ああ若き日の光栄は
−七高時代回顧−

山口宗之 著
昭和63年6月25日 印刷
昭和63年7月 2日 発行
非売品

T 去りゆきし日々
対五高野球戦


 「本日正午、本館前に於て我が光栄ある選手諸兄の推戴式を行ふ。全員参加せられたし」
決戦の日は刻々と迫ってきた。きたる二十五日は肥後なる五高との大野球戦の日である。歴史をたづぬれは五高・七高野球戦は大正初期にその源を発し、毎年一回夏あるひは冬、鶴丸城下において、あるひは五高武夫原において、決死の戦ひをくりひろげてきた。過去の戦蹟は七高が圧倒的に優勢である。

 旧制高等学校にはいづれも隣接校と組み定期戦をやる習慣がある。一高対三高、二高対水戸高、四高対八高、五高対七高等々その代表的なものである。七高は赤、五高は白の大応援旗のもと選手は母校の栄誉を荷ひ、応援団は友の死闘に専心応援をおくり、全七高いな全薩南をあげて五高すなはち肥後勢に対し、意気と熱と人格と友情の戦ひをくりひろげてきた。こころみに寮歌集をひもどけは激越のことはもすさまじく力強いリズムを有するもの、すべてこれ対五高戦の応援歌である。

 大正十一年応援団の不運の衝突から竹槍事件へと発展し、つひに中断せられて二十年、この間戦火の拡大から戦後の混乱に至るまで、両校の相まみゆることがなかった。しかし昭和二十一年度より五高校長・浅野七高館長および両校先輩の斡旋によって久しく両校の間を蔽ってゐた暗雲晴れ、ふたたび年一回の定期野球戦は復活したのである。

 昭和二十一年七月十四日「戦雲こもるかの武夫原に輝く歴史をまた重ねんと」必勝の意気すさまじく北上した郡主将以下の七高軍は、接戦九合のすえ十二対十一にて惜敗し、雄図むなしく色あせし夕映雲のもと、ただ相擁し、哭くのみであった。

  恨・は探し地に荒む  この凄惨の一星霜
   にがき盃敗簾の   ああ断腸のその味よ

 いざ来年こそは鶴丸城下に矯敵を屠り感激の乱舞をせんと曹ひ合ったあの日、敗残の盃を共に飲み干した十余人の選手また七首の応援団ひ思へは薪に臥し胆をなめ来ったこの忍苦の一春秋。武夫原の屈辱はこれを転じて鶴丸の凱歌となせ。烈々たる朔夙に面をさらし桜岳嵐の吹きすさぶ校庭に孜々として練習に余念なき選手の念頭に浮ぶはただ打倒五高の四字あるのみであった。

  雪辱の念堪へがたく 土にまみれし腕もて
   熱球北に郷ては   山河新に波ゆらぐ

対五高戦
(昭和22年5月23日鹿児島駅頭
五高選手歓迎ストーム)

対五高戦
(昭和22年5月25日鴨池球場
七高選手激励ストーム)

 雪辱の日はついに来た。五月二十三日五時半夕日輝く鹿児島駅頭、南下軍を迎へ七高応援団は歓迎ストームを行って遠来の客をねぎらひ、かつ堂々の戦ひを誓った。翌二十四日は朝から五月雨が降りしきる。午後二時、玄関前に集合した健児たちは雨もものかは、大太鼓を先頭に七高代表歌〃北辰斜に〃を高唱しつつ鹿児島市内をねり歩き、天文館通りで示威ストームを敢行し、大いに気勢をあげた。

 明くれは五月二十五日。幸ひにも昨夜来の雨はからりと晴れ、絶好の野球日和である。雪辱の念堪へがたき健児たちは、今やおそしと鴨池の決戦場に続々と参集してきた。午後一時半両校応援団の勢揃ひも終り、遠雷のごとき太鼓の音とともに数十流の赤旗白旗を吹きなびかせつつ対面式場へ向ふ。

両応援団長の握手。ついで七高谷口団長より五高団長へ挑戦状は手渡され、ここに意気と熱の堂々たる戦ひをせんと曹ひ合った。やがて七高生は荒絶だすきの五高団長を中心に歓迎ストームにたぎりたつ若き血を傾け、代って五高革も返礼ストームに立った。ああ雪辱成って鶴丸の赤幟天に狂ふか、はたまた五高の純白旗再び薩南健児の血もて染むか。

 式終り両応援団はスタンドに入った。七高は一塁側、五高は三塁側。シート・ノックもすみ、七高ナインは続続とベソチへ帰ってきた。谷口応援団長はスタンドに仁王立ちとなり、

 「只今より選手激励ストームを行ふ。全員グラウンドへ下りてくれ」

 と叫んだ。中村主将以下選手を囲み、ふたたび三重の大円陣は作られた。団長の烈々たる必勝を祈るの言、舌端に火を吐く。中村主将は必ず勝って会椿の恥をすすぐと答へ、選手の面上またも決意の色は流れた。

 「われらが選手の必勝を祈り、いざや歌はんかな”北辰斜に”を…」

やがて”北辰斜に”の歌声は怒涛のごとく湧き上がり、火のごとき意気にもえる健児たちはお互ひの肩をくみ合はせ、青空を仰いで乱舞し絶叫する。若き血は火である。友情は燐である。火燐相合し母校愛にもえたつ健児らの前には五高何者ぞ。ただ鎧袖一触あるのみである。

 再びスタンドに帰るころ大太鼓のひびきに応じ、まづ五高が第一声をあげた。

 「わが親愛なる七高生諸兄のために・・・フレ七高フレ七高フレ・フレ・フレ、フレ七高フレ七高 フレ・フレ・フレッ」

 敵の健闘を祈る美しいことはである。期せずして七高スタンドには拍手とダンケの声が湧き上り、そしてフレ五高の叫びとなる。五高軍よ、いざ戦はんかな!! ともに至純なる人格と友情をもて堂々の戦ひをくりひろげ、若き日の導き思ひ出としやうではないか。

  裏低迷の鶴陵に   戦ひ火蓋切られたり
  薩の国原どよもして 金鼓鳴らせや旗振れや

 小よいよ試合開始、先攻は七高。一回表、七高まづ一点を先取した。大太鼓を乱打し金鼓をうち鳴らして応援団は狂喜する。勢ひづいたナインは打って打って打ちまくり第一回にして早くも四点を入れた。五高無為。二回両軍無為〇三回両応援団の熱狂裡に五高もよく二点を挽回した。しかし以後中村投手の右腕冴え、五高に追加点を許さない〇七高は着々と得点を重ね、九対二のまま、つひに最終回に入った。勝ってゐる。今一息だ!! 応援団の熱狂いふところをしらず、もはや選手も球も見えぬ。た七あるは母校の勝利を祈る若き男たちの血をはく応援歌の怒号あるのみ、谷口応援団長はじめ冷静な総務も大学の先輩も、今やスタンド総立ちとなってをどり狂ふ。七高無為のあと五高軍いよいよ最後の攻撃に入る。五高応援団も最後の応援にふるひ立った。

 だがしかし中村投手の投球いよいよ円熟し、たちまち二死となった。けれども五高軍少しもひるまず何のそのとヒットし二盗に成功、つづく打者も安打を放ち、走者勇躍遣って一点を酬いた。万雷のごとき拍手と歓声があがる。五高応援団から、そしておお七高のスタンドから。全七高生は粛然として五高の善戦に拍手を送ってゐるのだ。たちまち五高席から「七高ダンケ」の声がみだれ飛ぶ。専き友情の発音である。美しい瞬間である。

 しかし運命の打者は三振に終り終了のサイレソは高々と鳴った。おお我らは勝ったのだ。一年の忍苦の道は無駄ではなかった。勝ったのだ。勝ったのだ。をどるやうにベンチに帰ってくる選
手、迎へるも達しと地上六尺のスタソドから争ってとび下り選手を擁する応援団。

  錦江タベ見ないで   ああまた勝ちぬわが軍
  凱歌をあげよ高舞せよ 戦士の額に月照れや

たちまちのうちに三たび大円陣は作られた。よろこびの涙に頬をぬらしつつ谷口応援団長は叫ぷ。

 「兄等の健闘によりつひに雪辱の快を遂げ得たことを兄等とともに心からよろこぶものであります....」

中村主将は答へて
 
「兄等の熱烈なる応援によりまして・・・・」

あとは涙である。大円陣のそこここからも感激にむせびあげるのも出や、いつしかすべての者の眼には、何物かが宝玉のごとくきらめく。しかし勝利のそれは蜜のごとく甘い。勝っても泣き負
けても泣く高等学校の三年は実に感激の生活である。

  見よや錦江酔へるがごとく タベの波に星影砕く
  戦勝の夜や永久に忘れじ  我等勝つべく北へ行く

 勝利の舞はいつまでもつづく....。をどりつかれて、やがて四度スクラムは組まれた。三塁側スタンドには、おお善戦して敗れた五高軍が相擁し泣いてゐるではないか。若人たるもの勝たざるべからず勝たざるべからず。

 「では最後にわが親愛なる五高生諸兄のため、更にまた五高野球部のために:…フレ五高フレ 五高フレ・フレ・フレ、・・・・」

これに答へ五高からも
「わが友七高の幸を祈りて」
フレ七高を叫ぶ。かくて両軍涙の中にふたたび両応援団長の握手。白旗をむなしく巻く五高軍、ああその心中いかはかりか。粛として声なく退場する五高軍へ

 「来年また会はう」
 「頑張っちこう」
と呼びかける。

 「ダンケ七高」

答へる声も今ははれやかである。昭和二十二年五月二十五日、それは永久に忘れがたき感激の日である。

 美しきものはもっとも早く亡ぶ。

 伝統と光栄に輝く五高七高大野球戦も、いよいよ終止符をうたれる運命に遭遇した。新学制の施行によって、なつかしの七高も、そして親愛なる五高も、昭和二十五年三月末日を限りに永久に日本国より姿を滅するに至った。

 昭和二十三年五月二十三日、復活後一勝一敗のあとをうけて両校訣別の戦ひは、熊本水前寺球場において七高の先攻で火蓋を切られた。伝統の歴史に恥ぢず堂々の戦ひを展開したが、惜しむベし六回に五高一点を先取し、七高選手応援団の脊閑もその甲斐なく、つひに一対○で敗れた。最後の戦ひに惜しや長蛇を逸した七高健児の無念痛恨いかはかりぞ。しかしながら混濁の世に、さらにまた亡び行かんとする高等学校の歴史の最後のページに、伝統誇る五高七高の人格と友情と、意気と熱にいろどられた戦ひを書き加へ得たことは、われら七高に学んだ者、も上より本懐とするところである。

※山口宗之先生(七高造士館文科昭和20年入学・九州大学名誉教授・久留米工業大学名誉教授・文学博士)の御好意により、先生の御高著「ああ若き日の光栄は−七高時代回顧−」を本ホームページに転載することができました。


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