粘土鉱物の生成

河野元治
鹿児島大学農学部生物資源化学科
〒890-0065 鹿児島市郡元1-21-24
e-mail :kawano@chem.agri.kagoshima-u.ac.jp


1.はじめに
2.地殻を構成する造岩鉱物
3.風化作用による粘土鉱物の生成
4.造岩鉱物の溶解挙動
5.単成分系での固相液相反応
 5.1 シリコン単成分系
 5.2 アルミニウムの溶解度
 5.3 鉄の溶解度
6.Si-Al2成分系での固相液相反応
7.Si-Al-Na3成分系での相平衡
8.熱水環境での粘土鉱物の生成
9.イオンの活動度
10.熱力学データ及び文献

1.はじめに
 粘土鉱物は地殻表層付近での岩石と水の化学反応で生成します。地殻表層には、地表水や地下浅部の地下水のような常温の水以外に、地下の火成活動や高温岩体によって温められた温泉や熱水、地下深部に埋没した堆積物孔隙中の高温の水など、さまざまな水が存在します。粘土はこのような水が岩石と反応する過程で生成されます。一般に、粘土の生成は生成環境の物理化学的因子の違いにより、風化作用、熱水作用、続成作用に大別されます。風化作用は大気圧のもとでの地表水や地下水による常温の反応で、地殻の最表層部で常に進行している反応です。火山灰堆積物からのアロフェン、ハロイサイト、スメクタイトの生成は風化作用による粘土鉱物生成の代表例ですが、地表に存在している岩石や造岩鉱物は程度の差こそあれ、すべて何らかの粘土鉱物を伴っています。熱水作用は比較的高温の水による反応で、地下の熱源により温められた地下水が周囲の岩石と反応する作用です。現在進行している熱水変質作用は日本各地の温泉地帯で見ることができます。なお、地表で進行している反応は温度の制限(100℃以下)を受けるため、カオリナイトやスメクタイトが主体となりますが、地下深部の高温・高圧部ではパイロフィライト、イライト、種々の混合層粘土鉱物が生成します。また、温度や水の性質の違いにより、粘土鉱物以外の様々のシリカ鉱物や硫酸塩鉱物も生成します。続成作用は堆積物が地下深部に埋没することで温度・圧力が増加し、堆積物孔隙中の水と岩石が反応する作用です。日本各地に分布するベントナイト鉱床は、凝灰質堆積物からスメクタイトが生成した続成作用の一例です。なお、続成作用では地下深くなるほど温度が上昇するため、粘土鉱物の種類や化学組成も連続的に変化します。アメリカGulf Coast地域のボーリングコアによる研究では、スメクタイトからイライトへの一連の混合層鉱物の変化がよく知られています。また、秋田県大湯地域ではスメクタイトから緑泥石への混合層構造の断続的な変化が知られています。

 このような粘土鉱物の生成環境では、比較的浅いところでも温泉や熱水が存在するため、風化作用と熱水作用の区別が困難な場合もあります。また、地下深部では一定の割合(1℃/35m)で温度が上昇するため、風化作用は連続的に続成作用へ移行し、その境界も明確ではありません。さらに、同一の生成作用でも生成環境の温度、水のpHや化学組成、岩石の鉱物組成や化学組成の違いにより、生成する粘土鉱物はきわめて多様性に富みます。

 粘土鉱物の生成反応は基本的に溶液からの析出ですから、溶液中のイオンの種類とその濃度が粘土鉱物の生成に最も大きな影響を与えます。これらのイオンは出発物質の溶解によって溶液中に供給されますので、出発物質の化学組成と溶解速度も把握しておくことが大切になります。熱水作用や続成作用では比較的反応速度の速い条件下で化学反応が進行するため、出発物質のバルクとしての化学組成が重要になりますが、風化作用では反応速度がきわめて遅いため、出発物質の溶解速度が溶液中のイオン濃度に大きく影響します。

 この基礎講座では、まず風化環境での造岩鉱物の溶解と溶液からの粘土鉱物の析出について解説し、最後に粘土鉱物の生成に対する温度の影響について述べたいと思います。

2.地殻を構成する造岩鉱物
 地球の表層を構成する地殻は、海洋と大陸でその構造や構成鉱物が大きく異なります。これはその成因や形成年代が全く異なっていることに起因しています。海洋地殻は中央海嶺での火成活動で形成され、プレートの動きに乗って移動し、最終的に海溝においてマントル内部に沈み込んでしまいます。プレートは年間数cmの速度で常に移動するため、海洋地殻は6〜7kmのほぼ均一な厚さをもっています。海洋地殻を形成する火成活動は、上部マントルの断熱上昇による部分溶融によって引き起されます。ここで生じたマグマが冷却して固まった岩石が海洋地殻を形成しますが、海底掘削の結果から、ここで生成する岩石はほぼ均一な玄武岩質の岩石であることが知られています。

 一方、大陸地殻は、地震波速度の変化などから、上部地殻は花崗岩質の岩石、下部地殻は玄武岩質の岩石から構成されていると考えられています。厚さは30〜60kmの範囲で変化し、水平方向の構造や岩石の種類も変化に富むことが知られています。このような大陸上部地殻を構成する花崗岩質の岩石は、沈み込み帯における海洋プレートの部分溶融や大陸地殻下部の部分溶融によってマグマの分化が進行することで生成されると考えられています。大陸地殻の表層はさらに複雑に変化し、構成する岩石も極めて多様です。ここで言う「表層」とは通常の地質図に描かれる領域を意味します。したがって、地質図に書かれているすべての火成岩、堆積岩、変成岩、火山噴出物が粘土鉱物生成の出発物質になります。

 これらの地殻構成物質は様々の鉱物(造岩鉱物)の集合体として存在しています。表1に上部大陸地殻と地表に露出している部分の鉱物組成を示しました。地表露出部では火山岩の占める割合が大きくなるため、火山ガラスの存在量も著しく大きくなる特徴があります。これらの鉱物が水と反応して粘土鉱物を生成することになりますが、石英は水への溶解速度が著しく小さいため、粘土鉱物の生成にはあまり関与しないと考えられています。これに対して、斜長石、カリ長石、火山ガラスは地殻全体の6割近くを占め、溶解速度も比較的速いことから、粘土鉱物生成の出発物質として重要な鉱物です。

 図1に地殻を構成する主要元素の存在割合を示しました。地殻を構成する鉱物の大部分は酸素と他のイオンが結合した酸化物であるため、地殻全体でも酸素の存在割合が最も高くなります。酸素を除くと、Siの存在量が最も高く、次いでAl、そしてFe、Ca、Na、K、Mg の順に存在量が減少していきます。したがって、これらのすべてのイオンが粘土鉱物の生成に関与してくることになりますが、鉱物の溶解速度の違い、個々のイオンの鉱物からの溶脱速度や溶液中での挙動の違いが粘土鉱物の生成反応をきわめて複雑なものにしています。

3.風化作用による粘土鉱物の生成
 風化作用による粘土鉱物の生成は、岩石と地表水の接触を出発点として、岩石を構成している種々の鉱物の水への溶解、溶脱イオンの再結合と析出の一連の化学反応により進行します。例えば、代表的な造岩鉱物の一種のアノーサイトからのカオリナイトの生成反応は、

   CaAl2Si2O8 + 2H+ + H2O → Al2Si2O5(OH)4 + Ca2+ .................... (1)

となります。この反応式はアノーサイトが水に溶解してカオリナイトが生成する反応の出発点と終点を表現したもので、もっと分かりやすく書きなおすと、

   CaAl2Si2O8 + 8H+  → Ca2+ + 2Al3+ + 2H4SiO4 .................... (2)
   2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O → Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ .................... (3)

の2つの反応で示すことができます。(2)の反応はアノーサイトが水に溶解してCa2+、Al3+、H4SiO4に分解する反応を表し、(3)の反応は溶液中のAl3+、H4SiO4、H2Oが反応してカオリナイトを生じる反応を表しています。

 では、アノーサイトと水の反応では常にカオリナオトが生成するかというと、これは誤りです。粘土鉱物の生成には、各粘土鉱物ごとにある一定のイオン濃度が必要で、溶液中のイオン濃度がそのレベル(飽和濃度)に達した時点で生成反応が進行します。アノーサイトが純水に溶解する場合には、溶解の出発点ではイオン濃度はゼロですが、溶解の進行に伴いイオン濃度は次第に上昇していきます。イオン濃度がカオリナイトの飽和点以下の領域ではギブサイト(Al(OH)3)が生成し、飽和点に達した時点で一旦生成したギブサイトの溶解とカオリナイトの生成に移行します。溶液中のイオン濃度がさらに上昇すると、スメクタイトの飽和点に達して、カオリナイトの溶解とスメクタイトの生成反応が進行します。このように、粘土鉱物の生成過程では、溶液中のイオンの種類やその濃度により生成する粘土鉱物は大きく変化します。

天然の風化環境では、様々な化学組成をもつ造岩鉱物が粘土鉱物生成の出発物質になります。これらの造岩鉱物は化学組成の多様性に加えて、溶液への溶解挙動にも大きな違いがあります。さらに、風化環境に存在する水は、常に移動する場所もあれば、滞留する場所もあります。また、蒸発による濃縮や雨水による希釈なども生じます。そのため、風化環境での溶液中のイオンの種類や濃度はきわめて変化に富み、そこで生成される粘土鉱物の種類や組成も多様なものとなります。このような風化環境での粘土鉱物の生成過程を把握するには、イオン供給源である地殻を構成する鉱物の種類と存在量、それらの鉱物の溶解挙動、溶液中でのイオンの溶解度とイオン間反応、溶液中のイオンの種類及びそられの濃度と粘土鉱物の安定関係などを理解することが大切です。

4.造岩鉱物の溶解挙動
風化環境で生成される粘土鉱物はSiやAlを主要構成元素とするため、これらの元素が生成環境の溶液中にイオンとして存在することが、粘土鉱物生成の必要条件になります。通常、これらのイオンは地殻を構成する種々の造岩鉱物が水に溶けることにより供給されますが、その供給量や供給されるイオンの割合は各々の造岩鉱物の溶解挙動によって規制されます。ここで言う溶解挙動とは、鉱物全体としての溶解速度と鉱物を構成する個々のイオンの溶脱速度の2つの意味を含んでいます。まず、鉱物の溶解速度については、溶液の温度やpH、溶液中に存在する無機及び有機イオン、さらにその鉱物の結晶構造や化学組成によって大きな違いが現れます。図2に25℃での異なるpH条件下でのアルバイトの溶解速度の変化を示しました。この図によりますと、アルバイトの溶解速度log K (mol/cm2/sec)は、中性付近で最も小さく、酸性領域ではpHの減少に伴いlogK=0.5/pHの割合で溶解速度が増加します。同様に、アルカリ性領域ではpHの上昇によりlogK=0.3/pHの割合で溶解速度が増加することが分かります。また図3には化学組成の異なる斜長石の溶解速度の変化を示しました。この図から、斜長石の溶解速度はAn成分が増すに従い増加し、アノーサイトの溶解速度はアルバイトの約10,000倍の溶解速度を示すことが分かります。



その他の鉱物については、表2に25℃でのpH7〜5の溶液に対する代表的な造岩鉱物の溶解速度を示しました。おおまかな傾向として、造岩鉱物の溶解速度の変化はマグマから結晶化順序とほぼ一致し、カンラン石はアルカリ長石長石と比べて約1000倍速く溶解することが分かります。このように、鉱物の溶解速度は溶液の温度や化学組成などの外的因子と鉱物自体の化学組成や構造などの内的因子によって大きく変化します。


また、各鉱物を構成している個々のイオンの溶脱速度の違いも粘土鉱物の生成に大きな影響を与えます。通常、造岩鉱物を構成する個々のイオンの溶脱速度は一定ではありません。造岩鉱物が溶液に接すると、アルカリイオンやアルカリ土類イオンの溶脱が急速に進行し、SiやAlの溶脱はその後にゆっくりと進行します。また、SiとAlの溶脱速度も溶液のpHにより変化し、酸性条件ではAlの溶脱が著しく速くなることが知られています。その結果、風化環境のような比較的緩慢な反応条件下では溶液の組成は出発物質の組成と大きく異なる場合が一般的です。

5.単成分系での固相液相反応
5.1 シリコン単成分系
 造岩鉱物を構成する主要元素には、Si、Al、Fe、Mg、Ca、Na、Kなどがあります。これらの元素が溶液中に放出され、粘土鉱物を生成することになりますので、溶液中でのこれらイオンの溶解度を把握しておくことが大切です。一般にイオンの溶解度はイオンの種類、溶液のpH、温度、共存イオンの濃度など様々な因子により変化します。そこで、まず25℃の常温でのSi単成分系の溶解度について考えてみます。溶液中でのSiイオンの形態にはH4SiO4、H3SiO4-、H2SiO42-、HSiO43-、SiO44-が知られています。これらの5つのイオンはそれぞれ溶液中での溶解度が異なります。一方、Si単成分系の固相にはアモルファスシリカ、石英、クリストバライト、トリディマイトなどがあります。したがって、Siの溶解度とは5つの各Siイオンと各Si固相間の平衡関係を明らかにすることを意味します。ここでは固相としてアモルファスシリカを選び、各Siイオンとの平衡関係を検討します。まず、アモルファスシリカの溶解反応を化学式に表すと、次のように表現できます。

   1) SiO2 + 2H2O → H4SiO4 .................... (4)
   2) SiO2 + 2H2O → H3SiO4- + H+ .................... (5)
   3) SiO2 + 2H2O → H2SiO42- + 2H+ .................... (6)
   4) SiO2 + 2H2O → HSiO43- + 3H+ .................... (7)
   5) SiO2 + 2H2O → SiO44- + 4H+ .................... (8)

これらの化学反応の向きが→のときは溶解で、←の場合は析出です。平衡とは→と←が釣り合っている状態のことで、見かけ上反応が停止しているように見えますが、けっして停止している状態ではありません。反応が進行して平衡に達した場合、各反応の平衡定数Kは次の式で与えられます。

   K = [H4SiO4] / [SiO2][H2O]2 =[H4SiO4] .................... (9)
   K = [H3SiO4-][H+] / [SiO2][H2O]2 = [H3SiO4-][H+] .................... (10)
   K = [H2SiO42-][H+]2 / [SiO2][H2O]2 = [H2SiO42-][H+]2 .................... (11)
   K = [HSiO43-][H+]3 / [SiO2][H2O]2 = [HSiO43-][H+]3 .................... (12)
   K = [SiO44-][H+]4 / [SiO2][H2O]2 = [SiO44-][H+]4 .................... (13)

なお、ここに示された[ ] は活動度を表し、固相とH2Oは1として取り扱います。一方、イオンの活動度は実際に化学反応に関与する有効濃度を意味し、化学分析から得られたモル濃度よりやや低い値になります。ある化学種iの活動度[M]とモル濃度(M)の関係は、活動度係数をγiとすれば、

   [M] = γi (M) .................... (14)

となります。活動度係数は完全な水和イオン状態からのずれを示す補正係数で、無限希薄溶液ではγi =1となります。通常の粘土鉱物生成環境を解析する場合もγi =1、すなわち活動度=モル濃度として計算しても大きな誤差は生じませんが、より正確な解析を行う場合には各化学種の活動度を求める必要があります。活動度の計算方法は「9.イオンの活動度」の項目で説明していますので、ご参照ください。以降のこの解説では、活動度=モル濃度として取り扱います。
 ここで、式(9)から(13)の平衡定数Kの値は標準自由エネルギー変化ΔGoから次の式により計算できます。

   ΔGo = -R T In K .................... (15)
    R.....ガス定数 (1.986 cal deg-1 mol-1)
    T.....絶対温度
    K.....平衡定数

25℃の平衡定数Kを、常用対数で書き換えると、
   ΔGo = -1.364 logK .................... (16)
よって、
   logK = - ΔGo /1.364 .................... (17)
となります。一方、標準自由エネルギー変化ΔGoは、次の式から簡単に求めることができます。

   ΔGo = ΣΔGfo (生成系) - ΣΔGfo (反応系) .................... (18)

ここで、ΔGfo (生成系)は生成系化学種の標準生成自由エネルギー(化学反応式の右辺)、ΔGfo (反応系))は反応系化学種の標準生成自由エネルギー(化学反応式の左辺)を表します。各化学種の標準生成自由エネルギーの値は、多くの地球化学関連の教科書にまとめられていますので、それらを参照してください。代表的な文献に、Garrels and Christ (1965), Berner (1971), Lindsay (1979), Krauskopf and Bird (1995), Stum and Morgan (1996)などがありますが、同じ化学種でも文献により値が若干異なりますので、値の採用には注意が必要です。
 アモルファスシリカとH4SiO4イオンの平衡状態での標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   SiO2 + 2H2O → H4SiO4
   ΔGo = ΔGfo (H4SiO4) - (ΔGfo (SiO2) + 2xΔGfo (H2O))
      = (-312.8) - ((-203.1) + 2x(-56.69))
      = 3.68 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - 3.68 /1.364
      = - 2.70
また、式(9)でK = [H4SiO4]が得られているので、H4SiO4の濃度は、
   log[H4SiO4] = - 2.70 .................... (19)
となります。ここで得られた値は、アモルファスシリカとH4SiO4イオンの平衡はH4SiO4の濃度が10-2.70モルで成立していることを意味し、溶液のpHに依存しないことも同時に表しています。

 一方、アモルファスシリカとH3SiO4- イオンの平衡状態での標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   SiO2 + 2H2O → H3SiO4- + H+
   ΔGo = (ΔGfo (H3SiO4-) + ΔGfo (H+)) - (ΔGfo (SiO2) + 2xΔGfo (H2O))
     =((-299.42) + (0)) - ((-203.1) + 2x(-56.69))
     = 17.06 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - 17.06 /1.364
      = - 12.51
また、K = [H3SiO4-][H+]が得られているので、H3SiO4-の濃度は、
   log[H3SiO4-][H+] = - 12.51
-log[H+]をpHで表すと、
   log[H3SiO4-] = -12.51 + pH .................... (20)
に変換されます。この式は、アモルファスシリカと平衡関係にあるH3SiO4-イオンの濃度はpHの一次関数であること意味し、pHが高くなるにしたがってH3SiO4-イオン濃度が高くなることを表しています。同様に、H2SiO42-、HSiO43-、SiO44-イオンの濃度は、

   log[H2SiO42-] = -25.78 + 2pH .................... (21)
   log[HSiO43-] = -35.65 + 3pH .................... (22)
   log[SiO44-] = -48.75 + 4pH .................... (23)

となります。以上の5つのSiイオンの濃度をグラフに描くと図4が得られます。この図の太線で囲まれた(図の左上)領域は、アモルファスシリカに対してSiの過飽和領域、これより下の領域は不飽和領域になります。


5.2 アルミニウムの溶解度
 Alは地殻構成元素のうちSiに次いで存在量の多い元素で、粘土鉱物の主要構成元素でもあります。Alイオンの形態には種々の化学種が知られていますが、通常Al3+とAl(OH)4-でAlイオンの溶解度は表現できます。Al単成分の固相にはアモルファスAl水酸化物、ギブサイト、ノードストランダイト、バヤライトなどが知られていますが、ここではアモルファスAl水酸化物(Al(OH)3)とAl3+及びAl(OH)4-の平衡関係を考えます。まず、アモルファスAl水酸化物の溶解反応を化学式で表すと、次のように表現できます。

   1) Al(OH)3 + 3H+ → Al3+ + 3H2O .................... (24)
   2) Al(OH)3 + OH- → Al(OH)4- .................... (25)

式(24)の平衡定数Kは、
   K = [Al3+][H2O]3 / [Al(OH)3][H+]3 .................... (26)
[H2O]=1、[Al(OH)3]=1より、
   K = [Al3+] / [H+]3 .................... (27)
が得られます。ここで、標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = (ΔGfo (Al3+) + 3xΔGfo (H2O)) - (ΔGfo (Al(OH)3) + 3xΔGfo (H+))
     = ((-115.0) + 3x(-56.69)) - ((-271.9) + 3x(0))
     = -13.17 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - (-13.17) /1.364 
     = 9.66
また、式(27)でK = [Al3+] / [H+]3が得られているので、Al3+の濃度は、
   log[Al3+] / [H+]3 = 9.66
-log[H+]をpHで表すと、
   log[Al3+] = 9.66 - 3pH .................... (28)
となります。この式は、Al3+濃度はpHの一次関数で、酸性領域でAl3+濃度が著しく上昇することを意味します。

 一方、式(25)のギブサイトとAl(OH)4-イオンの平衡関係は、
   K = [Al(OH)4-] / [Al(OH)3][OH-]
    = [Al(OH)4-] / [OH-] .................... (29)
ここで、水の溶解度積Kwは、
   Kw = [H+][OH-] = 10-14 .................... (30)
より、
   [OH-] = 10-14 / [H+]
式(29)に式(30)をに代入して書き換えると、
   K = [Al(OH)4-][H+] /10-14 .................... (31)
となります。
この平衡状態での標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = ΔGfo (Al(OH)4-) - (ΔGfo (Al(OH)3) + ΔGfo (OH-))
     = (-311.3) - ((-271.9) + (-37.6))
     = -1.8 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - (-1.8) /1.364
      = 1.32
また、式(31)でK = [Al(OH)4-][H+] /10-14が得られているので、Al(OH)4-の濃度は、
   log[Al(OH)4-][H+] /10-14 = 1.32
-log[H+]をpHで表して書き換えると、
   log[Al(OH)4-] = pH - 12.68 .................... (32)
が導かれます。この式はAl3+濃度の変化とは逆に、アルカリ性領域でAl(OH)4-濃度が著しく上昇することを意味します。以上のギブサイトと平衡関係にあるAl3+ とAl(OH)4- の濃度をpHに対して描くと図5のグラフが得られます。

5.3 鉄の溶解度
 FeはSi、Alに次いで地殻中に多い元素で、いくつかの粘土鉱物の主要構成元素です。Feイオンの主な形態には酸化形のFe3+及びFe(OH)4-と還元形のFe2+及びFe(OH)42-があります。これらのFeイオンは溶液中での溶解度が著しく異なりますので、注意が必要です。粘土鉱物の生成は地殻最表層の大気と接する酸化環境以外に、大気から遮断された還元環境でも進行します。したがって、酸化還元条件下でのFeイオンの挙動を把握しておくことが大切です。まず、酸化環境でのFe3+及びFe(OH)4-イオンの溶解度について考えます。これらのイオンのFe単成分固相のアモルファスFe水酸化物Fe(OH)3との平衡関係は次の反応式で表現できます。

   1) Fe(OH)3 + 3H+ → Fe3+ + 3H2O .................... (33)
   2) Fe(OH)3 + H2O → Fe(OH)4- + H+ .................... (34)

式(33)の平衡定数Kは、Al3+の場合と同様に、
   K = [Fe3+] / [H+]3 .................... (35)
で与えられます。ここで、標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = ((-2.52) + 3x(-56.69)) - ((-166.0) + 3x(0))
     = -6.59 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - (-6.59) /1.364 
      = 4.83
また、式(35)でK = [Fe3+] / [H+]3が得られているので、
   log[Fe3+] / [H+]3 = 4.83
-log[H+]をpHで表すと、
   log[Fe3+] = 4.83 - 3pH .................... (36)
となります。
 また、式(34)のFe(OH)4-イオンとFe(OH)3との平衡関係は、
   K = [Fe(OH)4-][H+] .................... (37)
この反応の標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = ((-201.32) + (0)) - ((-166.0) + (-56.69))
     = 21.37 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、
   logK = - 21.37 /1.364
      = -15.67
また、式(37)の平衡関係から、
   log[Fe(OH)4-][H+] = -15.67
-log[H+]をpHで表すと、
   log[Fe(OH)4-] = pH - 15.67 .................... (38)
となります。

 次に、還元環境でのFe2+及びFe(OH)42-とアモルファスFe水酸化物Fe(OH)2との平衡関係は、次の式によって与えられます。

   1) Fe(OH)2 + 2H+ → Fe2+ + 2H2O .................... (39)
   2) Fe(OH)2 + 2H2O → Fe(OH)42- + 2H+ .............................. (40)

この反応式から、酸化環境の場合と同様の方法で平衡定数Kと溶解度を求めると、式(39)の反応は、
   logK = 13.28
   log[Fe2+] = 13.28 - 2pH .................... (41)
式(40)の反応は、
   logK = -32.02
   log[Fe(OH)42-] = - 32.02 + 2pH .................... (42)
が得られます。図6はこれらの結果から、アモルファスFe水酸化物と平衡関係にあるFeイオンのpHに対する濃度変化を示したものです。この図から、仮にpH4の酸性溶液中に飽和状態で存在するFe2+が完全にFe3+に酸化された場合、溶液中のFeイオンの変化は、104.9モルから10-10.45モルに減少し、Feイオンの大部分がFe(OH)3として析出することが分かります。ちなみに、Fe(OH)3で表すことのできる鉱物は存在しません、本来であればフェリハイドライトに相当する鉱物が析出することになりますが、フェリハイドライトの正確な標準生成自由エネルギーの値が得られていないので、Fe(OH)3で代用しているだけです。

6.Si-Al2成分系での固相液相反応
 Si-Al2成分系粘土鉱物の代表例にはカオリングループのカオリナイト(Al2Si2O5(OH)4)とハロイサイト(Al2Si2O5(OH)4)があり、両者は同じ化学組成をもっています。同一グループのディッカイトやナクライト、その他にパイロフィライトなどもSi-Al2成分系に属しますが、これらの粘土鉱物は高温の熱水環境で生成されるため、”熱水環境”の項目で取り扱います。カオリナイトとハロイサイトは長石や火山ガラスの風化過程でよく生成することが知られています。これらの粘土鉱物の溶液中での平衡反応は次の式で表すことができます。

   Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ → 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O .................... (43)

この反応の平衡定数Kは、
   K = [Al3+]2[H4SiO4]2[H2O] / [Al2Si2O5(OH)4][H+]6
[H2O]=1、[Al2Si2O5(OH)4]=1より、
   K = [Al3+]2[H4SiO4]2 / [H+]6 .................... (44)
で与えられます。ここで、カオリナイトの平衡反応における標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = (2xΔGfo (Al3+) + 2xΔGfo (H4SiO4) + ΔGfo (H2O))
                - (ΔGfo (Al2Si2O5(OH)4) + 6xΔGfo (H+))
     = (2x(-115.0) + 2x(-312.8) + (-56.69)) - ((-902.9) + 6x(0))
     = -9.39 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
  logK = - (-9.39) /1.364
     = 6.88
この値を式(44)に代入すると、
   log[Al3+]2[H4SiO4]2 / [H+]6 = 6.88
-log[H+]をpHで表して書き換えると、
   pH + 1/3log[Al3+] = 1.15 - 1/3log[H4SiO4] .................... (45)
が得られます。同様にハロイサイトの平衡定数Kは、
   logK = - (-13.89) /1.364 
      = 10.18
この値を式(44)に代入して整理すると、
   pH + 1/3log[Al3+] = 1.70 - 1/3log[H4SiO4] .................... (46)
となります。図7はこれらの結果をグラフに描いたもので、カオリナイトに比べてハロイサイトの生成にはより高いイオン濃度が必要であることが理解されます。


 Si-Al2成分系では、Si単成分系のアモルファスシリカ(SiO2)とAl単成分系のアモルファスAl水酸化物(Al(OH)3)も生成されます。これらの固相をSi-Al2成分系の図に描くと、アモルファスシリカについては式(19)から、
   log[H4SiO4] = - 2.70 .................... (47)
また、カオリナイトとの平衡反応は、
   Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ → 2Al3+ + 2SiO2 + 5H2O
この反応の平衡定数Kは、
   K = [Al3+]2[SiO2]2[H2O]5 / [Al2Si2O5(OH)4][H+]6
    = [Al3+]2 / [H+]6 .................... (48)
となります。また、標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo =(2x(-115.0) + 2x(-203.1) + 5x(-56.69)) - ((-902.9) + 6x(0))
      = -16.75 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次のようになります。
   logK = - (-16.75) /1.364 
      = 12.28
ここで、式(48)から、
   log[Al3+]2 / [H+]6 = 12.28
この式を整理すると、
   pH + 1/3[Al3+] = 2.05 .................... (49)
となり、この式がカオリナイトとアモリファスシリカの平衡関係を表すことになります。
 一方、アモルファスAl水酸化物については、式(28)を書き換えて、
   pH + 1/3log[Al3+] = 3.22 .................... (50)
また、カオリナイトとの平衡反応は、
   Al2Si2O5(OH)4 + 5H2O → 2Al(OH)3 + 2H4SiO4
この反応の平衡定数Kは、
   K = [Al(OH)3]2[H4SiO4]2 / [Al2Si2O5(OH)4][H2O]5
    = [H4SiO4]2 .................... (51)
また、標準自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo =(2x(-271.9) + 2x(-312.8)) - ((-902.9) + 5x(-56.69))
     = 16.95 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、次の値となります。
   logK = - 16.95 /1.364 
     = - 12.43
ここで、式(51)から、
   log[H4SiO4]2 = -12.43
よって、
   log[H4SiO4] = -6.21 .................... (52)
が得られ、カオリナイトとアモルファスAl水酸化物の平衡関係はSi濃度が10-6.21モルで成り立つことが分かります。図8はこれらSi-Al系の計算結果をすべて図に描いたもので、固相名の表示された領域が各々の固相の安定領域を示しています。


7.Si-Al-Na3成分系での相平衡
 ある系内での固相の生成と溶解は、その系内に存在する各イオンの濃度によって決定されます。Si、Al、Naの3成分を考えると、この系内で生成される固相(安定相)には、ギブサイト(Al(OH)3)、カオリナイト(Al2Si2O5(OH)4)、スメクタイト(Na0.33Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2)、アルバイト(NaAlSi3O8)などがあります。これらの固相が系内で安定に存在するためには各固相ごとに特定のイオン濃度を必要とし、その濃度は各固相間の平衡関係によって決定されます。これらの固相の平衡関係は次の5つの反応式で表すことができます。

 1) カオリナイト → ギブサイト
   Al2Si2O5(OH)4 + 5H2O → 2Al(OH)3 + 2H4SiO4 .................... (53)
 2) スメクタイト → カオリナイト
   6Na0.33Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2 + 2H+ + 23H2O →
          7Al2Si2O5(OH)4 + 2Na+ + 8H4SiO4 .................... (54)
 3) アルバイト → スメクタイト
   7NaAlSi3O8 + 6H+ + 20H2O →
       3Na0.33Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2 + 6Na+ + 10H4SiO4 .................... (55)
 4) アルバイト → カオリナイト
   2NaAlSi3O8 + 2H+ + 9H2O → Al2Si2O5(OH)4 + 2Na+ + 4H4SiO4 .................... (56)
 5) アルバイト → ギブサイト
   NaAlSi3O8 + H+ + 7H2O → Al(OH)3 + Na+ + 3H4SiO4 .................... (57)

ここで、各反応の平衡状態におけるイオン濃度を求めると、式(53)のカオリナイトとギブサイトの平衡定数Kは、
   K = [Al(OH)3]2[H4SiO4]2 / [Al2Si2O5(OH)4][H2O]5
    = [H4SiO4]2 .................... (58)
この反応における標準自由エネルギー変化ΔGoは、
  ΔGo = (2x(-273.5) + 2x(-312.8)) - ((-902.9) + 5x(-56.69))
    = 13.75 (kcal/mol)
よって、平衡定数Kは、
  logK = - 13.75/1.364
    = -10.08
また、式(58)から、
   log[H4SiO4]2 = -10.08
両辺を2で割ると、
   log[H4SiO4] = -5.04
が得られます。この値はカオリナイトとギブサイトの平衡関係が、溶液中のH4SiO4濃度に依存し、10-5.04モルより小さい場合にギブサイト、大きい場合にカオリナイトが安定であることを示しています。同様に、式(54)から(57)の平衡関係を計算すると、次の式が得られます。
   log[Na+]/[H+] = -8.27 - 4log[H4SiO4] .................... (59)
   log[Na+]/[H+] = 1.835 - 5/3log[H4SiO4] .................... (60)
   log[Na+]/[H+] = 0.392 - 2 log[H4SiO4] .................... (61)
   log[Na+]/[H+] = -4.65 - 3log[H4SiO4] .................... (62)
図9は以上の5つの計算結果を図に描いたもので、Si-Al-Na系相安定度図と呼ばれています。図中の固相名を表示した領域は各々の固相の安定領域を表し、その境界が固相間の平衡を意味します。なお、この図に使用したアルバイトは溶液中の反応では生成せず、実際にはアナルシム(NaAlSi2O6・H2O)が生成します。したがって、アルバイトの代わりにアナルシムを用いて相安定度図を作成した方がより実際の反応に近いと言えます。


8.熱水環境での粘土鉱物の生成
 粘土鉱物の生成は熱水変質作用や続成作用のような高温の水との反応でも進行します。このような生成環境では、鉱物資源として採掘の対象となるような大規模な粘土鉱床を形成する例も多数知られています。高温条件での反応は、風化反応のような常温の反応といくつか異なる点があります。まず、生成反応に関わるすべての反応速度が著しく増大すること、溶液の組成に対する粘土鉱物の安定性が変化すること、そして温度そのものに対する粘土鉱物の安定性が変化することが高温での反応の大きな特徴です。

反応速度については、出発物質の溶解速度と溶液からの粘土鉱物の析出速度がありますが、これらの反応速度はともに次のアレニウス式に従って増大します。

   k = Aexp(-E/RT) .................... (63)

ここで、kは速度定数、Aは頻度因子とよばれる定数、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは反応温度(絶対温度)です。
 図10に石英の溶解速度定数のアレニウスプロット例を示しました。 このグラフの傾は溶解の活性化エネルギーを表していますが、活性化エネルギーは反応機構に変化がない場合には一定の値をもつため、溶解の速度定数は反応温度とともに増大することになります。溶液からの粘土鉱物の析出速度も同様に反応温度に対してアレニウス式に従って増大します。


 溶液の組成に対する粘土鉱物の安定性の変化については、温度により粘土鉱物の平衡定数が変化することを意味します。例えば、石英の溶液中での溶解反応は、
   SiO2 + 2H2O → H4SiO4 .................... (64)
この反応の平衡定数は、次の示され、
   K = [H4SiO4] / [SiO2][H2O]2 =[H4SiO4] .................... (65)
25℃での値を計算すると、logK=-3.82になります。同様にギブサイトの溶解反応は、
   Al(OH)3 + 3H+ → Al3+ + 3H2O .................... (66)
平衡定数は、
   K = [Al3+] / [H+]3 .................... (67)
となり、25℃での値はlogK= 8.49になります。これらの反応の高温溶液中での平衡定数は、
   ΔGo = ΔHo - TΔSo .................... (68)
の関係を用いて求めることができます。ここで、ΔHo は標準エンタルピー、ΔSoは標準エントロピー変化、Tは絶対温度です。ΔHo とΔSoは、
   ΔHo = ΣΔHfo(生成系) - ΣΔHfo(反応系) .................... (69)
   ΔSo = ΣS
o(生成系) - ΣSo(反応系) .................... (70)
の式で与えられます。ΔHfoは標準生成エンタルピー、Soは標準エントロピーです。なお、平衡定数Kと標準自由エネルギー変化ΔGoの関係は、
   ΔGo = - R T In K .................... (71)
これより平衡定数Kは
   log K = -ΔGo / 4.576 x T x 10-3 .................... (72)
で近似できます。以上の方法で100℃溶液中での石英の平衡定数を求めると、まず標準エンタルピーΔHo は式(69)より、
   ΔHo = ΔHfo(H4SiO4) - (ΔHfo(SiO2) + 2xΔHfo(H2O))
     = (-349.1) - ((-217.7) + 2x(-68.32))
     = 5.24 (kcal/mol)
また、標準エントロピー変化ΔSoは式(70)より、
   ΔSo = So(H4SiO4) - (So(SiO2) + 2 x So(H2O))
     = (43.4) - ((9.88) + 2x(16.72))
     = 0.08 (cal/mol)
よって、100℃での自由エネルギー変化ΔGoは、
   ΔGo = 5.24 - 373.15 x 0.08/1000
     = 5.210 (kcal/mol)
これより、式(72)を用いて平衡定数Kを求めると、
   log K = - 5.210 / 4.576 x 373.15 x 10-3
     = - 3.051
が得られます。同様の方法で計算した石英とギブサイトの300℃までの平衡定数を図11に示しました。石英の平衡定数は温度が高くるにしたがい大きくなりますが、ギブサイトは逆に小さくなります。このことは、高温ほど石英の溶解度は高くなり、ギブサイトの溶解度が小さくなることを意味しています。


 一方、多成分系のカオリナイト、スメクタイト、イライトの溶解反応とそれらの平衡定数は、

 (1) カオリナイトの溶解
   Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ → 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O
   logK = [Al3+]2[H4SiO4]2/[H+]6 .................... (73)
 (2) スメクタイトの溶解
   3Na0.33Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2 + 22H+ + 8H2O → Na+ + 7Al3+ + 11H4SiO4
   logK = [Na+][Al3+]7[H4SiO4]11/[H+]22 .................... (74)
 (3) イライトの溶解
   KAl2(Si3Al)O10(OH)2 + 10H+ → K+ + 3Al3+ + 3H4SiO4
   logK = [K+][Al3+]3[H4SiO4]3/[H+]10 .................... (75)

で表すことができます。式(73)から(75)の平衡定数の温度変化を計算した結果が図12です。それぞれの粘土鉱物で変化の大きさは異なりますが、温度の上昇により平衡定数が小さくなります。このことは、熱水環境ではより低いイオン濃度で粘土鉱物の生成が進行することを意味します。


 温度に対する粘土鉱物の安定性については、粘土鉱物の種類によって安定に存在できる温度領域が異なることを理解しておくことが重要です。最もよく知られた例の一つにギブサイトの転移があります。ギブサイトは花崗岩の風化地帯などにしばしば産出しますが、熱水変質作用ではほとんど生成しません。これは高温条件ではベーマイトがより安定で、ギブサイトからベーマイトへの転移が進行することに起因しています。水熱反応実験により求められたギブサイト-ベーマイト転移温度は約130℃で、さらに高温では約275℃でベーマイトからダイアスポアへの転移、約400℃でダイアスポアからコランダムへの転移が知られています(図13)。ただし実験条件の違いによりそれぞれの転移温度には大きなばらつきがあり、アモルファスAl水酸化物をpH7〜8の溶液中で水熱反応を行った場合、約60℃付近でベーマイトが生成することも知られています。


 天然の熱水変質地帯を調査すると、しばしば変質の中心部から外側に向って粘土鉱物の帯状分布を観察することができます。このような帯状分布も粘土鉱物の熱安定性に起因したものの一つです。鹿児島県枕崎地域には、新第三紀の安山岩中に酸性熱水の作用により形成された変質地帯が分布しています。この熱水変質地帯では変質の中心部にSiO2=90〜95%の珪化岩が形成され、その外側にパイロフィライト→カオリナイト→レクトライト→スメクタイトの帯状分布が認められます。パイロフィライトとカオリナイトは共にSi-Al2成分系の粘土鉱物で、パイロフィライトはカオリナイトよりも高温で安定であると考えられています。実験室でカオリナイトの水熱反応を行うと300℃付近でパイロフィライトに転移することが知られています。これも実験条件の違いによりその温度には大きなばらつきがありますが、変質の中心に近い高温部ではパイロフィライトが生成し、その外側の温度の低い部分でカオリナイトが生成したものと考えられます。また、レクトライトもスメクタイトより高温で安定であることが知られています。レクトライトはイライト/スメクタイト(I/S)混合層鉱物の一種で、イライト層とスメクタイト層が1:1の割合で交互に積層した粘土鉱物です。各地の続成作用によるスメクタイトからイライトへの変化過程では、60〜80℃でスメクタイトからI/Sへの変化がはじまり、100〜160℃でレクトライト型構造、200℃付近でほぼイライトに近い構造に変化することが知られています。このようなスメクタイトからイライトへ変化する機構を固相転移メカニズムとよび、比較的ゆっくりと反応が進行する場合に見られる反応です。一方、熱水変質作用の場合は急激な温度勾配のもとで短時間に反応が進行するため、スメクタイトの溶解とレクトライトの再結晶作用により反応が進行するネオフォーメーションを支持する考えもあります。いずれにしても、レクトライトの生成にはスメクタイトよりも高い温度を必要とします。

9.イオンの活動度
 溶液中での粘土鉱物の平衡を取り扱う場合、溶液中の各イオンのモル濃度と実際に反応に関与する有効濃度とは異なる値を取ることに注意する必要があります。無限希釈溶液ではモル濃度=活動度となりますが、それ以外ではイオン間の相互作用のためモル濃度>活動度となります。イオンiの活動度[M]とモル濃度(M)の関係は、活動度係数をγiとすれば、[M] = γi (M) となります。活動度係数は完全な水和イオン状態からのずれを示す補正係数で、溶液のイオン強度の関数として定義されます。なお、イオン強度 I は次の式で計算することができます。

   I = 1/2・Σmi zi2 .................... (76)

ここで、miとziはイオンiのモル濃度と電荷を表しています。イオン強度が得られると、この値を用いてイオンiの活動度係数γiは理論的に求めることができます。通常用いられる方法に、Debye-Huckelの式又はDaviesの式を用いた計算手法があります。Debye-Huckelの式は、

   - log γi = Azi2I1/2 / (1 + aiBI1/2) .................... (77)

で与えられ、ziはイオンの電荷、AとBは温度と溶媒の性質によって定まる定数で、25℃の水溶液の場合はA=0.5085、B=0.3281x10-8になります。aiはイオンの大きさに関するパラメータで、水和イオンの大きさとほぼ一致した値を取ります。一方、Daviesの式はイオンの大きさに関するパラメータを含まず、次の式でイオンの活動度係数を求めることができます。

   - log γi = Azi2 (I1/2 /(1 + I1/2 ) - 0.3 I) .................... (78)

ただし、天然の水には様々なイオンが共存しているうえ、それらの個々のイオンは遊離イオンの形で存在しているだけではなく、さらに複雑なイオン対の形でも存在しています。例えば、海水中のNaは遊離イオンのNa+以外に、NaSO4-、NaHCO30、NaCO3-、NaOH0などの形で存在し、Caについても、Ca2+以外に、CaSO40、CaHCO3+、CaCO30、CaOH+、CaHSO4+などが存在しています。通常の化学分析で得られる値はこれらの溶存状態を無視した全モル濃度であって、これらの化学種を状態別に定量分析することはきわめて困難です。そのため、溶液中のイオンの活動度を求めるには、イオン対の会合定数のデータを用いて、個々のイオン対の濃度を一つ一つ計算で求める以外に方法はありません。このように、溶液中のイオンの活動度を求めるには膨大な量の計算が必要となります。なお、最近はこれらの計算を実行してくれるいくつかのコンピュータプログラムが公開されていますので、それらを用いることで比較的簡単にイオンの活動度や様々な鉱物に対する溶液の飽和状態を求めることができます。代表的なプログラムとしては、「WATEQ4F」、「EQ3/6」、「MINTEQ」などがよく知られています。これらのプログラムは「高度情報科学技術研究機構原子力コードセンターデータベース」に登録されていますので、コードセンターから入手することができます。また,インターネットでもいくつかのプログラムが公開されていますので,無料でダウンロードすることができます。

9.熱力学データ及び文献
熱力学データ

Chemical species

ΔGo (kcal/mol) ΔHfo(kcal/mol) Sfo (cal/mol) Ref.
Al3+
Al(OH)4-
Al(OH)3 (amorphous)
Al(OH)3 (gibbsite)
AlOOH (boehmite)
Al2Si2O5(OH)4 (halloysite)
Al2Si2O5(OH)4 (kaolinite)

-115.0
-311.3
-271.9
-273.5
-220.35
-898.4
-902.9


-125.4

-304.9
-306.4
- 239.0



-74.9

17
16.75
4.25


1
1
1
1
1
1
1

CO2 (gas)
CO32-
HCO3-
Ca2+
CaCO3 (calcite)
CaCO3 (aragonite)

-94.26
-126.18
-140.27
-132.35
-270.18
-269.87













2
2
2
2
2
2

Fe3+
Fe2+
Fe(OH)4-
Fe(OH)42-
Fe(OH)3 (amorphous)
Fe(OH)2
FeOOH (goethite)
Fe2O3 (hematite)
FeCO3 (siderite)
FeS2 (pyrite)

-2.52
-20.30
-201.3
-185.27
-166.0
-115.57
-116.7
-177.1
-161.95
-38.78



















1
1
2
2
1
1
1
1
2
2

H+
OH-
H2O (liquid)
H2O (gas)

0.0
-37.6
-56.69
-54.634

0.0
-54.96
-68.32

0.0
-2.52
16.72

1
1
1
2

K+
Mg2+
Na+

-67.47
-108.76
-62.59







1
1
1

H4SiO4
H3SiO4-
H2SiO42-
HSiO43-
SiO44-

-312.8
-299.42
-281.31
-267.86
-249.99

-349.7




43.4




1
2
2
2
2

SiO2 (amorphous)
SiO2 (quartz)

-203.1
-204.6


-217.7


9.88

1
1

NaAlSi3O8 (albite)
Al(OH)3 (gibbsite)
Mg-chlorite
KAl2(Si3Al)O10(OH)2
(illite)
Na0.33Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2
(Na-smectite)
K0.33Al2(Si3.677Al0.33)O10(OH)2
(K-smectite)
Ca0.17Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2
(Ca-smectite)
Mg0.17Al2(Si3.67Al0.33)O10(OH)2
(Mg-smectite)
-884.0
-275.2
-1954.8
-1300.98

-1277.76

-1279.6

-1279.24

-1275.34

-308.1
-2109.84
-1390.82

-1366.84

-1368.92

-1367.98

-1364.14

16.75
112
66.4

62.8

63.4

61.2

61.2
1
3
3
3

3

3

3

3

1) Berner (1971), 2) Lindsay (1979), 3) Helgeson (1969)



文   献
Rimstidt J.D. and Barnes H.L. (1980) The kinetics of silica-water reactions. Geochimica et Cosmochimica Acta 44, 1683-1699.

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