仮説を考え,その目で露頭を観察すれば,今まで見えなかったものまで見えてくるものである。さらに,新たな観察結果に基づいて仮説を修正し,より精緻なものに仕上げていく。場合によっては,その仮説と根本的に矛盾する事実に遭遇することもある。その時は潔く仮説を破棄し,暗中模索のやり直しをする。最初の仮説にこだわり,その事実を例外として軽視したり,まして見て見ぬふりをするなどといったことはしてはならない。
4 露頭観察
(1) まず露頭かどうか確かめる
これから観察しようとしている露頭が転石や地すべり岩塊だとしたら,そのデータはかえって全体を誤りに導くことになる。また,たとえ根があったとしてもクリープしていたら,走向傾斜は当てにならない。詳細は第三部で述べるが,微地形,岩石のゆるみ具合,植生などに注意して識別する。とくに,林道沿いや尾根筋の風化した露頭は要注意である。昔は沢底しか露頭がなかったからあまり問題はなかったが,最近は道路が縦横に発達し,山頂付近にまで林道がつけられるようになったので,重大問題になってきた。教える側の大学教員にも災害地質学の専門家が少なく,マスムーブメントに関する素養を身に付けた人があまりいないからである。そのため,地すべり面を低角衝上断層と誤認したり,不規則な分布をオリストストロームとみなしたり,あるいはクリープによる変形を構造性のものと思い込んだりする困った事態が頻発している。
(2) 次に露頭全体の観察
露頭に到着するといきなり近づいてハンマーでたたく人がいる。やっぱり砂岩だ,とつぶやいて次の露頭へ移る。もしこれが海底地すべり堆積物の中の岩塊だったら,とんでもない間違いを犯すことになる。また,レンズ状岩塊と認識していたとしても,そのレンズが構造性のものか,未固結~半固結状態のときの地すべりによるものか,注意深い観察が必要である。褶曲などは,あまり近づきすぎるとかえってわかりにくく,見落とすことが多い。まず露頭全体を見渡す習慣をつけることである。その上で,代表的な点,特異な点を選び出し,そこをハンマーでたたいて調べるのである。
(3) 必ずスケッチを
スケッチをしろと言うと,写真を撮るからよいではないかと反論する学生がいる。確かに写真は見た通り正確に写る。しかも色までわかる。しかし,地層境界や不整合面など地質学的に重要な線も,崖の凹凸や発破の割れ目など意味のない線まで同等に写る。水に濡れて色の変わった境界や一見礫岩様に写るゼニゴケなど,人を欺くようなものもある。そのため,日が経って記憶が薄れてくると,何の目的で撮影したものか,自分でもわからなくなってしまうことが多い。その点スケッチは地質屋の目で見て重要な線だけ記入してあり,しかも説明が記載されているので一目瞭然である。したがって,スケッチを見れば,その人の観察力つまり地質屋としての実力がすぐわかる。初心のうちは,画家のデッサンのように,崖の様子を立体的にリアルに描こうと苦心して,地質的に重要な肝心な点が見落とされる。次の段階は,単純に図式化した,入試問題の断面図のような写実性に乏しいものになる。だんだん経験を積むと,簡にして要を得た,しかもリアリティーに富むスケッチが描けるようになる。同じ露頭のスケッチでも,学部に進学したばかりの頃と,卒論の頃,あるいは院生の時とでは,全然別人が描いたのかと思われるような仕上がりになるのが普通である。大いに練習して腕を上げよう。
(4) ルーペをもっと活用しよう
地質調査にルーペを持参しない学生がいる。持っていても,倍率が小さく収差の大きい安物が多い。こうした学生は,野外では裸眼観察で済まし,調査終了後一括して薄片を作って,論文を分厚くするためにだけ顕微鏡写真を貼る。大学教師ですらルーペをあまり使わない人が多い。裸眼では岩石種と色と粒(火山岩の場合は班晶鉱物)ぐらいしかわからない。これでは三色旗が出来上がるのは当然である。しかし,ルーペの使用に習熟すれば,顕微鏡でわかる程度のことはかなりのところまでわかる。別な露頭で採取した見掛けのよく似た中粒砂岩でも,ルーペで見れば,円磨度や淘汰度の違い,あるいは特徴鉱物の有無などがわかり,同一か否かの判定ができる。そのため,対比を誤ることも少なくなり,鍵層を新たに発見することもある。できるだけ観察は細かいほうがよいのである。ルーペによる鑑定に強くなることは地質屋としての必須条件である。
(5) 岩相が変わったらバックオーライ
地質図には,最終的に地層境界線を引かなければならない。しかし,普通の学生が地質調査をすると,新しい岩石種が出現した時,そこに露頭番号をうち記載する。次の露頭もその次の露頭も同じ岩相だと,番号もうつのも面倒になり,「また同じだ」と記載しないで通り過ぎる。しばらく行って新しい岩石が出現すると,久しぶりに露頭番号をつけて記載する。さて,調査が終了し記憶も薄れた頃,地質図をデッチ上げようとした時に,どこに地層境界線を引いたらよいのか自由度がありすぎて困惑する次第になる。やはり,毎日の調査の度に地層の境界を確定しておかなければならない。第一そうしなければ,地層の厚さも算出できないし,柱状図も断面図も描けない。そのためには,岩相が変わったらすぐ後戻りして境界を探さなければならない。大きな露頭でなくとも草やぶの陰の小さな露頭が見つかることもあるし,少なくともこの10m範囲内のどこかと,範囲を特定できる。1:25,000地質図なら,10mは鉛筆の太さに入る。
5 宿舎での作業
(1) データ整理は毎日必ず実行
夕方宿舎に引き上げてきたら,データ整理という昼の調査に劣らない重要な作業が待っている。テレビを見ながら酒をくらって寝るというわけにはいかないのである。それ故,なるべくテント生活や車暮らしは避け,明るい電灯と机のある宿が望ましい。やむをえず明かりのない生活をする時は,早めに調査を切り上げてくる必要がある。川喜田二郎氏は午後3時には調査を中断してフィールドノートの整理をされるという。それくらいデータ整理は重要なのであり,まして,翌日回しや大学帰学後まとめてやるなど論外である。データを整理し,作業仮説を考え,翌日の計画を立てる。こうした一連の作業を夜やってこそ,翌日の調査が効率よく遂行されるからである。これを省略すると,羅針盤のない航海や戦略のない戦闘のような調査になってしまう。毎日毎晩こうした作業を続ければ,宿を引き払って大学へ帰る時には,地質図や断面図などの図面は完成し,室内作業を除く研究の大半は仕上がっているはずである。
(2) 墨入れ・試料整理はこまめに
フィールドノートや地質図は鉛筆書きのままだと,雨に濡れた時に消えてしまう。宿に帰ったら製図用黒インクで墨入れをしなければならない。人によっては野外での紛失に備えて,別のノートに転載する人もいる。この作業は無駄ではなく,その日の調査内容を整理して記憶できるし,その過程でよいアイディアが浮かぶこともある。また,採取してきた岩石や化石のサンプルはキチンと標本番号を書き込み,ラベルをつけて整理しておく。野外では水に濡れて番号の書けなかったサンプルを放置しておくと,後で採取地点がわからなくなること確実である。地質図とは別の地形図に標本採取地点の位置を毎日記入しておくと便利である。私は,2万5千分の1地形図2枚を用意して,露頭位置図locality mapと標本採集地点位置図sampling locality map を別々に作ることにしている。第一の露頭位置図は,露頭番号だけを抜き出して記入した地図で,ある場所の地質を知りたいとき,直ちに露頭番号がわかり,フィールドノートの該当ページを見つけ出すのに大変便利である。論文を書くときに威力を発揮する。第二の標本採集地点位置図は標本番号を記入した地図である。大学帰学後,薄片を作ったり微化石を処理したり化学分析をしたりしたら,その番号を蛍光マーカーで彩色すれば一目瞭然となる。短期間の調査では第一の露頭位置図と兼用してもよい。この場合は,標本を採取した地点は露頭番号を四角で囲っておき,さらに薄片を作ったりしたときには,蛍光マーカーで中の番号を塗りつぶすとわかりやすい。その他,写真撮影地点とフィルム番号を記入した地図を用意するのも役に立つ。これも露頭位置図と兼用して,露頭番号を標本とは別の色で囲ってもよい。
(3) 毎日,柱状図と断面図を
卒論指導に行って,地層の厚さを聞くと即答できない学生が多い。柱状図や断面図は,卒論発表会直前に作るアクセサリーと心得ているからである。しかし,層序関係や層厚がキチンと認識されていなくては,地層の正しい対比もできない。断面図を描くためには正しい対比と地質構造の把握が不可欠であり,あいまいな調査は許されなくなる。例えば,ある砂岩層が褶曲で繰り返して別な場所に出てくるらしいということになれば,地層の上下判定,鍵層となる砂岩層を中心とした地層の層序関係などについて,翌日からの調査で注意が意識的に払われるようになる。もちろん,問題の砂岩の肉眼観察も細かくなるし,一生懸命露出を探して追跡し,つなげようと努力するようになる。漫然と色を塗ってフィールドを引き揚げてきてからでは,もはや肯定的証拠も否定的証拠も集めようがないから,いかんともしがたいことになる。柱状図も毎日少しずつ増えて並んでいけば,層相や層厚の変化がわかり,堆積環境のイメージもわいてきて,新しい発想の手懸りとなる。一日に1本のルートを歩いたら,その日の夜には1本の柱状図と1枚の断面図が出来上がっていなければならないのである。
(4) 小縮尺の地形図にデータを転載する
野外に持ち歩く日に焼けたボロボロの地形図に全てのデータを記入して,それだけで済ませておく人がいる。これでは紛失したときに泣くに泣けないことになる。私は,このようなデータシートに墨入れをした上に,さらに1:25,000地形図を用意して,路線地質図route mapを別に作ることにしている。これは走向傾斜を墨入れして,岩相を調査ルート沿いに幅1cm程度塗色した ものである。岩相は,色だけで不十分な場合は,邪魔にならない場所に墨で略記する。地層境界線は鉛筆で記入するが,隣接ルートと対比可能なものは図学に従ってなるべくつなげておく。とくに確実に対比できる地層はその線に添って薄く彩色する。薄くするのは,露頭で確認したものと推定したものとを区別するためと,新しいデータで補正できるように考えてのことである。この路線地質図が毎日毎日だんだん埋まってきて,地質図らしくなってくるのを見るのは実に楽しみなものである。
小縮尺の地質図を同時につくるのは,紛失に備えての用心が主目的ではない。卒論などで一般に使うベースマップは1:10,000など大縮尺のものが多い。このような図面は大型で,全体を見渡すために2~3枚並べたら机の上におさまらない。大局をおさえておくことは,作業仮説の構想を練るためにも,調査計画を立てるためにも重要であり,それには小縮尺の地形図が有効である。それ故,調査範囲が広い場合には,その広さに応じて1:50,000や1;100,000地形図を用いる。1:100,000は1:50,000地形図を貼り合わせてから,1枚に縮小コピーするとよい。原データが1:50,000の場合,転載するのが容易で能率的だからである。第二の目的は地質図の原図作成である。1:10,000の貼り合わせでは大きすぎて始末に困る。その点,1:25,0001や1:50,000程度の地形図に走向傾斜と岩相・地層境界線や断層などが毎日記入されていれば,調査地を引き揚げる頃には,実際に歩いたルートを示す濃く塗られた樹枝状の部分を含み,その間を薄く彩色した地質図が完成することになる。大学帰学後,トレーシングペーパーを当ててそのままトレースすると,たちどころに提出用や投稿用の原図まで出来上がるというわけである。これが,卒論提出直前に一気にデッチ上げる邪道を排した最もオーソドックスな方法であり,徹夜しなくて済む最も楽な方法である。
(5) 観察したことはその夜のうちに文章化
どんな丁寧な人でも,各露頭で観察したことを全部フィールドノートに記入するわけではない。同じような岩相が続くと特に省略しがちになる。フィールドノートは人に見せるためのものではないから,その内に略号やあだ名(例えば,ごま塩タフ,白色砂岩)だけ書いて済ませてしまう。これでは論文を書くときになってハタと困ることになる。そこで毎日毎日観察したことを文章化して書きためておくことをお勧めする。例えば砂岩を記載するとすれば,色と粒径だけでなく,構成鉱物・基質の量比・淘汰度・円磨度・球形度・熟成度……から成層状態・堆積構造・含有化石……まで一応フルコース述べなければならない。フィルドノートに載っていなくとも,その日見たことぐらいはまだ鮮明に記憶しているから,そのくらいは書けるはずである。書けない部分があったとすれば,観察が不十分だったからで,翌日からは自然にその点を気をつけて見るようになる。地質構造についても同様で,単に断層の走向傾斜を記載しただけでは困るのであって,断層面の性質・断層間物質の性質・破砕の程度・変位量・条線の有無と方向……などやはりフルコース観察記載しなければならない。このように文章化すると,注意深い観察をする習慣が身につく。また,箇条書きでも文章になっていれば,論文を書くときに非常に楽である。少なくとも地質各論や地質構造など記載の章は,これらの書きためた文章を編集すればよいからである。毎日文章化するのは非常に大変で凡人にはできないと思われがちであるが,実はこれが一番楽な手抜きの方法なのである。卒論提出前に徹夜して四苦八苦する凡人にお勧めする。
(6) アイディアメモを取ろう
上述のように,各種の図面を作ったり,記載の文章を書いていると,その過程でいろいろな考えが浮かぶはずである。この地層は隣の沢ではこの付近に出るであろうといった小さなものから,地質の解釈に関するちょっとした思いつき,はては学問上の新理論に至るまでいろいろである。また,宿舎での作業時ばかりでなく,野外で思いつくこともしばしばである。こうしたアイディアはどんな小さなものでも大事にしたほうがよい。とくに調査初期の段階で何となく感じたこと,直感的にピンときたことは,意外と的を射ていることがある。ただ,心に浮かんだことはその内に忘れてしまうので,必ずメモを取っておくようにしたい。こうしたアイディアメモがたまってくると,それらの中からさらに大きな作業仮説が生まれてくることもある。調査が進んで,作業仮説が具体的包括的になってくると,このメモ自体が論文の考察の章の下書きとして使えるようになる。これまた後で楽をする方法である。
(7) 仮説の条件
自然は複雑なもので,単純な法則で割り切れるものではなく,地質学は物理学とは違うのだ,と主張する人がいる。しかし,物理学の扱う世界も結局自然なのである。自然には意外に規則性があると考えたほうがよい。そうでなければ,地質学は自然の模写,記載に終始することになってしまう。一世紀前の博物学に逆戻りである。仮説を考える必要もない。そこで,フィールドデータを統一的に説明する法則性があると信じて,一生懸命仮説を考えるわけである。では,その仮説とは一般的にどのような条件を備えていなければならないのか。藤井陽一郎氏(茨城大学教授)によれば次の4条件が必要である。
simple(単純明快)
elegant(優美)
comprehensive(包括的)
predictable(予見可能性)
プレートテクトニクスなどはまさにこの条件を満たしている。プレートの運動という単純な仮定により,さまざまな地質現象を統一的に説明できたし,トランスフォーム断層を論理的に予見して発見に導いたからである。こんな超一級の仮説でなくとも,各自のフィールドの中から,何かをつかみ出してきたいものである。この際,あまり細部にこだわらず大局的にものを見ることの大切さを強調しておきたい。単層ごとに全部つながらないと地質図が描けないような,木を見て森を見ないタイプの人もいるからである。もちろん,だからと言って,強引にこじつけ,都合の悪いデータに目をつむるような態度は厳に戒めなければならない。これはもう科学ではない。
(8) 翌日の調査計画を必ず立てる
その日までのデータを整理すると,翌日の調査ルートの大よその予想はつくはずである。とくに鍵層や断層あるいは褶曲軸などが出現しそうな地点は地形図上に印をしておき,翌日はその付近を意識的に精査しなければならない。また,作業仮説を立証するためには,当初計画を変更して,より重要な箇所を調査しなければならないこともあるし,前に歩いた箇所の見直しが必要なこともある。こうした調査計画がないと,漫然と歩いて見落としが出てくる。いずれにせよ,当初計画にこだわって,所定の地域の色塗りに専念するのではなく,柔軟に対処しなければならない。
6 大学帰学後の作業
(1) 薄片観察はフィールド調査と並行して
地質調査の基本は何といっても岩石の肉眼鑑定である。肉眼鑑定に強くなくては地質屋は勤まらない。そのためには,こまめに薄片を作り,顕微鏡観察を熱心に行うのが一番である。つまり,同一の岩石試料について,顕微鏡観察の後,ルーペによる観察と裸眼による観察を行って目を肥やすのである。肉眼で砂岩だと思っていたものが細粒の安山岩だったり,層理面だと思っていたものが劈開面で層理面は全然別の方向だったりすることはよくあることである。放散虫などの微化石も,顕微鏡で確かめた後その目で見てみると,今までわからなかったものが不思議とルーペでも見えてくるものである。したがって,調査中に顕微鏡観察を行わなければダメなのであって,調査終了後論文提出直前に薄片を作ってもあまり意味がない。旅費などの事情が許せば,10日間ほど調査したら2~3日帰学して顕微鏡観察をやり,またフィールドに出かける,といった日程が最も望ましい。少なくとも最初の概査の後,フィールドに出てくる代表的な岩石については顕微鏡観察を行い,それから本格的な調査にズーッと入るという風に,1回は帰学する必要がある。顕微鏡写真は卒論を厚くするアクセサリーではないのである。
(2) 多くの人とのディスカッション
フィールドは独りで行くことが多いから,ややもすると自分の頭の中で堂々巡りをして,すっかり固定観念にとりつかれるという落とし穴に陥ることがある。そこで,大学に帰ってきたら,先生や先輩・友人たちに調査結果を報告し,自分の考えについてディスカッションしてもらうとよい。他人から指摘されてハッと気付くことがよくある。その際,専門の異なる人に話を聞いてもらうのも有意義である。自分たちでは当然と思っていることを突かれて返答に窮したり,他分野のアナロジーを聞かされてハタと良い考えが思いついたりすることもしばしばあるからである。誰かに反対者になってもらってディベートをするのもよい。こうした討論をすると,相手を納得させるためには自説の根拠がいかに薄弱であるか身にしみて感じさせられ,次回の調査ではそれだけ観察が鋭くなる。したがって,先生と顔を合わせるのを避け,逃げ回わるようでは進歩はおぼつかない。
(3) 各種作業は目的を持って
化石の鑑定・岩石の化学分析等々,研究テーマと目的に応じて多種多様な室内作業がある。個々の内容を解説するのは本書の目的でないので省くが,要は研究目的に照らして何のためにそのデータを出すのか,キチンとわきまえておくことが肝要である。単なるデータブックは論文とはいわれないし,論文は厚きをもって尊しとなす,わけではないのである。
(4) 文献を体系的に読破しよう
事前の文献調査の段階と異なり,実際に現地調査した後では,自分なりの考え方もできているから,文献を読んでも,その理解度の深さには雲泥の差があるし,批判的に摂取することもできる。そこで,もう一度広く文献に当たることをお勧めする。例えば,自分のテーマが「室戸半島の四万十帯の構造解析」だとする。まず第一は,四国に限らず日本全域の四万十帯の地質および構造に関する代表的な論文を読み,レビューしてみることである。そうすると,自分のフィールドである室戸半島の地質的な位置づけgeological settingが明確になるし,他地域との共通点や特異点も認識できる。第二に,四万十層群はサブダクション帯で形成された地層であるから,諸外国のサブダクション帯に伴う地質現象についてレビューを試みる。必ずや啓発されることがあるはずである。
また,現地に調査に行ってみると,予期していなかった面白い現象や,研究テーマに基本的にかかわる重要な現象に気付くことがある。先の例でいえば,室戸半島にはスレート劈開が存在しており,褶曲構造の解析に有力な手懸りとなる。そこで,スレート劈開に関する文献をあさって読む必要が出てくる。やはりレビューをするわけである。そうすると,成因論の一つに造構性脱水説というのがあり,砕屑岩脈がスレート劈開に平行に存在しているのが根拠だということを知る。次回の調査では,前回見過ごしてきた砕屑岩脈に注意を向けるようになる。すると,砕屑岩脈を切って劈開が発達しており,岩脈も劈開褶曲を受けている露頭を発見する(実際は梅村氏によってすでに報告されている)。これは脱水説に対する強力な反証である。このように,その地質現象に対する知識が豊富になることによって,露頭の見方が精密になってくるものである。
なお,文献を読むに当たってことさらにレビューといったのにはわけがある。最近の困った風潮のひとつに,ごく新しい文献しか読まず,すぐ流行にのる傾向がある。そして,自分のフィールドでもやはり同じような現象が見られますと報告して,いかにも学問の最先端を行っていると錯覚するわけである。基となった論文が学問の王道を行っているものならまだしも,見掛け倒しのまがい物だったら悲惨なことになってしまう。やはり,古今東西の文献に広く当たり,古典からガッチリ読破すべきである。そうすれば,本物か偽物か識別する力がついてくる。とくに最近の洪水のような情報の中には,仮定の上に仮定を積み重ねた観念連合の所産が多いので,本物を選び出す眼力が要求される。東京大学では,卒論の副論文として,卒論にかかわりの深いテーマに関するレビュー(演習報告と呼ぶ)の提出を義務づけているが,これは良い習慣だと思う。
7 論文のとりまとめ
(1) 記載はガッチリと
何度もいうように,地質学は野外における事実に基礎をおいている。それ故,事実の記載が一番重要である。よくアイディアが先走って,記載を軽視する人がいるが感心しない。卒論などでは後々まで役に立つのはガッチリと記載が書かれているものである。投稿論文と異なりページ数制限がないのだから,十二分に書くべきである。ただ,ダラダラと冗長に書けばよいというのではなく,簡潔にして要をえた書き方が必要である。また,逆に写真や図表を付して,「図から明らか」と本文のほうを端折る人がいるが,これは感心しない。やはり文章でキチンと記載し,その理解を助けるために図表を付けるのが本当である。記載を書くに際しては,事実と推論を明確に区別して,読者にもわからせるようにしなければならない。
(2) 推論は事実に即して論理的に
しばしば観察事項の記載からは到底導き出せないような大それた議論を展開する人がいる。やはり,そのデータからはどこまで言えるかおのずから限界がある。それ以上のことを言うためには,相応する質の高いデータを新しく集めなければならない。だからこそ学問が進歩発展するのであって,大ボラを吹いていたのでは学問の発展にはつながらない。根拠なしにモデルを提唱し,それが否定されるとすぐモデルチェンジをする「モデル屋」がいる。数撃てば当たるだろうというわけである。このような売らんかなの無責任な“論文”は書かないようにして欲しい。フォルクスワーゲンのように機能的で丈夫な長持ちするモデルが良いのである。
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更新日:1996年12月23日