鹿児島大学教養部 詳細年表
1969年度 
(昭和44年度)


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【公式校務】

《1969年》
4月 4月1日 事務局に施設部が設置される。(教養事務,1997)
4月1日 農学部に【園芸学科】が設置される。(教養事務,1997)
4月1日 【理学専攻科】が設置される。(教養事務,1997)
4月1日 【大学院水産学研究科】が設置される。(教養事務,1997)
4月1日 松村二郎教授(ドイツ語)が再選され、第3代教養部長に就任する。(教養事務,1997)
4月1日 宮崎忠克(英語)教官が法文学部へ配置換となる。(窪田,1997)
4月1日 山本実(ドイツ語)教官が大阪大へ転出する。(窪田,1997)
4月1日 末永政治(保健体育)教官が医学部より配置換となる。(窪田,1997)
4月1日 福元啓二郎(フランス語)・鈴木俊司(英語)・広瀬敏和(物理学)・藤田正崗(ドイツ語)の4教官が採用される。(窪田,1997)
4月22日 第二教授会において特別予算委員の選出、実員3名の配分、教授会規程改正案等について審議する。(窪田,1997)
5月 5月6日 第二教授会において教養部教官選考規程案等について審議する(窪田,1997)
5月20日 第二教授会において名誉教授、実験費補助、教養部教員選考規程案等について審議する。(窪田,1997)
5月23日 教養部学生自治会が「大学立法」に反対して200時間バリケードストライキを可決する。(窪田,1997)
5月23日 第二教授会において学生大会・ストライキについて協議する。(窪田,1997)
5月27日 第二教授会において教授会規定改正案、中教審答申・大学運営に関する臨時措置法等について審議する。(窪田,1997)
6月 6月3日 第二教授会において教授会規定改正案等について審議する。(窪田,1997)
6月5日 鹿児島大学評議会が「大学立法」に反対する声明を出す。(教養事務,1997)
6月10日 第二教授会において昭和44年度概算要求、学生の評議会傍聴、教養部教官選考演程案等について審議する。(窪田,1997)
6月17日 第二教授会において入試制度、「9項目」等の問題、予算配分方針、広報委員会等について審議する。(窪田,1997)
6月24日 第一教授会において教官(独語・仏語)採用人事について審議する。(窪田,1997)
7月 7月1日 山原芳樹(ドイツ語)教官が採用される。(窪田,1997)
7月1日 第二教授会において予算配分方針、入試制度等について審議する。(窪田,1997)
7月16日 第二教授会において学生会館食堂の転用、教育職員の定員削減等について審議する。(窪田,1997)
7月20日 ●アポロ11号が人類初の月面着陸に成功する。(窪田,1997)
7月23日 第二教授会において教育職員の定員削減、教授会規程改正等について審議する。(窪田,1997)
7月29日 「教養部教授会規定」が改正され、これまでの第一(人事関係担当)、第二の区別をなくした助手を含む全教官を構成員とする組織に衣替えする。(窪田,1997)
8月 8月2日 「鹿児島大学学内制度改革委員会規則」が制定される。(教養事務,1997)
8月3日 ●参議院本会議で大学運営臨時措置法案が抜き打ち採決により成立する。(窪田,1997)
8月5日 町野碩夫学長が教養部自治会・学友会・全共闘の学生と団交し、大学臨時措置法反対についての確認書に署名する。(教養事務,1997)
8月6日  第一・第二の職種別教授会を定めた「教養部教授会規程」改正後初めての助手を含む教養部教官全員参加の教授会が開かれる。(教養事務,1997)
8月6日 教養部教授会規定改正後初めての(臨時)教授会が開かれ、学生会館食堂の転用、学生課長の補充、学内制度改革委員会等について審議する。(窪田,1997)
8月7日 「大学の運営に関する臨時措置法」(大学紛争に関する5年を目途とする時限立法)が制定される。(教養事務,1997)
8月7日 ●「大学の運営に関する臨時措置法」が制定される。
(窪田,1997)
8月9日 臨時の教授会が開かれ、学生食堂の転用等について審議する。(窪田,1997)
8月20日 臨時教授会において新規程による委員の選出等について審議する。(窪田,1997)
この頃「大学紛争」を巡って度々「教官懇談会」や「緊急教授会」が持たれる。(教養事務,1997)
9月 9月16日 評議会が生協及び全共闘との団交要求を拒否する。(教養事務,1997)
9月17日 学内制度改革委員会が発足する。(教養事務,1997)
9月17日 全共闘の学生らが本部を占拠封鎖する(11月13日まで)。(教養事務,1997)
9月17日 鹿児島大学全共闘の学生らが本部庁舎を占拠封鎖する。
(窪田,1997)
9月25日 『鹿大広報』1号が発刊される。(教養事務,1997)
9月30日 田中正則(ドイツ語)教官が北九州大学へ、広田正敏(フランス語)教官が京都産業大学へ転出する。(窪田,1997)
9月中に教授会が8回、教官懇談会が2回開かれ学生問題等について審議する。(窪田,1997)
10月 10月1日 守永敏夫(ドイツ語)・山口俊夫(フランス語)の2教官が採用される。(窪田,1997)
10月8日 町野碩夫学長が辞意を表明する。(教養事務,1997)
10月15日 「鹿児島大学学内制度改革委員会運営細則」が制定される。(教養事務,1997)
10月16日 山下智(生物学)教官が採用される。(窪田,1997)
10月21日 ●国際反戦デーに反日共系学生のゲリラ活動が各地で続発し、1,505人が逮捕される。(窪田,1997)
10月21日 中村末男理学部長が学長事務取扱に就任する。(教養事務,1997)
10月28日 評議会が生協及び全共闘との団交要求を拒否する。(教養事務,1997)
10月中に教授会が7回開かれ大学運営に関する臨時措置法等について審議する。(窪田,1997)
11月 11月4日 評議会が「基本的見解」(鹿大広報3号)を発表する。(教養事務,1997)
11月5日 ●大菩薩峠で武闘訓練中の赤軍派53人が警視庁に逮捕される。(窪田,1997)
11月13日 教官・事務官・学生有志により本部封鎖が解除される。(教養事務,1997)
11月13日 鹿児島大学全共闘学生らによる本部封鎖が教官・事務官・学生有志により解除される。
(窪田,1997)
11月17日 教授会において封鎖解除後の授業について審議する。(窪田,1997)
11月24日 中央食堂が開設される。(教養事務,1997)
11月24日 鹿児島大学中央食堂がオープンする。
(窪田,1997)
11月中に教授会が6回開かれ学生問題等について審議する。(窪田,1997)
12月 12月16日 佐藤博保(化学)教官が採用される。(窪田,1997)
《1970年》
1月 1月1日 前田毅(哲学)教官が採用される。(窪田,1997)
2月 2月13日 中村末男学長事務取扱が全共闘の学生に軟禁され団交する(15日まで).(教養事務,1997)
2月15日 警察機動隊が導入され中村未男学長事務取扱が救出される。(教養事務,1997)
2月15日 評議会の要請により中村学長代行救出のため機動隊が学内に導入される
(窪田,1997)
2月17日 教養部自治会が機動隊導入に反発して無期限バリケードストライキに突入する。(教養事務,1997)
3月 3月11日 通用門と構内道路上のバリケードを排除しようとした有志学生に全共闘学生が暴力を揮ったのを受けて、機動隊が導入され事態の収拾が図られる。(教養事務,1997)
3月14日 上記傷害事件調査のため警察が学内を捜索する。(教養事務,1997)
3月14日 ●日本万国博が大阪で開かれる。(窪田,1997)
3月14日 全共闘の学生らが学生会館を再占拠する。(教養事務,1997)
3月31日 ●赤軍派学生が羽田発福岡行きの日航定期便「よど号」を乗っ取る。(窪田,1997)
3月31日 神谷成三(中国文学)・長沢隆次(地学)の2教官が停年退職する。(窪田,1997)

【教養部概要】

学  長 :町野碩夫
部  長 :松村二郎(教授、ドイツ語)
評議員  :吉野 城(教授、経済学)
      高根 仁(教授、倫理学)
      前田周三(教授、ドイツ語)
      最勝寺隼人(教授、政治学)
補導委員 :丸山嘉久(教授、保健体育)
      酒井幸吉(助教授、数学)
教務委員 :大内初夫(教授、文学)
事務長  :竹之内友一
庶務係長 :面高 満
会計係長 :宮下富夫
教務係長 :能勢 明

専任教官     定員 (現員)

教   授     32 (27)

助 教 授     31 (19)
講   師       (11)
助   手       (2〕

合   計     63 (59)


事務職員     37

定員外職員    9

学生定員   1395

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【引用文献・参考文献】


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