鹿児島大学文理学部 詳細年表
1954年度 
(昭和29年度)


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【公式校務】

 県大両学部の移管

 県立鹿児島大学医・エ両学部の併合は,以前より予想されたところであった。大学創設の準備期において,鹿児島総合大学設立準備委員会のもった鹿児島総合大学の最初の構想に見られた医学部・理工学部の計画は医・工面学部をふくむ総合大学を,当初より地元が要望していたことを示している。

しかし国立・県立両大学が別に発足しなければならなかった事情については,前に述べた。それにしても,この両大学が昭和24年11月14日鹿児島市中央公民館において,合同の開学況賀式を開催したことは,その将来にとって真に象徴的なことであった。

 県大の併合問題は,大学の総合整備計画の一環をなすものとして,早くも昭和25年末に取り上げられることになったが,本省側の指示によって,総合整備計画は県大併合を別にすることになり,県側が昭和27年度に見込んでいたという国立移管の実現がおくれた事情については,前に述べた。しかしその間に,県側の熱心な要望が中央の理解を深め,その機が熟し,県大移管のことは総合整備計画の進展に関連して,昭和28年8月に再び大学評議会において取り上げられ,翌年3月の医・工学部創立準備委員会の結成となり,ついに昭和30年(1955)7月1日本学における医・工面学部創設の形をとって,懸案の県大両学部の国立移管が実現することになったのである。

 県大併合の議が次第に進むにつれて,昭和29年6月の頃より,学部においても一般教養部の学科組織・教官・その他について検討され1たが,当時学部は鴨池移転の途上にあり,県大移管にともなう学生数の増加よりおこる教室の不足・不備は,移転がその緒についた理科系において殊に甚しい実情が認められ,一般教養部実験室の建築となり,また県の寄附による理科研究室=実験室の増築となったことは,前に述べたが,この外に県大移管にともなう一般教養部の設備充実のために県費の支出があった。また県大一般教養部の図書約4000冊が後に工学部より文理学部・一般教養部図書分館に移管された。

 教官については,県大移管による一般教養部教官の不足は必至のことであり,しかも教官増員についての初めの見込みは,極めて満足できないものであちた。ここに国立・県立両大学当局が文部・大蔵両省について陳情し,またこれに地元側の多大の尽力があって,一般教養部に対し教授5名・助教授5名の定員増加が認められ,県大側よりこれに充当する呉屋良幸教授以下教授5名・助教授5名,及び学内欠員補充の形において助教授1名計11名が,昭和30年7月・翌31年4月に来任した。これによって一般教養部が一層の充実を見ることになった。

 (増村,1960)
《1954年》
4月 4月1日 大山彦一教授,図書分館長就任。(増村,1960)
4月1日 渡辺外事三郎・最勝寺隼人・白城光信講師,助教授昇任。(増村,1960)
4月1日 農学部に【農学専攻科】が設置される。(教養事務,1997)
4月2日 仏文化使節東大講師マルク・メクレアン氏来学。(尾崎・竹内,1960)
4月7日 第6回入学式挙行。(尾崎・竹内,1960)
4月16日 上村剛一講師,助教授昇任。(増村,1960)
4月26日 米領事館文化交換課長クリフトン・ビー・フオスクー氏来学。(尾崎・竹内,1960)
5月 5月13日 鹿児島大学教員資格選考規程制定。(附則,本規程の細則はそれぞれの教授会において定める。)(尾崎・竹内,1960)
5月13日 「鹿児島大学教員資格選考規程」が制定される。
(教養事務,1997)
5月13日 鹿児島大学農学専改科に関する規程制定。(尾崎・竹内,1960)
6月 6月17日 久保田彰助手死去。(増村,1960)
6月30日 天草如教授退任。(増村,1960)
7月 7月9日 鹿大・県・県大の当局者上京,県大の移膏条件につき文部省と打合せ。(尾崎・竹内,1960)
7月9日 鹿児島大学・鹿児島県・鹿児島県立大学の関係者が上京し、県立大学の移管について文部省と打合せをする。(教養事務,1997)
7月12日 九州地区司書講習会開講式挙行。(尾崎・竹内,1960)
7月17日 第4回九州地区大学体育大会開会式挙行。(尾崎・竹内,1960)
8月
9月 9月2日 大達文部大臣・緒方初等中等教育局長来学。(尾崎・竹内,1960)
9月29日 稲田文部省大学学術局長来学,医・工学部創立準備委員会(文理学部会議室)。(尾崎・竹内,1960)
9月30日 工学部・医学部設置認可申請。(尾崎・竹内,1960)
10月 10月1日 浦野芳・中村純天助教授,教授昇任。(増村,1960)
10月7日 文科教室(60坪)増築。(増村,1960)
10月11日 山下町117番地の校地463坪鶴鳴荘へ譲渡。(増村,1960)
10月17日 教育学部附属幼稚園創立75周年記念式。(尾崎・竹内,1960)
10月30日 本学開学記念東京芸大管絃楽団演奏会を中央公民館において開催。(尾崎・竹内,1960)
11月 11月4日 九州地区大学図書館長会議(文理学部会議室)。(尾崎・竹内,1960)
11月13日 田中文部省教育施設部長来学。県大両学部の施設計画の現地調査。(尾崎・竹内,1960)
11月13日 県立大学医学部・工学部の施設計画の現地調査のため田中文部省教育
施設部長が来学する。(教養事務,1997)
11月15日 第6回開学記念式挙行。(尾崎・竹内,1960)
11月16日 服部信彦助教授,教授昇任。川井修治講師,助教授昇任。(増村,1960)
11月24日 図書閲覧規程改訂。(増村,1960)
12月 12月7日〜9日 九州地区大学一般教育研究会総会(一般教養部中講堂)。(尾崎・竹内,1960)
12月13日 向坂九大教授の本学開学記念講演会(一般教養部中講堂)。
12月15日 図書貸出規程改訂。(増村,1960)
12月19日 合併教室(小講堂80坪)完工。(増村,1960)
《1955年》
1月 1月1日 萩大輔助手,講師昇任。(増村,1960)
1月1日 鹿児島大学本部文書処理規程細則制定。(尾崎・竹内,1960)
1月21日 理科研究室第2期工事(258坪)終了。(増村,1960)
2月 2月3日 鹿児島大学名誉教授の称号授与規程制定。(尾崎・竹内,1960)
2月3日 「鹿児島大学名誉教授の称号授与規定」が制定される。
(教養事務,1997)
2月17日 鹿児島大学職員レクリエーション委員会規程制定。(尾崎・竹内,1960)
2月20日 湯川博士講演会を市と共催で中央公民館において開催。(尾崎・竹内,1960)
3月 3月9日 南方産業科学研究所開所式挙行(一般教養部中講堂)。(尾崎・竹内,1960)
3月9日 【南方産業科学研究所】が設置される。
(教養事務,1997)
3月9日 中講堂において南方産業科学研究所開所式。(増村,1960)
3月11日 第1次機構委員会終了。(増村,1960)
3月17日 鹿児島大学教員停年規程制定。(尾崎・竹内,1960)
3月17日 「鹿児島大学教員停年規定」が制定される。
(教養事務,1997)
3月22日 第3回卒業証書授与式ならびに教育学部2年課程第5回修了証書授与式を中央公民館において挙行。(尾崎・竹内,1960)
3月31日 野中儀市教授退任。マーチン講師退任。(増村,1960)
3月31日 「文科報告」史学篇分冊。(増村,1960)

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【引用文献・参考文献】


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