粘土鉱物の合成

河野元治
鹿児島大学農学部生物資源化学科
〒890-0065 鹿児島市郡元1-21-24
e-mail :kawano@chem.agri.kagoshima-u.ac.jp


1.はじめに
2.粘土鉱物合成の歴史
3.合成方法
4.出発原料
5.反応装置
6.合成実験例
7.おわりに

1.はじめに
 粘土鉱物の合成に関する研究は、天然での粘土鉱物の生成条件や生成機構を解明することを目的とした鉱物学の一分野として発展し、これまでほとんどの粘土鉱物の合成と相安定度図の構築が行われてきました。今日では、工業原材料としての利用を目的とした大量合成法の研究、より詳細な構造解析のための単結晶育成を目的とした研究、地殻表層での風化環境に近い低温合成に関する研究などが行われるようになり、粘土鉱物の合成には様々な方法、出発原料、反応条件が採用されています。さらに、これまで非晶質と見なされてきた物質についても三次元短周期構造が明らかにされると同時に、これらの非晶質粘土鉱物の合成も盛んに行われるようになり、合成対象の粘土鉱物もきわめて広範囲にわたります。ここでは、これらの粘土鉱物合成の歴史やこれまでの合成方法を簡単に述べ、最近我々が行ったいくつかの合成例を紹介します。

2.粘土鉱物合成の歴史
 粘土鉱物の合成の歴史的は古く、1800年代後半まで遡ります。その研究史は、研究対象や研究内容の変化から大まかに第汪から第」期までの4つの時期に区分することができます(図1)。第汪は1950年以前の研究で、Al2O3-H2O系、Al2O3-SiO2-H2O系、MgO-SiO2-H2O系などの比較的単純な反応系での水熱合成が行われ、ギブサイト、ベーマイト、ダイアスポア、コランダムの生成条件やカオリナイト、パイロフィライトの生成条件が明らかにされました。また長石類を出発物質とした水熱反応により、ギブサイト、スメクタイト、セリサイト、カオリナイト、パイロフィライトの生成が報告され、この時期に混合層鉱物やアロフェン及びハロイサイトを除く代表的なAl-Si系粘土鉱物の大まかな生成条件が明らかにされています。粘土鉱物合成の第期は詳細な平衡条件に関する研究が最も活発に行われた1950-60年代で、Al2O3 - SiO2 - H2O 系及びMgO - Al2O3 - SiO2 - H2O 系での平衡条件に関する研究が行われ、Al-Si 系及びMg - Al - Si 系粘土鉱物の詳細な平衡条件が明らかにされました。またK2O - Al2O3 - SiO2 - H2O 系での雲母の水熱合成も行われ、ポリタイプ(2M1, 1M, 1Md)と生成温度との関係も明らかにされています。これらの平衡条件についての研究が行われている一方で、1960年代後半から粘土鉱物合成の第。期へと移行し、カイネティックスを中心とした生成メカニズムに関する新たな研究が行われるようになります。これらの研究では、出発物質 (主に長石類) の溶解機構と溶解過程での溶液の組成変化及び平衡相の析出を熱力学データから計算し、これまで実験的に明らかにされてきた粘土鉱物の生成条件を理論的に解析した結果が初めて示されました。その後、同様の手法を用いた岩石の変質や熱水性粘土化帯の生成を議論した研究が数多く発表されています。一方でこの時期には混合層鉱物の合成に関する研究も盛んに行われています。雲母を出発物質とした水熱反応や加熱脱水酸基後の酸処理による雲母/スメクタイト混合層鉱物の合成、バーミキュライト及び緑泥石からの緑泥石/スメクタイト混合層鉱物の合成、その他の粘土鉱物やゲルからの混合層鉱物の合成など、この時期に主要な混合層粘土鉱物のほとんどが合成されています。粘土鉱物合成の第」期は1970年代後半以降で、低温合成、非晶質粘土鉱物の合成、産業利用を目指した大量合成に関する研究が増加します。低温合成については通常の風化環境に近い室温条件下で、Al-有機錯体を分解することで溶液中の水和イオン濃度をゆっくりと変化させる方法、長石の加水分解を利用して溶液中のイオンの溶解度を変化させる方法など、いずれの方法でも微量のカオリナイトの合成に成功しています。非晶質粘土鉱物の研究については、アロフェンやイモゴライト及びその関連鉱物の合成が行われ、モノマーのSi及びAlを含む希薄溶液のpHを極めてゆっくりと調整することで、これらの鉱物が合成され、中性付近でアロフェン、酸性領域でイモゴライトが合成されています。産業利用を目的とした研究では、ヘクトライトの合成が行われ "Laponite"の名称で市販されています。ヘクトライトはMg系スメクタイトの八面体Mgの一部をLiが置換することで層電荷を発生し、著しい膨潤性を示します。ヘクトライトの合成はMgとSiを含む溶液にLiOHとNaOHを加えてゲル化し、これをオートクレーブで数時間水熱処理することで合成されます。この方法はMg-Siゲルを直接結晶化させるため、溶解析出法と比較すると大量の生成物が短時間に得られる利点があるります。その他の粘土鉱物についても工業的大量合成を目指した多くの研究が行われていますが、実用化はなされていません。

3.合成方法
 粘土鉱物は構造中にOHイオンをもつため、水熱反応法による合成が一般的な方法です(表1)。一部の粘土鉱物及び関連鉱物についてはOHと近いイオン半径をもつフッ素を含むメルトからの合成も可能です。水熱反応による合成方法には、設定された反応系で粘土鉱物を安定相として合成する方法と粘土鉱物の生成速度の違いを利用して準安定相として析出させる方法があります。
 安定相としての合成には反応機構の違いにより次の3つの方法があります。(1) 目的とする粘土鉱物に近い組成をもつゲルや長石などの他の鉱物を出発原料として用いつ方法で、十分な熱エネルギーと反応時間を与えて出発物質の溶解を促進し、熱力学的平衡相として粘土鉱物を析出させる溶解析出法。通常200℃の温度で数日から数10日の水熱反応で多くの粘土鉱物が合成されますが、パイロフィライトや緑泥石などはさらに高い温度を必要とします。(2) 目的とする粘土鉱物に近いモノマーのイオン組成をもつ希薄溶液を用いて、溶液の濃度やpHをゆっくりと変化させたり、溶液の有効反応濃度を錯体の分解などにより変化させることで溶液中から粘土鉱物を析出させる方法です。この方法ではカオリナイトなどの一部の粘土鉱物の合成に成功していますが、溶液の濃度が高くなるとイオンの重合反応が進行して粘土鉱物の生成を疎外する欠点があります.またpHや濃度を急速に変化させると準安定相が出現するため、年単位の極めて長い反応時間を必要とします。(3) 目的とする粘土鉱物に近い組成をもつ非晶質ゲルを用いて、これを適当な温度でエージングすることで結晶化させる方法です。この方法は出発原料となるゲルの構造が目的とする粘土鉱物の構造に近いことが必要とされるため、Mg-Siゲルを出発原料としたMg-系スメクタイトの合成が可能です。
 準安定相として合成する方法にも反応機構の違いにより次の3つの方法があります。(1) 安定相の場合と同様の溶解析出法による方法で,安定相が析出する前に微量の準安定相粘土鉱物が合成できます。この方法では温度が高くなるにしたがい準安定相の溶解と安定相の析出が急速に進行するため、生成物は微量かつ不純物を伴う場合が多いようです。また温度が低い場合には反応速度が緩慢になるため、極めて長い反応時間を必要とします。(2) モノマーのイオンからなる希薄溶液のpHをゆっくりと変化させ、溶液中でのモノマーイオンのイオン間反応により粘土鉱物を合成する方法です。この方法ではAlとSiを含む溶液から数時間から数日の反応でアロフェン及びイモゴライトが得られます。(3) 目的とする粘土鉱物に極めて近い構造をもつ鉱物を出発原料として用いて、その特定サイト中のイオンを他のイオンで交換する方法です。この方法では雲母の層間のKをMgで置換することでバーミキュライトや混合層鉱物が得られます。

4.出発原料
 粘土鉱物の合成にはその研究目的や合成方法により、固体、ゲル、液体、固体混合物など様々な出発原料が使用されます(表2)。溶解析出法による合成では、固体又はゲルを出発原料として、反応溶液は純水や所定の組成及びpH条件に調整したものを使用します。固体の出発原料には結晶と非晶質がありますが、出発原料の完全溶解による合成には溶解速度の速い非晶質原料を用いる方がより短時間に反応が終了します。なお、出発原料の部分溶解による合成の場合には、出発原料の溶解機構に注意する必要があります。多成分系の鉱物やガラスの溶解機構は、通常非化学両論的に進行するため,原料のバクル組成比と溶液中に供給されるイオン比は一致しません。 ゲルを用いる場合は、数種の単成分ゲルを機械的に混合する場合と、必要とする成分を含む有機試薬を混合して同時にゲル化する方法があります。粘土鉱物合成に最も多く使用されるSiゲルは、オルトケイ酸 (Si(OC2H5)4) にエタノールを添加して加水分解することで高純度のゲルが得られます。同様にAlゲルはアルミニウムトリイソプロポキシド (Al(CH3)2CHO)3) の加水分解で得られ、オルトケイ酸とアルミニウムトリイソプロポキシドを所定の組成比に混合して同時にゲル化することで、Si-Alゲルを得ることもできます.また簡単な方法として 塩化アルミニウム (AlCl3) などの無機試薬水溶液にケイ酸ナトリウムを添加し,この溶液の中和反応でSi-Alゲルを得ることもできます。ただし、いずれの場合も溶液の濃度が高くなるとSi及びAlの重合反応が進行するため、原子レベルで均一に混合したゲルを得るには調整濃度を低く抑えることが必要があります。Mgゲルの調整には塩化マグネシウムなどの無機試薬水溶液にアルカリ溶液を添加して、高pH条件にするとゲル化します。Alの場合と同様にケイ酸ナトリウムを添加して同時にゲル化することもできます。  直接析出法による合成では、通常所定の組成に調整した液体原料が用いられ、反応機構の違いにより、無機試薬以外に有機試薬を用いたり、pH調整用や種結晶として固体原料を添加する場合もあります。通常液体原料を用いた合成は100℃以下の低温条件下でモノマーイオンのイオン間反応を利用して粘土鉱物を合成する場合が多いようですが、この場合には同種イオンの重合を抑えるため溶液濃度を極めて希薄状態にすることが大切です。
 その他、岩石や火山灰などの固体混合物を原料とした天然での粘土鉱物の生成機構に関する研究や、籾殻灰や製鉄スラグなどの産業廃棄物の有効利用を目的とした研究なども多数行われています。

5.反応装置
 粘土鉱物の合成は、その研究目的により室温から1000℃以上の高温までの極めて広い温度及び圧力領域で行われています。したがって、合成実験を行うにはこれらの温度と圧力に絶える得る装置を選ぶ必要があります。
 室温での反応は通常のガラス器具で十分ですが、室温以上の温度では溶液の蒸発を抑えるため密閉容器を用いるか,冷却器を接続する必要があります。ただし強アルカリ性条件下での反応ではガラスが腐食するため,テフロン等の容器が望まれます。100℃を越え、220℃以下の場合はステンレスジャケット付の密閉式テフロン反応容器が最も手軽な装置です。内部容量100mlまでのいくつかのタイプが市販されていて、通常の恒温器と組み合わせることで任意の温度設定が可能です。ただし圧力は水蒸気圧になるため、容器内の気相/液相比によりその値を算出する必要があります。
 220℃を越える温度での反応には、特別な反応装置が必要となります。そのうち最も一般的な装置が高温型オートクレーブです。高温型オートクレーブは密閉式の高温高圧反応容器に電気炉が組み合わされた構造で、通常500℃程度の温度まで使用可能です。反応室の容量は数リットル以上あるため,多量の試料を用いた合成に適します。
さらに高温での反応には,白金製反応カプセルを用いたテストチューブ型反応装置が利用されます。この装置は反応ボンベ、電気炉、加圧ポンプ、温度調節器、圧力調節器から構成され、温度と圧力は任意に設定できますが、装置が大型かつ高価であることと反応カプセルの容量が極めて小さく多量の合成試料を得ることができない欠点があります。

6.合成実験例
粘土鉱物の合成実験については“粘土鉱物合成の歴史”の項目で述べたとおり、多数の報告がありますが、ここでは筆者らが行った次の合成実験例を簡単に紹介します。(1) 直接析出法による合成、(2) ゲルからの溶解析出法による合成、(3) 火山ガラスからの溶解析出法による合成、(4) ゲル化-結晶化による合成。 直接析出法による粘土鉱物の合成では、反応速度をコントロールすることで準安定相だけを短時間に析出させることができます。モノマーのAlとSiを含む酸性溶液をゆっくり(年単位)反応させると安定相としてのカオリナイトが析出しますが、急速な(数時間)均一中和反応ではアロフェンが析出します。ただし、アルカリ溶液の添加による方法では部分中和による不均一重合反応が生じるため、いわゆる”Al-Siゲル”が生成し、通常のアロフェンは生成しません。均一中和を行う最も簡単な方法は、モノマーのAl及びSiイオンを含む出発溶液に尿素(CO(NH2)2)を添加し、これを100℃で加熱すると尿素の分解による均一中和が進行します。この、均一中和は数時間以内に完了し、中和の途中からアロフェンが析出します。図3はケイ酸ナトリウムとAlCl3 を用いて、Al濃度 0.01M、Si/Al比=0.0〜2.0の溶液を調整し、この溶液に添加した尿素の分解によって生成したアロフェンの例です。この実験では、アロフェンの生成率はSi/Al=0.6〜0.8で最大値に達し、Si/Al<0.5ではベーマイト、Si/Al>1.0ではhydrous feldspathoidが同時に生成しています。また、Al>0.02M以上の濃度条件ではイオンの重合反応が進行するため、アロフェンの生成率が著しく低下します。

 Si-Alゲルからの溶解析出法では,反応溶液のpHを調整することでカオリナイト又はスメクタイトを比較的簡単に合成することができます。Si/Al=1.5のゲルを用い、Na/Si=1.0のNaClを添加してHCl又はNaOH溶液中で200℃の水熱反応を行うと(表3)、pH2〜pH6で板状カオリナイト、pH6〜pH11ではスメクタイトが生成します(図4)。反応後の溶液の組成を調べると、pH6以下ではカオリナイトの安定領域、pH6以上ではスメクタイトの安定領域にあり、生成物とよい一致を示します。

 火山ガラスを出発物質とした200℃の溶解析出法では、純水を用いた水熱反応でスメクタイト,0.01N酢酸及び0.01NHCl溶液ではカオリナイトが生成します。図5に0.01NHCl溶液中での1, 3, 5, 10, 30日間(A1〜A5)の反応により生成したカオリナイトの例を示しました。なお、反応後の各溶液の組成は、それぞれの生成物の安定領域に一致し(図6)、溶液のpHがスメクタイトとカオリナイトの生成に大きく影響していることがわかります。また、カオリナイトの組成比Sl/Al=1.0に不足するAlを溶液中に添加すると、カオリナイトの生成率が著しく向上します。

 ゲル化-結晶化では、Si-Mgゲルを高アルカリ条件下で水熱処理を行うと、短時間の反応でヘクトライトを合成することができます。Mgイオンは高アルカリ条件下では溶解度が著しく低下し、過剰のMgイオンはブルーサイトとして析出しますが、Siを含む溶液からはきわめて結晶性の低いヘクトライト様のゲルが析出します。このヘクトライト様ゲルをpH>13の高アルカリ条件下で24時間の水熱処理を行うと,反応温度の上昇に伴い結晶性の向上し、ヘクトライトが生成します(図7)。

7.おわりに
 粘土鉱物は地球表層のほぼ全域、あらゆる場所に非晶質から結晶、準安定相から安定相として存在しています。粘土鉱物の生成作用も広範囲に及び、無機的反応から有機的さらに生体反応によっても生成されるため、粘土鉱物の種類や生成機構はきわめて変化に富みます。当然その生成条件も多様ですから、室温から1000℃以上の高温領域、さらに種々の無機イオンから有機分子存在下まで、様々な条件下での合成が行われてきました。また粘土鉱物は触媒、セラミックス、製紙、化粧品、イオン吸着剤などの原材料としての性格もありますので、天然の生成条件から離れて材料合成的な面からの研究も数多く行われています。しかしながら、粘土鉱物の生成機構に直接影響を与えると考えられる次の問題、(1) 出発原料の溶解機構及び溶解速度、(2) 溶液中でのイオンの構造及びイオン間反応、(3) 生成機構へのイオン構造の影響、などは今後の課題として取り残されています。これらの問題は最近注目を集める“地球環境問題”とも直結した課題であるだけに、粘土鉱物学分野からの積極的なアプローチが期待されます。