冨山清升の「野生動物の遺伝的多様性とその維持機構に関する研究」概要

冨山清升の科学技術庁特別研究員研究(2)の概要

１９９２年～１９９４（科学技術特別研究員）

研究テ-マ Ⅱ．

野生動物の遺伝的多様性とその維持機構に関する研究　

国立環境研究所、農林水産省森林総合研究所、その他各機関大学による共同研究　冨山清升の担当領域は下記の通り。　

【研究目的】

野生動物の個体群内および個体群間に見られる遺伝的変異の維持機構の解明は、行動学、遺伝学を導入した近代進化生態学の中心的課題のひとつである。また、全世界で野生生物の減少が問題となり、その対策が生態学の緊急課題となりつつある中で、遺伝的多様性の減少が種の絶滅を加速している可能性が多くの研究者によって示唆されている。しかし、遺伝的変異の減少の記載は少なからずあるものの、その生態学的なメカニズムに関してはほとんど明らかになっていない。

この研究では動物の繁殖システム（雄間競争、配偶者選択）の進化の観点を導入することによって個体群の遺伝的多様性の維持機構を明らかにし、ひいては野生生物保全の理論構築に資することを目的とする。　生物には絶え間ない突然変異によって生じる弱有害遺伝子が蓄積されていると考えられている。個体数が多いときには弱有害遺伝子がヘテロの状態で存在するので、その効果はほとんど表現型上には現れない。しかし、個体数の減少により近親交配の可能性が高かくなると、有害遺伝子のホモが生じる可能性が高くなると考えられる。一方、野生動物には有害遺伝子を排除するメカニズムも備わっている。よく知られたものが、近親交配回避と近交弱性である。しかし、これらが野外個体群でどの程度有効であるのかについてはほとんど情報がない。　

この研究では主に次の項目について明らかにする。本研究は共同研究であり、筆者は陸産貝類を用いた分析と、具体的実験の一部を担当する。

１．野生動物の個体群サイズと遺伝変異の関連性。
２．個体の保有する遺伝変異と繁殖成功度の関連性。
３．個体の保有する遺伝変異と配偶者選択の関連性。
４．上記項目の種間比較。

【研究計画】　

研究対象として昆虫類（渓流性のトンボ類、チョウ類）（担当：椿　宜高;国立環境研）、河川敷に生息するオオヨシキリ等の鳥類（担当：永田尚志;国立環境研）、陸産貝類（担当：冨山清升）、メダカ（担当：椿・冨山）、ミカンコミバエ（担当：椿・冨山）を選定する。

これらの動物は生息地が限られるため、複数の小個体群が孤立的に存在するような分布形態をとる。したがって、個体群が定義しやすいという利点がある。また全く異なった動物群間で比較を行い、共通の法則を抽出する目的もある。　

まず、個体数の推定と遺伝変異の検出を主な目的とする。遺伝変異の検出にはアイソザイム（電気泳動法）、ミトコンドリアＤＮＡのＲＦＬＰ法、ＤＮＡフィンガープリント法を用いる。

アイソザイム分析では、変異の存在する遺伝子座を10～20選定し、個体群間の遺伝的変異を検出するとともに、ホモとヘテロの遺伝子頻座度から個体群の遺伝的多様性を測定する。

ＲＦＬＰ法では、隔離された個体群の分化の程度を分析する。フィンガープリント法では個体間の遺伝的変異を細かく検出し、個体群内で血縁者間の交配がどの程度起きているかを直接検出する。

また、外部形態を細かく計測し、左右対称性と遺伝的多様性との関連を見る（ホモの頻度が高い個体は左右対称性が乱れるという報告がある）。　次に、個体の遺伝的多様性と繁殖成功度との関連性について研究を行う。室内実験によって、近親交配によって生じた子孫について、体の左右対称性、繁殖成功度の低下の程度について検討する。野外では、繁殖ペアの血縁度、繁殖成功度を測定し、野外で生じている近親交配の程度とその影響について明らかにする。

陸産貝類は複数の種を同じに扱うことができるので、種ごとの分布様式、移動分散の程度と遺伝的多様性の関連も明らかにする。　

最後に、遺伝的多様性の低下と、動物種としてのViabilityの低下との関係についての検討を行う。それぞれの動物種の持っている繁殖システムと移動分散力は弱有害遺伝子の蓄積への対策（有害遺伝子排除のメカニズム）である可能性があり、この点については種間比較などによって考察を試みる。

【研究の特色】　

多くの野生生物が絶滅の危機に瀕している。その原因の多くは生息地の破壊であるが、野生生物がある程度の個体数まで減少してしまうと、環境を改善したり、人口的な増殖を試みても個体数が回復しないことが多い（例：トキ）。この理由は個体数の減少によって、遺伝的な多様性が低下してしまうためだと言われている。その内容はいまだに未解明であるが、次のような説明が可能であろう。　生物にはたえまない突然変異によって生じる（弱）有害遺伝子が蓄積されていることが判っている。有害遺伝子はヘテロではほとんど発現しないが、ホモになると生存力に悪影響を及ぼす。従って、個体数が多くて、遺伝的多様性が高いときには有害遺伝子はヘテロで存在する可能性が高いので問題にならないが、個体数が減少するとホモの可能性が高かくなり、有害の程度が増し、回復も困難になる。　

しかし、この議論はショウジョウバエなどを使った遺伝実験を元にした議論であり、野生動物に適用した例はこれまでほとんどない。　本研究の独創的な点は、動物の持っている繁殖様式（繁殖システム、個体群の構造、移動分散など）をベースにして、種ごとの遺伝的多様性維持のメカニズム（要因間での相対的重要性を含む）を明らかにしようという点である。　

また、自然選択を有害遺伝子の排除のメカニズムとして考えるアイデアはこれまで一般的であったが、性選択（雄間競争と配偶者選択）を有害遺伝子の排除のメカニズムとしてとらえる考え方は極めて新しい視点である。この研究で雄間競争と配偶者選択を有害遺伝子の排除メカニズムとして評価できれば、進化生態学の中心的な議論のひとつである「性選択」のメカニズムに関する有力な証拠を提出できる。その際、野外での近親交配の頻度の測定が重要になってくるが、これをＤＮＡフィンガープリント法によって直接測定しようとする点も大きな特色である。　

これまで、進化生態学は純粋学問として発展してきた感があるが、この研究はその応用分野として、野生生物の保全生態学として発展する可能性がある。

【結果と考察】

研究成果はまだ未発表のため削除

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