理学部について

沿革

鹿児島大学理学部小史(一部30年史より抜枠)

1901(明34.3)第七高等学校造士館
1945(昭20.6)鹿児島大空襲により、七高理科の建物は一部を残して焼失
1946(昭21.1)出水町に移転。高尾野校舎にて授業再開
1947(昭22.9)鶴丸城跡に復帰
1949(昭24.5)文理・教育・農・水産の各学部誕生。文理学部は社会学科、文学科、理学科から構成
1952(昭27.4)大火により、鶴丸城跡にあった一般教養部の建物は一部を除き焼失
1955(昭30)~
1958(昭33)
郡元キャンパスに移転
1964(昭39)文部省は終戦直後のベビーブームのため大学生が急増した時期をとらえ文理学部改組の方針を固める。
1965(昭40)鹿児島大学理学部創設(数学、物理学、化学、地学の4学科)
1976(昭51)生物学科を増設
1977(昭52)大学院理学研究科(修士課程)の設置
1986(昭61)第2次ベビーブームによる団塊の世代が受験する時期となり入学定員の臨時増募がなされた。
1997(平 9)教養部廃止に伴い学科の改組が行われ、数理情報科学科、物理科学科、生命化学科及び地球環境科学科の4学科となり,教養部自然科学系教官の大部分は理学部所属となった。講座は複数の教授がいる大講座となった。
1998(平10)理学研究科と工学研究科を統合した理工学研究科(博士前期課程,博士後期課程)が組織された。
2000(平12)VERA(天文広域精測望遠鏡)入来観測局の設置
2001(平13)宇宙開発事業団及び国立天文台との連携大学院を創設
2004(平16)国立大学法人 鹿児島大学理学部へ移行
  • 1901年(明治34年)10月25日
    第七高等学校造士館の開校当日写真 旧鶴丸城内の本館前庭にて

  • 現在は県立黎明館の敷地となっている