2000年3月24日、鹿児島大学理学部地学科最後の卒業生を送り出しましたので、このホームページはこの日をもってフリーズしました。もう更新しません。悪しからず。
なお、「かだいおうち」は日本における大学研究室ホームページの第1号です。歴史的遺産としてここにアーカイブしておきます。
地盤沈下
鹿児島市で地盤沈下|
新潟の地盤沈下|
地盤沈下のメカニズム

鹿児島市の甲突川河口左岸にある錦江町では1996年秋頃から地盤沈下が激しくなり、道路や建物にひび割れが生じたり、段差が出来るなどの被害が出ています(南日本新聞1997.2.7付)。ここは1965年頃造成された市内で最も古い埋立地です。住民たちは、1996年1月から始まった臨港道路建設工事の影響ではないかと問題にしています。

地盤沈下は東京・大阪の下町と新潟が有名です。新潟では1955年頃から沈下が始まり、1957年にはピークに達し年間約50cm下がりました。1日42mmという最高記録もあります。これにより広いゼロメートル地帯が出現しました。左図は1959年~1974年の累計沈下量を示しています。赤い部分が100cm以上沈下したところです。黒丸は鉱業用ガス井、赤丸は自家用ガス井戸の位置です。その頃はバス会社の庭にも天然ガス井戸があり、バスはガスボンベを積んで走っていました。市内どこへ行っても10円と他都市に比べて格安だったのは燃料がタダだったからです。農家でも囲炉裏にガスを引いていました。もちろん、都市ガスにも天然ガスが供給されました。この天然ガスは水溶性ガスといって、地下水に溶け込んでいる天然ガスですから、ガス採取に伴って地下水を急激に汲み上げたため、地盤沈下が起きたのだと言われています。
新潟平野は第四紀層が厚く堆積しているところです。この中の砂礫層から地下水を汲み上げているのですが、砂礫の粒子と粒子の間にあるところから水が無くなっただけでは、多少の弾性沈下はありますが、それほど砂礫層自体は収縮しません。問題は、この帯水層の被圧地下水を汲み上げると、どこから水が補給されるかということです。昔は横方向から供給されると考えられていましたが、水平方向の補給は汲んだ水の2~3割しかなく、あとの大部分は垂直方向から移動してくることがわかりました。つまり、粘土層のような難透水層から水が絞り出されて補給されていたのです。結果として粘土層が収縮し、地盤沈下が起きるという訳です。
参照サイト
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地盤沈下のメカニズム
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更新日:1999年8月12日