福田徹也・岩松 暉(鹿児島大学・理)
横田修一郎(島根大学・総合理工)
和田卓也・正木英和(褐嚼ン技術研究所)
2.シラス台地と斜面の地形・地質概要
測定は図−1に示すように鹿児島県中央部の十三塚原台地の開析斜面を対象とし,急斜面上に探査測線を設置した(図−2)。
図−3(a),(b)に測線を含む周辺地域の地質分布と地形・地質断面図を示す。測線の斜面付近にはシラス(入戸・妻屋火砕流堆積物の非溶結〜弱溶結部)が分布しているが,約400m下流の左岸には溶結凝灰岩(加久藤火砕流堆積物)やシルト岩(国分層群)が現れている。このため斜面の表層はシラスであるが,斜面内部には溶結凝灰岩やシルト岩が存在していると推定される。
3.探査測線ならびに比抵抗値測定の概要
探査測線は総延長65mで,そのうちシラス台地上は20mを,また,斜面上は45mである。台地上には2m間隔で10本の電極を,斜面上には0.5m間隔で87本の電極を埋め込んだ1),2)(図−4)。見掛け比抵抗値測定は2極法によって行い,比抵抗値の解析・表示は斜面から内部へ向かって深度20mまで可能である。ただし,今回は深度10mまでを詳細に調べ(精査領域,測定点1570点),それ以外(概査領域,測定点130点)とは精度を異にしている(図−4参照)。測定は降雨状況に合わせて無降雨時は6時間間隔,降雨時は3時間間隔で行った。測定は'95年5月から現在も行われているが,以下の検討は'95年6月1日から途中測定機器の破損によるデータ欠如期間を除く'95年11月15日までのデータに基づた。
4.見掛け比抵抗値の経時変化
測定された見掛け比抵抗値は図−5のように経時変化として表示している。これは(1)式のように特定の時刻での基準値に対するそれぞれの測定値の割合である。
Cv = (ρm−ρs)/ρs×100……(1)
ここで,Cv:見掛け比抵抗値(基準値に対する割合),ρm:ある時刻の見掛け比抵抗値(Ω-m),ρs:基準となる見掛け比抵抗値の基準値(Ω-m)。なお以下では基準値ρsとして6月3日午前0時の測定値を用いた。これは,約4日半無降雨が続いた後の状態であり,6月の一連の降雨の降り始めでもある。
5. 雨量データの実効雨量への変換
見掛け比抵抗値の経時変化Crと雨量との関連をみるために,以下の定義4),5)に基づいて日雨量データを実効雨量Dnに変換した6)。
Dn = an-1r1 + an-2r2 + …… + a1rn-1 + rn ……(2)
Dn:降雨開始からn番目の時刻の実効雨量
rn:n番目の時刻の雨量
a:逓減係数(0<a≦1)
(1)式は,それぞれの時刻に降った雨の効果は時間とともにaの割合で減少し,現在の状態は過去の降雨の効果の総和であることを意味している。いま一つ前の時刻の実効雨量Dn-1 がわかっているとき,Dnは次式で求められる。
Dn = aDn-1 + rn ……(3)
逓減係数aについて,たとえばa = 0のときはDn = rnとなり,Dnは日雨量そのものを意味する。また,a = 1のときはDn = r1 + r2…rn-1 + rnとなり,積算雨量を意味する。さまざまなaの値に対する実効雨量Dnを図−6に示す。
6.Cvの経時変化と実効雨量Dnとの相関
深度10mまでの各測定点でのCv経時変化とDnとの相関を調べた。
Cvを24時間ごとに求めた一例を図−7(a)に示す。これと,図−6で示した実効雨量,たとえばa = 0.99としたときのDnとの相関をとると,図−7(b)のようになる。ただし,このときの逓減係数a(=0.99)は相関係数Rがもっとも高くなる値を用いているが,そのようにaの値を変えたときの相関係数Rの変化を図−7(c)に示す。
全ての測定点でみると,ほとんどの点で負の相関を示し(降雨による見掛け比抵抗値の低下),しかも,その80%以上のものがR≦−0.9であった。図−8にその空間的分布を示す。しかし,表層部分ならびに斜面上部などの一部では若干の正の相関または相関のないものもみられた。これは,表層部分における電極の設置状況やリニアタンク等によると考えられ,さらに斜面上部に関しては,地形補正に伴うものと考えられる。
次に,図−7(b)で求めたような近似直線式Cv=αDn+βのαおよびβの各深度ごとの平均値をみてみると図−9のようになる。この図からαとβの値は表層ほど大きく,深くなるに従って小さくなる傾向にある。このような傾向は,降雨に対する比抵抗値の変化が表層ほど素早くかつ大きく,深くなるに従って鈍く小さくなることを示しているといえる。
7. Cvの経時変化ともっとも相関のよいDnの逓減係数aの空間的分布
Cvの経時変化ともっとも相関のよい値が得られるDnの逓減係数aの値(図−7(c)参照)の空間的分布は図−10のようになる。大局的にみると斜面表層から深くなるにしたがって逓減係数aの値は1に近づく傾向にあり,ほぼ斜面に平行な帯状配列をなしている。
縦軸に深度をとり横軸に逓減係数aの値の各深度での平均値をグラフで表すと図−11のようになる。このグラフから深度6m付近までは逓減係数aの値は一定の勾配で減少しているが,それ以深では深さに伴うaの値の減少はほとんどみられない。このことは,斜面表層から斜面に沿って一様に劣化が進んでいるものの,ある程度の深さからは劣化が進行していないことが影響しているのではないかと考えられる。
8.まとめ
今回,見掛け比抵抗値の経時変化と実効雨量との相関を各測定点で調べた。その結果,以下のような事柄が明らかになった。
1. 大部分の測定点でのCvの経時変化は実効雨量Dnと明瞭な負の相関がある。しかし,表層部分や斜面上部に関しては相関があまりみられなかった。
2. このことは,表層部での電極の設置状況等に起因していることがその原因と考えられ,さらに斜面上部に関しては,地形補正に伴うものも考えられる。
3. 非常に相関がよいときの実効雨量の逓減係数aの値の空間的分布は,深度6m付近まで一定の勾配で減少しているが,それ以深では深さに伴うa値の減少はほとんどみられない。このことは,斜面表層から斜面に沿って一様に劣化が進んでいるものの,ある程度の深さからは劣化が進行していないことが影響していると考えられる。
4. 解析期間におけるCvの経時変化と実効雨量との近似直線式のαとβの値は表層ほど大きく,深くなるに従って小さくなる傾向にある。このような傾向は,降雨に対する比抵抗値の変化が表層ほど素早くかつ大きく,深くなるに従って鈍く小さくなることを示しているといえる。
今回,比抵抗値の経時変化と降雨との対応関係を上述のように明らかにすることができた。しかし,解析に用いたデータが比較的降水量の多い期間であったため,降水量の少ない期間でも上述のような式で近似できるか検討する必要がある。また,シラス斜面と一言でいっても物性値,斜面角,植生等が様々に異なっているため,他の斜面での3つの値の空間的分布を明らかにし,これらのデータの比較・検討・蓄積が今後の課題であろう。
参考文献
1) 福田徹也・横田修一郎・岩松 暉・和田卓也・正木英和(1995):自動電気探査によるシラス斜面での降雨の浸透実態,日本応用地質学会九州支部第11回研究発表予稿集,pp.33-38.
2) 福田徹也・横田修一郎・岩松 暉・和田卓也・正木英和(1996):降雨によるシラス斜面での見掛け比抵抗値の時間変化,日本地質学会第103年学術大会講演要旨.
3) 和田卓也・井上 誠・横田修一郎・岩松 暉( 1995):電気探査の自動連続測定によるシラス台地の降雨の浸透,応用地質第36巻5号,pp29-38.
4) 小橋澄治(1993):山地保全学,文永堂,pp.70〜pp.71.
5)大滝俊夫(1962):気象庁研究時報14,pp.459〜pp.465.
6) 福田徹也・横田修一郎・岩松 暉・和田卓也・正木英和(1996):シラス急斜面での見掛け比抵抗値の連続測定(その2)日本応用地質学会平成8年度研究発表講演論文集.
(日本応用地質学会九州支部第12回研究発表会予稿集, pp. 20-25, 1996)
福田徹也・岩松 暉・横田修一郎・和田卓也・正木英和
(日本応用地質学会平成8年度研究発表会講演論文集, pp. 241-244, 1996)
YOKOTA,S., FUKUDA,T., IWAMATSU,A., UDA,S., WADA,T. & MASAKI, H.
Numerous slope failures have occurred on steep slopes composed of the Quaternary pyroclastic flow deposits in Southern Kyushu, Japan, and they are closely related to heavy rainfall. To clarify the mechanical relation between rainfall and the occurrence of such slope failures, apparent resistivity within the slope and its changes in terms of time have been determined by using automatic electric prospecting on the steep slope. The slope dips steeply with the angle of 50-60 degrees, and is mostly covered with vegetation. The prospecting was done on the line of 65 meters long with 98 poles as shown in Fig.1. Distribution of apparent resistivity was automatically obtained in three hours intervals under the control of personal computer.(Abstracts of 30th IGC, vol.3, p.351., 1996)
福田徹也・岩松 暉(鹿児島大学・理) 横田修一郎(島根大学総合理工) 和田卓也・正木英和((株)建設技術研究所)
(日本地質学会第103年学術大会講演要旨,p.350,1996)
福田徹也・横田修一郎・岩松 暉(鹿児島大学・理学部) 和田卓也・正木英和(建設技術研究所)1.はじめに
2.シラス台地と斜面の地形・地質概要
測定は図−1に示すように鹿児島県中央部の十三塚原台地の開析斜面を対象とし,台地を開析する急斜面上に探査測線を設置した(図−2)。当台地は東西約6.5km,南北9kmで標高200m〜250mの定高性を持っている。また,広範囲にわたって茶畑として利用されている。
図−2
当台地は,東側に流下する河谷(西光寺川・嘉例川)と西側に流下する河谷(日木山川・崎森川)によって開析されており,このうち西光寺川の谷頭付近が今回の対象域である。この位置は図−2に示すように和田他2),3)が同様の電気探査を行った測線の約70m南方に相当する。
図−3(a),(b)に測線を含む西光寺川谷頭部の地質分布を示す。測線周辺の斜面付近にはシラス(入戸・妻屋火砕流堆積物の非溶結〜弱溶結部)が分布しているが,約400m下流の左岸には溶結凝灰岩(加久藤火砕流堆積物)やシルト岩(国分層群)が現れている。図−3(b)には測線に沿ってシラス台地上から西光寺川の谷底にいたる地形・地質断面図を示す。
図−3
斜面の表層はシラスであるが,上述の地質分布に基づけば斜面内部には溶結凝灰岩やシルト岩が存在していると推定される。なお,測線の一部は後述のようにシラス台地上に設置したが,ここではクロボクや降下火山灰・軽石などからなる層厚3m前後の火山灰質土壌がシラスを覆って分布している2),3)。
測線を設置した斜面は,その下端部の一部を除けば,現在ほぼ植生に覆われている。植生の樹齢に着目すれば,斜面下部から樹齢10年以下,20年〜30年,50年と区分できる(図−4)。このような樹齢の違いは過去の崩壊履歴を反映しているものと思われる4)。
図−4
3.電気探査の測線ならびに比抵抗測定の概要
電気探査の測線は総延長65mとし,そのうちシラス台地上に20mを,斜面上に45mを設置した(図−5)。その結果,比抵抗値の解析・表示は図−5に示すように斜面から内部に向かって20mまでが可能になった。 探査は降雨状況に合わせて無降雨時は6時間間隔,降雨時は3時間間隔で行った。また,現地に設置したC21400型チャンネル切替機により1回の探査で2,895組の測定を行い,これに並行して現地に設置した転倒枡型自動雨量計にて雨量の測定も行った。これらは全てC-645型パソコンによって制御されており,観測データはICカードに保存し,定期的に回収することにより長期にわたる観測が可能になった。比抵抗値の測定は2極法とウェンナー法により行ったが,今回の報告では2極法のものである。
図−5
4.比抵抗値の時間的変化と降雨量
本地域では5月の月間雨量が434mmであるのに対して,6月のそれは1,238mmで約3倍に達している。さらに6月中に日雨量が300mmを越えた日が6月3日(312mm)と6月25日(313mm)の2回あった(図−6)。以下では降雨量と対応させながら,その間の比抵抗値の変化について述べる。なお,比抵抗値はその時間的変化を表すため,図−7のように変化率で表現している。ここでは,6月3日の午前0時における比抵抗値を基準値とした。6月3日0時は約4日半無降雨が続いた後の状態であり,6月の一連の降雨の降り始めでもある(図−6参照)。
図−6
図−7
4-1 6月3日0:00〜6月4日0:00(図−8(a),(b))
降り始めから9時間後の6月3日9時になると表層部では比抵抗値は5〜10%まで低下してくる(図−8(a))。この低下領域は徐々に拡大し,24時間後の6月4日0時には表層から深さ5mに達している。このときに深さ2mまでは比抵抗値の低下は10〜25%に達している(図−8(b))。
4-2 6月4日0:00〜6月8日0:00(図−8(c))
降雨は6月4日の午前6時で一度終了し,その後6月8日の午前0時までの3日あまりは雨量は全く観測されなかった。6月8日0時(図−8(c)をみると,これを反映して10〜25%の低下領域はかなり縮小しているとともに,ごく表層部では基準値近くにまで回復していることが分かる。この回復領域は斜面下端部で顕著なようである。しかしながら,この間に5〜10%の領域はあまり変化していない。
4-3 6月8日0:00〜6月18日0:00(図−8(d),(e))
6月8日0時以降18日0時までは間は2〜3日おきに周期的な降雨があった。ただし,日雨量は最大でも50〜60mmであった。この間,5〜10%の低下領域はあまり変化が見られない。しかし,表層部,特に斜面下端部では10〜25%の低下領域は降雨状況に伴って拡大または縮小を繰り返している(図−8(d),(e))。
4-4 6月18日0:00〜6月25日0:00(図−8(f),(g),(h))
6月18日に148mmの日雨量を記録し,これによって6月19日0時には5〜10%,10〜25%の低下領域がそれぞれ大幅に拡大している。この日雨量は,6月3日の約半分であるにも関わらず,低下領域は6月3日のそれよりも深部へ到達している(図−8(f))。特に10〜25%の低下領域は斜面から深さ5m前後にまで及んでいる。6月19日0時から22日0時にかけては,計137mmの雨量を記録し,18日と同様に5〜10%・10〜25%の低下領域は拡大している(図−8(g))。
4-5 6月25日0:00〜6月30日0:00(図−8(i)(j))
6月25日0時から26日0時にかけて313mmの日雨量を記録し,5〜10%の低下領域は斜面内の解析・表示エリアのほぼ全域に拡大している。さらに表層の一部には25〜50%の低下領域も現れてきている(図−8(i))。
6月26日の0時以降になると30日の0時までの4日間は18mmの雨量しか記録しなかったが,ここでも斜面内部の低下領域の回復は斜面下端部のごく表層部を除いては,ほとんど見られなかった(図−8(j))。
図−8
5.比抵抗値の時間的変化
このように比抵抗値の低下領域は降雨に対応して拡大したり縮小したりしているが,斜面上から内部へ向かって低下領域が時間的にどのように変化しているのかをみるため,各変化率の領域の最大深度を調べた。
図−9
図−10(a),(b)は斜面に直交する方向への5〜10%・10〜25%のそれぞれの低下領域の最大深度をプロットしたものである(電極番号は図−9参照)。この図からこの期間での最大深度は降雨と共に一方向へ増大している。ただし,同じ斜面上でも場所によって低下領域の変化は微妙に異なっているようである。
図−10
6.降雨水の浸透実態(まとめ)
比抵抗値の変化が降雨の浸透実態を直接反映しているとは断言できないが,比抵抗値の低下がシラス中の間隙水の増大によるものとすれば,これは降雨の地下への浸透を表しているとみなすことができる。このことをふまえて比抵抗の時間的変化をもとにしたシラス斜面における降雨の浸透をまとめると以下のようになる。
(1)シラス斜面内部で降雨に伴う比抵抗値の低下が確認され,これは降雨の斜面内部への浸透を反映したものと考えられる。
(2)ただし,斜面内部でも降雨状況に対応して湿潤・乾燥状態が敏感に現れているのは深さ1〜2mまでの 斜面表層部に限られており,特にシラス本体が露出しているところでは顕著である。
(3)今回の1ヶ月あまりの期間内では,大局的には斜面内部では浸透領域が一方向に拡大するのみであり,これは,2〜3日程度晴天が続いても斜面内部では容易に乾燥状態に回復しないことを示している。
(4)斜面内部への降雨の浸透は大局的にみれば,斜面に沿って一様に浸透している。これは,シラス斜面でも表層部では斜面に沿って一様に劣化が進んでいるためかもしれない5)。
(5)本期間中では,斜面内部への降雨水の浸透は深さ20m近くまで確認された。これは月間雨量1,000mmを越える特異な期間であったからかもしれないが,梅雨時期の降雨の浸透を考える上で1つの参考になりうるであろう。
以上のようなことが今回確認されたが、今後はさらにデータを蓄積し、様々な降雨パターンでの浸透実態について考察し、より精度の高いデータの評価が必要であろう。さらに、比抵抗値の変化がどのような物理量の変化を意味するのかを明らかにすることが今後の課題であろう。
参考文献
(日本応用地質学会九州支部第11回研究発表会予稿集, pp.33-38, 1995)
福田徹也・横田修一郎・岩松 暉(鹿児島大・理)
1993年の記録的な集中豪雨によって南九州ではいたるところでシラス斜面が崩壊した.一般にシラス(後期更新世火砕流堆積物)の斜面崩壊ではごく表層が滑落するだけであり,崩積土量は意外に少ないことが知られている.しかし,今回,シラス台地を開析する河谷の一部では多量の土砂流出を生じた.鹿児島県思川流域の五反田地区はその代表例であり,ここでは上流からの多量の土砂流出で多くの人家や道路が埋没した.(日本地質学会第102年学術大会講演要旨,p.320, 1995)