2000年3月24日、鹿児島大学理学部地学科最後の卒業生を送り出しましたので、このホームページはこの日をもってフリーズしました。もう更新しません。悪しからず。
 なお、「かだいおうち」は日本における大学研究室ホームページの第1号です。歴史的遺産としてここにアーカイブしておきます。

登山の基礎知識


地質調査と登山|歩き方|一日の調査コース|沢歩き|ヤブこぎ

1 地質調査と登山

 地質調査には登山がつきものである。新鮮な露頭が多いところは,何と言っても沢(渓流)だから,沢歩きは欠かせない。崩壊調査などでは,道のない斜面を歩き回ることもある。車で道路を見て回るだけでは地質屋失格と言われても仕方がない。したがって,登山のテクニックは地質屋必須技術と言えよう。
 登山の基礎知識というと,普通,地形図と磁石の使い方,気象の見方,キャンピングの仕方などが挙げられる。地形の見方については,地質屋はどんなアルピニストよりもプロである。地形を読み違えて道に迷うようでは,これまた地質屋失格である。気象について別項で述べる。地質調査は登山が目的ではないから,麓に宿をとって日帰りで行うのが原則である。あまりキャンピングを行うことはない(緊急ビバークについては別項「調査中の事故」で触れた)。したがって,ここでは,地質調査に必要なことに限って解説する。

2 歩き方

 赤ん坊ではあるまいし,今更歩き方とは何だと叱られるかも知れないが,山には平地と違った歩き方がある。まず足作りが大切である。尾根歩きか沢登りか,雨が降っているか否か,それぞれの状況に応じて最適の靴を用意する。フィールドの宿には,登山靴とズック靴(地下足袋)の両方を持参するのが望ましい。水に入るときには地下足袋,それ以外の時は登山靴と使い分けるのである。立派な革の登山靴だと,ついつい水の中に入るのがためらわれる。水に濡れても惜しくない,しかも滑りにくい靴を必ず別に用意しよう。
 靴紐は登りでは多少ゆる目に,下りでは爪先を痛めないよう少しきつくするのがコツ。登山ならば,次に荷物のパッキングが問題になるが,地質調査は重装備ではないから,あまり気にしなくてもよい。ただし,腰のまわりに何でもぶらさげると腰が疲れるし歩きにくい。
 さて,いよいよ歩く段になる。一歩一歩しっかりと足を踏みしめるようにして,のっしのっしと歩く。平地ではやや大股に,急な登りでは少し歩幅を狭くするとよい。街路を歩くようにスタスタ歩くと,すぐバテてしまう。なお,朝の歩き始めは身体もまだ硬いので,体操をして身体をほぐしてから,ゆっくりしたペースで歩いて慣らし運転をする。自分のベストなペースを早く見出して,いつもはそのペースを守る。もちろん,露頭では立ち止まらなければならないから,登山のように同じペースを続けられない。この時,露頭前でしゃがみ込んでしまうと,かえって疲れる。スケッチなども立ったままのほうがよいように思う。尾根道の下りは,ついつい飛ばしすぎになるから,自戒してゆっくり足元に注意しながら歩く。飛ばすと,転んで大ケガをすることがあるし,道標を見落して道に迷うこともある。
 一日の日程では,朝の30分が慣らし運転なら,1回の調査行では最初の2~3日がウォーミングアップの期間である。3日目くらいになると,疲れが出てきてつらくなる。初めからハイペースでやるとバテてくる。ここで3日目に休日を取ると,以後調子が狂ってしまい,疲れがいつまでも続くことになる。この時期,我慢して調査を続行すれば,後からはウソのように楽になる。ただし,1週間か10日に1度は休みを取らないと,長続きしない。雨が降ったらデータ整理の日と決め込んで休もう。

3 一日の調査コース

 学問的な意味での調査計画の立案については,ここでは述べない。地質調査は普通の登山と違って,調査に時間を取られるから,あまり距離はかせげない。とくに初心のうちは,1日に1kmぐらいしか進めないこともある。卒論ぐらいになると,1日に1本の沢をつめることができるようになる。ここで危険が待ち構えている。沢の上流部を調査し残すと,翌日その地点までもう一度登ってこなければならない。結局,僅かな上流部のために,1日つぶすことになる。そこで,ついつい無理をして最後まで沢づめを完了しようとして,日が暮れてしまうのである。
 沢づめをした後,尾根道がある場合には,早く帰れるから,多少遅くまで調査できる。しかし,谷頭部が下草の刈ってある針葉樹帯ならよいが,広葉樹の場合はブッシュになっている場合が多いので,ヤブこぎの時間を見込む必要がある。尾根道が沢の入口に通じているとは限らない。車に乗って来たときには困る。距離と時間を勘案した上で,車を取りに帰るか翌日まで放置するか決めなければならない。上流部に田畑があると道の付いていることが多いが,減反で放棄された場合があり,地図に田んぼの印があるからといって,当てにならないこともある。要注意。尾根道がない場合には,また今登ってきた沢を下らなければならない。登りに比べてずっと危険が多いから,早目に調査を切り上げて明るいうちに帰るようにしよう。要は,どんな事態にも即応できるよう,余裕のあるプランニングをすることである。

4 沢歩き

 地質調査は露頭を求めて歩く。近頃は林道が発達しているためか,最近の学生は道路の調査で済ませてしまう者もいる。しかし,林道の露頭は,とくに尾根道の場合,岩盤すべりやクリープによって変位している可能性が強く,あまり当てにならないケースが多い。露頭条件が一番良いのは何といっても沢である。沢歩きの技術は地質屋にとって不可欠と言ってよい。夏,冷たい水に浸かりながら沢を行くのは,暑い下界とは別天地の感がある。思う存分渓谷美を味わうことができる。地質屋冥利に尽きる。したがって,沢の調査は夏のためにとっておき,水の冷たい間は道路沿いや尾根筋の調査を中心に行うようにする。沢の調査は,水に入るのを避けていると,どうしても十分な調査ができないからである。

(1) 沢歩きの装備

 服装は普通の地質調査スタイルでよいが,水に濡れることを前提に考える。綿よりも乾きの早い化繊のほうがよい。ビバークに備え,純毛製品も持参するとなおよい。Gパンのようなタイトズボンは濡れるとますます身体にへばりつき,行動の妨げになる。向う岸に飛び移ろうとしたとき,股が開かず川の中に墜落したのを目撃したことがある。時には生命に関わるから,みっともなくても,少しダブダブの作業ズボンのほうがよい。男性はブリーフの代りに水泳パンツをはいて行くと何かと好都合(ただし,トイレに困る)。昼なお暗い深い沢では,結構寒いから下着にも気を配る。帽子は絶対に必要である。できれば登山用か工事用のヘルメットがあるとよい。ツバやアール(周囲の反り返り)のあるほうがベター。落石が滑って肩に当らないようになっているからである。バイク用の顎まで入るヘルメットは視野が狭く不可。他にザイルやシュリンゲがあればもっとよいが,危険な場所は高巻きすればよいから,必ずしも必要ではない。もちろん,ハーケンやカラビナなど登攀用具は不要である。
 靴は何といっても地下足袋に限る。水吐けがよく滑りにくい。地下足袋は,鳶職用もあるが,丈夫さを考えると普通の農耕用がよい。底がフェルトの釣足袋は滑りにくく重宝だが,林道や山道ではすぐすり減る。スパイクの付いた磯足袋も道路では歩きにくい。ワラジがあれば,事前に十分水に濡らしてから履くと,大変滑りにくく重宝するが,最近では入手できなくなった。ワラジがないときは,荒縄(これも入手しにくくなった)を土踏まず付近に巻きつけてもよい。靴下は指付きの地下足袋専用品がある。脚絆(スパッツ)もあると便利。これらは田舎の農協か雑貨屋を探すと売っていることが多い。
 調査用具では,カメラについてだけ特別の配慮が必要である。まず,沢は薄暗いので高感度フィルムが断然有利。ストロボをたくと濡れたところが反射して失敗することが多いからである。川幅が狭くてバックできないことが多いから,広角レンズも便利である。水に濡れた露頭や沢底の露頭を写すのには偏光フィルターが威力を発揮する。
 なお,上記の装備のうち,着替えやカメラなど濡れて困るものは,ポリ袋に入れて密封することを忘れてはならない。

(2) 沢の歩き方

 河原や土石流の出た沢では転石がゴロゴロしていて歩きにくい。なるべく同じくらいの高さの石を選んでバランスよく渡って行く。洪水の後や新しい土石流堆積物では,浮き石があるから注意する。大きく飛んで全体重をその石にかけると危ない。歩幅を小さめにして,石が動いたらすぐ次の石へ飛び移れるよう,常に有事即応の態勢になければならない。流れの中の飛び石を伝わって行くのも同様である。リズミカルにポンポンと飛んでいく。慎重すぎてモタモタしていると,かえって滑る。複数で行くときは,前の人はなるべく石を濡らさないよう気をつける。後の人が滑るからである。飛び石に苔が生えていると滑って転びやすい。かといって苔のない新しい石は,最近の洪水で流れてきたもので浮き石である可能性がある。判断の難しいところ。滑床はとくに滑りやすい。要注意。

(3) 渡渉

 飛び石もなくトラバースもできないときは,渡渉(水に入ってジャブジャブ渡ること,徒渉とも書く)しなければならない。瀬などなるべく浅いところを選んで渡る。浅いときは足を引き抜くようにして渡るが,膝上まであるようなときは,一足一足摺り足で身体ごと水を押し分けるようなつもりで,ゆっくりと確実に進む。急流では身体を常に上流側に向け,木の枝を杖にして,流されないよう,一足一足慎重に歩く。すごい急流では,転ぶと泳げる人でも溺れることがある。くれぐれもご注意。絶対に無理はしないこと。
 なお,沢登りに慣れてくると,気持が良いとばかりに,必要以上に渡渉する人がいる。われわれは地質調査が目的なのだから,提げた調査カバンが濡れるほど深いところでは,どうしても行かなければならない場合を除き,渡渉するのは避けたほうがよい。ズボンの裾なら歩いているうちに乾くが,ブリーフ(パンティー)まで濡らすと乾きにくい。それに急所を濡らすと疲れやすくなるし,風邪を引く恐れもある。このようなときは高巻けばよい。
 やさしい渡渉ならともかく,急流や深いところでの渡渉に際しては,万一転んだときのことを考えて,クリノメーターやフィールドノート・地図・カメラなど濡れて困るものはポリ袋にしっかり包み,ザックに入れてから渡る習慣をつけること。

(4) 岩登り・トラバース

 ゴルジュや滝などの岩場では岩登りをしなければならないこともある。地質調査は,沢登り自体が目的のスポーツではないから,あまり危険なところは高巻いたほうがよい。比較的容易なところならやってもよいが,その場合でも,すぐ取りつくのではなく,まず全体を眺め渡して手がかり足がかりのあるルートを選び出す。次に,どこにどの足をかけたら,後の動作が行いやすいかを考えてから,はじめて取りつく。同じルートでも逆の足からスタートすると非常にやりにくく,崖の中腹の小さな足場(スタンス)で左右の足を入れ替える危険な作業を余儀なくされることがある。岩場に取りついたら,浮き石がないかどうか左右に動かして確かめてみる。手前に引くと危ない。浮き石にしがみついたまま一緒に転落した人がいる。横に動かして少し動いたら,そっと元に戻し,その後は決して触らないこと。
 トラバースの場合,横に移動して行くわけだが,両手両足のうち三点でしっかり体重を確保し,他の一つで次のホールド点を探すのがコツである。安全を確かめないうちに決して体重を移動しないように。また,体重は足で支えるのが基本である。手でしがみつくと,次のホールド点を探すのが不自由になり,身動きがとれなくなることがある。こうした登り方は沢でなくとも,露頭の崖に登るときにも応用できる。いずれにせよ慎重確実に。ただし,あまりモタモタしているのはかえって危険。なお,調査カバンや腰のハンマーがひっかかって転落した例があるからご用心。

(5) 高巻きとルートファインディング

 危険な滝や岩場があったら,決して無理をしてはいけない。迂回して雑木や笹の生えているところを巻くこと。木こりや釣人の通った道がないかよく調べてみる。何もなかったら自分でルートを見つけなければならない。手がかり足がかりのある安全なところで,なるべく高さが低くて労力のかからない場所を選ぶ。普通は,川の曲っているほうのサイドが,距離も短く低いことが多い。悪場が連続してあるときは,一気に全部高巻いたほうが楽なケースもある。しかし,滝は礫岩や緑色岩など,硬い鍵層からなることも多いので,あまり飛ばすと露頭を見過ごすことになり,考えものだ。土が薄く岩場を覆っているだけのところは滑りやすい。木や草につかまるときは,体重を支えることができるしっかりしたものを選び,根元をキチンとつかむ(草の場合は1本でなく複数を一緒につかむ)。また,手前に引張るのではなく, 根元のほうに押えつけるような気持でつかむ。枯木は絶対に避け,やむを得ない場合でも,身体のバランスを保つ程度に止める。

(6) 地形の判読と現在地の確認

 現在地の確認は,地質調査にとって不可欠であるが,沢の中では必ずしも容易ではない。地形図には総描と省略が行われているから,沢の小さな曲りなどは表現されない。したがって,いくつ目の曲り角などといった位置の決め方は間違いのもとになる。枝沢の合流点などはよい目印となるが,地形図に示されていても懸谷となっていたり,ヤブに隠されていたりして,現地では見落すこともある。沢の方向(クリノメーターを活用する)や距離,斜面傾斜など地形を総合的に判断して決めなければならない。沢が合流した場合,水量だけから本流と支流を区別すると応々にして間違うことがある。現在地の位置について自信がなくなったら,はっきりしたところまで引き返すか,簡易測量をやってデータをフィールドノートに記入しておき,位置の明確な地点に出たときに逆算して地形図に記入し直すとよい。現在地を見失うと,調査データがダメになるだけでなく,遭難にも結びつくから,現在位置決定は正確に手早く行えるように練習しておいて欲しい。

5 ヤブこぎ

 沢を源流までつめると,谷頭部のガレ場を経てヤブになる。崩壊地の調査では現場へのアプローチにヤブこぎは避けられない。高巻きや尾根道の廃道でもヤブこぎが必要となる。
 いよいよヤブになったら,まず身支度をする。つる草などにひっかかって邪魔になりそうなものは全部ザックに詰める。ヤブこぎの最中,調査用具を落とすことが多い。フィールドノートやデータを記入した地図を紛失すると泣くに泣けない事態となる。次に,靴紐をしっかり締め直し脚絆をする。毛の靴下を上に履いていたらズボンの中に入れる(草の種子がたくさん着く)。衿首に木の枝や毛虫が入らないよう,ボタンをキチンとかけ手拭いを巻きつける。帽子を深くかぶり直して,まくっていた長袖は元通りにする。ナイフはカバンから出して何時でも使えるようポケットに入れる。手袋(できれば革製)をはめていよいよ出発である。
 いきなりヤブに入らずに全体を見渡してルートを選定する。地図と見比べながら上方に道がないかどうかを確かめる。昔の炭焼道やケモノ道あるいは伐採に使った道でも,ないよりはずっと歩きやすい。なるべく道までの最短コースで歩きやすいところを探す。単一植生のほうが混生ヤブよりも歩きやすい。葛や蔦などつる草の多いところや野イチゴ,野バラなど茨の多いところは避ける。下草の刈られた手入れの良い杉林は歩きやすいし,植林直後の造林地も結構歩きやすい。ただし,数年も経った伐採跡地はブッシュがひどいからやめたほうがよい。ヤブこぎでは,あまり強引に分け入ると体力を消耗するから,植生の生え方をよく見て要領よくやる。草の倒れた方向に進むほうが楽だ。なお,複数でヤブこぎするときには,前の人の曲げた木の枝が跳ね返ってケガをすることがある。少し離れて歩こう。また,先頭は最後の人がはぐれないようペースを考えながら進む。
 尾根筋でのヤブこぎは方向を見失いがちだから注意する。とくに,一つ沢づめした後,尾根越えして他の沢へ入るとき,応々にして別の沢へ下りることがある。ヤブこぎ中といえども,周囲の地形をよく見渡して現在地の確認を怠ってはならない。見通しが悪いときには,木に登ってでも確かめたほうがよい。
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更新日:1999年5月9日