電子フィールドノートとモバイル日報

岩松 暉(情報地質, Vol.10, No.2, p.74-75.)

1. はじめに

 学生時代,日本人最初の地質学教授小藤文次郎先生のフィールドノート(野帳)を見たことがある.露頭番号の下に観察事項の簡単なメモが書いてある点は,われわれと変わらない.違う点は,外国語で書かれていることと,その日のメモの末尾に記載が文章化してあることである.中には大きく鉛筆で×を付けたページもあった.論文に使用済みとの意味だと説明されたように記憶している.なるほど記載の章にはそのまま転載すれば使える.

2.フィールドの宿舎における整理作業

 フィールドノートは,他人に見せるためのものではなく,あくまでも調査者の備忘録だから,露頭では簡単なメモか略号で済ませることが多い.例えば,“well-sorted f. ss”とか,“ごま塩砂岩”の類である.本来砂岩を記載するのなら,色調・構成鉱物・粒度・淘汰度・円磨度・球形度・歪度・熟成度・基質・粒子と基質の量比等々,一通り全部記載しなければならない.しかし,同一地域を何日も歩いていれば,類似の岩相や同一層準の地層に何度も遭遇するから,符丁で済ますのである.いちいちフルコースを記載していたのでは時間がもったいない.ところが,どんなに詳しくメモしたとしても,実際には,その何倍もの事実を記憶しているものである.“顔つきが似ている”と表現した場合,数個のキーワードでは表現できない多くの要素が含まれている.小藤先生は,記憶が薄れないうちに,それらを文章化しておられたのだ.フィールドの宿舎では,サンプル整理や地質図の塗色・墨入れなどだけでなく,こうした観察事項の文章化や作業仮説のメモなども忘れずにやっておきたい.思考の整理にもなり翌日からの調査計画にも役立つ.

3.電子フィールドノート

 幸いノートパソコンが小型軽量化し,廉価になった.フィールドまで持参する人も多いだろう.また,デジタルカメラも高性能になり,実用に耐えるようになった.フィールドノートを電子化しておけば,先ほどのような記載は,小藤先生の時代と違って,手で写す必要はなく,そのまま論文や報告書にペーストできる.コンサルタントのように日報を提出しなければならない人は,考察の項などをそのままインターネットで送信すればよい.建設CALSなどでも成果品の電子化が求められているから,宿で済ませてしまえば省力化にもなり,一石二鳥である.
 市販のワープロソフトで入力する手もあろうが,データの多面的な活用を考えれば,最初からデータベース化しておいたほうが得策である.ファイルメーカーやアクセスのような市販のデータベースソフトもあるが,画像まで入力できるフォーマットを設計するのは,初心者では難しい.そこで,Visual Basicによって「電子フィールドノートちしつやさん」を開発した(第1図).1露頭1レコードになっており,タブ付きダイアログボックスを用いた.ほとんどの露頭で記載事項があるものだけ,1ページ目にまとめ(第2図),考察など毎露頭ごとに書く必要のないものは2ページ目にまわした(第3図).おおまかな岩石名はドロップメニューから選べる.これと緯度・経度・標高などはGISソフトによる自動作図が実現した暁のために用意したのである.サンプル番号や薄片番号なども,後で入力しておけば,変成分帯図など,さまざまな加工ができる.写真はデジカメ画像を貼り付ければばよいし,スケッチはハンディースキャナでノートから取り込めばよい.もちろん,ドローソフトで直接書き込むことも可能である.必要に応じて日報を書く独立したページも付けた(第2図).これは普通のワープロとしても使える.

4.おわりに

 その他,印刷機能と送信機能は日報にだけ付けてある.フィールドノートのほうはあくまでも個人的な備忘録だから,そのまま送信する訳にはいかないと考えたからである.メーラーソフトは使い慣れたものをインストールしておいて欲しい.また,デジカメからの入力機能もないから,ペイント系ソフトか写真レタッチソフトをインストールしておくことが望ましい.もちろん,Windows付属のおまけソフトでも間に合う.
 まだプロトタイプであり,改良の余地がある.改善案などご指摘いただければ幸いである.
 なお,全国地質調査業協会連合会から「電子野帳」が発行されている(全地連,1999).これはボーリングのフォアマンがボーリング結果を記入するためのもので,野外地質調査に使えるものではない.

文献

全国地質調査業協会連合会(1999) 建設CALS/ECに対応する業界システムの構築に向けて. 128pp.