2000年3月24日、鹿児島大学理学部地学科最後の卒業生を送り出しましたので、このホームページはこの日をもってフリーズしました。もう更新しません。悪しからず。
 なお、「かだいおうち」は日本における大学研究室ホームページの第1号です。歴史的遺産としてここにアーカイブしておきます。

山岳気象の基礎知識


地質調査と山岳気象|天気予報の利用|地上天気図の書き方と読み方|高層天気図の活用|観天望気

1 地質調査と山岳気象

 地質調査は晴天に限る。雨だと地図やフィールドノートが濡れるし,どうしても観察がおろそかになるからである。日程の決められた巡検ならともかく,卒論調査などでは,大雨の日はデータ整理の日と決め込んで休むとよい。このように雨は調査の大敵であるが,同時に事故にもつながる恐れがある。沢は増水や土石流の危険があるし,崖では崖くずれの可能性がある。やむなく雨の日に調査するときには,沢筋は避けて大きな道路沿いにするとよい。その場合でも,土砂くずれに十分注意すること。大雨の翌日も,河川はまだ増水しているから,やめたほうがよい。
 また,朝は晴れていても,途中から天気が急変して重大な事態になることもある。山の天気は変りやすいから注意が肝心である。地質屋にとって,気象の知識は必須と言えよう。

2 天気予報の利用

 調査計画を立てる場合には,長期予報を調べ,なるべく好天続きの頃を狙ってフィールドに行く。フィールドでも,毎日の天気予報には十分注意を払う。宿にテレビがある場合には,忘れずに見せてもらう。モバイルコンピュータ持参ならインターネットでも常時情報が得られる。しかし、何と言っても携帯ラジオが一番役に立つ。別項「調査中の事故」でも触れたように、スピーカ付きならフィールドに携帯すれば熊よけにもなるからである。もちろん、電話でも聞ける。その地方の主要都市の市外局番に続けて177とダイヤルすればよい。
 天気予報は当らないこともある。しかし,周期が多少ずれただけで,全体の傾向は正しいことが多い。現地の様子と比較しながら,自分で翻訳すれば大変有効である。

3 地上天気図の書き方と読み方

 天気図は,気象衛星「ひまわり」の映像と共に,テレビで毎日放送されるから,ずいぶん身近なものになった。気象用語も普及し,天気図を読める人も増えている。しかし,自分で天気図を書ける人は必ずしも多くない。地質調査では,いつもテレビのあるところに泊れるとは限らないし,ビバークすることもある。ラジオ天気図くらいは書けるようにしておこう。フィールド期間中,天気図を書きためておけば,立派な資料になり,観天望気と併用して,現地の天気予報を自分で出すことができる。

(1) 天気図用紙

 天気図用紙は気象協会製のものがある。各地の天気を文字で記入することができる1号と,広範囲のデータが書き込める2号,および小型で冊子になり山へ携帯できるものなどがある。メモに頼るとなかなか上達しないから,1 号はなるべく使わないほうがよいと思う。用紙は各地の気象協会支部や大きな本屋・地図店・文具店で売っている。

(2) ラジオの気象通報

 NHK第2放送で3回,ラジオたんぱで2回放送している。フィールドでは22時からのNHK第2放送を聞くとよい。
 放送では,全国天気概況・各地の天気・船舶からの報告・漁業気象の順で読み上げられる。全国天気概況は聞いてよく頭に入れておく。欄外にメモをとるのもよい。各地の天気からは,いよいよ天気図用紙に記入する。放送の順序は,石垣島から始って日本列島を北上し,千島から沿海州に沿って台湾の恒春まで南下する。次に,中国東北部の長春に飛び,フィリッピンのマニラまで南下した後,小笠原の父島に行って,最後に富士山でおしまいになる。
 最初のうちは,読むスピードに追いつけない。気にせずにドンドン飛ばして,聞き取れたところだけでも記入する。録音しておき,何回も聞き直して,記入もれを埋めていくのも,一つの練習法である。メモをとっておき,放送終了後記入するのでは,いつまでも上達しない。最初から直接記入する練習をしよう。

(3) 天気図の記号と天気の記入

 天気図の記号は,フィールドノートや日記への記入などにも使えるから,憶えておくと便利である。風力の矢羽根は風向の矢の右側に付け,例えば低気圧のときには反時計回りに吹き込むように表現する。風力が7以上のときは左側にも付けるが,矢羽根をたくさん書くのに時間がかかるから,慣れないうちは数字をメモしておき,放送終了後記入してもよい。「風弱く」のときは“ヨ”と添字を付ける。気圧は下2桁だけ○印の右側に,気温は左側に書く。

(4) 漁業気象の記入

 低気圧や高気圧は,その位置に“L”や“H”と記入し,進行方向を示す二重矢印を書いて速度を添える。前線は,放送された位置に×印を記入して線で結び,寒冷・温暖・閉塞の別を記号で簡単に所々書き添える。放送終了後清書し直せばよい。最初は×印を記入するだけで精一杯だが,簡単でも結んでおかないと,たくさん前線があって錯綜したときに困る。慣れると書き取れるようになる。最後に,主な等圧線の位置が放送される。やはり×印を記入して薄く簡単に結んでおく。×印だけだと,複雑な形のとき結び方に迷ってしまう。

(5) 仕上げと等圧線の記入

 放送が終ったら,まず前線や放送された等圧線をきれいに清書する。なるべく滑らかな曲線になるように結ぶ。等圧線は各地の気圧と整合性を保つようにする。次は,いよいよその他の等圧線を自分で書き入れなければならない。放送された等圧線の隣の等圧線で,かつ,データの多い日本付近から始めると書きやすい。等圧線を引く要領は,接峰面図の描き方と同じである。普通は偶数値ごとに引き,100hPaごとに太くする。等圧線は地形図の等高線と同じく,枝分れや交叉,あるいは1本だけ孤立するようなことはない。日本付近では,風向と等圧線とのなす角は,海上で15゚~30゚,陸上で30゚~40゚である。等圧線の間隔が混んでいるところは風力が大きい。前線部では,低圧部を内側にして折れ曲ることが多い。以上のような一般的規則に従って,内挿法で記入していけば出来上がりである。

(6) 予想天気図の作成

 一枚の天気図から翌日の予報を出すこともできるが,前日までの数日間の天気図があるとなおよい。前線や高気圧・低気圧の消長の傾向がわかるからである。具体的に予想天気図の書き方を示そう(飯田,1979)。まず,今日の天気図上で降雨域・曇天域を色分けし,高温域や低温域あるいは強風域も印をつける。22時に放送されるのは18時の天気だから,翌日の昼の天気を知りたいなら,18時間後の前線や高気圧・低気圧の位置を推定する。これには放送された現在の移動速度から求めてもよいが,過去の速度変化の傾向を勘案して推定したほうがより正確である。次に,これらの予想位置に基づいて,降雨域や曇天域を出すわけである。

4 高層天気図の活用

 前項で述べたラジオ天気図は,高度補正を施した地上天気図で,海抜ゼロの天気図を示している。われわれが行くのは山であるから,もっと高層の天気が知りたい。それだけでなく,高層の天気は地形の影響が少なくなるので,もっと波長の長い気象の変化を示しており,大局的な天気の変化を早くから知ることができる。また,高層天気図には等温線も記入されているため,寒波の襲来も予想できる。気象遭難を防ぐ手がかりとなる。このように,高層天気図は登山にとってなくてはならないものになっている。地質調査にとっても,より早くから天気の傾向を知ることができるので,調査計画の立案に大変便利である。幸い700hPaの高層天気図がラジオたんぱ第1放送から朝5時20分に放送されている。
 

(1) 700hPa高層天気図とは

 地上天気図は海抜ゼロの等高度面における気圧分布を示したものであったが,高層天気図は等圧面(この場合は700hPa)の高度分布を示したものである(700hPaはほぼ3,000mの高度に相当する)。つまり,700hPa等圧面の地形図である。地質図法に例えれば,地上天気図は水平断面図に,高層天気図は構造等高線図に相当する。気圧は空気の重さだから,等圧面の高度の高いところ(山の部分)が高気圧で,谷底の部分が低気圧である。高層天気図には,さらに等温線も記入されており,気塊の温度も知ることができる。

(2) 高層天気図の書き方

 高層天気図用紙は気象協会と岳書房から出版されている。気象協会版地上天気図用紙を使う場合には,放送される地点が地上と高層とで多少異なるので,事前に該当地点に○を記入しておくとよい。
 放送は,風向・風速(ノット表示)・高度・気温の順で,各地の気象を読み上げる。NHKの地上天気図の放送に比べて,かなり早口だから,最初はついていけないかも知れない。諦めずに練習すれば,すぐ書き取れるようになる。風速の矢羽根は10ノットで1本,5ノットで半分の割合で書く。50ノットでは三角旗1本に変える。ノットをメートルに換算するには,半分にすればよい(1kt=1,852m/h=0.514m/s)。
 次いで,概況が放送される。高気圧・低気圧の中心と気圧の谷の位置や移動方向・速度および主な等高度線の位置が読み上げられるから,地上天気図と同様にして記入すればよい。最後に,高・低温域の中心と主な等温線の位置が放送される。寒気はC,暖気はWと略記し,等温泉は等高度線と区別するために赤鉛筆で引く。

(3) 仕上げ

 放送が終了したら,その他の等高度線や等温泉を記入して,高層天気図を仕上げる。前者は,3,000mを基準として60m間隔で記入し,後者は0゚を基準として3゚間隔で引くことになっている。地上天気図の場合と同じように,放送された特定の等高度線や等温泉の隣の線から引いていけば容易に描ける。なお,高層の風は地衡風と呼ばれ,等高度線に平行に吹き,等高度線の間隔が狭いところほど風が強い。したがって,等高度線を引くときには,風向や風力に注意しながら,風向と平行に引く。

(4) 高層天気図の読み方

 まず等温泉に注目してみる。上空に寒気が近づいてくると,地上気温が下がるだけでなく,上昇気流を促進するので,夏の雷雨・冬の大雪の原因となる。気象遭難が発生しやすいから十分注意する。また,等温泉の間隔が混んでいるところは,温度の急変帯すなわち上空の前線を示している。前線付近では風速も強くなり,暖気が寒気の上に上昇するため,雲や雨・雪をもたらす。山では悪天になるから弱い前線でも注意しよう。次に,気圧と風向・風力について見る。地上の高・低気圧は,上空の風向きに従って移動する。それ故,上空の風向きは高・低気圧の針路予測にとって重要な手がかりとなる。一方,北半球では,南方の空気は膨張し北方の空気は収縮しているから,高層では南高北低型の気圧配置となる。したがって,高層天気図に表れる気圧の谷は常に北方に開いており,谷の東側(前面という)では南西の風が,西側では北東の風が吹く。気圧の谷が近づくと,相対的に寒冷な空気が近づくわけだから,谷の前面では上昇流が発生する。それ故,気圧の谷の前面に低気圧があると,より発達することになる。つまり,地上の低気圧で北東に進むものは発達し,南西に進むもの(谷の西側にあるもの)は発達しない。上空に南西風があるときは要注意である。とくに,強い寒気の流れ込んでいる冷たい気圧の谷が接近しているときは,地上の低気圧も急速に発達するから,十分な警戒を要する。このように,上空の気圧の谷の移動速度がわかれば,数日前から悪天候を予知することができる。高層天気図は地質調査にとって非常に有用である。

5 観天望気

 テレビや電話による天気予報が普及し,容易に気象情報を得ることができるようになった。しかし,いかに的中率が向上しても,山岳地帯の局地的な気象変化まで予測するのは難しい。複雑な地形が影響して,山の天気は変りやすいからである。それ故,山では雲の様子を観察して自ら予想をたて,気象遭難を防ぐ対策を講じなければならない。このように雲の種類や動き,星のまたたきなど,いろいろな自然現象をもとに天候を予測することを観天望気という。地質屋にとって必要な知識の一つであろう。

(1) 10種雲形

 雲の形は千変万化で見ていても飽きない。しかし,類型的にまとめれば,次の10種になる。雲形は,高度・形・性質(水滴か氷晶か)などによって分類命名されている。まず高度に関して,高層に発達する筋状の雲には“絹”または“巻”Cirro-を付け,中層の雲には“高”Altoを付ける。形に関しては,モクモクした塊状の雲に“積”Cumulusを,水平に層状に伸びた雲に“層”Stratusを付ける。また,雨雲には“乱”Nimbusを付け加える。このように,名称を見ただけである程度雲の様子がわかる。とはいえ,変種も多く最初はなかなか難しい。雲の図鑑や写真集を片手に,雲量・雲高・雲向・雲速なども観察すると,大変役立つ。
雲形国際記号俗称
絹雲Ciすじ雲
絹積雲Ccうろこ雲・さば雲・まだら雲
絹層雲Csうす雲
高積雲Acうろこ雲・さば雲・ひつじ雲・むら雲
高層雲Asおぼろ雲
乱層雲Ns雨雲・雪雲
層積雲Scくもり雲・うね雲・むら雲
層雲St霧雲
積雲Cuわた雲・つみ雲・入道雲
積乱雲Cb入道雲・かなとこ雲・雷雲

(2) 天気のことわざ

 新潟県の柏崎には有名な民謡「三階節」がある。「米山さんから雲が出た。今に夕立が降るやら……」と歌われているように,市街地の西方にある米山に雲が懸かるとやがて雨になる。このように,昔から天気に関しては,いろいろのことわざがある。中には非科学的なものもあるが,理にかなったものも多い。上の例のように,各地の特殊性を反映したものが多いから,フィールド先で古老に聞いてみるとよい。船乗りや農民は天気に敏感で,なかなかのお天気博士がいる。地質屋もお天気商売だから観天望気に強くなろう。以下,代表的なことわざを挙げておく(高橋・宮沢,1980)。

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更新日:1999年5月9日