12. 奨学金が支給されない!
 1990年は4月になってもその年度の国家予算案の成立の目処が立たないという異常事態の年でした。1988年から89年にかけて大問題になった「リクルート事件」、「消費税導入」などのために国会が紛糾していたのです。当時の私にはこういう政治上の問題が自分の留学と関連があるなどとは想像もつきませんでした。間抜けですね。私が受け取る予定だった奨学金(月額10万円)は文部省の予算の一部ですから、予算案が成立しなければ支給されないのです。国家公務員の給与などの支払を延期できない性質のお金は「暫定予算」によって支払われていました。でも、暫定予算は留学生の奨学金までカバーしてくれません。外国にいる留学生にとっては奨学金が命綱なのに、何の対策もないままに放置されていたのです。ちなみに私が日本を出発したのは3月なので、渡航費用は1989年度の予算から支出されていました。

 私の思惑では、春のうちにKohistan地方とその周辺の概略を知るための調査(概査)を行って地質調査の対象地域を絞り込み、夏には標高の高い地域を調査して、秋から冬にかけては標高の低い地域をやるつもりでした。低地では夏の気温が40度を越え、2000m以上の高地では冬に雪が積もるので、合理的に調査するにはこの順序でやるしかありません。調査にかかる費用は奨学金から出すわけですから、奨学金が受け取れないと最初に行うべき概査ができません。すると、その後の予定も全て狂ってしまいます。調査の準備は細々と進めていましたが、お金の問題は自分ではどうにもなりません。その頃、私はまだ学生寮に入れなくてYMCAに泊まっていたのですが、そこにはH先生(前述)も滞在していました。彼は語学研究のためにラーホールにきていて、ときどき夕食などをごいっしょさせていただいていました。私の窮状を見かねたH先生は当座の調査資金を用立てるとおっしゃってくれました。ご好意に甘えてお金を借用し、5月に最初の調査を実行することにしました。1990年の予算は6月7日にようやく成立し、そのあとに私の銀行口座に奨学金が振り込まれました。


13. 運転免許の取得
 入寮手続きに手間取り、奨学金の支給延期に困惑している間にも、本来の目的である地質調査をいつでも実行に移せるように準備を進めていました。地質調査のための旅行は、町から町へ景色を眺めつつ移動するだけのものではありません。移動しながら岩石が地表に出ているところ(露頭)見つけて立ち止まって作業し、既に通過したところに戻ったりすることを尺取虫のように繰り返します。山岳地域での道路事情、そして荷物や岩石のサンプルを運ぶことを考慮すると、四輪駆動の自動車を使うのがベストです。しかし、自動車を借りたり買ったりするのは奨学金だけでは難しいので、オートバイを使うことを考えていました。準備の第一歩は自動二輪車の運転免許を取得することでした。

 パキスタンは「道路交通に関する条約」の締約国ではありません(1990年当時から2005年現在も同様)。日本の警察が発行する「国外運転免許証(国際免許)」を持っていてもパキスタンで自動車を運転することはできないのです。自動二輪の免許をどうやって取得したらいいかは、日本を出発する時点では全くわかっていませんでしたが、念のために国際免許を持参していました。4月25日にラーホールの警察本部(当時は市街の中央部から見て北東にあった)に行ってみると、広い敷地に似たような建物があってどこに行けばいいのかわかりません。もう慣れたもので、こういうときには少し大げさに、いかにも迷っているという感じで歩きます。近くの人がすぐに声をかけてくれて、免許の申請窓口がわかりました。自動二輪の免許を取りたい旨を告げると、「申請書に記入し、20ルピーの印紙を貼って国際免許のコピーを添付して提出する」ように言われました。そのとおりにすると、その場で6ヵ月間有効の「仮免許証」を発行してくれました。仮免で3週間以上の運転経験を積むと、本免許に切り替えることができるとのことでした。このときの仮免は日本に持ち帰ったはずなのですが、残念ながら紛失してしまいました。


14. オートバイの購入
 次はオートバイの購入です。購入資金は日本で乗っていた250ccのバイクを売って作った15万円を充てます。そのとき滞在していたYMCAホステルのマネージャーのボビーさんに相談して4月16日に中古のバイク探しに連れて行ってもらいました。バイク専門のバザール、その名もMotor Marketに行くと、新品から相当ボロい中古までいろいろなバイクが並んでいます。でも日本とは違って車種は少なく、ざっと眺めたところ2、3種類しかありません。排気量も125ccまでしかないようです。Motor Marketに何度か通って、パキスタン製の中古の「ホンダCG125」に決めました。5月8日に目的の品物がある店に出かけました。中古バイクは未整備の状態で展示されていて、購入者の希望に応じて整備した上で引き渡されます。値段はバイク本体と整備費の合計になります。バザールでの買い物は、特に高価な物の場合はとても手間がかかります。まず、物には「定価」がありません。目的のバイクの店員の言い値は27000ルピーでした。店員と無駄話をしながら値下げ交渉を試みます。そのうち本気で買うつもりだとわかったのか店長らしき人物が現れました。タイヤ交換、前ブレーキとヘッドランプの修理、およびリアキャリアの取り付けを含めて22000ルピー(約16万円)で手打ちとなりました。いつのまにやらこちらの予算を見透かされていたようです。それから、注文どおりの整備が行われるのかどうか、その場で見届けることにしました。店員はおしゃべりしながらダラダラと作業するので時間がかかります。その間に食事や飲み物がサービスで出されました。代金を現金で支払って、バイクに乗って学生寮に帰りました。これでようやく地質調査に出かけることができます。


パキスタン製「ホンダCG125」 後部の箱は家具屋と金物屋に注文して後から取り付けた

...つづく