2000年3月24日、鹿児島大学理学部地学科最後の卒業生を送り出しましたので、このホームページはこの日をもってフリーズしました。もう更新しません。悪しからず。
 なお、「かだいおうち」は日本における大学研究室ホームページの第1号です。歴史的遺産としてここにアーカイブしておきます。

地質論文の書き方


論文の構成|本文の書き方|文章表現|図・表・図版|卒論・進論の書き方|投稿原稿の書き方|参考文献
 地質調査の最終作業として調査報告書の作成がある。学生の場合には,進論や卒論など大学提出用の論文を書かなければならない。さらには,学術雑誌投稿用の研究論文を作成することもある。こうした科学論文は,文学作品と異なり,主観や独断が入ってはならず,読者に誤解を与えないよう,正確でかつ論理的に書かれていなければならない。自分は日本人だから日本語の論文くらい簡単に書ける,と思い込んでいる学生が多い。しかし,そうは問屋が卸さない。科学論文には一定のパターンがあり,文章表現や用語・記号など約束事もある。論文の内容は独創的なのが望ましいが,表現は独り善がりでは困る。要は読む人の身になって書くことである。平易で説得力のある文章が書けるよう,練習しなければならない。

1 論文の構成

 標準的なものとしては,次のような構成がある。
標題 Title
著者名 Author
序論 Introduction
本文 Text
方法 Methods
結果 Results
考察 Discussion
結論,総括 Conclusion or Summary
要旨(抄録) Abstract
謝辞 Acknowledgement
引用文献 References cited
付録 Appendix
図版 Plates
 以下,順を追って簡単に解説する。ただし,本文と付表・付図については別の節で述べる。

1.1 標題

 標題は論文の顔であり,読者の第一印象となるものである。索引誌や引用文献中で,読むべき論文か否かを判定する唯一の手がかりであるから,次のような条件を満たす必要がある。
(1) 論文の内容を正確に表現していること
 内容が単純な記載だけなのに鬼面人を驚かすような大上段にふりかぶった標題を付けるのは困る。また,実際より広範囲の主題を表わすような標題は付けるべきでない。反対に,「○○地域の地質」と簡単に付けて,実際は本文で重要な一般的理論を展開している例もある。これでは読者の興味をそそらず,多くの人に読んでもらえないから,どんなに独創的な理論を打ち建てても,あまり広まらない。
(2) 分類や索引の便宜を計ること
 別項「地質文献の探し方・利用の仕方」で述べたように,IRの機械化コンピュータ化が進んでいる。分類や検索が正しく行なわれるように,キーワードを入れておくとよい。研究目的・研究対象・調査地域または研究手段・調査方法などである。例えば,「○○地方の地質」より,「○○地方に分布する中新世××層の有孔虫層序」と具体的に書かれている方がよい。これならば,内容も正確に表現できるし,検索に際しても,「○○地方」「中新世」「××層」「有孔虫」のいずれからも探し出せる。また,その1,その2,……と続きもので論文を発表する例もある。ページ数制限でやむなく2分割する場合はともかく,漠然とした題目を付けて個々の研究を何でもその下にまとめるのは避け,それぞれはなるべく独立させた方がよい。ただし,具体的なテーマで相互に密接な関連のある場合は許される。しかし,その1だけ出て,その2以降が全然出ないというようなのはよくない。
(3) 簡潔であること
 上の(1),(2)と矛盾するようだが,簡潔さも重要な要素である。長々しい標題が,文献の記録上,整理上,引用上また記憶上どれだけやっかいなことか考えて,冗長な表現はやめて欲しい。

1.2 著者名

 大学に提出する卒論などでは,著者名が問題になることはない。学術雑誌に連名で書く場合,誰を筆頭者first authorにするか,研究指導者や協力者をどこまで加えるかで迷うことがある。原則は,その論文にキチンと責任を持ち,内容について質問にも答えられる人を著者にし,一番貢献した人を筆頭にする。封建的な学界では,内容になんら関与しなかったボス教授を筆頭者にする例があるが,このような政治的配慮は感心しない。しかし,学問はテーマの発想が大変重要な意味をもつから,調査や化学分析など具体的な作業をしなかったからといって,テーマ発想者を排除するのも誤りである。テーマを与え,研究方法から論文作成まで綿密に指導してくださった方は,当然共著者になり得る。反面,単なる実験補助者や副次的なデータの提供者は著者にしてはいけない。論文内容について議論出来ないような者は先の原則に反するからである。これらの人は謝辞の項で謝意を表しておくので十分である。

1.3 要旨(抄録・総括)

 ほとんどの雑誌が,日本語なら800字,欧語ならば500語程度の要旨の掲載を義務付けている。これは論文全体の要約であって,次節で述べる結論(考察の結論)とは異なる。このように著者自身が書く抄録を著者抄録author abstract, synopsisという。要旨は,標題を見て興味を引かれた読者が,本当に本文が自分の関心事とピッタリ一致しているかどうか,読む価値があるかどうかを判断する手がかりを与える。それゆえ,これ自体で完結した一個の論文のつもりで,必要最小限のことを要領よく盛り込まなければならない(ただし,箇条書はいけない)。以下,標準的な書き方について述べる(カナダ地質調査所による)。
(1) 論文の目的・性格・展望などについて述べる。ただし,標題の単なる繰り返しはいけない。結果や結論の記述および標題から自ずとわかるときは省略してもよい。
(2) 主題の取り扱い方(予察的・包括的・理論的など)を明示する。
(3) 研究方法(実験・野外)を述べる。新しい方法や技術・装置などを用いた場合は,その用法・性質・精度などについても触れる。
(4) 論文中の主要な論点や結果,重要な事実の記載を体系的に要領よくまとめて書く。
[必ず書くべきもの] 新しく確証されたデータ,新鉱物・新種の化石,新しい層序区分,新しく発見された分布,新理論,新しい解釈・評価,局部的な地層名の標準層序における位置付けなど。
[書いてはいけないもの] 本文にない他の情報,追加・訂正,引用文献,図表,詳細な記載,化石などの長々しいリストなど。
(5) 結論を簡潔にまとめ,もしも必要ならば従来の研究との比較を示す。結果の応用も単なる思いつきでない限り触れた方がよい。
(6) その他,あれば特記事項。
(7) 外国語の要旨を要求された場合は,語学的に誤りのない外国語で書く。外国語要旨のときは,面倒がって数行で済ませたり,逆に本文と大差のない長いものを書く人がいるが,好ましくない。外国人に読んでもらいたかったら,最初から外国語で書けばよい。

1.4 謝辞

 私情を排する学術論文に謝辞があるとはあまりに古風なと奇異に思われるかも知れないが,本当にお世話になった方々に感謝するのは当然のエチケットである。そればかりでなく,謝辞を見ることによって研究指導者がわかり,誰の校閲を経たかを知ることによって,その論文の程度がわかることもある。また,分析者や鑑定人がわかれば,その精度・信頼度がわかるという利点もある。それゆえ,たとえ上司や先輩であっても,その研究に直接関係のなかった人にゴマを擦って,謝辞を献じるのはいけない。一方,次のような人々は明記して謝辞を述べる必要がある。研究指導者(ただし,前述のようにその研究に深く係わった人は共著者にする),化学分析・計算・化石や鉱物の鑑定・写真撮影・製図などをしてくれた人,データや資料の提供者,社内データの公表を許可してくれた会社,研究過程とくに考察の段階で有益な助言をしてくれた人,原稿を読んで批判してくれた人,財政的な援助をしてくれた機関(科研費など),その他実際に研究に貢献した人。本文の引用では姓だけの呼びすてで,名前や肩書きを付けてはいけないが,謝辞ではフルネームで○○大学何野誰平教授(助手の場合は何野誰平博士)などと役職を付けて書くのが普通である。なお,謝辞の表現は,具体的にその論文についてお世話になった点を挙げ,謝意を表する。日本語でも外国語でも決まり文句があるから,真似をすると無難である。

1.5 引用文献

 論文を書く際には,他人の創意とその先取権priorityは尊重しなければならない。したがって,その論文に関係のある文献は必ず引用する必要がある。文献を無視するのは独善である。独善から独創は生まれない。地層名・断層名・背斜向斜名などは人によって定義の異なることがあるから,必ず誰の定義に従ったか明記する。内容が全く同じなのに新しく勝手な命名をするのはいけない。事実の記載でも,すでに他人が報告しているのに,あたかも今回自分が始めて発見したかのように書くのは慎まなければならない。知らなかったとすれば不勉強の暴露になってしまう。また,結論についても他人と一致した場合は,新しいこれこれの事実・証拠から誰それの結論を支持する,などとはっきり書く。なお,文献を引用する際は必ず原典に当たらなければならない。人の引用からの孫引きは厳禁である。古い文献で自分の大学にない場合でも,取り寄せて読む必要がある(別項「地質文献の探し方・利用の仕方」参照)。本文で文献を引用したら書誌事項をカードに取っておくと,論文の末尾に文献名を列挙するときに,欠落を防ぐことができるし,アルファベット順に並べ直すのも容易にできる。

 文献欄の書き方には次の3種類がある。

引用文献references (cited):本文中に直接引用したものに限る。
参考文献selected bibliography :上記にその地域やテーマに関する主要な文献を追加したもの。
文献目録bibliography:その地域やテーマに関する文献を細大漏らさず収録したもの
 最近の学会誌はページ数制限もあって,引用文献に止めるのが普通である。実際のリストの書き方は雑誌によって異なるから,その投稿規定に従わなければならない。アルファベット順に並べるのと,本文の引用順に番号を付けるのと2種類ある(そのページの脚注に書くのは最近あまり行なわれていない)。雑誌名の略号abbreviationは,その雑誌の指定したものか,"Bibliography and Index of Geology" のsource list に従う。一般的規則としては,single wordは略さない(ex. Earth) ,冠詞・前置詞・接続詞は取る,J.(Journal),Z.(Zeitschrift) を除いて原語がわかる程度の適当な長さにする,上部機関名は 不必要なら取る(地質調査所なら通産省工業技術院は取って単に地調でよい)などが挙げられる。省略用の特殊用語としては次のようなものがある。ibid., ibidem (同書に),idem(おなじ),op. cit.(前掲書中に,同じ本の別のページを引用してもよい),loc. cit. (前に引用された場所に,必ず同じページを引用する),ditto (同前),et al.(その他の人),また,--------で繰り返しを避け,上記と同一人物を表わすことも多い。引用文献が講演要旨などの場合は,演旨・要旨・Abstr.と付記する。卒論や社内資料などの場合は,手記・MS, ms. などと付記しその所在を明記する。未公刊の場合は,印刷中in press,準備中in preparationと書く。引用文献の言語についても,末尾に in Japanese with English abstract, in Russ.などと明示する。単行本を引用するときには,版数・書店名・所在地・総ページ数を書く。論文集の場合は編者も書く。

1.6 付録

 本文中に入れると煩わしい数式の厳密な数学的取り扱いや証明,あるいは試料や機械装置の説明,膨大な化石リストなどを別記して,本文をすっきりさせると同時に読者の参考に供する。

2 本文の書き方

 長さの制限された雑誌論文と無制限に長く書いてよい卒論類とでは,書き方も自ずと異なる。また,研究論文と報告書とでも異なるが,科学論文である以上基本は変わらない。つまり,読者に知ってもらいたいことをわかりやすく正確に書くことである。

2.1 起承転結

 いきなり結論から始まったのでは,読者にその内容が理解されにくく,独断的印象を与える。やはり,物事は筋道立てて説かなければならない。それゆえ,本文を幾つかの章に分けて起承転結をはっきりさせた方が理解されやすい。章別構成をどうするか,地質論文の例を幾つか見てみよう。

(1) 地質調査所の地域地質研究報告

Ⅰ.地形
Ⅱ.地質
1.地質概説 2.古生界 3.中生界 4.第三系 5.第四系 6.火成岩類 7.地質構造
Ⅲ.応用地質
1.概説 2.金属鉱床 3.非金属鉱床 4.災害
(2) ある研究論文
Introduction
Method
Application
Conclusions
(3) ある研究論文(記載)
Ⅰ.緒論
1.当地域の地質学的位置 2.研究史 3.問題の設定
Ⅱ.研究の実施
Ⅲ.研究結果の記載
1.地質構造と分布の概要 2.地層と諸岩類 3.地質構造
Ⅳ.結論
(4) ある研究論文(実験)
Introduction
Apparatus and Procedures
Experimental Results
Discussion
Conclusions
(5) 応用地質関係の報告書(官庁の地盤調査)
Ⅰ.調査の概要と成果の要約
1.調査の目的および経過 2.調査地域の概況 3.調査の計画と実施 4.調査地域の地形と地質 5.調査地域の土質 6.地盤の特性と基礎工法
Ⅱ.調査計画および方法
1.調査対象地域 2.調査計画 3.調査方法
Ⅲ.調査地域の地形と地質
1.地形 2.地質
Ⅳ.調査地域の土質
1.土質調査結果 2.土質試験結果
Ⅴ.地盤の特性と基礎の施工
1.地盤の支持力 2.地盤の圧縮性 3.砂の流動化現象について 4.基礎の施工法
 以上それぞれのテーマによって多少異なっているとはいえ,いずれも起承転結をキチンと踏まえていることがわかる。以下,順を追って述べる。

2.2 序論

 文字通り本論への導入であるから,本文中で書くのが最も難しい。それゆえ,記載事項など機械的に書けるものから先に書いて,序論は一番最後に考察を書く段階で並行して書くと割合書きやすい。序論は,普通,次のような項目から構成される。
(1) 研究史 Previous work, Historical review
 その論文で取り上げるテーマの歴史的概観と従来の研究backgroundを明らかにする。特に何が既にわかっており何がまだわかっていないかを明示する。読者はこれによって系統的な発展の中でその論文を捉えることができる。従来の研究を引用するに際しては,単に文献を羅列するのではなく,学問発展の道筋がたどれるよう簡単な解説を付けるか,それ以前の研究に比べて一歩前進した点を指摘する。たくさんある場合には,全部に一々要約を付けず,似たような同じ系統の研究を一つのグループにまとめて解説し,文献は括弧内に列記するに留める。 なお,文献引用の際,そのテーマに関する重要な論文は落ちがないように気を付ける。特に先取権については誤りのないよう注意する。また,自分と対立する学説あるいは他の学派の人々の研究を故意に無視したり,引用したとしてもその全体像を正しく評価せず歪曲して紹介したり,ことさら小さな欠点を誇張したりするのはよくない。
(2) 研究目的と論文の取り扱う範囲 Purpose and scope
 研究史の中でその研究の発展方向やまだ不明な点を明らかにしたら,次に,それとの関連で研究に着手した動機を述べる。動機を知ることは事柄の理解に役立つものである。研究の目的は標題に書くのが普通であるが,標題では短すぎて概略しかわからないから,少し詳しく述べ本論への導入とする。また,その研究で何を取り扱ったか,どのような範囲で仕事をしたか,明確に示す必要がある。こうした序論の中で著者がどのような立場からこの問題にアプローチしようとしているか(具体的方法については“方法”の章で述べる),さらには地質学に対する著者の考え方philosophyをさりげなく示すことができれば理想的である。ただし,主題から離れて抽象的な大演説をぶつのは良くない。
(3) その地域の地質学的位置 Geological setting
 地質の記載が目的の論文では,序論に入れず地質概説のところで述べるのが普通である。地質層序が主題でない論文では,ここでその対象とした地域が地質学的にどのような位置にあるのかを解説し,本論を理解してもらう一助とする。地質学的位置とは,単なる地理上の位置ではなく,地質構造区や堆積盆地の中で占める位置あるいは構造発達史の中での位置付けなどを指す。さらに,このような地質学的背景に止どまらず,その地域の地形・地質概説を述べることも多い。ただし,地形は本論との関連において論じ,触れる必然性がなかったら省略する。実験材料の簡単な記載を行なうこともある。なお,昔の論文では地理上の位置と交通について必ず述べたものだが,最近では省くのが普通である。

2.3 方法

 研究目的を遂行するためになされた観測・測定・実験・計算・理論的解析・仮説やモデルの設定などを述べる。もちろん,研究に使用された材料や試料,装置や実験条件などもこれに入る。
 地質の論文,特に層序の記載論文では,省かれることが多い。何日間山を歩いたというたぐいの苦労話は書かないのが当然であるが,本論に直接重大な影響を与える事項は必ず触れなければならない。サンプリングの方法,測定の際の統計学的考慮,調査の精度などである。
 方法の章は,試料・装置・実験条件あるいは前提(モデル)・(適用した)理論・演算などと小見出しを付けて分けて書かれることもある。

2.4 結果

 次に,上述の方法で研究した結果やデータを記載する。なるべく主観を混じえず,あくまでも事実に忠実に正確に書かなければならない。自説に都合のよいデータだけを並べ,具合の悪い事実を隠したりするのは最もいけない。理論やモデルはその後の学問の発展によって変わることがあり,それに伴って考察で述べた解釈や説明が間違っていたということになっても,事実そのものは半永久的に価値が残るからである。また,現在の理論ではどうしても説明つかない事実にぶつかったことが,それを包括する新しい理論へ導くきっかけになることもある。それゆえ,他人が利用でき追試が可能なように,整然と客観的定量的に書かなければならない。事実と推論とをはっきり区別して書くことが大切である。また,術語の定義があいまいなまま使うのもよくない。用法が混乱している術語はなるべく避けた方が無難であるが,使う場合は誰の定義に従ったのかはっきりさせる必要がある。なお,単位は国際単位系(SI単位)を用いること。地質学でよく出てくる例では,Ma(百万年),MPa(10kg/c㎡) などなじみの薄いものもあるから,早く慣れるように。

2.5 記載

 地質の記載論文では,前述したように,方法の章を省き結果に相当する章として記載description という見出しを使うことが多い。
(1) 地質概説 General statement
 まず,その地域の地体構造区分における位置を述べ,次に,その地域に分布発達する主な地質構成員を年代順に古い方から概説する。地質時代・地層名・層厚・岩相あるいは火成活動・構造運動などをまとめた地質総括表や総合模式柱状図を付けると分かりやすい。また,各地層や岩体相互の接触関係(不整合・貫入など)については必ず触れなければならない。このような大まかな層序の説明の後,その地域の大構造について述べるのが普通である。
(2) 地質各論 Description of formations
 古いものから新しいものへ順に記載する。堆積岩と火山岩を先に説明して,後に貫入岩を一括して記載することもある。
 各層の記載に際しては,なるべく同一の形式で書いた方がよい。不必要な繰り返しを避けたり,記載漏れを防いだりできるだけでなく,読者にとっても読みやすいからである。また,地質図・断面図はもとより,柱状図・層序表・対比表・スケッチ・写真など図表をなるべく多く付け,理解の助けにするとよい。ただし,「図に語らせる」のは大変よいことであるが,「図から明らか」と文章での記載を省くのはよくない。目で見れば一目瞭然のことでも,文章で記載するのは大変難しいものである。最初は地質調査所の地域地質研究報告など,標準的な記載論文の真似をするとよい(英文ならUSGSの図幅など)。記載すべき事項は地層の種類によって異なるが,一般的には以下の事項には必ず触れる必要がある。
i) 地層名の由来・定義,新しく命名する場合は模式地
ii) 地層の分布・層厚,その他
iii)岩相(肉眼的記載と岩石学的性状・顕微鏡観察)およびその水平変化
iv) 内部構造と外部構造(他の地層・岩体との接触関係)
v) 変成・変質
vi) 含有化石とその産状
vii)対比と地質時代
(3) 地質構造 Geological structure
 地質の記載論文でいう地質構造とは,普通,地質図オーダーの断層や褶曲を指し,劈開・微褶曲・礫の変形など微小構造は前項のiv) で簡単に触れられる程度で済まされる。節理については無視されることが多い。
 簡単にまとめると次のようになる。断層の場合は,その種類(正断層か逆断層か),一般方向と傾斜,落差(水平ずれ断層ではその量),運動の時期,他の断層系との新旧関係などについて記載する。褶曲では,背斜向斜の別,褶曲軸の方向とプランジおよびその長さ(軸長),軸面の傾き,波長と振幅,褶曲波面の姿勢,形態的分類と成因的分類,形成時期などが挙げられる。

2.6 考察

 結果あるいは記載の解釈,またはそれから導き出せる一般的な法則性などを論じる章である。実験や化学分析の論文なら,一般的法則性だけでなく,その地質学的意義geological implicationに論及するのが普通である。層序学の論文では,古環境や地質構造発達史を論じるものが多い。いずれにせよ序論で述べた研究目的との関連を明確にし,結果の章で述べた事実からの論理的帰結を中心に記述する。あまり憶測をたくましくした想像は書かない方がよい。論理の飛躍は禁物である。まして,「…と信じる」とか「私はこう思いたい」などという文句は科学論文にふさわしくない。予断と偏見によって事実を解釈したり,既成の理論や学説に事実をむりやりあてはめたりするのは正しくない。
 また,他の学説との比較検討などもここで論じる。このときも事実と論理に基づいて自説の優位を主張し他を批判する。派閥的対抗意識まるだしの非論理的罵倒はよくない。批判は,相手に反論できるよう根拠を明示して行なわなければならない。悪罵や一方的決めつけでは反論のしようがない。
 最後に結果の応用があれば触れる。単に工学的応用ばかりでなく,その理論の他の事実への適用であってもよい。

2.7 結論

 考察と結論を一緒に書く人もいるが,普通は独立して書かれる。総括summaryとして,その研究で得られた新事実や新しい理論,そこから直接導き出された事項などを列挙することも多い。結論conclusionの場合は,考察のまとめを書き,その他この研究の問題点あるいは残された課題,今後の研究方向などに論及するのが普通である。

3 文章表現

 最近の学生は文章がおそろしく下手である。試験の答案やレポートなど読むに耐えない。ラブレターを書かなくなったせいか,週刊誌しか読まなくなったせいか。ボデーランゲージも結構だが,たまには古めかしく“恋文”でも書いたらどうか,などと中年のひがみも込めてにくまれ口をたたいている昨今である。そこで最近の卒論などでお目にかかる実例を挙げながら注意点を述べてみたい。英語論文については別に7節で述べる。

3.1 何よりもまともな日本語を

(1) 誤字・かなづかい
 ともかく誤字やかなづかいの誤りが多すぎる。地質学用語ですら正確に書けない人がいる。露頭が「路頭」では本当に迷ってしまう。清書を人に頼んだのか,「地穀」「中世代」「第三期層」「第4紀」などもしばしば見かける。地学辞典と用字用語辞典・常用漢字表くらいは座右に置いて,こまめに引く習慣を身に付けて欲しい。送り仮名はなるべく昭和56年内閣告示の本則に従うこと。代名詞・接続詞・副詞は音訓表にあるもの以外は仮名にする。今の学生は当用漢字で育ったはずだから早く常用漢字に慣れるよう努力する必要がある。また,地層の「 」の字など地質屋以外に使わない略字や「仂く」のような中国式略字は正式な文書に使ってはいけない。また,最近はワープロを使う人が増えたため,誤字が減った代りに,変換ミスが多くなった。「上のほうでは」が「上野方では」になる類である。
(2) 主語と述語の対応
 句読点が少なく長文が多い。…し,…し,と中止法で三つも四つも続け,最初の主語と最後の述語が対応していない例はそれこそゴマンとある。このような文をねじれ文という。短文を並べる方が歯切れもよくわかりやすい。主語がなく文意がどのようにでも取れるものも多い。こうした文章は読者に不親切であるばかりでなく,誤解を与えてしまう。読み通してもらえないこともある。
(3) 口語文と翻訳調
 「モノクリ=同斜構造」「conglo=礫岩」「貫き=貫入岩体」「もめている=破砕している」など,仲間同士の会話そのままの文章も多い。さすがに「ですます」調の文章は見かけないが,逆に科学論文だからと改まりすぎて,生硬な翻訳調になっている。「であるところの」「しつつある」などを連発すると日本語としてはおかしい。受動態を多用するのも日本語らしくない。
(4) 日本語と英語の混用
 先のcongloのような省略形は論外だが,英語の術語をそのまま和文中に挿入したり(それも大抵つづりが間違っている),カナ書きしたりする例も多い。また,術語の略号をそのまま文章中に使う例もある。Opx (斜方輝石)Ss(砂岩)などである。なるべく正式な日本語訳を用い,どうしても適当な訳語がない場合だけカナ書きにする。なお,生物の学名や外国人名は原語のままでよい。しかし,「ダーウインの進化論」「パリ盆地」など有名な人名・地名はカナ書きにする(この場合でも文献として引用するなら,Darwin,C.,1846などと原語にする)。
(5) 同じ言葉の繰り返し
 次の文は,3年生の野外実習レポートの一節である。
「ここでみられたのは,グラニュールからcoarse sand 又はfine sand の間で,サイクルをくり返しており,それは,グラニュールから除々(徐々の誤り)に細粒化して行き,再び,突然グラニュールサイズになり,くり返している。」
 上記(1)~(4)がすべて入っている悪文の代表であるが,繰り返しも多く読みづらい。このような同一語の繰り返しだけでなく,「grading した級化砂岩層」のような「馬から落馬」式の意味上の重複も多く見かける。

3.2 論理的な文章を

(1) あいまいな表現
 次のような主観的文学的表現は不可である。
  ▲美しい細互層→何と何の互層か,互層は砂岩泥岩互層とは限らない。各単層の層厚は? 美醜は主観の問題。
  ▲巨大な礫→礫径を明記する。数mも巨大だし数十mも巨大だ。
  ▲大きな背斜→波長・振幅・軸長などを記載する。
  ▲もめている→破砕のされ方にもいろいろある。
また,修飾語がどれに係るかはっきりしない文章も多い。
(2) 論理的なものの考え方
 フィーリング世代の学生はどうも論理的な思考が苦手らしい。議論に飛躍が多く,自分だけわかっているような文章によくお目にかかる。異質岩片を含む地層=メランジュ=サブダクションといった短絡思考もその例である。一方,あまり本質的でないことをゴタゴタ書き並べて,何を言いたいのかさっぱりわからないというのも多い。
(3) 正確な記載
 論拠となる事実は客観的定量的に必要十分な記載を行なわなければならない。岩質の記載は色と粒径だけという例はあいかわらずある。露頭観察の不十分さに起因するのが大部分と言ってよい。
(4) 事実と解釈
 「砂岩レンズを取り巻くように泥質岩が流動しており,未固結時に海底地すべりが起きたことを示している。」などと,事実と解釈をゴッチャにして書く例も多い。砂岩がレンズ状になるのは,ブーディンやレンズ褶曲あるいは広域変成作用などいろいろな原因がある。未固結時の地すべりだと主張するためには,もっと多くの証拠が必要である。また,「流動している」というのも解釈を含んでいる。記載の章を書くときには,なるべく解釈を含んだ用語は使わない方がよい。あるいは,純記載的な意味で用いると断わって使う。

3.3 文章作成のコツ

 私も文章が下手だから大きなことは言えないが,練習すれば結構上達するものである。体験的文章作成法を順を追って解説する。
(1) 豊富なデータが前提
 論文作成のコツを云々する前にまず豊富なデータを集めなければならない。中身が貧弱で良い論文が書けるわけがない。
(2) 第一次草稿
 次に,別項「地表踏査」で述べたように,記載やアイディアのメモをフィールドなどで常日頃から取っておく。これらをもとに,まず記載の章から一気に書き流していく。始めから流暢な文章など書けるわけがないのだから,文体など気にせずどんどん書き進める。用紙は正式な原稿用紙でなくとも普通のノートを1行おきに使えばよい。どこかで行き詰まったら無理せず別のところを書く。序論から書き始めるとなかなか筆が進まなくなるから後の方に回わす。
(3) 文章のカンナかけ
 こうしてでき上がった第一次草稿をまず音読してみて,つっかえたところを手直しする。このようなムダなところ削り,わかりにくいところを改めていく作業を,ジャーナリストの内藤国夫氏は文章のカンナかけと称しておられる。徹底的に自分の文章を痛めつけるのが平易な文章を書くコツとのこと。
(4) 人に読んでもらう
 自分では仕事の内容があまりにもわかりすぎていて,文章表現の不十分さになかなか気が付かないものである。そこで,第二次原稿ができ上がったら,指導教官や友人に読んでもらい,批評してもらうとよい。専攻の異なる人に意見を聞くのも大いに参考になる。
(5) 完全原稿の作成
 批判は快く受け入れて書き直す。引用の仕方など投稿規定通りかどうかチェックしてから,最後に原稿用紙に清書する。誤りのないこと,楷書できれいに書くことが,誤植を少なくする道である。手記のまま永久保存される卒論類はなおさらきれいに書かなければならない。

4 図・表・図版

 図ができたら論文の8割はでき上がったと言ってよい。理論科学と異なり,地質学では図は研究の内容そのものだからである。文献を選択するときでも,要旨と図表を見ればほとんどその内容がわかる。それだけ図表は重要である。文章で説明してもなかなかわかりにくいことが,図や写真では一目瞭然ということもある。それゆえ,論文にはなるべく多く図・表を付け,「図に語らせ」た方がよい。また,文章にすると非常に長くなって,論文の本筋がぼけてしまうような場合は,別に表にして付けると,本文がすっきりしてわかりやすくなる。地質各論で各層の細かな記載をする場合,層序表や地質総括表を付けると,全体像がつかみやすくなる。大いに図や表を活用して欲しい。
 図・表は雑誌論文では次の3種類に分けられる。
図 Figure…本文中または折り込みで入れる黒色図および写真
表 Table …本文中または折り込みで入れる表
図版Plate …アート紙を使用する写真
 地質図幅や卒論など未公表論文(手記)では,付図・付表として巻末のポケットに入れる大型のものもある。この場合は着色してあるのが普通である。卒論付図のように原寸のままのときは特に問題はないので,ここでは雑誌論文の場合を例にとって説明する。

4.1 図

(1) 用紙とインク
 用紙は印刷用の上質紙ではなく製図専用紙を用いる。ケント紙・アート紙・コート紙・アートポスト紙・厚手のトレーシングペーパー・マイラー・清打用紙などである。方眼紙は淡青色のトレーシングペーパーなら写真に写らないので使ってもよいが,セピア色のものは不可である。
 インクは必ず製図用黒インクを用いる。水性インクやサインペンは不可である。ペンはレタリングペン(ロットリング,マルスなど)があれば申し分ないが,丸ペンでもよい。しかし,何といっても昔ながらのカラス口が一番よい。レタリングペンは紙の上を滑るだけだが,カラス口は,紙に溝を作りそこにインクを流し込む機構だから,インクが紙にめり込んで墨の濃度まで加減することができるからである。ただ,カラス口の研ぎ方などかなり技術を要する。
 どの用紙とペンとの組み合わせが一番きれいに仕上がるかルーペで確かめてみるとよい。
(2) 製図と縮尺
 なるべくフリーハンドは避け,直線部はもちろん定規を用い,曲線部でも雲型定規か自在定規を用いる。地質図の地層境界線のように非常に複雑でやむをえずフリーハンドで描かなければならないときは,大きな図を描いて印刷の際縮小してもらうとよい。縮めると,多少の線のふらつきは目立たなくなるから である。縮図する場合は,その縮尺に応じて線の太さ,文字の大さと太さ,模様の大きさと線の間隔などを変えなければならない。縮小率が1/4以下だとあまり細い線はとんでしまってわからなくなるし,平行線の間隔をあまり細かくすると,全体として黒っぽく見えてしまう。原図で線や文字がやや太目大き目に感じられるようで,縮図するとちょうどよくなる。縮小コピーで確かめてみるとよい。ただし,写真製版はコピーよりシャープでやや細めに出る。また,写真では縮小率に応じて墨の濃度も薄くなるから,かなり太目に書いたのに見にくいこともある。これはレタリングペンで書いたからで,カラス口では このようなことはない。
 グラフはコンピュータのハードコピーやX-Yプロッターで描いたものでよい。
(3) 文字
 漢字は,楷書でキチンと書くか,ワープロの清刷りを貼り付ける。薄く鉛筆で書いておいて活字を組んでもらうこともある(これをやってくれない雑誌もあるから要注意)。英字や数字の場合は,市販の型板stencil を用いてレタリングペンで書くか,カーボンリボンでタイプライトした紙を貼り付ける。タイプのときはゴシック体の大文字がよい。その他,写し絵式のインスタントレタリングや切って貼るスクリーントーンも市販している。高価なものではテプラのようないろいろな文字がキーを押すだけできれいに書けるマイコン制御のCADがある。
 なお,一枚の図で文字の方向が不ぞろいなのは大変見苦しい。地質図の中で河川や断層・褶曲軸などに沿ってその名称を書く以外は,水平か垂直方向にそろえる。トレーシングペーパーの下敷きに方眼紙を用いると,文字をまっすぐに書くのに都合がよい。縮図する場合,縮小した文字の大きさが本文の活字と比べてあまり不自然に感じられないよう配慮する。著しく大きかったり小さかったりすると大変見苦しい。
(4) 地質図の模様・記号など
 地質図などの模様はなるべく慣習に従う(砂岩の砂目,石灰岩のレンガ,花崗岩の+,火山岩のVなどなど)。ペンで描いてもよいが,慎重の上にも慎重にやらないと九仞の功を一簣にかくことがある。無数の平行線を引く場合,一本でも間隔を誤ると,そこだけ白く目立つものである。そこで,いろいろな模様のスクリーントーンが売り出されている。最近は模様の種類も多くなり,地質図に使えるものが増えてきた。スクリーントーンを使う場合,最初に線や文字などを全部書いてから,はじめて作業を開始する。まず,目的の図面の上に適当な模様のスクリーントーンを載せ,数箇所擦って仮に圧着する。次にトーンナイフを用いて輪郭を切り抜き,最後に全面を擦って圧着させる。この時,中心部から外側に向かって空気を追い出すようにしながら擦っていく。トーンナイフは紙一枚だけ切れるようになっているが,普通のナイフを使う場合は下の図面まで切り抜かないよう注意する。
 同じ間隔の平行線を縦・横・斜めに用いて地層を区別することがあるが,多用すると大変見づらくなり,一目でわからなくなる。なるべくそれぞれの地層が区別でき,かつ,同一層群同一年代のものは一つのグループとして識別できるように心がける。岩相まで区別できれば一番よい。断面図に斜線を用いると傾斜不整合のように見え,好ましくない。その時は地層面に平行に描く。地質図の場合も,走向線に平行な模様を使えば,地質構造が読み取りやすい(ただし,スクリーントーンは使えない)。
 なお,当然のことではあるが,地質図には方位・スケール・凡例・必要ならば位置図index map を添えなければならない。最後に,図の四方を直線で囲って枠を付けると,図が引き締まってみやすくなる,と主張する人もいる。
(5) 修正
 各種の修正液や修正テープなど便利な道具が工夫されている。それぞれの特徴を生かしてうまく利用するとよい。修正技術は破線の製図にも応用できる。等間隔のきれいな破線を描くのはなかなか難しいから,まず実線を引いておいて,等間隔に修正液で消していけばよい。
(6) 説明文
 図の説明文caption は簡潔に要領よく書く。本文が日本語の場合でも,要旨と図の説明だけは欧文で書くことがある。これで外国人にも大体の内容がつかめるからである。なお,他人の図やグラフを引用するときは,必ずその旨明記する。自分のデータで修正加筆した場合もその旨書き添える。

4.2 表

 前述の地質総括表や層序表ばかりでなく,産出化石や鉱物のリスト,実験結果や化学分析の結果の一覧表などいろいろある。最近はなるべく図やグラフにして膨大な表を付けない傾向にあるが,卒論などのページ数制限のない手記では,生のデータを表にして付けた方が親切と思う。特に実験結果や分析結果は,たとえ図やグラフにしてあっても,表にして数値で与えられていれば大変便利である。小さなグラフから数値を読み取るのは,誤差が大きくて精密な議論には使えないからである。それゆえ,表は誤りがあると大変なので,写し間違いや誤植がないように気を付けなければならない。手書き原稿なら,aとd,bとf,eとl,rとγ,αと2,0と6,zと2,1と7,7と9など筆記体でまぎらわしい字は特に気をつけてていねいに書く。最近の雑誌は表も凸版にして活字を組んでくれないから,ミスタイプがないよう細心の注意を払ってタイプライトし,レーザープリンターなど印字のきれいなプリンターで印刷する。
 表はなるべくすっきりまとめるよう心がけ,備考などは*印を付けて欄外の脚注に回す。太い外枠特に両脇の枠は書かないのが最近の傾向である。

4.3 写真

 写真はなるべくコントラストのはっきりしたピントのよいものを選ぶ。そのためには,露頭写真の場合,天気がよく光線の当たり具合のよい時刻を選んで撮影する。沢底の暗い露頭ではストロボを用いる。もちろん,スケールは一緒に写し込む。カメラはなるべくフィルムサイズの大きなもの(できればブロニーサイズ)がよく,フィルムは超微粒子のものがよい。ネガカラーから白黒印画を焼くのはあまり出来がよくない。スライドから作った白黒印画はかなりよい。
 化石や岩石の標本をを撮影する場合は,光線ムラのないように照明に気を付け,濃い影ができないようにする。研磨面を撮るときは,ハレーションが起きないよう気を付ける(偏光フィルターを使用するとよい)。顕微鏡写真の場合は,専用の撮影装置(たとえばライツ社のパンフォトなど)を使用した方が上手に撮れるが,手持ちの35㎜カメラにアダプターを付けても撮れる。低倍率のときはピントが合わせにくいから,ピンボケにならないよう十分注意する。なお,同じ倍率でマイクロメーターを撮影しておくと長さを知るのに便利である。卒論などに貼付する場合は,変色しないよう十分水洗しておく。
 露頭や顕微鏡で実物を見たとき,はっきりと区別できたものでも,白黒印画ではよく識別できないことが多い。そこでできれば写真と同じサイズのスケッチを付けて,それに記号で岩石名や鉱物名を示したり,不整合面や断層面を指示したりして,写真と対照できるようにするとよい。あるいは,写真の上に直接専用マーカーで記号や境界線を記入することもある(ネガの上に製図用黒インクで記入することもある)。また,スケールも当然記入しておかなければならない。
 雑誌論文の図版は普通1ページに2枚ないし6枚写真が入っている。それらのコントラストが同一でないとアミ掛けをするのに大変困る。やむなく中間的なアミを掛けると,ツブレ目とネムイ目ができて見にくくなる。別々に適切なアミを掛けると仕上がりはきれいになるがコストが何倍もかさむ。特に顕微鏡写真は同一のハイライトが得られるよう十分気を付けて欲しい。

5 卒論・進論の書き方

 卒論や進論は東大など一部を除いて和文で提出できる。欧文要旨を義務付ける大学もある。和文の場合は何よりも読みやすい日本語らしい日本語を書いて欲しい。手書きのときは,下手でもよいからていねいな楷書で書くこと。欧文の場合は,名文でなくとも語学的に難のないものが要求される。

5.1 卒業論文

 卒論は基本的には今まで述べてきた一般の地質論文と何ら変わらない。したがって,前節の基本通りに書けばよい。卒論は指導教官に与えられたテーマを与えられた方法で行なうものではあるが,できれば独創を発揮してオリジナリティーのある研究をして欲しい。しかし,何といっても卒論は新しい理論の樹立よりも記載が重要視される。ページ数はいくらでも増やしてよいのだから,この目で見た通りに,正確にかつ詳細に記載しなければならない。たとえ相互に矛盾する事実であっても,それが事実ならば記載する。現在の理論では矛盾することであっても,将来それらを統一的に説明できる理論が生み出せるかも知れないからである。今,都合の悪い事実を切り捨ててしまえば,将来の発展が閉ざされてしまう。地質調査の際,卒論がよく利用されるのは,忠実に事実が記載されているからである。それゆえ,地質図は必ず等高線地形図に記入した原図を提出し,地形の入っていない雑誌投稿用の製図した地質図で代用してはならない。また,測定した走向傾斜は全て記入しておく。1㎝も間があれば1個のマークは記入できる。密に走向傾斜が入っていると,実際に歩いたルートがわかり,どの部分のデータが信用がおけるか判断できる。その上,地質図上にこの目で見た確実なところだけを濃く彩色しておくと親切である。走向傾斜がまばらで同じ濃さに塗った地質図は調査精度がわからず,あまり役に立たない。
 さらに,本文に記載した露頭や化石・岩石の採取地を示す位置図も付けるとよい。他の人々の追試が可能になるからである。標本や薄片の提出を義務付けている大学では,もちろん,その採取位置図も必ず添える。ともかく生のデータを埋もれさせることなく,整理して提出して欲しい。
 なお,卒論は所属教室の図書室に製本して永久保存されるから,退色するものは不可である。青焼きはいずれ消えてしまうし,色鉛筆での彩色も時が経つと区別しにくくなる。色と模様を併用するとよい。また,付図を折り込む場合は,製本の際裁断されないよう小さく折り畳む。その他具体的な執筆要領は各大学ごとの卒論作成要綱に従うこと。

5.2 進級論文

 進論は3年から4年に進級するに当たって提出する論文である。一昔前は丸1年間かけて調査研究して書いたものだが,学問内容が年々広く深くなるに従って,講義・実験などの比重が高まったため,実質的には縮小されている。普通,3年の夏休みに行なわれる野外調査の結果を,秋にレポートとしてまとめて提出する。進論制度を採っていない大学も多いが,期間の長短の差はあっても,野外実習など他の名称で同様の実習が行なわれている。
 進論の主眼は地質調査法のトレーニングにあり,卒論のようにあるテーマを究明するためにやるわけではない。そのため,調査地域も岩石種や地質時代にバラエティーに富み,比較的構造の単純なところが選ばれる。まだ岩石学・古生物学などの講義が終了していないことから,化石の鑑定や岩石の顕微鏡観察は義務付けられていないところが多い。したがって,レポートの内容は野外における肉眼観察の記載が主となる。もちろん,地質図・断面図・柱状図・ルートマップなどは付ける。

6 投稿原稿の書き方

6.1 投稿規定および原稿用紙

 雑誌によって投稿規定が異なるから注意を要する。特に引用の仕方や制限ページ数などが著しく違うから,投稿規定を熟読する必要がある。投稿する雑誌が決まったら,まず学会事務局宛て投稿原稿整理カードを請求する。学会によっては25×16字詰めなど特別の原稿用紙を用いるところもあるから,その時は同時に専用原稿用紙も請求する。普通は市販の 400字詰め原稿用紙でよい。ワープロ印字を認める学会もある。この場合,白紙にベタ打ちでもよいかどうか問い合わせる。外国語の場合はA4版タイプ用紙にダブルスペースでタイプライトする。パイカ体(10ピッチ)だけでエリート体(12ピッチ)を認めないところもあるから,事前に確かめること。また,フロッピーを要求する学会も増えてきた。この場合は,MS-DOSのテキストファイルにしておくことが無難である。

6.2 原稿

 文章は常用漢字・現代かなづかい・アラビア数字を用いる。書体はキチンとした楷書でなければならない。文中に外国語を挟むのは生物の学名や固有名詞以外は避ける。句読点・引用符などの記号は1字と数えるが,英字と数字は1マス2字とする。英字はタイプした紙を貼り付けてもよい。文頭は1字空ける,句読点やハイフン・括弧閉じなどが左端にくるときは前行右端欄外に回すなど,通常の規則は守る。字体の指定は出版学会校正便覧に従って自分で行なう。図を入れる場所は,原稿用紙欄外に「この付近に第○図」と朱記して示す。原稿が読みやすく各種指示もキチンとしてあると,植字ミスがかなり防げるので,著者校が大変楽になる。原稿は3回以上読み返す習慣を付ける。第一校で大幅に文章を直す人もいるが,折角活字を拾ってくれた印刷屋さんに失礼であるばかりでなく,追加料金を取られる。この追加料金は別刷り代に加算されて著者に請求されることもあるからくれぐれもご注意を。

6.3 図・表

 小さな図は白ボール紙に四隅をセロハンテープで貼る。糊でベッタリ貼ると,デコボコになって凸版がうまくできない。さらに,その上にトレーシングペーパーのカバーを付ける(ボール紙の一辺に糊付けして折り返す)。そのトレーシングペーパーに氏名と図の番号を記入する(左図)。印刷時の図の縮小率は何分の1あるいは○○㎝×○○㎝と明記する。この縮小率を計算するのは面倒だし,大きさがピンとこないので,図のように原図の外枠をなぞってトレーシングペーパー上に長方形を描き,その対角線を利用して,相似の長方形を図示するとよい。これが印刷時の図の大きさを示している。印刷された図の 大きさはなるべく横幅がページの横の長さと等しいかその半分にするとよい。それより狭いと見にくいし,広いと文章の部分が幅狭くなってみっともない。大きな図の場合は,原図を描いた部分からなるべく離れた欄外に氏名・図の番号・縮小率などを記入して紙筒に入れて送る。この時文字は青色で書くと,製版の際写らないから安全である。大きな図であまり縮小できない場合は,折り込みにする手もあるが,費用がかかるから,なるべく縦幅はページの縦の長さ以内にする。

6.4 図版

 図版は,印刷面1ページにちょうど収まるよう,縦横比を調節して写真を配置し,白ボール紙の台紙に貼る。化石標本の場合は,化石の形通りに切り抜いて並べ,黒台紙に貼る。写真番号やスケールを白紙に書いて直接写真に貼ったり近傍に貼り付ける人がいるが,これはやめた方がよい。写真と一緒にアミを掛けられると白抜けが悪く見にくくなるし,アミを取り除くとその分だけ費用が余分にかかる。台紙の上にルミナーをセロハンテープで止め,その上に数字や記号を貼ればよいのである。図と同様,その上からトレーシングペーパーを被せて保護し,氏名・図版番号を記入する。別紙に番号ごとに説明文を付けるが,顕微鏡写真のように個々にスケールを入れると煩わしい場合は,刷り上がりでの倍率を付記する。

6.5 査読

 こうしてでき上がった論文を学会事務局に送ると,レフェリーの査読に回される。レフェリーにはその論文内容と関係の深い専門家が委嘱される。学会誌が権威があるのはこのレフェリー制度があるからである。大抵の場合,レフェリーは懇切ていねいに読んで,コメントを付けて送り返してくれる。批判にはなるべく従った方がよいが,中には誤解に基づく的外れなものもある。誤解を与えた原因を反省して書き直す。どうしても承服できないときは,再度送稿する際に反論してもよい。

6.6 英語論文の書き方

 「学問に国境なし」といわれるが,言語の壁は厚い。ロシア語の雑誌は AGI(American Geological Institute) やAGU(American GeophysicalUnion)が精力的に英訳しているが,日本語は残念ながら外国語に翻訳されることはあまりない。そこで世界に向けて先取権を主張するには,英語で論文を書くか,少なくとも英文要旨が書けなければならない。私も英語がずいぶん下手だから,反省を込めて英作文の要領をまとめると,次のようになる。
(1) まず日本語の完全原稿
 英文の構造と和文の構造とは全く別物である。日本語の文章を英訳すると,どうしても日本語に引きずられJapanese Englishになる。だから最初から英語で考えよと主張する人も多い。しかし,これはよほどの大家の話であって,我々凡人は最初から英語で書くと,英作文に神経が集中し論理が粗雑になりがちになる。科学論文にとって論理性は生命だから,初心のうちはたとえ語学的に難点が出る恐れがあっても,まず日本語の完全原稿を書き,それを基に英作文する方がよいと思う。
(2) 英作文の復習
 ともかく文法がでたらめで英語になっていないものが多い。名文である必要はないが,語学的に正しい文章を書いて欲しい。中学以来ずいぶん勉強してきたはずだが,もう一度復習することをお勧めする。「文法を笑うものは文法に泣く」と言う。
(3) 英借文
 辞書を引き引き「独創的」英文を作るより,オーソドックスな英文の真似をするとよい。USGS(合衆国地質調査所)では母国人が書いた原稿でも,印刷に回される前に厳重な語学的チェックを受けるというから,お手本としてはUSGSの図幅説明書がよいであろう。常日頃英語論文をたくさん読んで,地質に関する表現法に慣れておく。その時,後で使えそうだと思った表現はカードに取っておき,用例ごとに整理しておくと大変役に立つ。
(4) 辞書はこまめに
 こまめに辞書を引くクセを付ける。英英辞典・英和活用辞典などが役に立つ。ただし,和英辞典は知っている単語を思い出す程度に使うべきで,初めて和英辞典で知ったような単語や言い回わしは使わない方がよい。難しい言い回わしや冗長な表現は避け,なるべく平明に書く。表現がワンパターンになって面白くないときには,"Roget's Thesaurus" が大変重宝する。また,科学技術表現辞典の類も市販されている。英語の表現だけでなく,自信のないスペルも辞書に一々当たって確かめること。
(5) 参考書
 私が学生の頃はUSGSの "Suggestions to Authors" くらいしか参考書はなく,進論のとき必読文献と言われ往生したものである。幸い最近は日本語の「地学英語」という本も出されているし,英語科学論文の書き方に関する参考書がたくさん出版されている。参考書を読んだからといって,英語がうまくなるわけではないが,文字通り大いに参考にはなる。どれか一冊は最後まで読破してみよう。
(6) 寝かせる
 英文が一通りできたらしばらく放っておく。その間全く無関係な仕事をするのである。冷静になったところで他人の論文の粗さがしするようなつもりで,突き放して努めて客観的に読み直してみる。きっともっとよい表現を思いついたり,加筆修正の必要な箇所を発見できたりするであろう。
(7) 他人の批評
 最後に,英語がよくできて,かつ,専門のわかる人に見せ批評してもらうことができれば一番よい。もちろん,英米人の地質屋さんが身近にいれば最高である。人に見てもらうには時間的余裕が必要だから,そのためにも早めに原稿書きに着手するように。
(8) ミスタイプをなくす
 卒論などではミスタイプやミススペルが大変多い。最近はワープロができて,打ち直しが容易になった。清書打ちをそのまま凸版で印刷する場合には誤りはゼロにしなければならない。

参考文献

 これら文献類は少し古い。改訂新版が出ているかも知れない。ご容赦を乞う。また、一般的な理系のための作文技術の類の本はたくさん出ている。

<参考サイト>
研究方法・論文発表のページ(名古屋大学医療技術短期大学部小林邦彦教授)


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  • 鹿大応用地質学講座ホームページ
  • 鹿大応用地質学講座WWWもくじ
  • 地学関係WWWリスト

  • 連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
    更新日:1996年12月23日